そこは誰もいなくなった

椿 雅香

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出会い(3)

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 初めて柴山に来たときのことを思い出しながら、あちこち走り回る。

 柴山は相変わらずだった。
 
  

 放置された田畑。誰も住んでいない家。ところどころ崩れかけた土手。
 もう来ることはないだろうと思うと、そこらに生えている雑草さえ愛おしい。




 そうこうしていると、かつて農業用水路だった小川に変わった機械が置いてあるのに気が付いた。

 水の流れで水車が回る機械だ。岸辺にある機械と繋がっている。

 それを見た祐樹が感嘆の声を上げた。


「すげえ、これって、小水力発電設備だ。電気を自前で作ってるんだ」

「何だって?」

「ほら見ろ。この小川の水流って結構あるだろ。この水の流れを利用して、電気を作るんだ。

 ここって電気が来てねえだろ?
 電線修理して電気を送ってもらうにしても、一軒だけだから無駄が多いし。
 
 だから、きっと、自前で作ることにしたんだ」

「ってことは、元小山さん家に電気が来てるってこと?」



 もう、夜には電気が付くのだ。
 真っ暗じゃなくなって、すっごく便利になったのだ。


 あ、でも、もう、あの家は、俺たちの秘密基地じゃなくなったんだ。ガックリ。
 


 あの家が便利になったことを喜んだり、あの家が、もう自分たちのものじゃなくなったことを悲しんだり、心は浮いたり沈んだり忙しい。

 

 でも、ふいに気が付いた。

「なあ、祐樹。これを設置したのは、あのうちの住人だろ?」

「ああ」

「こんなもの使おうなんて考えるなんて、どんな人だろう?」



 祐樹が驚いたように俺を見た。

 珍しく建設的なことを言っている、と思ったようだ。


「だって、普通、電気が要るっていったら、電線引くよ。
 それに、再生可能エネルギー使うったって、せいぜい太陽光だ」

「太陽光はダメだ。
 ここらは、冬、雪が降るし、春の雨、梅雨時の雨、秋の雨と、一年中、雨や雪がやたら多いじゃねえか。
 だから、太陽光発電するときも、日照時間が少ない日は電力会社から電気を買わねえとやってられねえんだと」

「だろ?ウチのお袋も似たようなこと言ってたよ。
 太陽光発電は夢だけど、ここらは雨や雪が多いから、そういう日は電気を買わなきゃならないわけで、太陽光発電のパネル設置するのにかかる経費を電気を買わずに済ますことで回収できるのかどうか、よく分からないっていうか微妙だって」

「で、元小山氏宅の住人は、小水力発電にしたってわけだ。
 これなら、水路の水が流れている限り、一年中安定した発電ができる」

「こんなことをする人って、どんな人なんだろ?」

 


 祐樹は、ハトが豆鉄砲食らったような顔をした。


 これを翻訳すると、『俊哉、お前、たまには良いこと言うじゃん』だ。



 やった!
 祐樹が俺の意見に驚いている。

 グッジョブ、俺!



「確かに、お前の言う通りだ。お前、珍しく意味のあること言うじゃん。

 そうだ……」

「何?」

「あそこにどういう人間が住んでいるか、調べてみないか?」
 

 
 祐樹の提案は、まさに俺が言いたかったことだが、小心者は躊躇した。

「でも、どんな人間か知るためには、元小山氏宅へ近づかなきゃならないだろ?
 リスキーだ」

「大丈夫。こっそり、裏から座敷を覗けば良い。
 
 地の利はこっちにある。
 どこから覗けば良いかなんて、こっちの方が詳しいし、あっちは、誰かに覗かれてるなんて、考えてもいないはずだ」

 

 いつもは、理性的な祐樹も、このときは秘密基地を奪われてヤケクソになっていたのだろう。
 
 無茶苦茶だった。

 
 俺は、唖然として祐樹を凝視した。

「お前、とんでもないこと言うな。
 見つかったら、即行、学校へ連絡が行くし、そんときは、柴山で勝手放題したこともセットでバレることになるんだぞ」

「バレなきゃ良いんだ」

「バレなきゃ良いって。お前、な」



 頭を抱えた。


「犯罪ってのは、バレるから犯罪になるわけで、バレなければ、法律に触れることが顕在化しないから、成立しない、という説がある」

 そんなことまでうそぶくのだ。

「そんな屁理屈、一般社会じゃ通用しない」

 口を酸っぱくしてなだめても、一旦こうと決めた祐樹を説得するんことなんて無理な相談だ。
 いつだって、一直線なのだ。

 

