人を愛するのには、資格が必要ですか?

卯月ましろ@低浮上

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第58話

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 ゴードンと婚約破棄してから、私の生活は一変した。

 まず彼の家から出て行って、小さなワンルームを借りて住まいを移した。商会へは仕事の引継ぎと言うよりも、学校帰りのカガリを教育するためだけに通っているようなものだ。
 心の中ではどうだか知らないけれど、表面上カガリは好意的だった。とにかく勉強熱心で、教えたことをスポンジが水を吸うように吸収する。

 噂のせいか、どうしても職員の目と当たりが厳しく、何かと顔を合わせる機会の多い実母もアレだったけれど――まあ、全て予想の範囲内なので気にならない。母が流した噂は真っ赤な嘘ばかりで、いちいち腹を立てていても仕方がないのだ。

 しかし、母が荒唐無稽なことを言っていても周囲の者が庇ってくれない辺り、どうも私は元々同僚や上司から好かれていないらしかった。それは己の不徳の致すところでもあるし、甘んじて受けるしかないだろう。

 ちなみにゴードンとは、仲の良い幼馴染に――戻れるはずもなく。つかず離れず、ずっと微妙な関係性が続いている。
 冷たく突き放すべきだと分かっていても、不安げな瞳を見る度に心が折れた。だからと言って手放しに受け入れられる訳でもないし、嫌な言い方をすればお互い都合の良い関係に落ち着いた。

 どちらかが寂しさに耐えきれなくなったら体を重ねて、翌日には何事もなかったかのように離れて。心の寂しさが埋められないなら、せめて体だけでも――なんて。

 ただ子宮がなくなっただけで、そういった行為までできなくなった訳ではないのだ。
 お陰で異性の職員から頻繁にセクハラされるようになってしまったが、絶対に間違いが起きない体だからこその安心感。隠れてコソコソ逢瀬を重ねていたとしても、何も起きないのだから大目に見て欲しい。

 それが虚しくもあり、この上ない安らぎでもあり……なんとも複雑な気分である。

 ――ということを魔女に言う度、これでもかと渋い顔をされるのが分かっていても辞められなかった。本当に心が弱くて嫌になるけれど、私もゴードンもとっくの昔から共依存状態だったのだ。

 魔女と出会ったのが23歳の時。そこから半年経った頃、ついに彼女の名前がレンファということを知った。友人らしく『レン』と愛称で呼べば、彼女はほんの少し唇を尖らせて「男性の名前みたい」と呟いた。その後はにかむように「まあ良いですけど」と言っていたから、不快な訳ではないと思う。

 そこから更に数年経つと、レンは少しずつ私に心を開いて色んな話をしてくれた。

 まず『不老不死の魔女』について。詳しいところはよく分からないけれど、どうも彼女は何百年も昔から生きている状態らしい。ただし不滅なのは、精神だけだ。
 正しくは『不死の魔女』であって、体は普通の人間と同じように老い滅びる。けれど生を終えたかと思えば、記憶を有したまま何度でもこの世界に生まれ直してしまう。

 変わるのは髪色や肌色、目の色ぐらいで、基本的な顔立ちと性別は変わらない。赤ん坊からやり直すたびに新しい名付けをされるけれど、いちいち覚え直すのが面倒になって最初の「レンファ」を名乗るようになったらしい。

 なぜそんなことが起きるのかと言えば、それは彼女が魔女だから――ではなく、遥か昔に受けた呪術が原因なのだそうだ。

 今は失われた術らしいけれど、最初の人生で、とある男に呪われてしまったらしい。その呪いこそが精神の不滅、繰り返す転生だ。
 彼女が『ゴミクズ』を求めるのは、呪いを受けた際に解き方として「ゴミクズを愛せ」と告げられたから。彼女の家の地下には呪いを解くための陣があって、そこに物を入れると跡形もなく消失するのだと言う。

 正解を引き当てれば呪いは解けるが、何百年も転生しているのを見るにハズレしか引いたことがないのだろう。

 ゴミクズが何かの暗喩なのか、ゴミそのものなのか。正解が分からぬまま永遠に世界に取り残されている。やがて自分1人の価値観では正解を探せないと諦めて、魔女を名乗りながら薬の対価にゴミクズを集めているらしい。

 内容に驚きすぎたせいか――その話を聞いた時、私は馬鹿正直に「世界一可哀相だわ、レンの傍ってなんて居心地が良いのかしら……」と呟いてしまった。
 本当に申し訳ないけれど、彼女と比べたら私の悩みなんて酷くちっぽけで、一度でも死を望んだことさえ馬鹿馬鹿しくなったからだ。

 ――だって、レンは死にたくても死ねない。その苦しみたるや、想像がつかなかった。以前、彼女の目が冷たくなった理由はそこに帰結するのだろう。

 レンはポカンと呆けた顔をした後に吹き出して、私の前で初めて声を上げて笑った。
 ひとしきり笑った後、浮いた涙を指先で拭いながら「心の中ではどう思おうと自由ですけれど、普通、本人の目の前でそんな酷いことを言いますか? ある意味真摯で、おかしい人」と言われて、平身低頭して謝った。

 結局、何度も転生を繰り返したレンの懐が深すぎるせいか、私はいとも簡単に許された。それどころか「裏表がなさすぎて、かえって安心できます」と、数年越しにやっと正式な友人として認められたのだ。

 ただ、レンは嫌と言うほど人生を積み重ねているので、そもそも生きる意志が希薄だった。今回の人生で与えられた体は、生まれつき喘息もちだが――死にたいという願いに反する延命治療が、何よりも嫌いらしい。

 だから症状を和らげる薬を所持していない。治すつもりもない。どうせ死んでも、また蘇るのだから。
 に与えられるのが健康体であることを期待する方が、よっぽど有意義だと言った。

 ちなみに、解呪の陣が敷かれた彼女の家そのものにも『永遠』の呪いがかけられているようだ。だからこの家は季節関係なく、例え冬に森が枯れても年中真緑のツタに覆われている。

 レンは生まれ直すたびこの森に――陣があるこの家へかえってくるのだと言う。そうしてゴミクズを集めて、陣に入れて、正解を探して――死んで、生まれ直して、また森へ還ってくる。

 何百年も探し続けているのに正解が分からないのだから、私が手伝ったところで結果は変わらないだろう。ただ、少しでも彼女の手助けがしたいと思った。
 レンが不幸すぎて、彼女の傍は居心地が良いと言うだけでない。生き方を示してくれた友人に、ほんの少しで良いから恩返しがしたかったのだ。

 だから私は自然と、カガリの勉強が終わったら町を出てこの森に住もうと決めた。『魔女の家』まで続く轍のスタート地点、森の入口辺りに居を構えて、森の番人を名乗るのはどうだろうか――。

 虚弱な今のレンが、あとどれくらい生きられるのか分からない。そしてのレンが何歳で森までやって来るのかも分からない。けれど、きっと幼い姿では魔女として信憑性がなく、危険も多いだろう。

 少しでも彼女が健やかに生きられるように、保護者のような真似ができれば良い。
 それから私は、素人ながら小さな家を設計した。長い月日をかけて基礎から造って、完成すればそこをついの棲家にしようと思ったのだ。

 完成するまではレンの家を間借りして――もちろん「狭いのに」と迷惑そうな顔をされたけれど――月に何度か町へ出かけて、必要なものを買い集める生活を続けた。町の中傷から離れられるし、ゴードンからも物理的に離れられるし、病弱ながら細々と生きる友人と話すのも楽しかった。

 しかしある日、これまでの人生で最大と言っても過言ではない事件が起こってしまったのだ。
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