2 / 27
プロローグ――秘密基地(2)
しおりを挟む言われてみれば……。
これは、チャンスかもしれない。
いつもはB判定だ。まあ、たまにA判定が出るけどほとんどがB判定で、BとAの間をチョロチョロしているって感じだ。
だから、当然、普通に受験すればかなりの確率で合格すると思っていた。
今回、初のC判定。ショックじゃないと言えば、嘘になる。
合格可能性五十パーセントって、丁半で勝負が決まるサイコロ博打並みの確立だ。
ウチの町には、通学圏に私学がないので圧倒的多数の受験生が滑り止めも受けない。
それなのに、確率五十パーセントの博打みたいな、そんな危ないことできるかって思ったり、合格可能性十パーセントのE判定じゃなかっただけでも良しとしようと思ったり、判定結果をもらってから心の整理に忙しかった。
でも、この機会にお袋と交渉して、必死に勉強するから自転車買ってとねだれば、買ってもらえるかもしれない。
いや、絶対買ってもらえるだろう。
財布の紐が固いお袋だって、俺が気持ちよく勉強する環境を整えるという意味で頭ごなしに拒否できないはずだ。
しかも、自転車という人参が目の前にあれば、俺だって勉強が嫌じゃなくなる。
というか、進んで勉強するだろう。
何て頭の良い男だ。
つくづく祐樹という男が偉く見えて、この男が俺の親友だということに感謝した。
「でもな、お袋さんと話付いたら、必死で勉強しろよな。
万一落ちたら、高校も自転車も手に入らないって惨めなことになるぜ」
シレっと言われて、頭を抱えた。
そんなこと、言わなくても良いじゃないか。
なんて冷酷なヤツなんだ。
無事、高校に合格した俺は、祐樹もお袋さんに自転車を買ってもらう約束をしていたことを知った。
どうやら、俺が買ってもらうことになったから、自分も欲しいとかなんとか屁理屈をこねたらしい。
毎度のことだが、俺は良いように利用されたってわけだ。
ったく、腹が立つ。
でも、ロードバイクが手に入ったら、二人で一緒にサイクリングしたいわけで、俺だけ手に入っても面白くないことも確かだ。
本当、悪知恵の働く男だ。
合格発表の翌日、二人して、自転車屋へ目当てのロードバイクを買いに行くと、おっさんに「そんなもん置いてねえ」と言われて、焦った。
田舎の自転車屋じゃ、ロードバイクなんて洒落たものは扱ってなかったのだ。
だいたい、ママチャリだって、店に置いてあるのは二、三台で、後はカタログ見てお取り寄せするのだ。
結局、おっさんが、奥からカタログを持ってきて、お取り寄せすることになった。
ホッ。
でも、お取り寄せなら、アマゾンで十分じゃないか。
ところが、相手は、通販大手のアマゾンさんじゃなく田舎の自転車屋のおっさんだった。
カタログを見て、言い出したんだ。
「お前ら、ロードも良いけど、クロスバイクって手もあるぞ。
うちの町みたいな田舎じゃ、 ちょっと郊外に出たら未舗装の道だってあるだろ?
