人を愛するのには、資格が必要ですか?

卯月ましろ@低浮上

文字の大きさ
25 / 64

第25話

しおりを挟む
 応接室の机の上に置かれたのは、オレンジジュースの入ったコップが一つとコーヒーの入ったカップが二つ。それと、透明な小袋に分けられたクッキーがいくつか。ゴードンが持ってきたお盆の上には、冷たい水に浸けてから硬く絞られた布もある。

 私はお礼を言ってその布を受け取ると、顔全面に「ゴードンあの大男が気に入りません」と書かれたカガリの目元を覆い隠した。布の冷たさに驚いたのか、小さな体が「ぴゃあ!」と言って跳ねる。

 ――我が妹ながら、この子は本当に可愛らしい顔をしていると思う。しかも、まるで雨が降りしきる中で凍えて鳴く子猫のように人の庇護ひご欲を煽るのだ。それは誰からも愛されるに決まっている、「守らなければ」という強迫観念を植え付けられるのだ。

 ずっと涙目で見られ続けると、いまだに気がおかしくなりそうになる時がある。8年一緒に居てもまだ慣れないのだ。妹に対して毅然きぜんとした態度を貫こうと思ったら、こうして目元を隠している方が話しやすいかも知れない。
 そうでなければ私はきっと、途中で心が折れてしまうだろう。

「カガリは、父さんと母さんをどう思っているの?」
「へ? パパとママ? それは……いっぱい大切にしてくれるから好きだけど、でも変よ。特にママは、ずっとカガリ――私の傍に居て、離れないから……変」

 変だということは理解できている。ただ、両親から受ける愛情のいびつさを、他の言葉で上手く表現できないのだろう。カガリはやがて布の冷たさに慣れたのか、それを押さえる私の手に顔をぐりぐりと押し付けて甘えてくる。

 母さえ居なければ、姉妹で仲良くできたのに――とは、最悪な発想だろうか。
 物心つく前から「しっかり」するように教育されていたら、この子はきっと才色兼備になれただろうに……いや、まだ間に合うだろうか。いっそのことカガリ本人に選ばせようか?

 このまま母の檻の中で恥にまみれて過ごすか――例え両親に嫌われていばらの道を歩くことになったとしても、それでも「しっかり」したいのか。

 そうして私が悩んでいると、大きくて温かい手が肩に乗せられた。ふと見上げれば、ゴードンが頷いている。私が何を考えて何を悩んでいるか、お見通しなのだろう。こと恋愛に関しては死ぬほど鈍いが、彼は商人らしく勘が鋭いから。

 なにやら背中を押されたような気がして、私も頷き返した。

「カガリ、正直に言うわね。今のあなたは恥ずかしい」
「え――」
「だってもう8歳なのに、何もできないでしょう? 出かける時はいつも母さんの腕の中、甘やかされて宿題も真面目にしないし、学校に居てもまるで家と同じようにワガママを言って、周りを振り回して――今あなたが皆に許されているのは……愛してもらえているのは、ただ見た目が可愛いからよ。でも、いずれソレだけでは世界が回らなくなるわ」
「なんで……なんでそんなこと言うの、お姉ちゃん? 学校の大っ嫌いな女の子と同じこと言う! やっぱりママの言った通り、私が嫌いなんだ! ヤキモチ!? どうして――」

 布で目元を隠していても、震える声を聞くだけで激昂しているのがよく分かる。視界を奪われたまま両手を伸ばして私を探り当てると、制服をきつく握りしめた。

 ――どうして急に「恥ずかしい」なんて言い出したのか不思議だったけれど、どうも同級生にまともな子が居たようだ。きっとカガリがワガママ放題なのを見かねて、注意してくれたのだろう。

 まあ、嫉妬を多分に含んでいることはまず間違いないだろうけど、わざわざカガリに嫌味を言ってくれるなんて……随分と気の利く、優しい子が居たものだ。皆から持て囃されている相手に向かって牙を剥くなど、どれだけの勇気が要っただろうか。
 下手をすればイジメになりかねないので手放しに「良いこと」とは言えないが、少なくとも今のカガリにとっては良い薬だ。

「それで恥ずかしいなんて言い出したのね。でもそれって、カガリもってことでしょう?」
「そ、それは……」
「何がそんなに恥ずかしいと思ったの?」

 カガリは口をへの字に曲げている。しばしそのまま閉口していたけど、改めて「カガリ?」と呼びかければ観念したように口を開いた。

「学校の子が……その子たちのパパやママだって、お姉ちゃんを知ってるって言う。ママが弱虫だったから、お姉ちゃんはしっかりしてたって……ママはいつも守られてて、全然ママらしくなかったって。だからお姉ちゃんが頑張るしかなかったのに、ママはますますダメになって、それで――お姉ちゃんは偉いけど、可哀相って」
「……そうね、それが原因で母さんは私のことが大嫌いなのよ。あの人はカガリみたいに甘えてくれる子が好きだから」
「でも、は皆お姉ちゃんの味方よ! 子供も、大人も……近所のおばさんだって、私のことすごく変な目で見る! 何もさせようとしないママが悪いって言いながら、私まで悪いことしてるみたいに言う……!」

 そうして私と比較された結果、「働きたい」「お姉ちゃんにできることなら、私にだってできる」というワガママに繋がった。

 カガリはまだ、そもそも自分が何を悪く言われているのかも理解していないのだろう。ただ訳の分からない不条理に晒されたと思って――いや、事実母のエゴに振り回されているだけだから、彼女だって間違いなく被害者なのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

処理中です...