無自覚万能王女様は、今日も傲慢な転生者を悪気なく退治している。

卯月ましろ@低浮上

文字の大きさ
64 / 70
番外編②

6 エヴァンシュカとハイド

しおりを挟む
「……ルディ、万年筆を肌に刺すのは よくありません。インクが皮膚の下に染みこんで取れなくなるんですよ、今後は禁止です」
「まあ! ごめんなさいアデルお姉さま……わたくしもっと思慮深い淑女になりますわ。「絵本の騎士」に相応しいように」
「あと一応、陛下にも謝ってくださいね。アレたぶん寿命7年ぐらい縮まってますから」

 お父さまが呼びつけたお医者は、わたくしの親指を消毒して包帯で固定したあと、何故か倒れてしまわれたお父さまの処置にかかりきりになってしまいましたの。
 お姉さま曰く「絶叫して血圧が上がったのでしょう」とのことですが……「血圧」とは何なのかしら? とっても気になるわ。

 ――いけない、まずはお父さまに謝らなければ。
 せっかく「絵本の騎士」を認められたんだもの、あとは騎士を探しながらわたくし自身が最高の淑女になるだけですわ。

 わたくしは横になっているお父さまの元まで駆け寄って、青い顔を覗き込みました。

「お父さま、驚かせてしまってごめんなさい……そして騎士と自由恋愛を認めて下さったこと、心から感謝いたしますわ」
「ルディ……もう自分の身体を傷付けるようなマネはせんでくれ……ワシ死ぬ……」
「はい、二度といたしません。それでお父さま、早速護衛騎士を探したいのですが――」

 胸を躍らせながらお父さまに進言すれば、何故か首を傾げられてしまいましたの。

「……はて、護衛騎士? なんのことかの」
「えっ?」
「ワシが許可したのは、ルディが己の力で結婚相手を探す事と自由恋愛だけじゃ。護衛騎士をつけることについて許可した覚えはないのう」
「ええ! ……で、でも、「絵本の騎士」を見つけ出しても護衛にできないのでは、わたくしと恋に落ちないのではありませんか……!? 護衛以外で騎士と王女に接点はありますの? 一体どうすれば……」

 わたくしがオロオロ狼狽えていると、あとからやって来たアデルお姉さまが呆れたご様子で「陛下……」とため息交じりに呟かれましたわ。
 でも確かに言われてみれば、わたくしったら契約書に護衛騎士の文言をひとつも入れておりませんわね……ああ、もっと時間があれば気付けたでしょうに。
 限られた時間で作成したものですから、あの契約書は穴だらけですの。

「自由恋愛を許可しているのですから護衛をつけるくらい良いではありませんか、一体何が気に入らないのです」
「ならん! だってこの契約書 護衛騎士について書いておるか? 「男を傍にはべらせます」と書いておるか? ん? 探すのは自由じゃが雇うかどうか決めるのはワシじゃあ! あー、女の騎士であればいくらでも付けてよいぞ、ガハハ!」
「大人げない……」
「何とでも言えい! ――そうじゃ、そんなに「絵本の騎士」を傍に置きたいならアデルがなれば良いではないか」
「……はい?」
「アデルお姉さまが騎士に……? でもお父さま、お姉さまはお姉さまで、騎士ではありませんわ」

 突然なされた提案に、わたくしとアデルお姉さまは顔を見合わせましたわ。
 お父さまったらおかしなことを仰るのね、お姉さまはわたくしと同じ女性だから、騎士になったところで結婚できませんのに……いえ、それはまあ結婚できるものならばしたいですわよ? だってこんなに好きなんですもの。

「アデルは独り芝居が得意じゃろう。お前の考えた物語のせいでルディが毒されたんじゃ、お前が責任取って「絵本の騎士」になれ」
「……陛下、まさかわたくしに騎士を「演じろ」と仰るのですか」
「うむ。……そうしてとりあえずルディの欲を満たせば、適当なところで飽きるじゃろうて……」
「なるほど、「本物」が現れるまでの繋ぎ――――噛ませ犬という訳ですね……面白い、わたくし主役級よりも脇役の方が俄然燃えるのですよ」
「……何を燃えておるのか知らんが、任せたぞ。ルディもよいな? とりあえず「絵本の騎士」とやらが見つかるまでアデルの騎士で我慢せい。……騎士で「アデル」はおかしいか、デル……いや、ハイディマリー……「ハイド」、騎士を演じる時はハイドじゃ」
「ハイド……何だかとっても格好いいお名前ですわ、男の人みたいで素敵ですお姉さま」

