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第二章『王都招聘と婚約』
37話 父の失敗
しおりを挟む貴族を取り締まる貴族院の特別監査官は、貴族の中から選ばれる。
貴族は必ずどこかの派閥に所属しているため、監査官が同じ派閥であったり、対立関係の派閥であった場合、正常な監査は望めない。
だから、どこかの貴族家を監査する場合、同じ派閥と敵対派閥と中立の派閥からそれぞれ1人ずつ、監査官が選任されるそうだ。
「コンストラクタ男爵家の親はシーゲン子爵家で、シーゲン子爵家の親が我がフォートラン伯爵家だから、僕は同じ派閥の監査官というわけさ」
ナーグ監査官が、爽やかな笑顔でそう説明してくれる。
どうやら貴族間では、義理の親子に見立てて関係が作られているらしい。
ちなみにアモン監査官は対立派閥出身らしく、彼の意識が戻らないと監査は始められないのだそうだ。今は連れてきていた従者によって、馬車に連れ帰られている。漏らしてしまったんだから仕方ない。
「このスープ、超美味しいねっ!」
見た目が子どものオーニィ監査官は、お昼ご飯に出した塩漬け燻製肉が入ったスープを美味しそうに飲んでいた。
貴族に庶民のスープなど、と思っていたが、今王都では肉も塩も手に入らないらしく、素直に喜んでくれている。
消去法で考えると、オーニィ捜査官は中立派閥出身なのだろう。
「でも、こっちのパンはかったいね!」
しかし、パンはお気に召さなかったらしい。
「すいません。田舎なもので……」
謝ると、ニコニコしたままパンをハンカチで包み、上から短剣の柄を叩きつけた。
「テーブルマナー的にはアウトだけど、これでおっけー」
何度か繰り返して、パンを細かく砕くと、それをそのままスープに放り込んでいた。
見た目通りの子どもっぽさで、貴族らしさはあまりない。
「おいしーっ!やってみてー」
オーニィ監査官は、無邪気に僕とナーグ監査官のパンを砕いてくれる。
食べてみると、少し大きめのクルトンみたいで、たしかに美味しい。スープが染み込んだら、もっと美味しくなるだろう。
「ふむ。確かにうまい。こういうのもたまには良いな」
ナーグ監査官は大量にパンが浮かんでいるスープを、ちょっと嬉しそうに食べている。
「そういえば、ナーグ監査官は家名がフォートランでしたけど、マイナ先生をご存知ですか?」
ナーグ監査官は食事の手を止めて、こちらを見た。
「おや? マイナを知っているのかい? 彼女は従兄妹なんだ。先生という事は、君はマイナの弟子か?」
まだ謝礼を用意できていないので、弟子を名乗るのは無理だ。だが、宿題はもらったので、無関係ではない。一部教えていたりもするし。
「先生には勉強を教えてもらっています」
ナーグ監査官は少し考え、何かに納得したようにうなずく。
「そうか。あの子は今シーゲンの街にいるんだったか。類は友を呼ぶといったところかな? あの子は優秀だから」
確かに、マイナ先生には色々とばれてしまったし、優秀なのは間違いない。僕も頷く。
「あ、ボクはおかわりもらってくるね!」
オーニィ監査官は、そう言ってスープの皿を持ったまま立ち上がり、どこかへ行ってしまった。
今は給仕がいないので、おかわりの準備は僕がやるべきだったかもしれない。
「あ、すいません!気がきかなくて」
慌てて、オーニィ監査官の後を追う。が、見た目よりすばしっこく、客間から廊下に出ると、もう姿が見えなくなっている。
仕方なく家族用の食堂に向かうと、アンがスープの鍋とおかわりのパンを持ってやって来るところだった。
「あ、坊っちゃま? ご主人様が食堂で呼んでいましたよ」
「わかった。ところでオーニィさん見なかった?」
「いえ。見ていませんねぇ。どうかされたんですか?」
スープが調理されているのは食堂の隣の厨房のはずだが、出会わなかったという事は、館の中で迷っているのだろうか?
