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第六章『学校開校』
173話 悪だくみ
しおりを挟む「飛行船は、まだ少し怖いな」
空港でスターク王太子殿下が、巨大な飛行船を見上げて呟く。
ここは王宮近く、今回の内乱で接収されたスカラ侯爵邸を改造して建設された空港である。さすが侯爵だっただけあって、それなりの間隔をあけて、飛行船を三機は係留できる広さがあった。
本格的な空港は郊外に建設予定だが、王都は巨大で、郊外に行くには馬車でも3時間程度はかかってしまう。中心部にも空港が 必要ということで、こちらの建設が優先された。
「僕もです」
パラシュートが破れて墜落してしまった影響は大きく、僕の足にはまだ痛みが残っていてる。歩く時には全力で身体強化が必要で、しかし霊力は骨折した場所から抜けるので杖が手放せない。ここまでのダメージを負う状況、想像しただけで背筋が寒くなる。
だが僕はまだマシだろう。爆発に巻き込まれたところまでで、記憶が飛んでいるからだ。しかし殿下は、そんな僕を助けた。つまり落下の恐怖の中、僕のパラシュートの紐を引き、その後に自分もパラシュートを開き、最終的に負傷した僕を見た。
きっと僕以上のトラウマになっているだろう。
まぁ僕はクソ親父のアドリブの方がトラウマになっているが。王都の屋敷で謹慎となると、王都の存亡に関わる夫婦喧嘩が勃発しかねないので、親父には第十五騎士団の宿舎で謹慎してもらっている。
あんなことが起きた後なのに、お願いを聞いてくれるとか、王太子はどこまで良い方なのだろうか。
「ところで殿下、開校式のためにフロートの街まで来ていただけること、ありがとうございます」
トラウマな会話を避けて、露骨に話題を変えてみる。
「ああ、それなんだが、余も試験も受けるつもりだ」
んん?
「えっと?」
最初は幼年学校からと思っていたのだが、コンストラクタ村の術士の多さや、先生が発表した筆算の重要性に目をつけた国王陛下から、騎士科と行政科を前倒しするように依頼された。
「将来、家臣の言うことを理解できないのは、王として話にならないだろう?」
王太子の言葉に、ちょっと感動する。思い返してみれば、その昔うちの村の監査に来たアモンさんは、文字を読むのすら部下任せだった。高貴な血筋は労働しない、というような思想も残る中、きちんと勉強しようとする姿勢は素晴らしいと思う。
が、責任が重大すぎる。僕ですら何度も襲われてるのに、王太子とかもっと襲われそうだ。護衛のことを何も考えてなかった。『右衛士』という称号までもらっておいて、護衛できませんでしたというのでは話にならない。
「しかし、護衛もなしに授業を受けるのはいかがなものかと……」
大人しく家庭教師で満足して欲しいところだが……
「イントもそうだが、我らは同年代に顔が知られていない。言わなければわからないと思わないか?」
なるほど。それはそうかもしれないが、この人、実は悪い人だったんだな。随分と嬉しそうに言う。
「しかし、学校には平民も在籍しています。御身に万が一があれば……」
戦災孤児などにも教育を行う予定なので、割と荒れている生徒もいるかもしれない。僕が心配していると、飛行船に取り付けられた昇降用のタラップを上りながら、殿下は肩をすくめる。
「学校の門には騎士団から衛兵を派遣しよう。余、いや私も一介の生徒に負けるような訓練はしていないつもりだし、イントも護ってくれるのだろう?」
「いや、しかし……」
守りたいが、見ての通りの足だし、自信はまったくない。
タラップの上では、待ち受けていた顔見知りの騎士が、殿下のために扉を開けた。
「ふむ。良い船だ」
戦時中に急造した飛行船の内装は、ろくにヤスリがけもされていない木材でできていて、素手でこするとトゲが刺さった。
この船は、王族用の専用船として、内装をやり直した船だ。内装はかなり貴族の屋敷に近くなっていて、窓も二枚のガラスの間に透明なスライムの皮を挟んだ特注品である。並の神術なら弾くし、シーピュの矢や『断罪の光』でも一撃までなら防ぐヤーマン親方自慢の逸品だ。
「船内異常はありません!」
