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第2章 万能王女と変わり者
3 王女とパーティ
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エヴァ王女の生誕パーティ会場となる城の大ホールは、舞踏会にも使われるほど広い会場です。
招待客は既にホールの中へ収まり、あのテオ陛下でさえ王女よりも先に客の前に姿を見せ、挨拶をしておられます。
あとは本日の主役、王女の入場を待つのみですね。
ハイドランジアの至宝、「美しいエヴァ王女」の登場を、今か今かと待ちわびるお客様方……ホールの空気は十分に暖まっております。
わたくしはエスコートをするために王女の隣に立ったまま、ホール入口の扉の前で、王女が足を踏み出すその時をお待ちしている最中でございます。
「………………ハイド。やっぱりわたくし、このヴェールは何かが違う気がしますの……!」
「ここまで来て何を仰いますか、よくお似合いですよ、自信をもってください」
「似合うと言われてもあまり嬉しくないですわ! やっぱり顔が見えないのはおかしいです、間違っておりますわ!」
「隠す理由は先ほどご説明した通りでございます。つい数分前まで乗り気でしたのに、エヴァ王女は本当に気分屋さんですね……ドレスにまでケチをつけなかっただけ、まだマシでしょうか……」
「だ、だって! 何だかこれ、インチキ占い師みたいではなくって!? 怪しさ満点で、友人を見付けるどころではないでしょう……!?」
今の今までハイテンションでいらっしゃったのに、どうも王女はすっかり我に返ってしまわれたご様子です。
いくら友人づくりという餌をチラつかせても、やはり聡明な王女の目を眩ませるには足りなかったようですね。
――しかし、会場の入り口までやって来てごねるのは正直、勘弁して頂きたい。ごねるなら、お部屋でごねてくだされば良いものを。
扉の前に立つ見張りのお2人だって、「いつ、どのタイミングで扉を開ければ良いのか」と困惑しているのが見てとれます。
「……では王女様、本日は挨拶のみで済ませて、早々に下がりませんか」
「え? で、でも、曲がりなりにも主役のわたくしがその調子では……」
「どちらにせよ、招待された皆様はしばらく城に滞在されるのですから。本日は――そうですね、ヒロインナノヨ伯爵令嬢でも探して、親交を深めてみるのはいかがですか。確か彼女とは、ご友人になれそうだと仰っておられましたよね」
わたくしの問いかけに、エヴァ王女はヴェールの奥で「う~~ん……」と何やら唸っておいでです。
――わたくしは「透視」のスキルがあるので、濃いヴェールで隠されようが王女の顔を確認する事ができますが……普通の方にはまず無理でしょう。
確かに王女のご指摘通り、濃紺のドレスに真っ黒のヴェールで覆われたお姿は、怪しさ満点のインチキ占い師スタイルでございます。
どうせならわたくしからの誕生日プレゼントだと言って、水晶玉のひとつでも持たせるべきでした。
「伯爵令嬢とは、確かに、お友達になれそうな予感がいたしますわ。――ですが、ハイドは一緒に居てはいけません。わたくしが20歳を迎える前に、攻略されてしまっては大変だもの」
「攻略――本気で仰っておられますか? 杞憂ですよ、そもそもわたくしは護衛ですから、王女様の傍を離れる訳には……まあ確かに、ヒロインナノヨ伯爵令嬢に対する興味は尽きませんが――」
「やっぱり! ハイドあなた、ヒロインナノヨ伯爵令嬢の事が気になっているのね!?」
「…………はあ、まあ、気にはなりますね。たかが伯爵家の令嬢が身の程もわきまえず、ハイドランジアの王女相手に真正面からぶつかってくるだなんて――まともではありませんから」
「…………………………あら? 言われてみれば、かなり無礼な事をされたような気がいたしますわね、わたくし……?」
「ああ、いいえ、ですがアレは、ご令嬢の、お友達になりたい照れ隠しが、ホラ――ねっ?」
わたくしの適当なフォローに、エヴァ王女はヴェールの下で「……そうですわよね!! 全く、照れ屋さんなんですから!!」と満面の笑みを浮かべておられます。
こと「友人」に関してはバカで良かったです。――間違えました、天然で良かったです。
結局エヴァ王女は、挨拶のみで早々に席を外してヒロインナノヨ伯爵令嬢と親交を深める――という方針で落ち着かれたご様子。
わたくしが見張りに目配せをすれば彼らはひとつ頷いて、観音開きの扉を片側ずつ手で押さえました。
そうして、「エヴァンシュカ・リアイス・トゥルーデル・フォン・ハイドランジア王女のご入場です」という声と共に開かれる扉。
ホールの中には、招待された貴族子息女がひしめき合っております。
わたくしは片腕にエヴァ王女の手を乗せたまま、彼女の歩幅に合わせるように、ゆっくりと歩き始めました。
……正直に申しまして、わたくしエヴァ王女にハイヒールを履かれると、ほとんど背丈が変わらなくなってしまうんですよね。