そんな道走るにゃ、クロスバイクの方が適してる」
「クロスバイクって、どんなもん?」
「簡単に言うなら、ロードバイクとマウンテンバイクの両方の良いところをとった自転車、かな。
その分、ロードバイクほど効率的にスピードはでねえが、ロードバイクほど使用が制限されねえ。
通学とかの日常の使用にも使えるし便利だ」
おっさんの提案に、心が揺れた。
町を一歩出れば、オフロードもある。
しかも、俺たちは、今回買ってもらう自転車を通学に使うことになっていた。
親たちから、いくら何でも通学用と趣味用の二台を買うなんてとんでもないと言われていたからだ。
ネットで価格を調べ、親たちが文句をいうのももっともだ、と納得してしまう小市民な自分に一抹の寂しさを感じたが、まあ、ここらが落としどころだと思ったのも確かだ。
というわけで、自転車屋のおっさんの提案は痛いところを突いていた。
二人で散々悩んだあげく、といっても、その場で悩んだのだから知れているんだが、おっさんの言うとおり、クロスバイクに決めた。
さて、無事、クロスバイクを手に入れたら、今度は、乗らなければならない。
もちろん、買ってもらった自転車に乗るのは義務ではない。
義務ではないが、せっかく手に入れた自転車を観賞用にするという選択肢は、俺たちにはなかった。
俺たちにとって、そんなことをするのは、犯罪と同じだった。
自転車は、乗らなければ自転車じゃない。
乗るから自転車なのだ。
ちなみに、自転車で登下校するのは、「乗る」とは言わない。
ということで、高校に入学してから、俺たち二人は、忙しい学校生活の合間をぬって、連れだって走り回ったのだ。
あの日、俺たちは町の中心部からはなれた山道を走っていた。
俺の住む市は小さな町だ。平成の大合併によって、近隣の町村を併合してかろうじて人口を保っているが、あれがなきゃ今頃……。
まあ、消えてなくなることはないにしても、先は見えていた。
お袋が子供の時、人口は五万だったらしい。
で、今現在の人口も同じく五万だ。
併合した町村の人口を加えてもその程度ってことは、確実に人口が減ってるってことだ。
第一、限界集落がいくつもあるという噂も聞く。
いったん市になった町は、いくら人口が減っても市のままだ。
このままいけば、村より小さな市になるかもしれない。
まあ、そんなことは俺たちにはどうでも良いわけで、周りに点在する小さな町をかき集めて、ようやく成立するのが、我らの『市』なのだ。
高校入学とともに手に入れたクロスバイクは、極めて使い勝手が良く、俺も祐樹も満足した。
親たちからは「高すぎる」とブーイングがあったが、俺も祐樹もスルーした。
無事に名門高校へ合格したご褒美というか、お祝いというか、そういう条件だったのだ。
だいたい、値段が分かっていて条件を出したのだから、納得ずくだったはずだ。今さら文句を言われてもって感じだ。
俺たちは、高校ではクラブに入らず帰宅部を決め込んだ。
帰宅後、二人で作ったサイクリング同好会の活動には励んだのだ。
これは学校が認める正規のクラブじゃないが、高校生活をエンジョイするため自前で作ったサークルのようなものだ。
勝手に名乗るなと言われたらそれまでだが、知り合いに話したら、権利能力なき社団みたいなものだな、と妙に納得された。
それってどういう意味?って訊いたら、法学部に入ったら分かるって。
そりゃないだろ。
この日、俺たちはダム湖のある山の中の集落を目指したのだが、道を間違えしまった。
スマホのナビを使えば良かったのだろうが、車じゃあるまいし、自転車を走らせながら画面を見ることなんかできない。
だから、ときどき休憩してスマホで確認して走らなければならない。
ただ、スマホで調べるだけじゃ面白くない。
せっかくだから、非日常を思い切り満喫しようということになって、よせばいいのに、レトロに五万分の一の地図を使うことにしたのだ。
この無駄な好奇心が仇になった。
五万分の一の地図なんて、小学二年以来だ。
それ以上の学年では、日本地図とか世界地図とか、とにかく行ったことのない遠い山や川や都市を地図上で調べただけで、自分たちが住んでる地域のことは、完全にスルーされていた。
地図を用意したところまでは良かったのだ。
だが、五万分の一の地図なんて、本当に久しぶりで、小学校低学年の記憶なんか、俺たち高校生にとっては太古の歴史だった。
結果、自分たちが今いる場所が地図上のどこになるのか、分からなくなってしまったのだ。
そもそも、いくら地図があっても、自分たちが今どこにいるか分からなかったら、どうしようもない。
どうやら曲がるべき交差点だと思って右折したのは、一筋手前の枝道だったようだ。途中から未舗装の細い道になり、くねくねしたつづら折りの道がいつまでも続いた。
アップダウンが多くてママチャリじゃかなり厳しいアシスト自転車が推奨される道だ。
自転車屋のおっさんの忠告に従ってクロスバイクにしておいて良かったとつくづく思った。
ありがとう。おっさんに感謝だ。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています
空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。
「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」
「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」
そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。
◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる