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プロローグ――秘密基地(4)
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俺たちは、秘境と言われる柴山まで行ってきたことに興奮した。
もう一度、行きたい。
今度は、事前の準備を完璧にして、飲み物だけじゃなく食料も持って探検に行きたい。
行き当たりばったりだった前回とは違って、もっと計画的に柴山へ行こう、ということになった。
事前準備の一環として、祐樹は市役所に勤めるお袋さんに柴山のことを尋ねた。
柴山のばあばや炭焼きのような昔の話じゃなく、今現在の柴山がどうなっているのか調べたのだ。
「確か、市の東の端の山奥のはずよ。あんたたち、そんな遠いとこまで行って来たの?
車に気をつけなさいね。
今どうなってるかって?
う~ん、よく知らないんだけど、20年ほど前に市が限界集落の調査したとき、入ってた気がするわ。
あの時限界集落なら、今現在は、もっと人口が減ってるでしょうね。
何しろ、住人のほとんどが高齢だったから、親族の家に引き取られるとか、施設へ入るとか、亡くなったとかして、もう、誰も住んでいないんじゃないかしら」
誰も住んでいない集落。
百歩譲って、一人二人住んでいたとしても、高齢で出歩けないなら、いないのと同じだ。
いや、あんな辺鄙な集落で高齢者が一人暮らしできるはずがない。
ということは、映画のセットのようなあの草に覆われた集落には、誰も住んでいないと考えるのが妥当だろう。
俺と祐樹は、会うたびに柴山の話で盛り上がった。
「誰もいないってことは、農作業する人もいないってことだ。
だから、田んぼも畑もほったらかしだったんだ。
ほったらかしってことは、農薬使わないってことになる。もしかして、蛍なんかもいるかもしれない」
胸をワクワクさせて言うと、いつもは「馬鹿じゃねえ」と、斬って捨てる祐樹が乗ってきた。
「確かに、お前の言う通りかもしれん。
もし、いなかったら、生物部が水槽で育ててる例のタニシを分けてもらって、あの小川に放せば良いんだ。
絶対増える」
「コウノトリやトキの再生プロジェクトみたいだな。
蛍再生プロジェクトだ」
二人して他の連中の知らない秘密を共有することに興奮した。
翌週、準備万端整えて出かけた柴山は、先週と同様ひっそりとたたずんでいた。
青い空、まぶしいほどの緑。透明なせせらぎ。
誰かいるかもしれないと、万々一を覚悟していたが、本当に誰も住んでいないようだ。
人の住んでいない集落。
かつて住んでいた人々の魂が宿っていて、旅人を取り殺すなんてことはないんだろうか。
心配すると、祐樹が、言下に否定した。
「俊哉、お前、オカルト小説の読みすぎ!」
確かに、そうそう幽霊や妖怪が出てくるはずがない。
俺は、自分の臆病さを恥ずかしく思った。
集落全体を一周して、すべての家の電気メーターを確認した。
やっぱりメーターが動いている家はない。これって、冷蔵庫さえ動いてないってことだから、つまりは無人だってことだ。
俊哉のお袋さんの言う通り、廃村のようだ。
やったー。
ここには、誰もいない。
祐樹が言う通り、墓があるってことは、お盆やお彼岸にお参りに来る人がいるのかもしれない。
墓を調べに行ったが、雑草がどのぐらいのスピードで育つのか知らない俺たちには、3月のお彼岸に誰かがお参りに来たかどうかなんて分かるはずもない。
「学校でやる勉強って、テストの役に立っても実生活の役には立たん。文科省に改善を要求したいくらいだ」
祐樹が、眉間にしわをよせるので、言ってやった。
「お前が言うと、洒落にならないって」
本当に、模擬テスト一位が言うセリフじゃない。
中学の先生によれば、祐樹は高校へ七位で合格したらしい。
ちなみに俺の順位のことは、特段話題に上がらなかった。
要は受かれば良いのだから、大したことなかったんだろう。
ただ、祐樹がそういう言い方をすると、嫌味にしか聞こえない。
廃村の確認後、手近な家から探検することにした。
ダメ元で玄関の引き戸に手をかける。
片手じゃ利かないので、両手で力いっぱい動かすと、多少ガタビシしたが開いてしまった。
鍵がかかっていなかったのだ。
あまりにもあっけなかったので、思わず顔を見合わせた。
こういうのって、ありか?
