そこは誰もいなくなった

椿 雅香

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プロローグ――秘密基地

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 俺の名前は、松村俊哉。北陸の片田舎に住んでいる。現在、高校二年生。まあ、呑気といえば呑気な学年だ。
 
 俺が通う高校は、ここらじゃ有名な進学校だ。
 学校はせっせと生徒に勉強させる。でも、田舎だから、都会と違って近所に予備校なんてあるわけもない。

 というわけで、先生が各々の志望校に向けての傾向と対策を指導してくれる。それがウチの学校の売りだ。
 俺は予備校へ通ったことがない。だが、浪人して都会の予備校に行った先輩(ウチの高校じゃ、予備校に通うにも下宿しなけりゃならない。親にとっては大変な物入りで、そのせいで現役合格するよう尻を叩かれるのだが、まあ、それは別の話だ)に聞く限り、ウチの学校の先生は予備校の先生と同じようなことをしてくれているようだ。

 でもまあ、それも生徒の側に大学へ行きたいっちゅう確固たる意志があればありがたいのだろうが、俺のように、特段、大学へ進みたいわけでもない生徒にとっては、ネコに小判、豚に真珠だ。
 俺がこの学校に入ったのは、中学時代たまたま成績が良かったので、担任が機械的に押し込んだってだけだ。
 押し込まれた側の俺も、地域の高校の中では、家から一番近いという程度でここに決めた。

 
 
 まあ、両者の利害関係が一致したってわけだ。

 それだって、自転車で20分はかかるのだが、他の高校は、そもそも自転車で通学することなんか想定外ってほど遠いので、他に行ける学校がないならやむを得ず選択するって程度で、そもそも志望する気にもならなかった。
 だから、この高校に合格して初めて、この高校(ここ)がここらじゃ有名な進学校だということを知ったほどだ。

 高校に入学して、ようやく受験勉強から解放された俺は、大学受験のために再びネジを巻くなんて切羽詰まったことはできなかった。 

 そんなに器用なわけじゃないし、やっとのことで手に入れた自由を満喫したかったのだ。


 というわけで、現在の俺は、本気で大学へ行きたいわけではない。かといって、卒業してすぐに働くのも面倒くさい。
 大学イコールモラトリアムなら、それも良いかもしれないと思っている、まあ、ごくごく普通の高校生だ。

 進学校の良いところは、帰宅部を決め込んでも、「勉強頑張れよ」としか言われないところだ。


 
 

 そんな俺だが、親友と二人で、どでかい秘密を抱えている。


 親友の名前は、杉田 祐樹。

 幼馴染で、幼稚園から小学校、中学校そして高校(一年のときはクラスまで同じだった)まで同じ、つまり、ずっと一緒で、小さい頃は、というか現在も、何をするのも一緒だ。
 もはや、腐れ縁と言っていいほど、良いことも悪いことも一緒にしてきた。
 だから、価値観や好みが似ているだけじゃない。
 互いの家庭環境から趣味嗜好まで熟知している。
 しかも、人生の大半の時間を共有してきた結果、恐ろしいことに、同じ漫画に夢中になり、同じアニメにとち狂ってきた。
 小学生や中学生ならともかく、高校生の俺たちが価値観を同じにするという現実を見ると、これで良いのかどうか自信がなくなるんだが、まあ、あえて気にしないことにしてる。

 小学校の頃は、二人して漫画やアニメや小説に出てくるシチュエーションを真似てバスケに熱中したり、バレーに夢中になったりしたものだ。

 最新のアワブームが、自転車だ。

 

 


 とまあ、こんな俺たちが、超弩級の秘密を持つことになったのだが、ことの発端は中学三年の夏に遡る。


 俺たちはクラブを引退し、ひたすら勉強するよう親にも教師にも口を酸っぱくして言われ、うんざりしながら毎日を過ごしていた。
 早く受験勉強から解放されたいと願いつつ、その結果が最悪なものでないことを祈るというストレスと戦っていたのだ。

 そんなとき、気分転換に読んだコミックにはまった。
 
 それが運の尽きというか、全ての始まりだった。

 

 俺たちは、作中に出てくるロードバイクに滅茶苦茶憧れた。


「ロードバイク……究極の自転車……か。一体どんな乗り心地なのだろう」
 俺がうっとりとつぶやくと、祐樹が平然と答えた。

「体験者によりゃあ、普通の自転車とは大違いらしい。何ちゅうか、軽くって風に乗って走るみたいな爽快感があるっていうぞ」

 祐樹はいつだって、平然と、まるで興味なさそうに振る舞う。
 自分だって気になって仕方がないくせに。
 でも、それを指摘すると、無茶苦茶怒る。
 きっと、恥ずかしいのだ。
 

 クールな様を気取るくせに、意外と照れ屋なのだ。
 
 だから、こっちは、照れてるあいつを上手になだめて、本心を訊くという手順を踏むことになる。
 面倒と言えば面倒なのだが、その方がトラブルになりにくいのを長年の付き合いで学んでいるのだ。

 だが、このときの俺は、いつもと違った。
 

 あえて、手順を無視して絡んだのだ。

「俺、風になんか乗ったことないから、そんな抽象的な説明じゃ分からん」

 
 いつもと反応が違う俺に、祐樹の右の眉がピクリと動いた。

 
 これを翻訳すると、
『なに言ってるんだ?っていうか、悪いものでも食べたのか?そっちがその気なら、こっちにも覚悟がある』だ。


「俺だって、そうさ。
 それだけ車体が軽くて、スピードが出やすいってことじゃねえか?」
「ママチャリだって、結構速いぜ」
「ママチャリと一緒にすんな。
 ロードが泣く」
「自転車は、泣かん」

