神は奇跡を選ばない ――英雄たちの帰還譚―

えええ

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夕暮れ時の公園を、私は一人で散歩していた。
沈みかけた太陽が街を橙色に染め、昼と夜の境目特有の静けさが辺りを包んでいる。

その静寂を破るように、遠くから高校生たちの笑い声が聞こえてきた。
無邪気で、屈託のない声。
世界がまだ優しいものだと疑っていない年代の響き。

私は公園の片隅にあるベンチに腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げていた。
やがて、その高校生たちが私の前を通り過ぎようとした――その瞬間。

「……なんだこれは!?」

突然、ひとりの男子高校生が声を上げた。
驚きと混乱が混じった叫び。

彼らの足元が淡く光り始める。
円形に広がる光、複雑に絡み合う紋様。

その光は、ゆっくりと、しかし確実に範囲を広げていった。

私は自然と視線を向ける。
赤い瞳が、その光を正確に捉えた。

「……これは、勇者召喚……」

思わず、声が漏れる。
見覚えがあった。
忘れたくても、忘れられるはずのない魔法陣。

(まさか……そんなはずは……)

胸の奥で、小さく呟く。
だが、疑念を打ち消すように、光は私の足元へと迫ってくる。

近くにいた、もう一人の男子高校生にも光が及んだ。
逃げる暇も、考える余裕もない。

次の瞬間――
私を含めた四人は、眩い光に包み込まれた。

視界が白に染まり、重力が消える。
意識が、遠のいていく。

その直前。

「ようこそ、異界の勇者様」

女性の声が、確かに響いた。

光が消え、私はゆっくりと目を開けた。
そこは、荘厳な聖堂だった。

高い天井、荘重な柱、差し込む光。
祈りと魔力が満ちた空間。

私は、聖堂の中央に立っていた。
正面には、金色の髪を持つ少女。
その周囲には、ローブを纏った魔法使いたちが集っている。

彼女――少女は、私たち四人を見つめ、はっきりと戸惑いの色を浮かべた。

「……どういうこと?」

小さく、しかし確かに震える声。

「本来なら、勇者様お一人が呼ばれるはず……」

聖堂の空気が、重く淀む。
私はその言葉を静かに聞きながら、一歩前に出た。

「ここは……?」

問いかけると、少女は一度深呼吸をし、背筋を正す。
その瞬間、幼さの残る顔に、王族としての威厳が宿った。

「ここはミドガルド王国。
そして私は、この国の王女――アイリス・フォン・ミドガルドです」

澄んだ声が、聖堂中に響き渡る。

続く言葉は、はっきりとした謝罪を帯びていた。

「本来でしたら、勇者様お一人をお呼びするところでしたが……
魔法陣の不具合により、皆様をお呼びしてしまいました。
誠に、申し訳ございません」

アイリスの瞳が、ふっと陰る。
その奥には、遠く迫る危機が映っているようだった。

「この世界に、危機が訪れようとしているのです」

彼女は語り始める。
その声は穏やかで、だが底流には確かな緊張があった。

「500年ほど前、人と魔族は、互いを滅ぼし尽くすほどの激しい戦いを繰り広げました。
最終決戦において、当時の光属性最高峰の魔法使いと、その使い魔である光の属性神が、魔族の王と激突しました」

私は、静かに耳を傾ける。

「激戦の末……魔法使いは、自らの命を賭して魔族の王を封印しました。
しかし今、その封印に綻びが生じ、いつ復活してもおかしくない状況なのです」

――その話を聞きながら、私の唇は微かに吊り上がった。

(……ついに、来たのね)

復讐の時。
だが同時に、胸の奥で違和感が渦巻く。

(あの時……私があの子を殺し、魔王を封印したはず……)

少女の語る歴史と、私の記憶。
そこには、確かな食い違いがあった。

だが、その疑問を口にすることはできない。
当時の仲間は、もうこの世界にはいないだろう。

アイリスは深く、深く頭を下げた。

「急なお願いであることは承知しております。
ですが……この世界のために、どうか皆様のお力をお貸しいただけませんか?」

王族が頭を下げるという行為。
それは屈辱ではなく、覚悟の証。

その重さを、私は誰よりも理解していた。

「わかった」

そう答えたのは、魔法陣の中心に立つ男子高校生だった。

「何ができるかわからないけど……力を貸すよ」

迷いのない声。
私は内心で、確信する。

(……この子が、今代の勇者)

すると、その隣にいた友人らしき少年が、呆れたように口を開いた。

「ったく……またお前は勝手に決めて」

だが、その言葉には、確かな信頼が滲んでいる。

「でも、なんやかんやで付いてきてくれるんだろ?」

勇者候補の少年が笑うと、友人はフンと鼻を鳴らし、眼鏡を掛け直した。

もう一人の少年が、少し緊張した面持ちで前に出る。

「お、俺も……手伝います」

私は微笑み、小さく頭を下げた。

「微々たる力かもしれませんが……よろしくお願いします」

その言葉に、アイリスは再び深く頭を下げる。

「ありがとうございます」

感謝の声が、聖堂に広がった。
周囲の魔法使いたちも、安堵したように息をつく。

――こうして、再び物語は動き始めた。

それが、希望に繋がるのか。
それとも、さらなる絶望への道なのか。

その答えを知っているのは、
きっと――私だけだった。
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