 そう思うと、魔がさした。
 もともと、俺がしたかったことだし。


「でも、確かに面白そうだ」

「だろ?」




 俺たちは、互いに顔を見合わせて、にやりと笑った。
 
 秘密基地を奪われた今、奪った人間の正体を探るというミッションを楽しんだって良いじゃないか。

 

 


 一時間後、俺たちは、元小山聡一氏宅にいた。
 
 俺たちが、座敷と呼んでいた部屋は、見事に洋風に変わっていた。

 黄色く変色した畳はどこかへ消えて、代わりに洒落たフローリングになっている。
 部屋と部屋との仕切りはふすまや障子だったが、シミの浮いたふすまはモダンな柄に張り替えられていたし、俺たちが穴をふさいだ障子も、紙そのものを張り替え、見違えるほど美しくなっている。
 
 部屋の中央には応接セットがあって、俺たちはソファに座っている。というより、座らされている。

  
 
 どう考えても、俺たちの分が悪い。
 向こうの言いなりになるしかないのだ。
 
 
 ここは、平謝りに謝って、学校と家そして警察に通報しないようお願いしなければならない。
 
 じゃないと、停学処分を食らうかもしれない。
 
 いや、下手すると、退学処分もありっちゃありなわけで、廃屋で遊んだくらいで、そりゃあないんじゃないのって言いたくても、勝手に他人の家に上がりこんで好き放題したわけだから、言えるわけもなく……お先真っ暗だ。

 

 窓際の一等地にはアンティークなデスクが置いてあり、デスクの上には何やら作業中のノートパソコンがあった。

 


 目の前に座っているのは、着物を着た中年のおばさんだ。






 どうして、こういうことになったかというと、話は簡単だ。
 
 俺たちは、この家の住人に興味がわいたのは、前述のとおりだ。
 
 
 柴山は、一言でいうと、辺鄙な村だ。そんなところに、電気まで作って住む人の気が知れなかったからだ。
 
 誰もいない廃村だ。
 泥棒もいないけど、警察も消防もない。
 こんなところに住むなんて、どんな酔狂なヤツだろう。
 
 もしかして、秘密組織のスパイだったりして。

 でも、人を隠すなら人の中って言うじゃないか。
 スパイなら、都会に住むはずだ。だから、スパイとかそういうのじゃないだろう。
 
 じゃあ、スパイじゃないなら、何だろう?
 そもそもこんなところに住むなんて、酔狂以外の何物でもない。

 

 何しろ、この地域には店というものが存在しない。
 
 昔、柴山の住人は徒歩で町の商店街まで買い出しに行かなければならなかったという。
 
 一日仕事だ。
 
 
 探検の結果分かったことだが、集落の中心に店のようなものがあった。
 外壁に昭和の初期に流行ったホウロウの看板が張ってあったので分かったのだ。
 
 かなり錆ついたカレーの看板だったが、あれがあるってことは、あそこであのカレーを売ってたってことになる。
 
 つまり、あのちんまりした家は店だったのだ。
 
 ただ、店といってもせいぜい万事屋で、何というか、ヘボいコンビニみたいで、野菜以外何でも売っていたのだろうが、あの広さなら品揃えも大したことなかっただろう。
 
 そんなチンケな店さえ、今はない。

 
 風邪ひいて薬を買いに行こうにも、薬局もない。
 
 薬局どころか医者も歯医者もないから、病気になっても、救急車かタクシーを呼ぶしかないのだ。

 
 それ以前に、電気や水道といったライフラインもないし、こんなところに住むなら不可欠の車に必要なガソリンを売っているスタンドもない。

 

 俺たちには、町の中心部に家がある。
 柴山は別荘のようなものだ。
 
 
 それだってほとんどキャンプで、一泊二泊ならともかく一週間も過ごすには、食料も燃料もないから大変だった。
 
 そういうものが必要なら、自転車で一時間はかかるロードサイドのスーパーまで出かけなければならなかったからだ。

 

 俺たち以外にこんな集落に住もうという物好きな人間がいるという事実に愕然とした。

 
 しかも、高価な小水力発電設備を使って電気を自前で作ってまで住んでいるのだ。
 
 
 そこまでして住みたいところか?



