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対峙
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「シェイムリルファ……なんだって?」
「はは、なんか急用が出来たって」
流石に実の兄がシェイムリルファを引き留めたとは言えなかった。嘘が下手くそな私はなるべく表情を崩さないように答えたが、やはり苦笑いが出てしまった。その反応を見た薺ちゃんがどう思ったのかは知る余地もないが。
「じゃあ、私達だけで魔獣を?」
「一応大した事はない魔獣だから大丈夫とは言ってだけど」
言ってはいたのだが、つい先程まで私達は魔獣と相対し、すんでところで目も当てられない大惨事になる状況に追い込まれていた。
またあのレベルの魔獣が現れたら、それこそ魔法少女としてのはじめての依頼が失敗に終わり、最悪命の危険に晒されるかもしれない。
シェイムリルファがいるならばと、どこか楽観視していた気持ちは見事に吹き飛び、一気に戸惑いと不安に襲われる。
「そうなんだ。じゃあ平気なんだよ、きっと。私はシェイムリルファが試練を与えてくれたんだと思うよ」
「試練?」
「そう、試練。これから魔法少女を目指すのにおんぶに抱っこじゃ先が思いやられるしね」
本気で薺ちゃんがそう思ったのか、それとも何か言いづらそうにしている私を見て気を遣ってくれたのかは定かではないが、薺ちゃんはどこか自信有りげに見えた。
でもその気持ちも分からなくもない。薺ちゃんは、いきなりとはいえ、憧れ続け目標にしてた魔法少女になる事が出来たのだ。
その可愛らしい姿は見た目だけではなく、とても強い魔力を帯びていた。それこそ私でも理解できるほどの。
私だって変身が出来ていれば少しは自信が持てていたかもしれない。
私は変身が出来なかった。しなかったのではなく、出来なかったのだ。
あの後、いざ変身しようと私がいくら『泡沫の依代』に魔力を込めても、うんともすんともいわなかったのだ。魔法少女を目指す者なら誰でも憧れる変身、それが出来なかった。
ただそれは私の才能云々の話ではなく、直前にシェイムリルファのステッキを使った副作用のせいだった。あのステッキは使用者の魔力を強引に引き出しすもので、シェイムリルファが私仕様に作り上げたものだった。
シェイムリルファが言っていた『器』の意味。それは魔力の貯蓄量の事で、彼女に言わせれば私の『器』はかなりのものらしい。ただ、その魔力を解き放ついわば銃口の部分が全く機能していないと告げられた。
それを無理矢理ステッキの力でこじ開けて使ったものだから魔力酔いの状態に陥っているらしく、変身はお預け状態になっていた。
「大丈夫。私、今なら何でも出来る気がするんだ。さ、行こう」
薺ちゃんは誰もいなくなったビルの最上階を見上げる。その決意を固めた表情はとても凛々しく、なんだか安心感さえ覚える。
「……これ、どうやって登るんだろう」
「薺ちゃん、空とか飛べないの?」
「んー。ダメだ、飛べないと思う。今、やってみたけどダメみたい。こればっかりは向き、不向きがあるみたいだからなぁ」
二人で困惑していると、見計らったかのように着信音が鳴り響く。着信の相手はシェイムリルファ。まるでどこかでこちらの様子を伺っているような、そんなタイミング。
「もしもーし。屋上登れた? 依頼主はそのビルのオーナーだから、防災センターの看守さんに話を通せば専用のエレベーターに案内してくれるからね! じゃあ、がんばってね」
用件を話すだけ話すとすぐに電話は切れてしまった。
なんというか、段々とシェイムリルファの人となりが分かってきた気がする。良く言えばとても自由、悪く言えば自己中心的。まるでワガママな少女がそのまま大人になったような、そんな印象。
どうしようもなく憧れていた相手は神秘的な見た目とは裏腹に、とても奔放な人だった。そしてそれは私にとって少し苦手なタイプ。
こういう所が、彼女の事を少し怖いと思ってしまう原因なのだろうか。
