神は奇跡を選ばない ――英雄たちの帰還譚―

えええ

文字の大きさ
2 / 27

2

しおりを挟む
扉が、音もなく静かに開いた。

アイリスが先に立ち、私たちを神殿の一室へと導く。
室内の中央には、淡く輝く巨大な魔法陣が広がっていた。幾重にも重なった円環と、複雑に絡み合う紋様。ひと目見ただけで、ただの儀式ではないことが分かる。

アイリスは魔法陣の前で足を止め、こちらを振り返る。

「ここが、皆様に力を授ける場所です」

穏やかで、けれど逃げ場を与えない声音。

「この魔法陣に入ると、戦うための力が手に入ります。どうか、恐れずに進んでください」

その言葉に、三人の視線が魔法陣へと吸い寄せられた。
不安と期待――相反する感情が、はっきりと彼らの瞳に浮かんでいる。

最初に動いたのは、勇者として最初に召喚された男子高生だった。
彼は一瞬だけ唾を飲み込み、それでも決意を宿した目で一歩踏み出す。

魔法陣に足を踏み入れた瞬間、光が立ち上り、彼の身体を包み込んだ。

次に、彼の友人が続く。
緊張した面持ちのまま魔法陣へ入り、同じように光に呑まれていく。

三番目の少年も、ほとんど迷うことなく進んだ。
魔法陣の光が彼を包み込み、室内が淡く明滅する。

そして――最後に残ったのは、私だった。

魔法陣を見つめながら、静かに息を整える。
白銀の髪が、わずかな気流に揺れた。

私の周囲には、意識して抑え込んでいるはずの気配が、かすかに滲み出ている。
神々しいオーラ――それを自覚しているのは、私自身だけだ。

ゆっくりと、一歩。

魔法陣の中へ足を踏み入れた瞬間、部屋全体が嘘のように静まり返った。

柔らかな光が私を包み込み、身体が微かに震える。

――次の瞬間。

視界が切り替わった。

私は、別の空間に立っていた。

天空に浮かぶ神殿のような場所。
高くそびえる大理石の柱。
上空から差し込む光が、空間全体を満たしている。

まるで――神々の住まう聖域。

その中心に、気配が現れた。

女神。
優雅な佇まいと、すべてを包み込むような柔らかな声。

「お初にお目にかかります、全能神様」

微笑みながらそう告げられ、私は静かに首を振る。

「こちらこそ初めまして。私のことは稟でいいわ」

視線をまっすぐ向け、続ける。

「今、この世界を管理しているのは貴女なのね。……先代は?」

女神は一瞬だけ目を瞬かせ、それから穏やかに答えた。

「先代は、歳を理由に引退いたしました」

「まぁ、前回来た時には結構なおじいちゃんだったものね」

くすりと笑い、場の空気がわずかに和らぐ。

だが――

「コホン」

わざとらしい咳払いひとつで、空気が一変した。

「雑談もいいですが、貴女をこの世界に呼んだ理由をお話しします」

女神の表情は、真剣そのものだった。

「先々代の神が封印した邪神が、魔王と接触し、協力関係を築きました」

私は眉をひそめる。

「邪神は、魔王の言葉を信じています。今の貴女の力は、過去のまま……あるいは少し強くなった程度だと」

淡々とした口調で、女神は続ける。

「狡猾な存在です。もし、貴女の力が遥かに上だと気づけば、貴女が消えるまで影に潜み、居なくなった瞬間を見計らって再び動き出すでしょう」

「……なるほど」

私は静かに問いかける。

「それで? 私は向こうで、どう過ごせばいいの?」

女神は目を細め、はっきりと言った。

「以前この世界に来た時と同じくらい、もしくは少し力をつけた程度で過ごしてください。真の力を隠し、邪神を油断させるのです」

さらに、声に重みが増す。

「加えて、散り散りに封印されている邪神の力のかけらが、何者かによって回収されています」

時間は残されていない――その意味が、言葉の裏に滲んでいた。

「すべて回収される前に、こちらも確保しなければなりません」

その瞬間、光が揺らぎ始める。

魔法陣の光がゆっくりと消え、私は現実の世界へと引き戻された。

「皆様、準備が整いました」

アイリスの声が、はっきりと耳に届く。

「これより王宮へ参りましょう。私の父――いえ、王との対面をお願いいたします」

そう告げられ、私たちは王宮へと向かう。

その道すがら、私は意識を内側へと向けた。

――もう一つの人格。
全知の神である、亮。

(女神の言葉、どうする?)

問いかけると、亮は静かに答える。

(まだ時間はある。あいつらと帝国へ向かうことになるだろうが、その途中で適当な理由をつけてパーティーを抜ければいい)

(……それで?)

(その場合、帝国に着く前に、あいつらのうち一人は死ぬ)

胸が、きゅっと締め付けられる。

(……助ける方法はあるの?)

しばらくの沈黙の後、亮は短く言った。

(ある)

(どうすればいい?)

亮は(王と対面した後に教える)

そこで、会話は途切れた。

アイリスが扉に手をかけ、静かに告げる。

「王が、この扉の向こうにいらっしゃいます」

扉が開く。

張り詰めた空気の中――
私と三人、そして王との対面が始まった。

まるで、時間そのものが止まったかのように。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!

たまごころ
ファンタジー
ギルド最弱の鍛冶師レオンは、仲間に「役立たず」と笑われて追放された。 途方に暮れる彼の前に現れたのは、伝説の鍛冶書と、しゃべる鉄塊(?)。 鍛冶・錬金・料理・魔道具――あらゆるクラフトスキルを吸収する《創精鍛造》を極め、万能職人へと覚醒! 素材採取から戦闘まで、すべて自作で挑む“ものづくり異世界成り上がり譚”が今、始まる。 裏切った元仲間? 今さら後悔しても遅いぞ!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

今更……助けてくれと……言われても……

#Daki-Makura
ファンタジー
出奔した息子から手紙が届いた…… 今更……助けてくれと……言われても……

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...