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第41話
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ワイワイと楽しそうに話しながら商会の奥へ進む子供たちの背中を見送っていると、彼らが進む先からヌッと大きな人影が現れた。男の子たちの口から「でけー!」「強そー!」なんてはしゃぐ声が聞こえてきて、思わず笑みを零す。
ゴードンを見た子供の反応というのは、綺麗に二極化される。彼らのように「大きい」「強そう」と盛り上がるか、あまりの強面に恐れをなして震え上がり、ピューと逃げ出すか。
幸い彼らは好意的な様子でひと安心だ。やはり曲がりなりにも私の『好きな人』だから「怖い」と逃げられるよりも、ああしてはしゃがれている姿を見る方が嬉しい。
ゴードンは今日もまたカガリの気に障るような言葉を発したのか、ぽこんぽこんと握り拳で胸元を叩かれているのが見えた。私の『意地悪』とは違いカガリが手をあげるだけの正当な理由があったのか、友人たちは「良いぞカガリ、やっつけろー!」と囃し立てている。彼もおかしそうに笑いながら、子供たちと一緒に奥の部屋へ消えて行った。
カガリの友人にまで商人直伝の知識や技でも披露するつもりだろうか? 何はともあれ、楽しそうで微笑ましい。
「――ねえセラス、病院はどうだったの?」
「うん? ああ……いや、それがまだなの」
「え、まだ行ってなかったの!? 早めに行くって言っていたじゃない……今日の帰りは?」
昨日も真摯に忠告してくれた同僚が声を掛けてきたけれど、生憎と今晩も残業することが決定しているので、病院は難しい。
「でも、なんていうか……今日は調子が良いのよね。あと冷静に考えたら、やっぱり月経痛で病院って大袈裟かなって……だって、仕事を断る理由として弱くない?」
「今日はたまたま調子が良いだけなんじゃないの? まあ確かに、それを理由に残業を断るのは周りの目が白くなりそうで、気まずいけれど――」
「でしょう? でも不安だし、ちゃんと行かなきゃって気はあるのよ。倉庫整理が片付いて残業がなくなったら、すぐに行こうかしらね」
「とか言って、セラスってば延々と残業してそう」
同僚に目を眇められて、私は胸中で「確かに」と呟いた。
「放っておいたらいつまでも病院に行きそうにないから、私がしつこく言ってあげるわね。同僚であると同時に友達だと思っているし……ありがたく思いなさいよ」
「まあ~、ありがたくって涙が出そう。……でも、そうね。しつこく言ってくれると本当に助かるわ」
「そうでしょう? 1人ぐらいは口うるさいのが居ないとね」
私は同僚兼友人と顔を見合わせて笑った。
――それからまた少し時間が経って、気付けば終業時刻。子供たちも帰る時間だ。
結局カガリが心配で居ても立っても居られなかったのか、ちゃっかり母が商会まで迎えに来た。母の先導で帰って行く子供たちを見送る際、誰もが弾けるような笑顔で挨拶をしてくれたけれど……若干、カガリの表情だけ曇っているように見えたのが気になる。
母の束縛に辟易しているのか、それともまだ私の軽口について凹んでいるのか――。
「セラス」
「あらゴードン、お疲れ様。あなたもこれから残業よね?」
通常業務を終えたので、ここからまた倉庫整理が始まる。私が任された第二倉庫の片付けは、まだ全体の2割も進んでいない。重量物ばかりの第一倉庫に至っては、進捗が1割未満という話だ。
倉庫へ移動する前にゴードンがやって来たので、労うつもりで笑みを返した。けれど、どうも彼の顔は浮かない。
「……どうかしたの?」
「いや――なんというか、俺の杞憂ならそれで良いんだが……カガリは少し、危ないかも知れない」
「危ない? まさか、また変質者に襲われるかも知れないということ?」
「そうじゃない。そうじゃなくて……お前に対するコンプレックスが、強すぎる気がして」
言われていることの意味が分からずに、口の中で「コンプレックス」と反芻する。