私と薺ちゃんは指示された通りにビルの防災センターに向かう。そこには年老いた一人の男の人がおり、こちらに向かって手招きをしていた。
「君達が魔法少女かい? オーナーから聞いてるよ。ここに入館する時間と、お名前を書いてもらえるかい」
薺ちゃんは「……はい」と少し複雑な表情で言われた通りに用紙に記入をする。魔法少女もこういった手続きが必要なのは正直拍子抜けだった。
もう少し華やかな感じで現場に向かえると思っていたので、少し勢いを削がれた感が否めない。
口が裂けても言えないが、色鮮やかな衣装に包まれた薺ちゃんが自分の名前を記入している姿はとてもシュールで、私は笑いそうになってしまったのを必死に堪えていた。
業者の手続きみたいなやり取りを終えると、看守さんは「はい、これ魔獣の特徴書いてあるから」と一枚のメモ書きを渡してくれた。
そのメモは依頼主からのもので『魔獣の警戒度は低いが繁殖能力が高く、換気口や排水に詰まってしまい困っています。発生元が屋上の為、大元を処理して頂けると助かります』との事だった。
この文面だけ見てみると、確かに魔獣の危険度は少なそうで少しだけ安心した。
屋上に上がるエレベータの中で薺ちゃんは一つ大きな深呼吸をする。「いよいよだね。緊張してきたよ」とステッキを握る手には力が入っているのが見てとれる。
エレベーターが屋上に到着し扉が開くと、すぐ目の前に現れた黒くて大きな毛玉のような魔獣。その体からは一定間隔で小さなマリモみたいなものを産み出している。
一体この魔獣はなにが目的でこんな事をしているのかは考えにも及ばないが、しかしそれが原因で被害が出ている事は一目瞭然だった。
「こいつか。じゃあ、さっさとやっつけちゃおうか」
「気をつけてね」
「ん? ちょっと待って。あそこから何か聞こえる」
薺ちゃんがある異音に気付き動きを止める。耳を澄ませるとなにやらビルの外壁の方向からガシャ、ガシャと機械音が聞こえてくる。しばらく様子を見ていると機械仕立ての大きな二つの手が外壁から姿を現した。
「なにあれ」
「大きな……手、だね」
恐らくは、いや確実にあの手を使ってこのビルの外壁を登って来たのだろう。その手の持ち主はこちらを見るなり少し怒った様子で話しかけてくる。
「はあ? なにアンタ達。もしかして依頼の横取り?」
口調の強いその女の子はこちらをジロジロと見ながら、不審者を見るような目つきをしている。こちらから言わせて貰えば、まさに彼女こそ不審者そのものなのなのだが。
「横取り? こっちは正式に依頼されて来てるんだけど」
「んな訳あるか。邪魔するんだったら容赦出来ないよ。わざわざこんな所まで来たんだ。手ぶらじゃ帰れないんだよ」
まるでどこかの特殊部隊のような制服を見にまとう少女は好戦的な態度でこちらに詰め寄ってくる。
「ははーん。この姿を見てもなんの反応もしないなんて、よっぽどのバカか新人だろ」
「なんなの? さっきから偉そうに。その姿がなんだって言うのさ」
少女はふんぞり返って自信満々に答える。
「魔法少女兵団『鉄血の乙女』隊長の李凛様だ! 空っぽの脳みそにしっかり詰め込んどきな!」
「あっ! なにすんだ!」
まるで魔法少女とは思えないその少女は、名乗りを上げると同時にその大きな手で目の前の魔獣を一瞬で叩き潰してしまった。
「はん。仕事を片付けてやったんだ。ありがたく思いなよ。三下ちゃん」
「あんたねぇ」
あの薺ちゃんと相性の悪い人がいるなんて想像もしていなかったが、やっぱり世の中は広い。目の前の李凛と名乗る魔法少女は絶対に薺ちゃんとは相容れないタイプだろう。
「まあまあ、薺ちゃん。何事もなかった事を喜ぼうよ」
「なんなんだよ、アイツ。いきなり現れたと思えば失礼な奴だし」
この時、私達は完璧に油断をしていた。突然の魔法少女に驚きはしたものの、無事に魔獣を片付ける事が出来たのだから。だけど魔獣はまだ死んでいなかった。確かに目の前の魔獣は叩き潰された。しかし、もう一匹いたのだ。闇に紛れてこちらの様子を伺う魔獣が。