と互いに責任を押し付け合った。
お前が開けたんだ。
俺が開けたんじゃない。
お前が開けろって言ったから、開けたんだ。
ひとしきり、責任のなすりつけ合いをして、気が付いた。
どっちもどっちだ。バレたら、二人でやったってことになるだけだ。
いうなら、共犯なのだ。
すべての家を試してみたが、鍵がかかってない家の方が多かった。
それを良いことに、俺たちは勝手に上がり込んだ。
放置されて久しいのだろう。
歩くと、埃が舞い上がった。
我が国では家に上がるとき、靴を脱ぐ習慣がある。
よっぽど本格的な洋館ならともかく、自分の家でも他人の家でも、家というものに上がるときは、靴を脱がなきゃならない。
だから、本来ならそうすべきところだろうが、埃がすごくてとても靴を脱いで靴下だけで歩き回る気にならなかった。
こんな状況で靴を脱ぐなんて、生理的に受け付けない。
どうしたものだろう?と、散々迷っていると、祐樹が、平然と靴のまま畳の上に上がった。
「お前な。靴のまま上がるって、どうよ?」
それしか方法がないと分かっていても、他人の家に靴のまま上がるのは抵抗がある。
「馬鹿か?お前は。
こんな状況で靴脱ぐなんてできっこねえじゃねえか」
「それにしたって」
「そんなに気になるなら、お前だけ脱いだら良いじゃねえか」
そう言われても、脱いだら、靴下が真っ黒になりそうで、何より、ダニとかばい菌とかいそうで、とても脱ぐ気になれない。
臆病者と言われても良い。
靴を脱ぐのに勇気がいるなんて、どこか間違っているとしか言いようがない。
「脱ぐ気もないんだろ。だったら、悩むだけ無駄だ。
意味のないことを考えるのが、お前の悪い癖だ」
言ってろ。
いつものように、祐樹の言うことは正論だった。
でも、いくら人が住んでなくても、他人の家に土足で上がるのは、抵抗がある。
これって、日本人の性だろう。俺は、祐樹みたいにドライに割り切れない。
でも、割り切らないと、話が進まないのも確かだ。
心の中で、「セエノ!」と掛け声をかけて、最初の一歩を踏み出す。
何となく悪いことをしているようで後ろめたさがあったが、社会通念上の常識はあえて考えないようにした。
というか、廃村の廃屋にいるのだ。
元は他人の家だって、捨てられた(!)ものなのだ。
いうなら、ゴミと同じで、社会常識云々とは無縁のものなのだ。
ということで、最初の一歩を踏み出してしまえば、こっちのものというか、次からはさほど抵抗もなく上り込んで中の様子を調べることができた。
でも、やっぱり、他人の家だ。
泥棒にでもなったようで興奮した。
してはいけないことをすると、何か特別なホルモンでも出るんだろうか。
ただ、泥棒なら現に人が住んでいる家を物色するのに、俺たちが物色しているのは、誰も住んでいない家だということだ。
いうなら、死んだ家なのだ。
その異常さに、ワクワクした。
どの家も、家財道具なんかが生活していた時のままに置かれている。
それが、カビていたり、朽ちていたり、はたまた虫やネズミに食われていたりと、まともな状態じゃなかった。
まるで、お化け屋敷だ。
家々を順番に探検して、集落を一周することにした。
人が住んでいない家は傷みやすい。
俺たちの住む北陸は雪国だ。
冬、雪が降る。
去年なんか結構降った。
柴山にもかなり積もったのだろう。
明らかに、雪の重みで壊れた家があった。
そういう家は、溶けた雪で水浸しになって、建材も家具もぐちゃぐちゃだ。
もはや家じゃなく、建材や家具なんかの雑多な集まりになっている。
そこまで行かなくても、雪の重みのせいだろう、屋根がくぼんだ家もあった。風雨のせいで壁が壊れかけた家もあった。
この集落には、本当に誰も住んでいないということを、ひしひしと感じた。
里山や以前は田畑だった土地に生い茂る緑が、壊れかけた家々を包み込んでいる。
かつては生活の匂いにあふれていただろう集落を静寂が支配していた。
ここは、誰も住んでいない集落なのだ。
あちこちウロウロしていると、突然、祐樹がとんでもないことを言い出した。
「なあ、俊哉。ここ、俺たちのものにしようぜ」
一瞬、祐樹の言ってる意味が分からなかった。
土地というのは、高い。坪何万もするという。いくら辺鄙でも、この集落全体を俺たちのものにするには、一体、いくらかかるのだろう。
真顔で尋ねた。
「本気で言ってるのか?」
「ああ、本気だ」
「一体、いくらかかると思ってるんだ?」
答えは、非常識をはるかに超えた超非常識の極みだった。
「昔、公園で秘密基地作っただろ?」
「ああ、小学校の、う~ん。何年のときだっけ」
「多分、三年か四年だと思う」
小学校のとき、祐樹と二人で、近所の児童公園の滑り台の下に秘密基地を作った。
家から段ボールを持って行って、滑り台を屋根にして囲いを作ったのだ。ちっぽけな秘密基地だったけど、俺たちは大真面目だった。
そこで、アイスを食べたり、ゲームをしたりしたのだ。
町内会の人が気付いて、さっさと撤去されてしまったが、俺たちにとっちゃ、大事な秘密基地だった。
「それが、どうかしたか?」
何となく、嫌な予感がした。
祐樹の声のトーンが少し低くなる。
「だからさ、今から考えると、あれって別段何かの手続きとかしたわけじゃねえだろ?