その逆ならば分かる。誰からも愛されて、いずれ才色兼備の称号をほしいままにするだろうカガリ。彼女に対するコンプレックスならば、死ぬほどもっているから。
しかし、カガリが私に対して羨むものなど――それこそ、ゴードンという絶対的な味方くらいのものだろう。
「今日、カガリの友達だっていうチビッ子たちが居ただろう? あの子らの会話を聞いていると、どうも学校には生徒の保護者を含めてセラス信者が多いらしい」
「信者」
「商会の受付として顔が広いし、子供の面倒を見たこともある。仕事が終わった後は取引先の飲食店で、食事がてら営業やアフターフォローまでこなすだろう? 女でここまで結果を出す職員は他に居ないから、学校どころか町中でも割と有名らしい。まあ、実際仕事ができるから事実なんだが」
「――はあ、それはどうも……」
話を聞いてもピンとこなくて、まるで生返事のようなぼんやりとした返しをしてしまう。
だって、誰も面と向かってそんな話をしてくれないではないか。私を手放しで褒めるのは、目の前の大男ぐらいだ。
「そんな環境に押し込められて、姉ばかり褒められて、比較されて。挙句の果てには「姉とは全然違うから、お前は恥ずかしい」なんて、こき下ろされていた訳だろう? たぶん、カガリが順風満帆なのは家の中だけだろうな」
「それは、でも、あなたの教育的指導のせいで――せいでって言うと言葉が悪いわね。あなたのお陰で、これから変わるはずよ。あの子ったらメキメキまともになっていっているもの、出来過ぎて怖いくらいに」
「せめてアレがまともになれば、少しはお前が生きやすくなるかと思ったんだ。ただ、こう言ってはなんだがセラスの母親――おばさんの教育を受けているせいで、根っこがずれている感じが否めない。下手をすると俺は、とんでもない化け物を育ててしまったのかも知れん」
「化け物って……一応、私の妹なんですけど?」
結局のところフワッとした話で、彼の言わんとしていることが正確に理解できなかった。私は小さく肩を竦めて、「考え過ぎじゃない? まだ8つよ」と笑う。
けれどゴードンは眉間に皺を寄せて、「そうだと良いんだが」と呟いただけだった。
ゴードンを見た子供の反応というのは、綺麗に二極化される。彼らのように「大きい」「強そう」と盛り上がるか、あまりの強面に恐れをなして震え上がり、ピューと逃げ出すか。
幸い彼らは好意的な様子でひと安心だ。やはり曲がりなりにも私の『好きな人』だから「怖い」と逃げられるよりも、ああしてはしゃがれている姿を見る方が嬉しい。
ゴードンは今日もまたカガリの気に障るような言葉を発したのか、ぽこんぽこんと握り拳で胸元を叩かれているのが見えた。私の『意地悪』とは違いカガリが手をあげるだけの正当な理由があったのか、友人たちは「良いぞカガリ、やっつけろー!」と囃し立てている。彼もおかしそうに笑いながら、子供たちと一緒に奥の部屋へ消えて行った。
カガリの友人にまで商人直伝の知識や技でも披露するつもりだろうか? 何はともあれ、楽しそうで微笑ましい。
「――ねえセラス、病院はどうだったの?」
「うん? ああ……いや、それがまだなの」
「え、まだ行ってなかったの!? 早めに行くって言っていたじゃない……今日の帰りは?」
昨日も真摯に忠告してくれた同僚が声を掛けてきたけれど、生憎と今晩も残業することが決定しているので、病院は難しい。
「でも、なんていうか……今日は調子が良いのよね。あと冷静に考えたら、やっぱり月経痛で病院って大袈裟かなって……だって、仕事を断る理由として弱くない?」
「今日はたまたま調子が良いだけなんじゃないの? まあ確かに、それを理由に残業を断るのは周りの目が白くなりそうで、気まずいけれど――」
「でしょう? でも不安だし、ちゃんと行かなきゃって気はあるのよ。倉庫整理が片付いて残業がなくなったら、すぐに行こうかしらね」
「とか言って、セラスってば延々と残業してそう」
同僚に目を眇められて、私は胸中で「確かに」と呟いた。