そう、最初から依頼は被っていなかったのだ。私達の依頼と李凛の依頼は全く別のものだった。
「はは、なんか急用が出来たって」
流石に実の兄がシェイムリルファを引き留めたとは言えなかった。嘘が下手くそな私はなるべく表情を崩さないように答えたが、やはり苦笑いが出てしまった。その反応を見た薺ちゃんがどう思ったのかは知る余地もないが。
「じゃあ、私達だけで魔獣を?」
「一応大した事はない魔獣だから大丈夫とは言ってだけど」
言ってはいたのだが、つい先程まで私達は魔獣と相対し、すんでところで目も当てられない大惨事になる状況に追い込まれていた。
またあのレベルの魔獣が現れたら、それこそ魔法少女としてのはじめての依頼が失敗に終わり、最悪命の危険に晒されるかもしれない。
シェイムリルファがいるならばと、どこか楽観視していた気持ちは見事に吹き飛び、一気に戸惑いと不安に襲われる。
「そうなんだ。じゃあ平気なんだよ、きっと。私はシェイムリルファが試練を与えてくれたんだと思うよ」
「試練?」
「そう、試練。これから魔法少女を目指すのにおんぶに抱っこじゃ先が思いやられるしね」
本気で薺ちゃんがそう思ったのか、それとも何か言いづらそうにしている私を見て気を遣ってくれたのかは定かではないが、薺ちゃんはどこか自信有りげに見えた。
でもその気持ちも分からなくもない。薺ちゃんは、いきなりとはいえ、憧れ続け目標にしてた魔法少女になる事が出来たのだ。
その可愛らしい姿は見た目だけではなく、とても強い魔力を帯びていた。それこそ私でも理解できるほどの。
私だって変身が出来ていれば少しは自信が持てていたかもしれない。
私は変身が出来なかった。しなかったのではなく、出来なかったのだ。
あの後、いざ変身しようと私がいくら『泡沫の依代』に魔力を込めても、うんともすんともいわなかったのだ。魔法少女を目指す者なら誰でも憧れる変身、それが出来なかった。
ただそれは私の才能云々の話ではなく、直前にシェイムリルファのステッキを使った副作用のせいだった。あのステッキは使用者の魔力を強引に引き出しすもので、シェイムリルファが私仕様に作り上げたものだった。
シェイムリルファが言っていた『器』の意味。それは魔力の貯蓄量の事で、彼女に言わせれば私の『器』はかなりのものらしい。ただ、その魔力を解き放ついわば銃口の部分が全く機能していないと告げられた。
それを無理矢理ステッキの力でこじ開けて使ったものだから魔力酔いの状態に陥っているらしく、変身はお預け状態になっていた。
「大丈夫。私、今なら何でも出来る気がするんだ。さ、行こう」
薺ちゃんは誰もいなくなったビルの最上階を見上げる。その決意を固めた表情はとても凛々しく、なんだか安心感さえ覚える。
「……これ、どうやって登るんだろう」
「薺ちゃん、空とか飛べないの?」
「んー。ダメだ、飛べないと思う。今、やってみたけどダメみたい。こればっかりは向き、不向きがあるみたいだからなぁ」
二人で困惑していると、見計らったかのように着信音が鳴り響く。着信の相手はシェイムリルファ。まるでどこかでこちらの様子を伺っているような、そんなタイミング。
「もしもーし。屋上登れた? 依頼主はそのビルのオーナーだから、防災センターの看守さんに話を通せば専用のエレベーターに案内してくれるからね! じゃあ、がんばってね」
用件を話すだけ話すとすぐに電話は切れてしまった。
なんというか、段々とシェイムリルファの人となりが分かってきた気がする。良く言えばとても自由、悪く言えば自己中心的。まるでワガママな少女がそのまま大人になったような、そんな印象。
どうしようもなく憧れていた相手は神秘的な見た目とは裏腹に、とても奔放な人だった。そしてそれは私にとって少し苦手なタイプ。
こういう所が、彼女の事を少し怖いと思ってしまう原因なのだろうか。
私と薺ちゃんは指示された通りにビルの防災センターに向かう。そこには年老いた一人の男の人がおり、こちらに向かって手招きをしていた。
