39 / 190
第二章『王都招聘と婚約』
39話 見学とマヨネーズ
しおりを挟む「ほらほら! そこで気ぃ抜くな!」
翌朝、僕は日課の剣術訓練に勤しんでいた。
早朝なので、中庭にまだ商人の姿はない。代わりにいるのは監査人たちだ。
父上は見学者がいても、いつも通りに大人気なく、全く反撃させてくれない。延々と受け流し、かわし、逃げ続けていたら、遠当てが飛んできて吹き飛ばされた。
「遠当てはずるい!」
僕は起き上がって抗議したが、父上は僕を見下ろして鼻で笑う。
「敵が腕利きの仙術士だったらどうするんだ。神術が使える剣士だって、遠距離攻撃ぐらいしてくるぞ?」
屁理屈だ。
父上のように斬撃を飛ばして遠当てができる人は、この村にはさほどいない。できるのは父上の他には、パッケぐらいなんだそうだ。
そんなレベルの相手が敵に回ったら、僕なんかひとたまりもない。
「かわしたからって油断しなければ良いだろ?」
何でもない事のように言ってくるが、油断しなくても当たるものは当たる。かわし方がわからないのだから。
「次は私ね」
普段は気まぐれに参加するだけの義母さんが、立ち上がった僕の前に進み出てきた。
「お願いします」
義母さんは形状を無視して、木剣を杖のように構える。僕もそれに合わせて正眼の構えを取った。
「んじゃ、はじめ!」
父さんの気の抜けた掛け声で、次の試合が始まる。義母さんは緩い歩調で近づいてきた。
「せいっ」
先手必勝とばかりに踏み込もうとすると、いつのまにか最初の一歩を払われていた。
視界がぐるりと回転し、肩に革鎧越しの衝撃が伝わってくる。
「ぐべっ」
地面と激突したところで、蹴り倒され、軽く胸を踏みつけられた。息ができない。
「何で足上げちゃうかな? 重みの移動も早すぎるね」
木剣を首に突きつけられたので、足をタップして、降参を伝える。
義母さんは一応神術士であるはずだが、神術がなくても僕では歯が立たない。子どもをあしらうとはこのことだ。
一方、隣ではストリナと父上の手合わせが続いていて、ストリナが連撃を叩き込んでいた。もちろんすべてかわされてしまうが、父上にちゃんと反撃できるあたり、ストリナは間違いなく僕より強い。
そしてストリナにはもう一つ、僕にはない技術がある。
それが『雲歩』だ。
どういう理屈か、ストリナは何もない空中を蹴って軌道を変えられる。
「やー!」
ストリナは僕の身長の倍ぐらいまで跳躍して、父上に突っ込んでいく。空中でちょこまかと軌道を変える挙動は、前世にはなかったものだ。
「そいっ」
父上は軽く一歩、身体を斜めに引いて、ストリナの背中を地面に向けて叩いた。
「きゃ」
それだけでストリナはバランスを崩して、地面に転がる。
「んんん。おにいちゃんにはつうじたのに……」
ストリナは受け身をちゃんと取っていたので、そのまま僕の前までコロコロと転がってきた。
「おにいちゃん! てあわせ!」
ストリナは僕の前でぴょこんと立ち上がると、木剣を構える。順番的にはストリナとなので、僕もしぶしぶ木剣を構えた。
このところ負け越しているので、本当はやりたくないが。
「やー!」
ストリナはさっき見たとおりに跳躍したので、僕は相手の体勢が整う前に思いきり踏み込んで、剣で斬り上げる。
ストリナはウナギのようにするりとすり抜けて、体勢を崩しながらも、空中から器用に剣を振ってくる。前に滑空する飛猿という魔物と戦ったことがあるが、それよりも厄介だ。
さらに踏み込んで、交差するようにストリナの剣から逃れる。
振り返ると、ストリナはもう着地していて、今度は姿勢を低くして突っ込んできているところだった。片手で剣を構えると、ストリナは即座に剣を振りにくい位置に入り込んでくる。
「ちょこまかとっ!」
ストリナも小さい頃からかわし方を中心に教えられているので、一撃当てるのは相当難しい。僕は身体を捻ってストリナの斬撃に対応する。
ガガガガッ
早朝の中庭に、木剣同士を打ち合わす音が響く。まだ寝ている客もいるだろうから、ご近所迷惑もいいところだ。
「ほらー、剣はもっと大事に扱え~。防御に剣を使うとか、お金をドブに捨てるようなもんだぞー」
父上がいつもの野次を飛ばしてくる。父上も義母さんも元冒険者なので、採算にうるさい。剣を痛める使い方は怒られるし、魔物を倒す時に商品価値を下げるような狩り方をしても怒られる。
『お願い! 剣を防いで!』
ストリナが聖言で指示を出しているのが聞こえた。そう言えば、聖霊と契約して護法神術を使えるようになったんだっけか。
カァン!
