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終章 エピローグ
3 スノウアシスタント
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ジョーは細く長い息を吐き出してから、正面に腰掛けるエヴァンシュカの顔色を窺うように上目遣いになりました。
――彼、素の時メチャクチャ人相が悪いんですけど、不思議と仕草と表情は可愛いんですよね。
「ーーなあルディ、俺が平民でも貴族でも、「何」でも良いって言ってくれたッスよね?」
「え? ええ、ジョーはジョーですわよ。……突然どうされましたの?」
「うぅーーん……俺さぁ、実はもう1個だけルディに隠してる事があって――「スノウアシスタント」って、俺なんスよねえ……」
「…………はぇ?」
「えっ……!?」
ジョーの告白を聞いたエヴァンシュカとカレンデュラ伯爵令嬢は、揃って仲良くガタンと椅子から立ち上がりました。
「俺、「黄金郷」の出身なんスよ。だから向こうの知識があって――それで、色んなものが開発出来たって訳」
「え? で、でも黄金郷は……いや、え? ジョーが、スノウアシスタント先生……??」
「そー。プラムダリアの準男爵にガキどもを人質にとられて、馬車馬のように働かされてる可哀相なスノウアシスタント先生」
とても笑えるような内容ではありませんが、ジョーは屈託ない笑顔を浮かべてあっけらかんとしています。
彼は本当に突き抜けるくらい根明ですね。エヴァンシュカは瞠目しながらも、へなへなと腰が抜けたように椅子に座り直しました。
伯爵令嬢もまた、目を瞬かせながら席につきます。
「ハイドさん……いや、アデルさんは俺の事知ってるッスよね。最初の「後援者」だから」
「……ええ」
「こ、後援者って? 何よ、2人共知り合いだったって事……?」
「いくら俺が便利なグッズを作り出しても、孤児だから世に出すのは厳しかったんスよ。孤児院の職員は、まず俺が作ったものの何が凄いとか今までのものと何が違うとか……そういうの最初は全然分かってくれなくて。売り物になるって事すら理解されずに、「子供が頑張って作ったものだから~」なんて言って、プラムダリア孤児院のバザーに格安で出す事になったんスよ」
「ま、まあ、それは初耳でしたわ……最初の発明と言うと、「紙」――かしら?」
「そう。原価計算なんてひとつも理解してないような職員に格安で買い叩かれる事になったけど、まず孤児院のバザーなんて「汚い」っつって客が居ねえし……作っただけ無駄だったな~なんて思ってたんスよ。――でもその日たまたま、スゲー綺麗な貴族のお姉さんがバザーに来て。まあお姉さんっつっても、当時8歳ぐらいの女の子だったけど」
――わたくしもエヴァンシュカが生まれるまでは、「王女」として公務に励んでおりました。
孤児院は国の援助で運営されるものですから、各地の院を巡って経営の実態、孤児の様子を調査する事も王女としての責務の一つだったんですよね。
そうしてたまたま立ち寄ったプラムダリア孤児院、そのバザーに並ぶ「紙」を見て……わたくしは衝撃を受けました。
いくら生前の記憶があったって、「紙」のつくり方なんて分かりますか?