 秘密基地を別荘にしていた俺たちが言うのも何だが、柴山にそれほどの魅力があるとは思えなかった。

 柴山ここにそれほど執着する人間がいる。
 一体、どんなヤツだろう?
 
 もしかしたら、ホームレスが入り込んで、俺たちと同じことをしているのかもしれない。


 だとしたら、理不尽な話だ。
 二人の努力の結晶は二人のものだ。勝手に横取りするなんて、許せない。
 
 これまでの俺たちの苦労は何だったのだ?
 頼まれたわけでもないが、掃除や修理をした。それが全部無に帰してしまう。いや、とっくに無に帰していた。

 

 ただ、庭に置いてあるピンクの軽四が、この家の住人がホームレスなんかの不法占拠者じゃなく、正当な権利者だと主張していた。


 

 俺たちは、猛烈に興味がわいた。
 
 単に、誰もいない集落に住んでいるだけじゃない。
 古い家をリフォームまでして住んでいるのだ。
 
 あれって、素人仕事じゃない。本格的に工務店に頼んだものだ。
 しかも、電気まで作るなんて普通じゃない。

 
 この分じゃ、電話線が寸断されていても、スマホか何かを使って、ネットもしているかもしれない。
 
 

 そのぐらい、非常識で、あり得ない住人だった。

 
 誰もいない廃村の唯一の住人。
 いや、もしかして複数かもしれない。夫婦、親子、友だち同士か……。


 
 俺たちは、自転車を元小山氏宅と道の境に立つ大きな木の側に置いて、恐る恐る覗き込んだ。
 
 勝手知ったる元小山さんの家。
 裏庭から覗くと主な居住スペースである座敷が見えるはずだった。




 元小山さん家は、すっかり変わっていた。
 座敷は、瀟洒なリビングに変貌していたのだ。

 唖然として、目を凝らした。
 祐樹と俺は互いに頬をつねって、現実であることを確認した。それから、身を乗り出すように覗き込んだ。
 
 そして、あっけなく見つかってしまったのだ。

 
 誰にって、目の前に座っているおばさんにだ。

 
 もちろん、俺たちは逃げようとした。だが、敵もさるもの。命の次に大事な自転車を質に取られて、手も足も出なかったのだ。

 

 元小山氏宅を覗き見するのに夢中になるあまり、向こうに見られているのに気が付かなかった俺たちを、馬鹿と呼んでくれ。




「君たち、どっから来たん?」

 突然声を掛けられて、心臓が止まった。


 声は、元小山さん家の方からじゃなく、後ろから聞こえたのだ。

 恐る恐る振り返ると、そこに着物姿の女の人がいた。

 
 ごくりとつばを飲み込んで、セエノで逃げ出した。
 
 祐樹とは、幼稚園からの付き合いだ。こんな場合、打ち合わせなんかいらない。
 目で合図して横っ飛びし、自転車目指して一目散に駆け出した。

 自転車に乗ろうとして、気が付いた。
 俺の自転車と祐樹の自転車の前輪がワイアーキーでつながれていた。
 
 最悪だ。これじゃ、乗れない。



「無駄な抵抗はやめよし。あんたたちの自転車は押さえたし。
 乱暴せえへんから、こっちに来よし」
 
 

 とっさに振り返ると、さっきの女性が微笑んでいる。

 指にワイアーキーの鍵と思しきものを持っていて、見せびらかすだけ見せびらかすと、帯の間に挟んだ。
 帯の間って、胸の真下だ。つまり、鍵をゲットしようとすると、おばさんの胸に触ってしまうことになる。
 
 相手が同年齢の女子ならともかく、おばさん相手にそんなことできない。
 
 おっと、嘘です。
 同年齢女子でもできませんって。

 って、馬鹿なことはともかく、人のいない柴山で、自転車が盗まれたり、悪戯されたりすることはない。
 
 ついついその辺にほったらかしにする癖がついていたのだ。

 
 後悔先に立たず。
 俺たちは天を仰いだ。

 そして、一瞬のアイコンタクトで白旗を掲げることに決めた。

 すごすごと投降する俺たちの前に、おばさんが進み出た。


「別にとって食おうとは言わへん。
 話聞かせてもろうだけや。

 まあ、お入り」








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