 アデルという愛称も綺麗な響きで大好きでしたけれど、いつも凛としていらっしゃるお姉さまにはハイドという愛称もお似合いね。
 でもお姉さまが騎士になるって具体的にどういう事なのかしら。

 お姉さまは元々わたくしの教育係をしながら、侍女のアメリと共にわたくしが危ない目に遭わぬよういつも見守ってくださいました。
 それって結局は、今まで通りの生活が続くということではなくて……?
 お姉さまが騎士になると聞いて知らずの内に舞い上がりましたけれど、早合点してしまったかしら。
 お父さまったら、ただわたくしを煙に巻いて丸め込もうとしていらっしゃるだけなのかも知れませんわ。

 ここで駄々をこねるのは単なるワガママ? それとも必要最低限のお願いごと?
 どうすべきか悩んでいると、いつの間にやらアデルお姉さままで紙を取り出して何かを書き記し始めました。
 しばらくしてから紙をお父さまに渡せば、女神のごとく美しい笑顔と美声で内容を読み上げます。

「わたくしの分の契約書です。判はのちほど押しますのでご確認くださいますか」

 契約書の内容はこうです。

 ・ハイディマリー・ラムベア・アデルート・フォン・ハイドランジアは騎士「ハイド」としてエヴァンシュカ・リアイス・トゥルーデル・フォン・ハイドランジア王女に仕える。
 ・ハイドは一介の騎士であり王女にあらず。騎士として扱うこと。
 ・絵本の騎士ハイドとしての役作りは当人に一任し、外野は指示をしないこと。
 ・契約期間はエヴァンシュカ王女が婚姻を結ぶまでとする。
 ・「アデルート」は契約期間中 一切の公務を行わず、「引きこもりの王女」として表舞台から去る。期間中アデルートに婚姻を強制しないこと。

 全て読み上げ終えたアデルお姉さまは、最後にハッキリとした口調で「これらの契約が履行されなければ騎士を演じることはできません」と告げましたわ。
 お父様はまた難しい顔をして契約書を見つめながら、大きなため息を吐き出しました。

「アデル……ここまで周到にする必要があるか? 演じるとは言っても、ルディが飽きるまでのお遊び程度で良いんじゃて……いつも一人芝居であやしておるじゃろう、あれぐらいで――――」
「いいえ、「演じろ」と命じられた以上お遊びではいけません。わたくしにも矜持きょうじがございますので」
「うぐぐぐ……ああもう分かった分かった、好きにせい!」
「はい、好きにさせていただきます」

 お姉さまはニッコリ笑って、「さあルディ、お部屋に帰って絵本の続きを読みましょうね」と優しく囁いてくださいました。
 お姉さまのお陰でわたくしのお願いごとが全て叶ったわ!
 本物の騎士ではなくてアデルお姉さまのお芝居だけれど、でも平気。だってわたくしアデルお姉さまが大好きなんだもの。


 ◆


 ――――その翌日。
 長く美しかった灰銀色の髪を短く切って、真っ黒い騎士服に身を包んだアデルお姉さま……ことハイドが朝食会場に現れると、お父さまは「未婚の王女が髪切るとか聞いてないワシーーーー!」と絶叫したのち泡を噴いて失神なさいました。
 他に数名いらっしゃったお兄さまやお姉さま方も仰天して、口々に何かを仰っておられましたわ。……けれどもう、わたくしの耳には何も入っておりませんでした。

 だってアデルお姉さまの男装が――いいえ、騎士のハイドがあまりにも素敵だったんですもの!!

 やっぱりわたくしアデルお姉さまが誰よりも大好きよ。ああ、お姉さまが本当に「ハイド」だったら良かったのに。そうであれば迷わずに結婚したのに、神様はなんて残酷なのかしら。
 お姉さまはそれ以来わたくしのことを「ルディ」とは呼ばなくなってしまったけれど……でも全く寂しくないわ。
 朝から晩までわたくしの傍に居て下さるから。






「――ハイドと結婚するにはどうすれば良いのかしら……」
「いけませんよエヴァ王女、わたくしはどうあっても貴女を愛することができないのですから」
「どうしていつもハッキリ断言なさるのよ!」
「もう19歳なんですよ、いい加減 現実を見ましょうね王女様。そんなに夢見がちでは「絵本の騎士」が現れた時に笑われてしまいますよ」
「……その「絵本の騎士」を作り出した張本人の癖に……」


 ――数日後に19歳の誕生日を迎えるわたくしの「本物の騎士」が現れるのは、もう少しあとのお話。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

処理中です...