並ぶとあまり見栄えは良くないでしょうね。まあ他でもない王女がわたくしのエスコートを望んでくださるのですから、応じますけれど。
――王女の入場と聞いて、初めは期待が抑えきれぬ「おおぉ……!」という歓声が上がります。
しかしそれは一瞬で「おぉ、お……?」という、困惑したどよめきに変わりました。
それは至極当然の反応でございます。何せハイドランジア国民の至宝が、このようなインチキ占い師スタイルで登場したのですから。
あまりにも前衛的過ぎます。流行の先を行き過ぎているとしか言いようがございません。
ホール内がざわつく中、わたくしはただ己の職務を全うするのみです。
とにかく今はエヴァ王女をテオ陛下の御前まで送り届ける事――それが最重要事項にございますから。
どうせ今日この場で「犯人」探しは出来ません。周囲の雑音はシャットアウトしてしまいましょう。
「…………ねえ、ハイド。あなた今度は、「月の女神に愛された美貌の騎士」なんて言われているの……?」
「――はい? 何のお話ですか」
隣を歩くエヴァ王女に突然そう囁かれて、わたくしは首を傾げました。
「月の女神に知り合いはおりませんが……」
「ひ、比喩ですわよ、比喩! ――あちらにいらっしゃるご令嬢が、ハイドを見るなりそう叫んでいらしたから……確か前は、「森の妖精を惑わせる魔性の騎士」なんて噂されていたでしょう?」
「このような場で叫ぶご令嬢がいらしたんですか、それは面白――可愛らしいですね。ですが、森の妖精にも知り合いはおりませんよ」
「だ、だから比喩ですわよ! それだけあなたが、まるで吟遊詩人が紡ぐ詩のように美々しい存在だという事でしょう。まあお気持ちは分かりますわ、あなたは「絵本の騎士」のように精悍で逞しい騎士ではないけれど、本当に美しいもの」
「はあ、それはどうも」
「癖のないサラサラのプラチナブロンドに、わたくしとお揃いの青い目。わたくしより背が高いのに、顔はずっと小さくって……ずるいですわ。わたくし、ハイドのようなお顔に生まれたかった」
「………………大変ありがたいお言葉ですが、テオ陛下は悲しむと思いますよ。愛するエヴァ王女のお顔が、わたくしに変わったら」
――わたくし、可愛さだけでなく美しさも大して追い求めておりませんので、このような事を仰られても複雑なのです。
しかしエヴァ王女はわたくしの気の無い返事を咎めることなく、ヴェールの下で得意げに笑われました。
そうして僅かに胸を張ると、「それでこそわたくしの「絵本の騎士」ですわ」なんて仰るものですから、少しばかり困りました。
――人前でなければ、頭のひとつでも撫でで差し上げたのに。今の王女はそれくらい可愛らしかったです。
招待客は既にホールの中へ収まり、あのテオ陛下でさえ王女よりも先に客の前に姿を見せ、挨拶をしておられます。
あとは本日の主役、王女の入場を待つのみですね。
ハイドランジアの至宝、「美しいエヴァ王女」の登場を、今か今かと待ちわびるお客様方……ホールの空気は十分に暖まっております。
わたくしはエスコートをするために王女の隣に立ったまま、ホール入口の扉の前で、王女が足を踏み出すその時をお待ちしている最中でございます。
「………………ハイド。やっぱりわたくし、このヴェールは何かが違う気がしますの……!」
「ここまで来て何を仰いますか、よくお似合いですよ、自信をもってください」
「似合うと言われてもあまり嬉しくないですわ! やっぱり顔が見えないのはおかしいです、間違っておりますわ!」
「隠す理由は先ほどご説明した通りでございます。つい数分前まで乗り気でしたのに、エヴァ王女は本当に気分屋さんですね……ドレスにまでケチをつけなかっただけ、まだマシでしょうか……」
「だ、だって! 何だかこれ、インチキ占い師みたいではなくって!? 怪しさ満点で、友人を見付けるどころではないでしょう……!?」
今の今までハイテンションでいらっしゃったのに、どうも王女はすっかり我に返ってしまわれたご様子です。
いくら友人づくりという餌をチラつかせても、やはり聡明な王女の目を眩ませるには足りなかったようですね。
――しかし、会場の入り口までやって来てごねるのは正直、勘弁して頂きたい。ごねるなら、お部屋でごねてくだされば良いものを。
扉の前に立つ見張りのお2人だって、「いつ、どのタイミングで扉を開ければ良いのか」と困惑しているのが見てとれます。
「……では王女様、本日は挨拶のみで済ませて、早々に下がりませんか」
「え? で、でも、曲がりなりにも主役のわたくしがその調子では……」
「どちらにせよ、招待された皆様はしばらく城に滞在されるのですから。本日は――そうですね、ヒロインナノヨ伯爵令嬢でも探して、親交を深めてみるのはいかがですか。確か彼女とは、ご友人になれそうだと仰っておられましたよね」
わたくしの問いかけに、エヴァ王女はヴェールの奥で「う~~ん……」と何やら唸っておいでです。
