神は奇跡を選ばない ――英雄たちの帰還譚―

えええ

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扉が、音もなく静かに開いた。

アイリスが先に立ち、私たちを神殿の一室へと導く。
室内の中央には、淡く輝く巨大な魔法陣が広がっていた。幾重にも重なった円環と、複雑に絡み合う紋様。ひと目見ただけで、ただの儀式ではないことが分かる。

アイリスは魔法陣の前で足を止め、こちらを振り返る。

「ここが、皆様に力を授ける場所です」

穏やかで、けれど逃げ場を与えない声音。

「この魔法陣に入ると、戦うための力が手に入ります。どうか、恐れずに進んでください」

その言葉に、三人の視線が魔法陣へと吸い寄せられた。
不安と期待――相反する感情が、はっきりと彼らの瞳に浮かんでいる。

最初に動いたのは、勇者として最初に召喚された男子高生だった。
彼は一瞬だけ唾を飲み込み、それでも決意を宿した目で一歩踏み出す。

魔法陣に足を踏み入れた瞬間、光が立ち上り、彼の身体を包み込んだ。

次に、彼の友人が続く。
緊張した面持ちのまま魔法陣へ入り、同じように光に呑まれていく。

三番目の少年も、ほとんど迷うことなく進んだ。
魔法陣の光が彼を包み込み、室内が淡く明滅する。

そして――最後に残ったのは、私だった。

魔法陣を見つめながら、静かに息を整える。
白銀の髪が、わずかな気流に揺れた。

私の周囲には、意識して抑え込んでいるはずの気配が、かすかに滲み出ている。
神々しいオーラ――それを自覚しているのは、私自身だけだ。

ゆっくりと、一歩。

魔法陣の中へ足を踏み入れた瞬間、部屋全体が嘘のように静まり返った。

柔らかな光が私を包み込み、身体が微かに震える。

――次の瞬間。

視界が切り替わった。

私は、別の空間に立っていた。

天空に浮かぶ神殿のような場所。
高くそびえる大理石の柱。
上空から差し込む光が、空間全体を満たしている。

まるで――神々の住まう聖域。

その中心に、気配が現れた。

女神。
優雅な佇まいと、すべてを包み込むような柔らかな声。

「お初にお目にかかります、全能神様」

微笑みながらそう告げられ、私は静かに首を振る。

「こちらこそ初めまして。私のことは稟でいいわ」

視線をまっすぐ向け、続ける。

「今、この世界を管理しているのは貴女なのね。……先代は?」

女神は一瞬だけ目を瞬かせ、それから穏やかに答えた。

「先代は、歳を理由に引退いたしました」

「まぁ、前回来た時には結構なおじいちゃんだったものね」

くすりと笑い、場の空気がわずかに和らぐ。

だが――

「コホン」

わざとらしい咳払いひとつで、空気が一変した。

「雑談もいいですが、貴女をこの世界に呼んだ理由をお話しします」

女神の表情は、真剣そのものだった。

「先々代の神が封印した邪神が、魔王と接触し、協力関係を築きました」

私は眉をひそめる。

「邪神は、魔王の言葉を信じています。今の貴女の力は、過去のまま……あるいは少し強くなった程度だと」

淡々とした口調で、女神は続ける。

「狡猾な存在です。もし、貴女の力が遥かに上だと気づけば、貴女が消えるまで影に潜み、居なくなった瞬間を見計らって再び動き出すでしょう」

「……なるほど」

私は静かに問いかける。

「それで? 私は向こうで、どう過ごせばいいの?」

女神は目を細め、はっきりと言った。

「以前この世界に来た時と同じくらい、もしくは少し力をつけた程度で過ごしてください。真の力を隠し、邪神を油断させるのです」

さらに、声に重みが増す。

「加えて、散り散りに封印されている邪神の力のかけらが、何者かによって回収されています」

時間は残されていない――その意味が、言葉の裏に滲んでいた。

「すべて回収される前に、こちらも確保しなければなりません」

その瞬間、光が揺らぎ始める。

魔法陣の光がゆっくりと消え、私は現実の世界へと引き戻された。

「皆様、準備が整いました」

アイリスの声が、はっきりと耳に届く。

「これより王宮へ参りましょう。私の父――いえ、王との対面をお願いいたします」

そう告げられ、私たちは王宮へと向かう。

その道すがら、私は意識を内側へと向けた。

――もう一つの人格。
全知の神である、亮。

(女神の言葉、どうする?)

問いかけると、亮は静かに答える。

(まだ時間はある。あいつらと帝国へ向かうことになるだろうが、その途中で適当な理由をつけてパーティーを抜ければいい)

(……それで?)

(その場合、帝国に着く前に、あいつらのうち一人は死ぬ)

胸が、きゅっと締め付けられる。

(……助ける方法はあるの?)

しばらくの沈黙の後、亮は短く言った。

(ある)

(どうすればいい?)

亮は(王と対面した後に教える)

そこで、会話は途切れた。

アイリスが扉に手をかけ、静かに告げる。

「王が、この扉の向こうにいらっしゃいます」

扉が開く。

張り詰めた空気の中――
私と三人、そして王との対面が始まった。

まるで、時間そのものが止まったかのように。
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