「俊哉、お前、今日はえらく絡むなあ。
 喧嘩売る気か?」

 
 祐樹は小さなため息をついた。
 
 翻訳すると、『あ~あ、今日の俊哉はどうしちゃったんだ?面倒(めんど)くさい』だ。


「買わなきゃ良いだろ?」

 ムッとして、睨んだ。


 いつもは、こんな風に絡むこともないのだが、この日は、模擬テストの結果がC判定だったせいで、普通じゃなかった。

 噂じゃ、祐樹はトップだったって話だから、なおさら面白くない。

 
 しばらくして、勘の良い祐樹に気付かれたようだ。
 

 あいつは、にやりと笑って言った。


「この前の模擬テスト、悪かったのか?」



 さすが幼馴染。図星だった。

 ドキリとするが、平静を装って誤魔化した。

「調子が悪かっただけさ。気にしてない。
 判定は模擬テストの時の実力で、結果が出たときには、成績はもっと上がってるって考え方もあるし。

 そんなことより、あれをお袋に見せるのが憂鬱だよ。
 また、ギャーギャー喚かれる」
 
 

 そうなのだ。
 
 一緒にいる祐樹がいつもトップクラスなのに、俺は、滅多にトップ集団に入らない。
 だいたい第二集団にいることが多いのだ。

 小さいときから、同じように遊び、同じように悪戯し、同じように褒められ、同じように叱られ、と同じような行動してきたのに、ここへ来て違いが出てきた。
 
 ぶっゃけ、祐樹の方が成績が良いのだ。

 そのせいで、ときどきお袋が爆発する。
 
 面白くないのだろう。
 

 第二集団だって、成績が良くないと入れないってことが、分からないのだろうか。

 そりゃあ俺だって、できるものならトップグループに入りたい。
 でも、人には、それぞれ向き不向きというものがあるのだ。

 
 お袋に言いたい。
 人生は、成績だけじゃないんだよって。

 でもなあ、祐樹は、クラブだって部長だったし、生徒会活動だって会長してたもんなあ。



 説得力がないのも確かなのだ。

 出来の良すぎる友だちを持つと苦労する。
 っていうか、祐樹がもっと普通だったら、こんな苦労はしなかったのに。

 

 おっと、弱気になるな、松村俊哉。

 祐樹は、お前の大事な親友じゃないか。
 些細なことには、目をつぶるんだ。

 あいつの方が成績が良かったり、スポーツが上手だったり、容姿がイケてるっていっても、それはあいつのせいじゃない。

 あいつが、勉強やスポーツのために俺より努力しているのを俺は知っている。
 というか、あいつと同じだけ頑張れば、俺だってもっと良い成績がとれるはずだ。
 それができないのが、俺という男なのだ。



 ぼんやりとそんなことを考えていたら、祐樹があっけらかんと言った。



「俊哉、お前、チャンスだぞ」

「何が?せっせと勉強しないと第一志望危ないってのに、どこがチャンスなんだ?」
 


 祐樹は頭が良い。
 だから、脈絡もなく話があっちこっちへワープする。
 
 こいつの話に付いていけるのは、付き合いの長い俺ぐらいなものだ。


 だから、俺は密かに思っている。

 祐樹が浮きこぼれしないで普通に学校生活を送れているのは、半分ぐらいは俺のおかげだと。
 
 俺だって、貢献しているんだ。
 感謝しろよ。



「だって、そうだろ?」


 祐樹が、立て板に水のごとく説明し始めた内容に、俺は絶句した。

 さすがは、祐樹だ。俺がにらんだ通り、こいつは天才だった。


「これ、おばさんに見せなきゃならないんだろ?」
「仕方ないよ。向こうは、判定結果がいつ出るかって、指折り数えて待ってるんだから」
「で、思ったより悪かったって、おばさんが慌てるんだろうな」
「だろうな。というか、慌てるだけじゃないね。怒りまくるさ。
 でもって、勉強しろって、喚くんだ。
 喚いても、俺の成績が上がるわけでもないのになあ。
 まあ、勉強はするつもりだけど、あんなに耳元で喚かれたら逆効果っちゅうか、やる気が失せる。
 お袋、それが分かってないんだ」


 やっぱり、という感じで、祐樹がシニカルに笑った。



 自分は成績が良かったからって、余裕かましやがって。

 あいつにあんな笑い方されたら、本当に腹が立つ。



「いいか、そんとき、お前、条件出すんだ」

 声のトーンを少し落とす。悪だくみを打ち明けるときの、いつもの癖だ。


「条件って……?」

 この時点で、俺には、祐樹が何を言いたいのか意味不明だった。
 

 成績が悪かったから、今以上必死で勉強するようお袋に説教されるはずだ。
 言うなら、防戦一方の不利な戦いになる。

 条件を出すってのは、こっちに有利な和議を申し出るようなものだ。
 
 それって戦いに勝ってる陣営がするもので、一体、どこをどう突いたら不利な戦いを強いられてる俺の方から持ち出すことができるのだろう。
 
 俺にできそうな和議の申し入れは、領地領民を守るため全面降伏を申し出ることぐらいしかあり得ないのに。



「合格したら、ロードバイク買ってくれって頼むんだ。
 約束してくれるなら、必死で勉強するって」

「なぬ?」

「人間って、特に子供って、ご褒美があると頑張るもんだろう?
 お前の場合、マイブームは自転車だから、ロードバイクが欲しいって言うんだ。
 あれが手に入ると思えば、必死で勉強するって拝み倒すんだ。
 
 良いか、お前の方が分が悪いんだ。
 間違っても、駆け引きするんじゃないぞ。
 
 頑張っているんだけど、どうしても、賞品がないと踏ん張りが利かないとか何とか屁理屈こねて、下手に出るんだ。
 あくまでも下手に出て、いうなら、泣き落とすんだ」


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