【完結】さっさと婚約破棄が皆のお望みです

井名可乃子

文字の大きさ
12 / 13

第11話 元、婚約者がゆく

しおりを挟む


 馬車を待つ間、アンドリューは本当にうるさかった。

「なぜ今日、出向く必要がある? お前は病み上がりなんだぞ。また声が出なくなったりでもしたら」
「心配なら、ついてくれば良いでしょう?」

 どうしても彼女を行かせたくなく、両親とアンドリューは用事があるだ、付き添い人がいないだと散々御託を並べ立てた後だった。

「そこの二人も聞こえているのでしょう。いいですか? 一方的に婚約を破棄した家が、元婚約者の令嬢を招き入れるなど、破棄した当日にしかあり得ませんのよ。したがって、これから向かうのは道理にかないますわ」
「でも、セレーナ。なぜ直接会う必要があるんだ? わしらも望んだ結末で、もう相手方に伝える事もないであろう」

 門の陰に隠れていた両親が顔を出して説得するも彼女の強すぎる意志のせいで、結局、敵の陣地へ総出で出陣する事となった。

「シャープルズの名をおとしめた報いは受けていただくわ」

 アンドリューもため息を吐くしかなく、二台の馬車は長旅に出る準備を始めた。





 ブリットン伯爵家は押しかけてきた一行にひどく戸惑い慌てふためいたものの、セレーナの言う通り、渋々屋敷の中へ通さざるを得なかった。

「これはこれは、皆さんお揃いで」

 余裕ぶるにしては足りない声量で、ブリットン伯爵家の当主は最後に現れた。

「その節は大変お世話になりました」
「セレーナ嬢、もうお加減は良いのかな」

 かつて婚約者だった二人は甘い絡まりを解き、残るは人工的な生垣と実用の柵のみだ。

「セレーナ嬢! ……声」

 ロウサは驚きアンドリューを見やると、公爵の目配せに彼女は口をつぐんだ。

「婚約の件でしたら、私達からは署名付きの書類をお送りいたしました。妥当な理由を添えてありますので、どうぞご確認をお願い申し上げます。本日の夕方までには着くかと」

 ブリットン伯爵夫人は、セレーナを通り越して子爵へその旨を伝えた。

「承知いたした。だが、その事で伺ったわけでは無いのです。娘がどうしても皆様にお伝えしたい事があると申しておりまして、不躾ながらこうして突然の訪問をお願いした次第にございます」
「本当に突然で、何のご用意も出来ませんでしたわ」
「こちらも突然の申し出を受けたのです。おあいこという事で、ご容赦頂けませんか?」

 セレーナは伯爵夫人の視界へ無理やり入っていった。

「貴女、やはり図々しい令嬢でしたのね」

 拳を握りしめたアンドリューを子爵夫人がそっと収める。

「申し訳ございません。あの件に引き続き、謝罪させていただきます」
「あれは、もう良いわ。そんな事のためにわざわざ?」
「今の謝罪は新しいものです。うちが詐欺に遭って破産したという嘘を、謝罪させていただきたいのです」
「……嘘?」

 トーマスは眉をひそめた。

「はい。以前ブリットン伯爵様は、私の婚約者の資質を図られました。恐れながら、家の者も同じ事を思い付いた次第でございます」
「……では、財産は」
「子爵様の日々の弛まぬ努力が、本日も実を結んでおいでです。誠に申し訳ございませんでした。それでは失礼いたします」
「ま、待ってくれ……! 最後に二人で話せないか?」
「承知いたしました」

 セレーナは今までになく淑やかに話し、歩き、以前ブリットン邸に足を踏み入れた時とはまるで別人のような姿に、その場の者は圧倒されていた。別の部屋へ案内される彼女に扉が閉まった途端、トーマスは態度を変えた。

「セレーナ嬢、お許し頂きたい。また過ちを繰り返す我々の事を……あのパーティーで倒れられ、その気持ちは揺るぎないのかと今度は姉達が」
「私を馬鹿だと思っていらっしゃるの? 何度も同じ手が通用するわけが無いでしょう。それにいくらこの場で撤回を申し立てても、伯爵家の正式な書面は遠く離れたシャープルズ領へ運ばれているのですから、意味はありませんわ」

 トーマスは悔しそうに顔を歪めると、思いついたようにセレーナを強引に抱き寄せた。

「ちょ、伯爵様!」
「でもこの気持ちは! 君が私に感じたこの感情は偽りじゃないだろう!! 君は何度も私を愛おしそうに見つめた!」
「やめてください……! あれは今なら分かります。箱の中で育てられた令嬢というのは、初めての経験が大袈裟に思えるのです。それが男性との事柄なら、なおさら」
「君はまだ世間知らずだ……君には刺激が強いと抑えていたが、男と女にはまだ先があるんだよ」
「…………!!」

 またセレーナの声は喉の引っ掛かりに邪魔され、表へ出てくるのを拒んだ。彼女には祈りしかなかった。


 ——アンディ。私のアンディ。私は彼だけ。

 扉は強引に開かれ、セレーナに覆い被さったトーマスは床へ投げ飛ばされる。アンドリューは怒りで震える息を殺し、青ざめた彼女へと駆け寄った。

「もう大丈夫だ。俺がいる。誰にも触らせない」
「…………」

 小さく開けた口からは息だけが漏れ、アンドリューが悟ったように彼女の頭を撫でた。

「ローフォード卿がそちらの味方なのはなぜです! なぜ私を陥れるような事を!」

 トーマスはこの後に及んで、まだ自分は救われる側だと思っていた。懇願する眼差しと家格差で、セレーナからこの場の主導権を取り戻そうとしている憐れな男に、アンドリューは持ち上げた前髪を垂らして言った。

「前に言ったはずだが。シャープルズ子爵家の商談の手伝い投資をしている、馴染み幼なじみの者だと」

 トーマスは目を丸くして、呆気に取られた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄が決まっているようなので、私は国を出ることにしました

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私エルノアは、婚約破棄が決まっているようだ。 他国の王子ラーサーから聞いた話で、最初は信じられなかった。 婚約者のドスラ王子を追及すると、本当に婚約を破棄するつもりのようだ。 その後――私はラーサーの提案に賛同して、国を出ることにしました。

誰ですか、それ?