「スープのおかわりが欲しいって、さっき客間からいなくなっちゃったんだ。僕は父上の話を聞きに行くから、見かけたらおかわりをあげて」
二人しかいないコンストラクタ家の使用人兼家臣であるのうち、もう一人のパッケが王都に行ったままなので、アンは今かなり忙しい。宿屋の経営を希望した村人の一家も手伝いに来ているが、それでも手が回っていないのが現状だ。
それでも当主である父上と、嫡男である僕は手伝うことを禁止されているが。
「わかりました。ちょうど今客間に持っていくところでした」
アンはそれだけ言うと、足早に去っていく。
「父上? お話があるそうですが」
ノックをして食堂に入ると、父上はストリナを膝の上に乗せて、絵本を読んでいた。
「おお、早かったな。ちょっとそこに座りなさい」
僕は言われた通りに座る。
「さっきはすまなかった。ついカッとしてしまったんだ」
父上は気まずそうに、頭を下げてから話し始めた。
「俺が言うのも何だが、アモン監査官、起きたらちゃんと監査官として扱ってやって欲しいんだ」
父上は意外な事を切り出して来た。武門の貴族として、侮られる事を何より嫌う父上が、自分を侮った貴族を許せとは、珍しい事もあるものだ。
「わかりました」
僕が即座に首肯すると、父上は少し困った顔をした。
「何も聞かないのか?」
最近、家族や村人にも忘れられている気がしないでもないが、僕はまだ8歳だ。そんな小僧が成人した貴族に舐めた口をきけるはずもない。
「元々そうするつもりでしたから。聞いたほうが良いですか?」
父上はますます困った顔になった。
「そうだな。お前たちは俺の子どもだから、王都に行く前に知っておいたほうが良いだろうな……」
父上は渋々といった感じで、ぽつぽつと話始めた。
父上は元々、僕の本当の母さんやその双子の妹である義母さんたちとパーティを組んでいた冒険者だったらしい。そこから10年前に起きたナログ共和国との戦争に参加し、戦果を積み重ねて、小さな部隊の小隊長になった。
その小隊は奇襲の専門部隊で、輸送部隊を襲って食料を奪ったり、敵の将軍を暗殺したり、人質となった王族を救出したりしていたらしい。
おかげで当時苦境に陥っていた我が国は勢力を盛り返し、その功績で父上は男爵にまで陞爵したのだそうだ。
そして、元々の国境まで戦線を押し上げて、ナログ共和国との停戦が成立した時点で、事件は起きた。
「字の読めなかった俺は、命令書を理解できなくて主戦派の貴族に騙されたんだ。俺の部隊は停戦条約が成立した翌日に、ナログ共和国が当時国境に配置していた部隊を壊滅させてしまってね」
父上は淡々と話しているが、ちょっと衝撃的な話だ。停戦翌日にドンパチ。普通に考えたらアウトだろう。
「それでよく今も貴族を続けていられますね」
僕が思わずそう呟くと、父上は何か話そうとして少しつまり、それから言葉を捻り出した。
「そうだな。だが、俺にもいろいろ守らねばならないものがあったんだ」
しまった。今のは絶対勘違いした気がする。
「ナログ共和国との停戦条約は今も有効だけど、俺がやらかしたせいで国交は回復していない。だから王都には俺の首をナログ共和国側に引き渡して、国交を回復させろという一派が今もいるんだ」
うへぇ。父上が王都へ行きたがらない理由がそれか。
「そんなわけで、同じく騙されているアモン監査官を俺が斬ると、いろいろ問題になると思うんだ。ここは穏便に、俺の無実を証明してくれ」
なるほど。理解した。マイナ先生たちが来るまで成功していたとは言い難いけど、父上が村人に文字を教えようとしていたのもそのせいか。字が読めなくて失敗していたんだな。
「俺が直接出るのはジェクティに禁止されてしまったから、後は頼む」
まぁ、父上が対応すると斬っちゃいそうだし、義母さんだと燃やしそうだし、妹だとさすがにどうかとと思うし、消去法的にやっぱり僕が対応するしかない。
「わかりました。まだお客様がたが食事中なので、失礼しますね」
僕は食堂を出て、客間に戻りながら考える。
転生先が貧乏ながら男爵家だったのは幸いな事だけど、我が家も盤石ではない。
相手は対立派閥の監査官。こんな状況を乗り越える方法、学校で習ってないけどなぁ……
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