――わたくしは「透視」のスキルがあるので、濃いヴェールで隠されようが王女の顔を確認する事ができますが……普通の方にはまず無理でしょう。
確かに王女のご指摘通り、濃紺のドレスに真っ黒のヴェールで覆われたお姿は、怪しさ満点のインチキ占い師スタイルでございます。
どうせならわたくしからの誕生日プレゼントだと言って、水晶玉のひとつでも持たせるべきでした。
「伯爵令嬢とは、確かに、お友達になれそうな予感がいたしますわ。――ですが、ハイドは一緒に居てはいけません。わたくしが20歳を迎える前に、攻略されてしまっては大変だもの」
「攻略――本気で仰っておられますか? 杞憂ですよ、そもそもわたくしは護衛ですから、王女様の傍を離れる訳には……まあ確かに、ヒロインナノヨ伯爵令嬢に対する興味は尽きませんが――」
「やっぱり! ハイドあなた、ヒロインナノヨ伯爵令嬢の事が気になっているのね!?」
「…………はあ、まあ、気にはなりますね。たかが伯爵家の令嬢が身の程もわきまえず、ハイドランジアの王女相手に真正面からぶつかってくるだなんて――まともではありませんから」
「…………………………あら? 言われてみれば、かなり無礼な事をされたような気がいたしますわね、わたくし……?」
「ああ、いいえ、ですがアレは、ご令嬢の、お友達になりたい照れ隠しが、ホラ――ねっ?」
わたくしの適当なフォローに、エヴァ王女はヴェールの下で「……そうですわよね!! 全く、照れ屋さんなんですから!!」と満面の笑みを浮かべておられます。
こと「友人」に関してはバカで良かったです。――間違えました、天然で良かったです。
結局エヴァ王女は、挨拶のみで早々に席を外してヒロインナノヨ伯爵令嬢と親交を深める――という方針で落ち着かれたご様子。
わたくしが見張りに目配せをすれば彼らはひとつ頷いて、観音開きの扉を片側ずつ手で押さえました。
そうして、「エヴァンシュカ・リアイス・トゥルーデル・フォン・ハイドランジア王女のご入場です」という声と共に開かれる扉。
ホールの中には、招待された貴族子息女がひしめき合っております。
わたくしは片腕にエヴァ王女の手を乗せたまま、彼女の歩幅に合わせるように、ゆっくりと歩き始めました。
……正直に申しまして、わたくしエヴァ王女にハイヒールを履かれると、ほとんど背丈が変わらなくなってしまうんですよね。
並ぶとあまり見栄えは良くないでしょうね。まあ他でもない王女がわたくしのエスコートを望んでくださるのですから、応じますけれど。
――王女の入場と聞いて、初めは期待が抑えきれぬ「おおぉ……!」という歓声が上がります。
しかしそれは一瞬で「おぉ、お……?」という、困惑したどよめきに変わりました。
それは至極当然の反応でございます。何せハイドランジア国民の至宝が、このようなインチキ占い師スタイルで登場したのですから。
あまりにも前衛的過ぎます。流行の先を行き過ぎているとしか言いようがございません。
ホール内がざわつく中、わたくしはただ己の職務を全うするのみです。
とにかく今はエヴァ王女をテオ陛下の御前まで送り届ける事――それが最重要事項にございますから。
どうせ今日この場で「犯人」探しは出来ません。周囲の雑音はシャットアウトしてしまいましょう。
「…………ねえ、ハイド。あなた今度は、「月の女神に愛された美貌の騎士」なんて言われているの……?」
「――はい? 何のお話ですか」
隣を歩くエヴァ王女に突然そう囁かれて、わたくしは首を傾げました。
「月の女神に知り合いはおりませんが……」
「ひ、比喩ですわよ、比喩! ――あちらにいらっしゃるご令嬢が、ハイドを見るなりそう叫んでいらしたから……確か前は、「森の妖精を惑わせる魔性の騎士」なんて噂されていたでしょう?」
「このような場で叫ぶご令嬢がいらしたんですか、それは面白――可愛らしいですね。ですが、森の妖精にも知り合いはおりませんよ」
「だ、だから比喩ですわよ! それだけあなたが、まるで吟遊詩人が紡ぐ詩のように美々しい存在だという事でしょう。まあお気持ちは分かりますわ、あなたは「絵本の騎士」のように精悍で逞しい騎士ではないけれど、本当に美しいもの」
「はあ、それはどうも」
「癖のないサラサラのプラチナブロンドに、わたくしとお揃いの青い目。わたくしより背が高いのに、顔はずっと小さくって……ずるいですわ。わたくし、ハイドのようなお顔に生まれたかった」
「………………大変ありがたいお言葉ですが、テオ陛下は悲しむと思いますよ。愛するエヴァ王女のお顔が、わたくしに変わったら」
――わたくし、可愛さだけでなく美しさも大して追い求めておりませんので、このような事を仰られても複雑なのです。
しかしエヴァ王女はわたくしの気の無い返事を咎めることなく、ヴェールの下で得意げに笑われました。
そうして僅かに胸を張ると、「それでこそわたくしの「絵本の騎士」ですわ」なんて仰るものですから、少しばかり困りました。
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