「放っておいたらいつまでも病院に行きそうにないから、私がしつこく言ってあげるわね。同僚であると同時に友達だと思っているし……ありがたく思いなさいよ」
「まあ~、ありがたくって涙が出そう。……でも、そうね。しつこく言ってくれると本当に助かるわ」
「そうでしょう? 1人ぐらいは口うるさいのが居ないとね」
私は同僚兼友人と顔を見合わせて笑った。
――それからまた少し時間が経って、気付けば終業時刻。子供たちも帰る時間だ。
結局カガリが心配で居ても立っても居られなかったのか、ちゃっかり母が商会まで迎えに来た。母の先導で帰って行く子供たちを見送る際、誰もが弾けるような笑顔で挨拶をしてくれたけれど……若干、カガリの表情だけ曇っているように見えたのが気になる。
母の束縛に辟易しているのか、それともまだ私の軽口について凹んでいるのか――。
「セラス」
「あらゴードン、お疲れ様。あなたもこれから残業よね?」
通常業務を終えたので、ここからまた倉庫整理が始まる。私が任された第二倉庫の片付けは、まだ全体の2割も進んでいない。重量物ばかりの第一倉庫に至っては、進捗が1割未満という話だ。
倉庫へ移動する前にゴードンがやって来たので、労うつもりで笑みを返した。けれど、どうも彼の顔は浮かない。
「……どうかしたの?」
「いや――なんというか、俺の杞憂ならそれで良いんだが……カガリは少し、危ないかも知れない」
「危ない? まさか、また変質者に襲われるかも知れないということ?」
「そうじゃない。そうじゃなくて……お前に対するコンプレックスが、強すぎる気がして」
言われていることの意味が分からずに、口の中で「コンプレックス」と反芻する。
その逆ならば分かる。誰からも愛されて、いずれ才色兼備の称号をほしいままにするだろうカガリ。彼女に対するコンプレックスならば、死ぬほどもっているから。
しかし、カガリが私に対して羨むものなど――それこそ、ゴードンという絶対的な味方くらいのものだろう。
「今日、カガリの友達だっていうチビッ子たちが居ただろう? あの子らの会話を聞いていると、どうも学校には生徒の保護者を含めてセラス信者が多いらしい」
「信者」
「商会の受付として顔が広いし、子供の面倒を見たこともある。仕事が終わった後は取引先の飲食店で、食事がてら営業やアフターフォローまでこなすだろう? 女でここまで結果を出す職員は他に居ないから、学校どころか町中でも割と有名らしい。まあ、実際仕事ができるから事実なんだが」
「――はあ、それはどうも……」
話を聞いてもピンとこなくて、まるで生返事のようなぼんやりとした返しをしてしまう。
だって、誰も面と向かってそんな話をしてくれないではないか。私を手放しで褒めるのは、目の前の大男ぐらいだ。
「そんな環境に押し込められて、姉ばかり褒められて、比較されて。挙句の果てには「姉とは全然違うから、お前は恥ずかしい」なんて、こき下ろされていた訳だろう? たぶん、カガリが順風満帆なのは家の中だけだろうな」
「それは、でも、あなたの教育的指導のせいで――せいでって言うと言葉が悪いわね。あなたのお陰で、これから変わるはずよ。あの子ったらメキメキまともになっていっているもの、出来過ぎて怖いくらいに」
「せめてアレがまともになれば、少しはお前が生きやすくなるかと思ったんだ。ただ、こう言ってはなんだがセラスの母親――おばさんの教育を受けているせいで、根っこがずれている感じが否めない。下手をすると俺は、とんでもない化け物を育ててしまったのかも知れん」
「化け物って……一応、私の妹なんですけど?」
結局のところフワッとした話で、彼の言わんとしていることが正確に理解できなかった。私は小さく肩を竦めて、「考え過ぎじゃない? まだ8つよ」と笑う。
けれどゴードンは眉間に皺を寄せて、「そうだと良いんだが」と呟いただけだった。
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