音爽(ネソウ)
恋愛
強欲でアホな従妹の話。

生まれたことが間違いとまで言っておいて、今更擦り寄ろうなんて許される訳ないではありませんか。

木山楽斗
恋愛
伯父である子爵の元で、ルシェーラは苦しい生活を送っていた。 父親が不明の子ということもあって、彼女は伯母やいとこの令嬢から虐げられて、生きてきたのだ。 ルシェーラの唯一の味方は、子爵令息であるロナードだけだった。彼は家族の非道に心を痛めており、ルシェーラのことを気遣っていた。 そんな彼が子爵家を継ぐまで、自身の生活は変わらない。ルシェーラはずっとそう思っていた。 しかしある時、彼女が亡き王弟の娘であることが判明する。王位継承戦において負けて命を落とした彼は、ルシェーラを忘れ形見として残していたのだ。 王家の方針が当時とは変わったこともあって、ルシェーラは王族の一員として認められることになった。 すると彼女の周りで変化が起こった。今まで自分を虐げていた伯父や伯母やいとこの令嬢が、態度を一変させたのである。 それはルシェーラにとって、到底許せることではなかった。彼女は王家に子爵家であった今までのことを告げて、然るべき罰を与えるのだった。

拗れた恋の行方

音爽(ネソウ)
恋愛
どうしてあの人はワザと絡んで意地悪をするの? 理解できない子爵令嬢のナリレットは幼少期から悩んでいた。 大切にしていた亡き祖母の髪飾りを隠され、ボロボロにされて……。 彼女は次第に恨むようになっていく。 隣に住む男爵家の次男グランはナリレットに焦がれていた。 しかし、素直になれないまま今日もナリレットに意地悪をするのだった。

元婚約者が「俺の子を育てろ」と言って来たのでボコろうと思います。

音爽(ネソウ)
恋愛
結婚間近だった彼が使用人の娘と駆け落ちをしてしまった、私は傷心の日々を過ごしたがなんとか前を向くことに。しかし、裏切り行為から3年が経ったある日…… *体調を崩し絶不調につきリハビリ作品です。長い目でお読みいただければ幸いです。

記憶喪失を理由に婚約破棄を言い渡されるけど、何も問題ありませんでした

天宮有
恋愛
 記憶喪失となった私は、伯爵令嬢のルクルらしい。  私は何も思い出せず、前とは違う言動をとっているようだ。  それを理由に婚約者と聞いているエドガーから、婚約破棄を言い渡されてしまう。  エドガーが不快だったから婚約破棄できてよかったと思っていたら、ユアンと名乗る美少年がやってくる。  ユアンは私の友人のようで、エドガーと婚約を破棄したのなら支えたいと提案してくれた。

愛しておりますわ、“婚約者”様[完]

ラララキヲ
恋愛
「リゼオン様、愛しておりますわ」 それはマリーナの口癖だった。  伯爵令嬢マリーナは婚約者である侯爵令息のリゼオンにいつも愛の言葉を伝える。  しかしリゼオンは伯爵家へと婿入りする事に最初から不満だった。だからマリーナなんかを愛していない。  リゼオンは学園で出会ったカレナ男爵令嬢と恋仲になり、自分に心酔しているマリーナを婚約破棄で脅してカレナを第2夫人として認めさせようと考えつく。  しかしその企みは婚約破棄をあっさりと受け入れたマリーナによって失敗に終わった。  焦ったリゼオンはマリーナに「俺を愛していると言っていただろう!?」と詰め寄るが…… ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

虐げられてきた妾の子は、生真面目な侯爵に溺愛されています。~嫁いだ先の訳あり侯爵は、実は王家の血を引いていました~

木山楽斗
恋愛
小さな村で母親とともに暮らしていアリシアは、突如ランベルト侯爵家に連れて行かれることになった。彼女は、ランベルト侯爵の隠し子だったのである。 侯爵に連れて行かれてからのアリシアの生活は、幸福なものではなかった ランベルト侯爵家のほとんどはアリシアのことを決して歓迎しておらず、彼女に対してひどい扱いをしていたのである。 一緒に連れて行かれた母親からも引き離されたアリシアは、苦しい日々を送っていた。 そしてある時彼女は、母親が亡くなったことを聞く。それによって、アリシアは深く傷ついていた。 そんな彼女は、若くしてアルバーン侯爵を襲名したルバイトの元に嫁ぐことになった。 ルバイトは訳アリの侯爵であり、ランベルト侯爵は彼の権力を取り込むことを狙い、アリシアを嫁がせたのである。 ルバイト自身は人格者であり、彼はアリシアの扱われた方に怒りを覚えてくれた。 そのこともあって、アリシアは久方振りに穏やかな生活を送れるようになったのだった。 そしてある時アリシアは、ルバイト自身も知らなかった彼の出自について知ることになった。 実は彼は、王家の血を引いていたのである。 それによって、ランベルト侯爵家の人々は苦しむことになった。 アリシアへの今までの行いが、国王の耳まで行き届き、彼の逆鱗に触れることになったのである。

処理中です...