人を愛するのには、資格が必要ですか?

卯月ましろ@低浮上

文字の大きさ
24 / 64

第24話

しおりを挟む
 商会の職員たちに「朝から大変だったなあ」とねぎらわれ、好奇心を抑えきれない目をした女性の先輩に「ちょっと、一体いつからあんな酷い扱いをされていたのよ? 実の母親に!」と問いかけられ――正直、朝一番に母と対峙したことよりも、職員の相手をしている方がよほど疲れた気がする。

 ほとんどの職員は、私と家の問題について本気で心配してくれているのだと思う。ただ、一部の人間はたぶん面白がっているのではないだろうか――特に、元々母をいびっていたような人たちは。
 きっとあの人たちからすれば、見ているだけで面白いはずだ。カガリに固執して壊れた母も、歪んだ私と母の関係も、何もかもが一種の娯楽。

 否定したところで無駄だ。好きなだけ邪推して、ありもしない事件を捏造すればいい。
 商会で取り扱う書籍の中でもゴシップ誌の売れ行きはいつだって安定している。結局のところ、人間は他人の不幸が大好物なのだ。上を見てもキリがないから、下を見て精神の安定をはかる。ありとあらゆる面で優劣を決めなければ生きられない。そういう生き物だから仕方がないと思えば、いくらか諦めもつくだろう。

「いや、どうして私が「仕方がない」なんて諦めなければならないのか、訳が分からないけれど――」
「……お姉ちゃん?」

 思わず呟けば、こちらを不安げな表情で見上げるカガリが首を傾げた。

 ――てっきりすぐにでも殴り込んでくるかと予想していたけれど、母が再び商会を訪れたのは昼過ぎのことだった。絶対にこちらの予定なんてお構いなしで、言いがかりをつけにくると思ったのに……意外と、私が昼休憩に入った頃を見計らってやって来たのだ。
 今朝は恥も外聞もかなぐり捨てていた様子だったものの、さすがに元職場だけあって――しかもゴードンから脅迫まがいの言葉を受けて――少しは頭が冷えたのかも知れない。

 カガリは母の腕に抱かれて、グスグスと鼻を鳴らしていた。彼女を見た商会の職員が「あらまあ可哀相に、どうしちゃったのかしら」とか「赤ん坊の頃しか知らないけど、大きくなったのねえ」とか話しかけても、全て無視だ。
 もう8歳なのに自分の足で歩かず、姉に会いたいと主張するものの泣いてばかりでみずから動こうとしない。こんな調子で働きたいなんて、本当に片腹痛い。

 できることなら、カガリと2人きりでゆっくり話し合いたかったけれど……どうせ母はこの子と離れたがらないだろう。そう思って嫌々商会の応接室へ案内しようとすれば、それよりも先にゴードンが商会長夫妻を連れてやって来た。
 ――商会長夫妻と私の母とで、について話し合った方が良いと。

 もちろん母は初め難色を示した。私とカガリを2人きりにして、『可愛い娘』に何かあったらどうするのか。セラスはカガリに嫉妬しているのに、危険すぎる――と。
 しかしゴードンは母の主張を鼻で笑うと、「俺が同席するから2人きりじゃありません。こっちだって可愛いセラスにあると困りますから」なんて、売られた喧嘩に熨斗のしをつけて返した。

 一応彼にとっては未来の義母になるはずなのに、やはり私との結婚を反対し始めたことで敵として認定されてしまったのだろうか。心強すぎる味方が居て嬉しい反面、たまたま近くを通りがかった職員から「ヒュゥ~!」とはやし立てられて、本気で恥ずかしかった。

 ――そうして母は結局、商会長夫妻に促されて泣く泣くカガリを置いて行った。恐らく防音の利いた商会長の私室で話し合うつもりだろう。
 あの2人に任せていれば、きっと話し合いは悪いことにはならない……と思うしかない。私は私で、カガリを納得させなければ先に進めないのだから。

 妹の大きな瞳は涙で潤みっぱなしで、手で何度もこすったのか、目の周りは真っ赤になっている。母のように腕に抱いて運ぶのは絶対に違うと思い、私は小さな手を握って応接室まで連れて行った。ゴードンは飲み物と冷やした布を用意すると言って、一時的に席を外している。

 カガリをソファに座らせてから、私もその横に腰掛けた。そうして小さな手を握ったまま、彼女としっかり目を合わせる。

「結婚の話、母さんや父さんから聞いた?」
「ん……お姉ちゃんは出て行くって……さっきの、おっきい人のところに行くの?」
「そうよ。私は家が嫌いで、ゴードンと一緒に住むことが私の幸せだから」

 母が外に出したがらないため、カガリは本物の箱入りだ。恐らく父が「それはさすがに」と諫めなければ、初等科学校にさえ行かせたくなかったのではないだろうか。
 だから商会に顔を見せたのは生まれてすぐの挨拶のみで、意識がハッキリしてからは一度も訪れていない。従って、姉の婚約者だというのにゴードンと会うのはこれが初めてなのだ。

 そもそも今回のことだって、カガリが初等科学校へ行っていなければ起こらなかった問題だろう。外の世界を知ることで「これはおかしい」「何もできない私は恥ずかしい」と気付いてしまったのだ。一生母の腕の中に居れば、何が間違いで何が恥かも理解できなかったはず。
 ――そう考えれば、カガリは学校というコミュニティに救われたのかも知れない。厚顔無恥なまま成人してしまったら、とんでもないことである。

「私より……カガリと居るより、あの人が良いの? カガリと居るとお姉ちゃんは幸せじゃないの? 家が嫌いって、どうして……?」

 消え入りそうな声で「カガリはお姉ちゃんが好きなのに、そんなのひどい」と非難される。彼女からすれば、何も悪いことをしていないのに姉から一方的に切り捨てられたような感覚なのだろう――本当に何から、どこから話せばいいのか。

 さっさと家を出て結婚する私はともかくとして、実家に残るカガリに、どこからどこまで話すべきなのか。下手に両親に対する不満を抱かせてしまうと、結局のところ苦労するのは彼女なのだ。
 とはいえ、適当な嘘をついて誤魔化して、私まで妹を甘い蜜に沈めていいものかどうか――。

 そうして思案していると、応接室の扉がノックされた。現れたのはもちろんジュースと濡れタオルを持ったゴードンで、カガリは彼を見るなりこれでもかと頬を膨らませた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。 すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。 戦場から帰るまでは。 三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。 ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。

処理中です...