「君達が魔法少女かい? オーナーから聞いてるよ。ここに入館する時間と、お名前を書いてもらえるかい」
薺ちゃんは「……はい」と少し複雑な表情で言われた通りに用紙に記入をする。魔法少女もこういった手続きが必要なのは正直拍子抜けだった。
もう少し華やかな感じで現場に向かえると思っていたので、少し勢いを削がれた感が否めない。
口が裂けても言えないが、色鮮やかな衣装に包まれた薺ちゃんが自分の名前を記入している姿はとてもシュールで、私は笑いそうになってしまったのを必死に堪えていた。
業者の手続きみたいなやり取りを終えると、看守さんは「はい、これ魔獣の特徴書いてあるから」と一枚のメモ書きを渡してくれた。
そのメモは依頼主からのもので『魔獣の警戒度は低いが繁殖能力が高く、換気口や排水に詰まってしまい困っています。発生元が屋上の為、大元を処理して頂けると助かります』との事だった。
この文面だけ見てみると、確かに魔獣の危険度は少なそうで少しだけ安心した。
屋上に上がるエレベータの中で薺ちゃんは一つ大きな深呼吸をする。「いよいよだね。緊張してきたよ」とステッキを握る手には力が入っているのが見てとれる。
エレベーターが屋上に到着し扉が開くと、すぐ目の前に現れた黒くて大きな毛玉のような魔獣。その体からは一定間隔で小さなマリモみたいなものを産み出している。
一体この魔獣はなにが目的でこんな事をしているのかは考えにも及ばないが、しかしそれが原因で被害が出ている事は一目瞭然だった。
「こいつか。じゃあ、さっさとやっつけちゃおうか」
「気をつけてね」
「ん? ちょっと待って。あそこから何か聞こえる」
薺ちゃんがある異音に気付き動きを止める。耳を澄ませるとなにやらビルの外壁の方向からガシャ、ガシャと機械音が聞こえてくる。しばらく様子を見ていると機械仕立ての大きな二つの手が外壁から姿を現した。
「なにあれ」
「大きな……手、だね」
恐らくは、いや確実にあの手を使ってこのビルの外壁を登って来たのだろう。その手の持ち主はこちらを見るなり少し怒った様子で話しかけてくる。
「はあ? なにアンタ達。もしかして依頼の横取り?」
口調の強いその女の子はこちらをジロジロと見ながら、不審者を見るような目つきをしている。こちらから言わせて貰えば、まさに彼女こそ不審者そのものなのなのだが。
「横取り? こっちは正式に依頼されて来てるんだけど」
「んな訳あるか。邪魔するんだったら容赦出来ないよ。わざわざこんな所まで来たんだ。手ぶらじゃ帰れないんだよ」
まるでどこかの特殊部隊のような制服を見にまとう少女は好戦的な態度でこちらに詰め寄ってくる。
「ははーん。この姿を見てもなんの反応もしないなんて、よっぽどのバカか新人だろ」
「なんなの? さっきから偉そうに。その姿がなんだって言うのさ」
少女はふんぞり返って自信満々に答える。
「魔法少女兵団『鉄血の乙女』隊長の李凛様だ! 空っぽの脳みそにしっかり詰め込んどきな!」
「あっ! なにすんだ!」
まるで魔法少女とは思えないその少女は、名乗りを上げると同時にその大きな手で目の前の魔獣を一瞬で叩き潰してしまった。
「はん。仕事を片付けてやったんだ。ありがたく思いなよ。三下ちゃん」
「あんたねぇ」
あの薺ちゃんと相性の悪い人がいるなんて想像もしていなかったが、やっぱり世の中は広い。目の前の李凛と名乗る魔法少女は絶対に薺ちゃんとは相容れないタイプだろう。
「まあまあ、薺ちゃん。何事もなかった事を喜ぼうよ」
「なんなんだよ、アイツ。いきなり現れたと思えば失礼な奴だし」
この時、私達は完璧に油断をしていた。突然の魔法少女に驚きはしたものの、無事に魔獣を片付ける事が出来たのだから。だけど魔獣はまだ死んでいなかった。確かに目の前の魔獣は叩き潰された。しかし、もう一匹いたのだ。闇に紛れてこちらの様子を伺う魔獣が。
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