ここはパソコンもスマホもない、話を聞ける技術者すら居ない世界ですよ。わたくし「作りたいもの」はいくらでもあったのですが、残念ながらそれらを作るだけの知識が足りなかったのです。
紙の原料は何か? パルプ、何かしらの植物の繊維……それくらいは分かりますが、しかし製法など分かりません。
紙なんてあって当然のものです、意識した事もございませんでした。
生前にチャレンジしたものと言えば、牛乳パックを加工して紙にする――なんていう、既製品ありきのものでしたから。
その「紙」がバザーに並んでいれば、製作者は天才か――はたまた「同郷」かと疑って当然です。職員に聞けば、作り出したのは3、4歳の男児だと言いますし。
わたくしはすぐさま紙を全て買い取って、製作者の男児――当時3、4歳だったジョーと面会しました。
そうして職員を交えながら彼の才能を褒めちぎり、わたくしが全面的にバックアップするから、もっと多くの商品を世に送り出して欲しいとお願いしたのです。
ひとまず制作費として金を支援するから、後々売り上げの3パーセント程度をバックしてくれればそれで構わないと。
――あわよくば、わたくしが「欲しい」と思うものを作り出して欲しかったんですよね。紙の製法をすらすらと淀みなく説明するジョーに、彼は生前とんでもない知識人であったに違いないとすぐに分かりました。
何かリクエストを出したら作ってくれないかな~なんて邪な考えで、後援者として名乗りを上げたのです。
ただ、プラムダリアが国の援助を受けなくなったと同時に、わたくしからの支援も一切断られるようになりました。
国営でなくなった事で王族の視察も免除されるようになって――恐らく、準男爵とやらが売り上げの利益を独占したいと考えたからでしょうね。
それでもジョーはわたくしに恩義を感じてくれていたのか、アデルと名乗った訳でも王女だと告げた訳でもないのに……いまだに仲介者を通して、一番に「新作」を送ってくださるのですよ。
それら全てをエヴァンシュカに横流しした結果、彼女はとんでもないスノウアシスタント信者になってしまった――という訳ですね。
わたくしがここ数年エヴァンシュカの誕生日プレゼントとして贈っている、スノウアシスタント著の恋愛小説「追放された訳アリ王女様は、追手の黒騎士に溺愛されています!?」シリーズも、全てジョーが送ってくれたものです。
……しかし今年は、ジョーが孤児院の問題や養子問題でごたついていたせいか、商品の到着が当日の昼過ぎまで遅れてしまって――。
毎年朝一番にエヴァンシュカの枕元に置いていたのに、間に合わなかったんですよね……。その僅かな遅れでエヴァンシュカは「お姉さまに蔑ろにされた」と不貞腐れるし、ほとほと困りましたよ。
――彼、素の時メチャクチャ人相が悪いんですけど、不思議と仕草と表情は可愛いんですよね。
「ーーなあルディ、俺が平民でも貴族でも、「何」でも良いって言ってくれたッスよね?」
「え? ええ、ジョーはジョーですわよ。……突然どうされましたの?」
「うぅーーん……俺さぁ、実はもう1個だけルディに隠してる事があって――「スノウアシスタント」って、俺なんスよねえ……」
「…………はぇ?」
「えっ……!?」
ジョーの告白を聞いたエヴァンシュカとカレンデュラ伯爵令嬢は、揃って仲良くガタンと椅子から立ち上がりました。
「俺、「黄金郷」の出身なんスよ。だから向こうの知識があって――それで、色んなものが開発出来たって訳」
「え? で、でも黄金郷は……いや、え? ジョーが、スノウアシスタント先生……??」
「そー。プラムダリアの準男爵にガキどもを人質にとられて、馬車馬のように働かされてる可哀相なスノウアシスタント先生」
とても笑えるような内容ではありませんが、ジョーは屈託ない笑顔を浮かべてあっけらかんとしています。
彼は本当に突き抜けるくらい根明ですね。エヴァンシュカは瞠目しながらも、へなへなと腰が抜けたように椅子に座り直しました。
伯爵令嬢もまた、目を瞬かせながら席につきます。
「ハイドさん……いや、アデルさんは俺の事知ってるッスよね。最初の「後援者」だから」
「……ええ」
「こ、後援者って? 何よ、2人共知り合いだったって事……?」
「いくら俺が便利なグッズを作り出しても、孤児だから世に出すのは厳しかったんスよ。孤児院の職員は、まず俺が作ったものの何が凄いとか今までのものと何が違うとか……そういうの最初は全然分かってくれなくて。売り物になるって事すら理解されずに、「子供が頑張って作ったものだから~」なんて言って、プラムダリア孤児院のバザーに格安で出す事になったんスよ」
「ま、まあ、それは初耳でしたわ……最初の発明と言うと、「紙」――かしら?」
「そう。原価計算なんてひとつも理解してないような職員に格安で買い叩かれる事になったけど、まず孤児院のバザーなんて「汚い」っつって客が居ねえし……作っただけ無駄だったな~なんて思ってたんスよ。――でもその日たまたま、スゲー綺麗な貴族のお姉さんがバザーに来て。まあお姉さんっつっても、当時8歳ぐらいの女の子だったけど」
――わたくしもエヴァンシュカが生まれるまでは、「王女」として公務に励んでおりました。
孤児院は国の援助で運営されるものですから、各地の院を巡って経営の実態、孤児の様子を調査する事も王女としての責務の一つだったんですよね。
そうしてたまたま立ち寄ったプラムダリア孤児院、そのバザーに並ぶ「紙」を見て……わたくしは衝撃を受けました。
いくら生前の記憶があったって、「紙」のつくり方なんて分かりますか?