勝手に公園の一部を私物化してやってたんだ」
「だから、それがどうだって?」
「あれと同じことをすれば良いんだ。この集落を俺たちの秘密基地にするんだ」
「何の手続きもなしに?」
「そ、何の手続きもなしに」
「それって、不法占拠って言うんじゃないか?
いくらなんでも、小学生が児童公園に秘密基地作るのとわけが違うだろ。
良識ある高校生が、しかも、公園みたいなみんなのもの的な場所じゃなくて、今はいなくても、れっきとした所有者のいる家を占拠することになるんだぞ」
「大丈夫。本来の持ち主が来たら、謹んで返還すれば良いんだ」
「謹んで?
嫌々の間違いじゃない?」
「まあ、些細なことはさいておいて。面白そうだと思わないか?」
「確かに」
祐樹が言いたいのは、言うなら大がかりな秘密基地だ。
どうして祐樹は、こういう突拍子もないことを思いつくのだろう。そして、どうして俺は、祐樹の提案に乗ってしまうのだろう。
理由は簡単だ。
祐樹が天才で、あいつの提案が大抵普通じゃないからだ。
そして、俺があいつの提案が乗るのは、それが異常に面白そうだからだ。
面白そうなので、乗る。それだけだ。
ただ、いつも、それで失敗するのだが、学習しないのが辛いところだ。
このときも、そうだった。
俺たちだけの大がかりな秘密基地。公園に段ボールで作るようなちゃちなものじゃない、
多少というより、かなり古くて傷んでいるが本物の家を秘密基地にするのだ。
あまりにも魅力的な提案だったので、あいつの背中に後光がさして見えた。
もう一度、行きたい。
今度は、事前の準備を完璧にして、飲み物だけじゃなく食料も持って探検に行きたい。
行き当たりばったりだった前回とは違って、もっと計画的に柴山へ行こう、ということになった。
事前準備の一環として、祐樹は市役所に勤めるお袋さんに柴山のことを尋ねた。
柴山のばあばや炭焼きのような昔の話じゃなく、今現在の柴山がどうなっているのか調べたのだ。
「確か、市の東の端の山奥のはずよ。あんたたち、そんな遠いとこまで行って来たの?
車に気をつけなさいね。
今どうなってるかって?
う~ん、よく知らないんだけど、20年ほど前に市が限界集落の調査したとき、入ってた気がするわ。
あの時限界集落なら、今現在は、もっと人口が減ってるでしょうね。
何しろ、住人のほとんどが高齢だったから、親族の家に引き取られるとか、施設へ入るとか、亡くなったとかして、もう、誰も住んでいないんじゃないかしら」
誰も住んでいない集落。
百歩譲って、一人二人住んでいたとしても、高齢で出歩けないなら、いないのと同じだ。
いや、あんな辺鄙な集落で高齢者が一人暮らしできるはずがない。
ということは、映画のセットのようなあの草に覆われた集落には、誰も住んでいないと考えるのが妥当だろう。
俺と祐樹は、会うたびに柴山の話で盛り上がった。
「誰もいないってことは、農作業する人もいないってことだ。
だから、田んぼも畑もほったらかしだったんだ。
ほったらかしってことは、農薬使わないってことになる。もしかして、蛍なんかもいるかもしれない」
胸をワクワクさせて言うと、いつもは「馬鹿じゃねえ」と、斬って捨てる祐樹が乗ってきた。
「確かに、お前の言う通りかもしれん。
もし、いなかったら、生物部が水槽で育ててる例のタニシを分けてもらって、あの小川に放せば良いんだ。
絶対増える」
「コウノトリやトキの再生プロジェクトみたいだな。
蛍再生プロジェクトだ」
二人して他の連中の知らない秘密を共有することに興奮した。
翌週、準備万端整えて出かけた柴山は、先週と同様ひっそりとたたずんでいた。
青い空、まぶしいほどの緑。透明なせせらぎ。
誰かいるかもしれないと、万々一を覚悟していたが、本当に誰も住んでいないようだ。
人の住んでいない集落。
かつて住んでいた人々の魂が宿っていて、旅人を取り殺すなんてことはないんだろうか。
心配すると、祐樹が、言下に否定した。
「俊哉、お前、オカルト小説の読みすぎ!」
確かに、そうそう幽霊や妖怪が出てくるはずがない。
俺は、自分の臆病さを恥ずかしく思った。
