人を愛するのには、資格が必要ですか?

卯月ましろ@低浮上

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第24話

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 商会の職員たちに「朝から大変だったなあ」とねぎらわれ、好奇心を抑えきれない目をした女性の先輩に「ちょっと、一体いつからあんな酷い扱いをされていたのよ? 実の母親に!」と問いかけられ――正直、朝一番に母と対峙したことよりも、職員の相手をしている方がよほど疲れた気がする。

 ほとんどの職員は、私と家の問題について本気で心配してくれているのだと思う。ただ、一部の人間はたぶん面白がっているのではないだろうか――特に、元々母をいびっていたような人たちは。
 きっとあの人たちからすれば、見ているだけで面白いはずだ。カガリに固執して壊れた母も、歪んだ私と母の関係も、何もかもが一種の娯楽。

 否定したところで無駄だ。好きなだけ邪推して、ありもしない事件を捏造すればいい。
 商会で取り扱う書籍の中でもゴシップ誌の売れ行きはいつだって安定している。結局のところ、人間は他人の不幸が大好物なのだ。上を見てもキリがないから、下を見て精神の安定をはかる。ありとあらゆる面で優劣を決めなければ生きられない。そういう生き物だから仕方がないと思えば、いくらか諦めもつくだろう。

「いや、どうして私が「仕方がない」なんて諦めなければならないのか、訳が分からないけれど――」
「……お姉ちゃん?」

 思わず呟けば、こちらを不安げな表情で見上げるカガリが首を傾げた。

 ――てっきりすぐにでも殴り込んでくるかと予想していたけれど、母が再び商会を訪れたのは昼過ぎのことだった。絶対にこちらの予定なんてお構いなしで、言いがかりをつけにくると思ったのに……意外と、私が昼休憩に入った頃を見計らってやって来たのだ。
 今朝は恥も外聞もかなぐり捨てていた様子だったものの、さすがに元職場だけあって――しかもゴードンから脅迫まがいの言葉を受けて――少しは頭が冷えたのかも知れない。

 カガリは母の腕に抱かれて、グスグスと鼻を鳴らしていた。彼女を見た商会の職員が「あらまあ可哀相に、どうしちゃったのかしら」とか「赤ん坊の頃しか知らないけど、大きくなったのねえ」とか話しかけても、全て無視だ。
 もう8歳なのに自分の足で歩かず、姉に会いたいと主張するものの泣いてばかりでみずから動こうとしない。こんな調子で働きたいなんて、本当に片腹痛い。

 できることなら、カガリと2人きりでゆっくり話し合いたかったけれど……どうせ母はこの子と離れたがらないだろう。そう思って嫌々商会の応接室へ案内しようとすれば、それよりも先にゴードンが商会長夫妻を連れてやって来た。
 ――商会長夫妻と私の母とで、について話し合った方が良いと。

 もちろん母は初め難色を示した。私とカガリを2人きりにして、『可愛い娘』に何かあったらどうするのか。セラスはカガリに嫉妬しているのに、危険すぎる――と。
 しかしゴードンは母の主張を鼻で笑うと、「俺が同席するから2人きりじゃありません。こっちだって可愛いセラスにあると困りますから」なんて、売られた喧嘩に熨斗のしをつけて返した。

 一応彼にとっては未来の義母になるはずなのに、やはり私との結婚を反対し始めたことで敵として認定されてしまったのだろうか。心強すぎる味方が居て嬉しい反面、たまたま近くを通りがかった職員から「ヒュゥ~!」とはやし立てられて、本気で恥ずかしかった。

 ――そうして母は結局、商会長夫妻に促されて泣く泣くカガリを置いて行った。恐らく防音の利いた商会長の私室で話し合うつもりだろう。
 あの2人に任せていれば、きっと話し合いは悪いことにはならない……と思うしかない。私は私で、カガリを納得させなければ先に進めないのだから。

 妹の大きな瞳は涙で潤みっぱなしで、手で何度もこすったのか、目の周りは真っ赤になっている。母のように腕に抱いて運ぶのは絶対に違うと思い、私は小さな手を握って応接室まで連れて行った。ゴードンは飲み物と冷やした布を用意すると言って、一時的に席を外している。

 カガリをソファに座らせてから、私もその横に腰掛けた。そうして小さな手を握ったまま、彼女としっかり目を合わせる。

「結婚の話、母さんや父さんから聞いた?」
「ん……お姉ちゃんは出て行くって……さっきの、おっきい人のところに行くの?」
「そうよ。私は家が嫌いで、ゴードンと一緒に住むことが私の幸せだから」

 母が外に出したがらないため、カガリは本物の箱入りだ。恐らく父が「それはさすがに」と諫めなければ、初等科学校にさえ行かせたくなかったのではないだろうか。
 だから商会に顔を見せたのは生まれてすぐの挨拶のみで、意識がハッキリしてからは一度も訪れていない。従って、姉の婚約者だというのにゴードンと会うのはこれが初めてなのだ。

 そもそも今回のことだって、カガリが初等科学校へ行っていなければ起こらなかった問題だろう。外の世界を知ることで「これはおかしい」「何もできない私は恥ずかしい」と気付いてしまったのだ。一生母の腕の中に居れば、何が間違いで何が恥かも理解できなかったはず。
 ――そう考えれば、カガリは学校というコミュニティに救われたのかも知れない。厚顔無恥なまま成人してしまったら、とんでもないことである。

「私より……カガリと居るより、あの人が良いの? カガリと居るとお姉ちゃんは幸せじゃないの? 家が嫌いって、どうして……?」

 消え入りそうな声で「カガリはお姉ちゃんが好きなのに、そんなのひどい」と非難される。彼女からすれば、何も悪いことをしていないのに姉から一方的に切り捨てられたような感覚なのだろう――本当に何から、どこから話せばいいのか。

 さっさと家を出て結婚する私はともかくとして、実家に残るカガリに、どこからどこまで話すべきなのか。下手に両親に対する不満を抱かせてしまうと、結局のところ苦労するのは彼女なのだ。
 とはいえ、適当な嘘をついて誤魔化して、私まで妹を甘い蜜に沈めていいものかどうか――。

 そうして思案していると、応接室の扉がノックされた。現れたのはもちろんジュースと濡れタオルを持ったゴードンで、カガリは彼を見るなりこれでもかと頬を膨らませた。
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