振り抜こうとした木剣が空中で何かに阻まれる。これは今までになかったパターンだ。接近戦中に神術が使えるとか、我が妹ながらチートが過ぎる。
「えい」
気の抜ける掛け声とともに、ストリナに脛を払われて、バランスが崩れる。
革鎧と木剣だからこの程度で済んでいるが、真剣だったらこれで勝負がついていただろう。
だがこれは練習。僕はまだ動ける。
僕は倒れながら逃げていく妹の腕を掴み、捻って投げた。
ストリナは自分から回転して受け身を取る。致命傷にはならなかったので、実戦だったら僕は脛を斬られた痛みにのたうち、反撃できずにトドメを刺されているはずだ。
「そこまで」
父上が僕の負けを宣告する。
また妹に負けた。
僕は8歳、妹は6歳。やっぱり僕に戦いの才能はない。
「たのしかったぁぁぁ」
妹は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。僕に勝って嬉しいのだろう。
「さて、今日の訓練はここまでだ。しかし、こんなものを見てどうするんです? 監査官殿?」
父上がうっすらとした汗を手拭いで拭いながら、中庭の隅で見学していた3人の監査官とその従者たちに視線を向ける。
「すごかったの~。どうしてナログ共和国がコンストラクタ卿をあんなに警戒しているのか、良くわかったの」
オーニィ監査官は嬉しそうに手を叩いて喜んでいた。一方のナーグ監査官は真剣で、アモン監査官は蒼白になっている。
「喜んでもらえたようで何より。これから朝食ですが、何か希望はありますか?」
父上が問いかけると、オーニィ監査官が目をキラキラとさせ始めた。
「マヨネーズを所望するの!」
昨日の夕食時に錬金術の成果をアピールするために、石鹸と同じ鹸化の原理を使って作るマヨネーズの話をしたのだが、どうやらそれが気になっているらしい。
ここで手に入る卵はニワトリのものではないし、酢も黒っぽい独特の色がついていて、油もちょっと匂いがある。だから実験で作ったものはかなり独特な味になったが、あれはあれで美味しかった。
勉強を教えていた子どもたちに試食してもらったら、いつの間にか村中に広がっていて、今ではいろんなアレンジが出来つつある。
「手配させましょう。イント、今日も頼む」
監査官の案内役である僕を残して、父上たちは館に戻っていく。
昨日の夕方、効率的に電気分解できそうな試作壺が届いたので、それを使って色々と実験したいが、ここはグッと我慢するしかない。
「さて、今日は朝食後、『死の谷』の視察に向かいます。道が悪いので馬車よりも馬に乗ることをお勧めしますが、どうしますか?」
この一ヵ月で、うちの村が保有する馬車は5台、馬で20頭ほど増えた。村として稼いだ税金の大半を馬につぎ込んでいる形だが、まだまだ足りていない。
『死の谷』に砦を建築するための資材を運び込み、帰りは生産した塩や狩った魔物を村に持ち帰るためにフル回転しているが、今回視察に行く監査官は貴族様なので、馬10頭と馬車2台をなんとか確保できた。
山道になるので馬車で行く場合は3頭立てになり、フリーに乗れる馬は4頭になる。村人の護衛はいつも通り自分の足で走るので、数的には充分足りるだろう。
「ボクは馬にする! 楽しそう!」
オーニィ監査官は即座に手をあげて申告してくる。こちらの世界の貴族は、軍人以外は馬に乗らないのが通例らしいので、オーニィ監査官は軍の経験があるのだろう。
「わ、ワシは馬車だ。誇り高いパール家に連なる者が、下賤な真似はできん」
アモン監査官は迷わず馬車を選んだ。あの体形では、馬に乗るのも一苦労だろうから、仕方ない。
「護衛はどうするんだ?」
ナーグ監査官が確認してくる。