集落全体を一周して、すべての家の電気メーターを確認した。
やっぱりメーターが動いている家はない。これって、冷蔵庫さえ動いてないってことだから、つまりは無人だってことだ。
俊哉のお袋さんの言う通り、廃村のようだ。
やったー。
ここには、誰もいない。
祐樹が言う通り、墓があるってことは、お盆やお彼岸にお参りに来る人がいるのかもしれない。
墓を調べに行ったが、雑草がどのぐらいのスピードで育つのか知らない俺たちには、3月のお彼岸に誰かがお参りに来たかどうかなんて分かるはずもない。
「学校でやる勉強って、テストの役に立っても実生活の役には立たん。文科省に改善を要求したいくらいだ」
祐樹が、眉間にしわをよせるので、言ってやった。
「お前が言うと、洒落にならないって」
本当に、模擬テスト一位が言うセリフじゃない。
中学の先生によれば、祐樹は高校へ七位で合格したらしい。
ちなみに俺の順位のことは、特段話題に上がらなかった。
要は受かれば良いのだから、大したことなかったんだろう。
ただ、祐樹がそういう言い方をすると、嫌味にしか聞こえない。
廃村の確認後、手近な家から探検することにした。
ダメ元で玄関の引き戸に手をかける。
片手じゃ利かないので、両手で力いっぱい動かすと、多少ガタビシしたが開いてしまった。
鍵がかかっていなかったのだ。
あまりにもあっけなかったので、思わず顔を見合わせた。
こういうのって、ありか?
と互いに責任を押し付け合った。
お前が開けたんだ。
俺が開けたんじゃない。
お前が開けろって言ったから、開けたんだ。
ひとしきり、責任のなすりつけ合いをして、気が付いた。
どっちもどっちだ。バレたら、二人でやったってことになるだけだ。
いうなら、共犯なのだ。
すべての家を試してみたが、鍵がかかってない家の方が多かった。
それを良いことに、俺たちは勝手に上がり込んだ。
放置されて久しいのだろう。
歩くと、埃が舞い上がった。
我が国では家に上がるとき、靴を脱ぐ習慣がある。
よっぽど本格的な洋館ならともかく、自分の家でも他人の家でも、家というものに上がるときは、靴を脱がなきゃならない。
だから、本来ならそうすべきところだろうが、埃がすごくてとても靴を脱いで靴下だけで歩き回る気にならなかった。
こんな状況で靴を脱ぐなんて、生理的に受け付けない。
どうしたものだろう?と、散々迷っていると、祐樹が、平然と靴のまま畳の上に上がった。
「お前な。靴のまま上がるって、どうよ?」
それしか方法がないと分かっていても、他人の家に靴のまま上がるのは抵抗がある。
「馬鹿か?お前は。
こんな状況で靴脱ぐなんてできっこねえじゃねえか」
「それにしたって」
「そんなに気になるなら、お前だけ脱いだら良いじゃねえか」
そう言われても、脱いだら、靴下が真っ黒になりそうで、何より、ダニとかばい菌とかいそうで、とても脱ぐ気になれない。
臆病者と言われても良い。
靴を脱ぐのに勇気がいるなんて、どこか間違っているとしか言いようがない。
「脱ぐ気もないんだろ。だったら、悩むだけ無駄だ。
意味のないことを考えるのが、お前の悪い癖だ」
言ってろ。
いつものように、祐樹の言うことは正論だった。
でも、いくら人が住んでなくても、他人の家に土足で上がるのは、抵抗がある。
これって、日本人の性だろう。俺は、祐樹みたいにドライに割り切れない。
でも、割り切らないと、話が進まないのも確かだ。
心の中で、「セエノ!」と掛け声をかけて、最初の一歩を踏み出す。
何となく悪いことをしているようで後ろめたさがあったが、社会通念上の常識はあえて考えないようにした。
というか、廃村の廃屋にいるのだ。
元は他人の家だって、捨てられた(!)ものなのだ。
いうなら、ゴミと同じで、社会常識云々とは無縁のものなのだ。
ということで、最初の一歩を踏み出してしまえば、こっちのものというか、次からはさほど抵抗もなく上り込んで中の様子を調べることができた。
でも、やっぱり、他人の家だ。
泥棒にでもなったようで興奮した。
してはいけないことをすると、何か特別なホルモンでも出るんだろうか。