ここはパソコンもスマホもない、話を聞ける技術者すら居ない世界ですよ。わたくし「作りたいもの」はいくらでもあったのですが、残念ながらそれらを作るだけの知識が足りなかったのです。
紙の原料は何か? パルプ、何かしらの植物の繊維……それくらいは分かりますが、しかし製法など分かりません。
紙なんてあって当然のものです、意識した事もございませんでした。
生前にチャレンジしたものと言えば、牛乳パックを加工して紙にする――なんていう、既製品ありきのものでしたから。
その「紙」がバザーに並んでいれば、製作者は天才か――はたまた「同郷」かと疑って当然です。職員に聞けば、作り出したのは3、4歳の男児だと言いますし。
わたくしはすぐさま紙を全て買い取って、製作者の男児――当時3、4歳だったジョーと面会しました。
そうして職員を交えながら彼の才能を褒めちぎり、わたくしが全面的にバックアップするから、もっと多くの商品を世に送り出して欲しいとお願いしたのです。
ひとまず制作費として金を支援するから、後々売り上げの3パーセント程度をバックしてくれればそれで構わないと。
――あわよくば、わたくしが「欲しい」と思うものを作り出して欲しかったんですよね。紙の製法をすらすらと淀みなく説明するジョーに、彼は生前とんでもない知識人であったに違いないとすぐに分かりました。
何かリクエストを出したら作ってくれないかな~なんて邪な考えで、後援者として名乗りを上げたのです。
ただ、プラムダリアが国の援助を受けなくなったと同時に、わたくしからの支援も一切断られるようになりました。
国営でなくなった事で王族の視察も免除されるようになって――恐らく、準男爵とやらが売り上げの利益を独占したいと考えたからでしょうね。
それでもジョーはわたくしに恩義を感じてくれていたのか、アデルと名乗った訳でも王女だと告げた訳でもないのに……いまだに仲介者を通して、一番に「新作」を送ってくださるのですよ。
それら全てをエヴァンシュカに横流しした結果、彼女はとんでもないスノウアシスタント信者になってしまった――という訳ですね。
わたくしがここ数年エヴァンシュカの誕生日プレゼントとして贈っている、スノウアシスタント著の恋愛小説「追放された訳アリ王女様は、追手の黒騎士に溺愛されています!?」シリーズも、全てジョーが送ってくれたものです。
……しかし今年は、ジョーが孤児院の問題や養子問題でごたついていたせいか、商品の到着が当日の昼過ぎまで遅れてしまって――。
毎年朝一番にエヴァンシュカの枕元に置いていたのに、間に合わなかったんですよね……。その僅かな遅れでエヴァンシュカは「お姉さまに蔑ろにされた」と不貞腐れるし、ほとほと困りましたよ。
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