王太子府付きの騎士たちが船内確認から戻ってくる。彼らは身辺護衛のプロで、事前確認は過剰なほどだ。学校でこれをやったら確実にバレる。
「ご苦労。引き続き頼む」
王太子は、操縦席が見える位置の座席に座り、僕を隣の席に手招きした。
「さてイント卿、まずは我々の偽名から考えようか。こういう陰謀は、何だかワクワクするな」
◆◇◆◇
「それで、謹慎中のヴォイド卿の処分はどうされるおつもりで?」
王宮の執務室では、いつもの二人が話し込んでいた。王国の中枢の判断は、この二人の雑談から始まる。
「それなんだがな。あの家は師匠はもちろん、ジェクティにイントにストリナまで、尋常ではない功績を上げ続けている」
筋骨隆々の国王と、小太りな宰相。10年近く施政を共にした二人は、慣れた様子で苦笑をかわし合う。
「そうですね。見合った報奨を与えれば嫉妬の対象になり、与えなければ信賞必罰をしない王と見なされます。バランスを欠けばまた国が乱れかねません」
国王は深くうなずく。
「しかも、教皇と対立しかけている今、彼らがいなくなったらこの国は亡びる。ならば、ここらで家を本格的に分割してしまうのはどうだ?」
宰相は深いため息を一つついた。
「何をいまさら。元々そのつもりでしょう?」
宰相はあきれ顔だ。
「わかるか?」
国王は、なぜか得意げだ。この二人の意見が一致した施策は、だいたいうまくいく。それを経験上知っていたからだ。
「何年一緒にやってきたとお思いか。この戦争で、公国派と古典派が派閥として機能しなくなった。貴族たちの暴走を防ぐ牽制機構として、新たな派閥を起こす気でしょう? また王太子派とでも名付けますか?」
国王は得意げに鼻を鳴らす。
「それはそうなんだが、その中で師匠をどう扱うかだ。師匠は戦争の英雄。謹慎を続けさせることも軍事上のリスクになる。だから、このまま師匠をコンストラクタ子爵家から外し、スカラ子爵家を継がせるのが良いのではないかと思っているんだ」
国王の提案に、宰相はすぐには答えず、黙って焼き菓子を口に放り込んだ。ゆっくりと咀嚼して、用意された紅茶で口の中のものを腹に流し込む。
「なるほど。ヴォイド卿の父は、スカラ子爵家の跡継ぎ争いに敗れて国外逃亡しているとか。失踪記録を整理すれば、正式な跡継ぎとして擁立することは法的に可能でしょう。しかし、その方法は危険な前例となりかねませんよ?」
十分に吟味してから、宰相はため息と共に言葉を吐き出した。貴族にとって、家は重要なものだ。王の一存で当主が簡単に変えられると思われれば、貴族の心は離れてしまう。
「わかっているさ。ジャワ攻防戦の報告書は読んでいるだろう? 今回師匠が自分の出自を掴んだキッカケは、救出したスカラ子爵家の娘からだ。では、いつ、どうやって彼女とそんな話をしたと思う? そしてスカラ子爵家の存続なんて話を、どうして家族や我々に相談なくあの場で始めたと思う?」
宰相は話を聞いて、頭を抱えた。
「それは、まさか、また悪い癖が」
さほど外観に気を配っておらず、普段の服装もこだわってはいないが、それでもヴォイドは美男である。かつては、それなりの浮名も流していた。
結婚して以降は治っていたが、ここに来て再発した可能性がある。
「だが、今回はちょうど良いかもしれないな。スカラ子爵本人からも、服毒と家族の助命の嘆願が出ている。本人を助けることは王としてできないが、思うところはあるし、あれだけ見事に戦ったジャワの防衛力は惜しい」
「ジェクティ卿にとっては、複雑な沙汰となりますね」
「あれほど怒っていたしな。重要な時期だから、体調を崩さないようにしてもらいたいところだが。今姐さんが産褥熱で亡くなったりしたら、国が滅ぶかもしれん」
ログラム王国は、9年前にヴォイド、ジェクティに並ぶ戦力を失っている。その妹ならば、同じ原因で亡くなりかねない。
「産褥熱ですか。それで亡くなる女性は多いですし、ならばそちらをイントに解決させますか?」
「それが可能なら面白いな。産婆ギルドには勅命を入れておこう」
この王国の中枢の判断は、いつもこの二人の雑談から始まるーーー
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