ただ、泥棒なら現に人が住んでいる家を物色するのに、俺たちが物色しているのは、誰も住んでいない家だということだ。
いうなら、死んだ家なのだ。
その異常さに、ワクワクした。
どの家も、家財道具なんかが生活していた時のままに置かれている。
それが、カビていたり、朽ちていたり、はたまた虫やネズミに食われていたりと、まともな状態じゃなかった。
まるで、お化け屋敷だ。
家々を順番に探検して、集落を一周することにした。
人が住んでいない家は傷みやすい。
俺たちの住む北陸は雪国だ。
冬、雪が降る。
去年なんか結構降った。
柴山にもかなり積もったのだろう。
明らかに、雪の重みで壊れた家があった。
そういう家は、溶けた雪で水浸しになって、建材も家具もぐちゃぐちゃだ。
もはや家じゃなく、建材や家具なんかの雑多な集まりになっている。
そこまで行かなくても、雪の重みのせいだろう、屋根がくぼんだ家もあった。風雨のせいで壁が壊れかけた家もあった。
この集落には、本当に誰も住んでいないということを、ひしひしと感じた。
里山や以前は田畑だった土地に生い茂る緑が、壊れかけた家々を包み込んでいる。
かつては生活の匂いにあふれていただろう集落を静寂が支配していた。
ここは、誰も住んでいない集落なのだ。
あちこちウロウロしていると、突然、祐樹がとんでもないことを言い出した。
「なあ、俊哉。ここ、俺たちのものにしようぜ」
一瞬、祐樹の言ってる意味が分からなかった。
土地というのは、高い。坪何万もするという。いくら辺鄙でも、この集落全体を俺たちのものにするには、一体、いくらかかるのだろう。
真顔で尋ねた。
「本気で言ってるのか?」
「ああ、本気だ」
「一体、いくらかかると思ってるんだ?」
答えは、非常識をはるかに超えた超非常識の極みだった。
「昔、公園で秘密基地作っただろ?」
「ああ、小学校の、う~ん。何年のときだっけ」
「多分、三年か四年だと思う」
小学校のとき、祐樹と二人で、近所の児童公園の滑り台の下に秘密基地を作った。
家から段ボールを持って行って、滑り台を屋根にして囲いを作ったのだ。ちっぽけな秘密基地だったけど、俺たちは大真面目だった。
そこで、アイスを食べたり、ゲームをしたりしたのだ。
町内会の人が気付いて、さっさと撤去されてしまったが、俺たちにとっちゃ、大事な秘密基地だった。
「それが、どうかしたか?」
何となく、嫌な予感がした。
祐樹の声のトーンが少し低くなる。
「だからさ、今から考えると、あれって別段何かの手続きとかしたわけじゃねえだろ?
勝手に公園の一部を私物化してやってたんだ」
「だから、それがどうだって?」
「あれと同じことをすれば良いんだ。この集落を俺たちの秘密基地にするんだ」
「何の手続きもなしに?」
「そ、何の手続きもなしに」
「それって、不法占拠って言うんじゃないか?
いくらなんでも、小学生が児童公園に秘密基地作るのとわけが違うだろ。
良識ある高校生が、しかも、公園みたいなみんなのもの的な場所じゃなくて、今はいなくても、れっきとした所有者のいる家を占拠することになるんだぞ」
「大丈夫。本来の持ち主が来たら、謹んで返還すれば良いんだ」
「謹んで?
嫌々の間違いじゃない?」
「まあ、些細なことはさいておいて。面白そうだと思わないか?」
「確かに」
祐樹が言いたいのは、言うなら大がかりな秘密基地だ。
どうして祐樹は、こういう突拍子もないことを思いつくのだろう。そして、どうして俺は、祐樹の提案に乗ってしまうのだろう。
理由は簡単だ。
祐樹が天才で、あいつの提案が大抵普通じゃないからだ。
そして、俺があいつの提案が乗るのは、それが異常に面白そうだからだ。
面白そうなので、乗る。それだけだ。
ただ、いつも、それで失敗するのだが、学習しないのが辛いところだ。
このときも、そうだった。
俺たちだけの大がかりな秘密基地。公園に段ボールで作るようなちゃちなものじゃない、
多少というより、かなり古くて傷んでいるが本物の家を秘密基地にするのだ。
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