「こちらからは、10人ほどの狩人が徒歩で護衛に付きます。山道に対応した馬車2台と馬10頭を貸せますので、その範囲で自由に護衛を付けてもらってかまいません」
僕が答えると、ナーグ監査官はすぐさま従者を選別し始めた。見るからに有能な感じがする。
「手配はナグっちに任せちゃって良いから、マヨネーズ作ってるところ見せてよ!」
オーニィ監査官が肩を叩いてくる。自家製のマヨネーズがどの程度日持ちするかは教科書に書いていなかったので、作り置きはしていない。
まぁ材料自体はシンプルで、かき混ぜるのも義母さんのオリジナル神術があれば一瞬なので、見られたからと言って問題はないだろう。村人から聞いた話では、手作業でやるととんでもなく面倒くさいらしいが。
「じゃあ、厨房に行ってみます? 多分今作っていると思いますけど」
普段の朝食は家族の分だけなので、メイドのアンだけで作っているが、今日は監査官とその従者の分を作らないといけないので、家族総出で料理している。
普段はやっていないが、父上も義母さんも元冒険者なので、料理はできるらしい。ストリナは知らないが、器用なので手伝いぐらいはできているだろう。
我が家は一応男爵家なので、当主が料理しているのを見せて良いかはわからないが、監査官には何も隠さないで良いと言われているので気が楽だ。もちろん、契約した聖霊が黒い話はタブーだろうが。
「アモン様はどうしますか?」
アモン監査官は少し考え、チラリと斜め後ろに控えた従者とアイコンタクトを交わした。
「いや、ワシは馬車で視察の準備がある故、朝食ができたら呼びに来てくれ」
相変わらず偉そうではあるものの、何となく僕に対する言葉遣いがちょっと変わった気がする。
アモン監査官は、そそくさと門の方へ向かっていった。
8歳に気を使う王国の監査官。考えてみると笑えるかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【第2章完結】最強な精霊王に転生しました。のんびりライフを送りたかったのに、問題にばかり巻き込まれるのはなんで?
山咲莉亜
ファンタジー
ある日、高校二年生だった桜井渚は魔法を扱うことができ、世界最強とされる精霊王に転生した。家族で海に遊びに行ったが遊んでいる最中に溺れた幼い弟を助け、代わりに自分が死んでしまったのだ。
だけど正直、俺は精霊王の立場に興味はない。精霊らしく、のんびり気楽に生きてみせるよ。
趣味の寝ることと読書だけをしてマイペースに生きるつもりだったナギサだが、優しく仲間思いな性格が災いして次々とトラブルに巻き込まれていく。果たしてナギサはそれらを乗り越えていくことができるのか。そして彼の行動原理とは……?
ロマンス、コメディ、シリアス───これは物語が進むにつれて露わになるナギサの闇やトラブルを共に乗り越えていく仲間達の物語。
※HOT男性ランキング最高6位でした。ありがとうございました!
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
俺、何しに異世界に来たんだっけ?
右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」
主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。
気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。
「あなたに、お願いがあります。どうか…」
そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。
「やべ…失敗した。」
女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる