27 / 27
27
しおりを挟む
すべてが終わった後、私は静かに歩き、ソフィアの遺体の前に立った。
冷え切ったその身体は、もう何も語らない。
けれど――これ以上、誰かの都合で利用される存在であってはならなかった。
私はそっと手をかざす。
「……《聖炎》」
白く澄んだ炎が、優しく彼女を包み込む。
それは破壊の火ではない。
穢れを焼き払い、静かな眠りへ導くための炎だった。
炎が揺らめく中、恭介が一歩前に出る。
しばらく言葉を探すように視線を落とし、やがて口を開いた。
「……本当に、それでいいのか?」
私は視線を炎に向けたまま、答えを待つように沈黙した。
「神様なんだろ?」
「生き返らせることだって……出来たはずだ」
俊がわずかに眉を寄せ、直哉も何か言いたげに唇を噛む。
私は静かに頷いた。
「ええ。確かに、生き返らせることは可能よ」
その言葉に、恭介の表情が一瞬だけ揺れる。
「なら――」
「でもね」
私は、はっきりとした声で続けた。
「この世界に、死者を蘇らせる“手段”が存在しない以上」
「私は、この世界でそれをしてはいけないの」
直哉が、確かめるように問い返す。
「……それって、どういう意味ですか?」
「それは“救い”じゃないわ」
「世界の理をねじ曲げる行為よ」
私はゆっくりと振り返り、三人の顔を見る。
「奇跡に見えても、それは歪みになる」
「一度許せば、次も、その次も求められる」
俊が静かに息を吐いた。
「……それで、この世界は壊れていく」
「ええ」
炎は次第に弱まり、やがてソフィアの身体は静かな灰へと還っていった。
私は両手を合わせ、目を閉じる。
神としてではなく。
裁く存在としてでもなく――
ただ、彼女を悼むひとつの存在として。
ふと気配を感じ、目を開く。
恭介も。
俊も。
直哉も。
何も言わず、同じように両手を合わせていた。
「……ありがとう」
そう告げると、恭介が少し照れたように視線を逸らす。
「礼を言われるようなことじゃないだろ」
「当たり前のことをしただけだ」
「そうね」
私は小さく微笑んだ。
「……じゃあ、話を変えましょうか」
空気を切り替えるように続ける。
「私、もう少ししたら元の世界に帰ろうと思うの」
三人が同時に顔を上げる。
「だから、一週間の内に決めなさい」
「この世界に残るか」
「それとも、元の世界に帰るか」
沈黙が落ちる。
その重さは、戦場のそれとは違っていた。
やがて、直哉が慎重に口を開く。
「……もし、元の世界に帰ったら」
「この力は、どうなるんですか?」
「魔法は使えなくなるわ」
「剣も、加護も、全部ここに置いていく」
「……普通の生活に戻る、ってことですね」
「ええ」
恭介が苦笑する。
「急に現実的だな」
「現実よ」
三人は顔を見合わせ、短く息を吐いた。
「……わかった」
「後悔しない選択にする」
「それだけは、約束します」
私は静かに頷いた。
砦へ戻ると、門の前で待っていたレオンが私たちを見て言った。
「……終わったのか」
「ええ」
「すべて、終わらせたわ」
レオンは目を閉じ、深く息を吸う。
「――英雄たちの帰還だ!」
その声に、砦は歓声に包まれた。
剣を掲げる者、互いの無事を確かめ合う者、涙を流す者。
少しして、レオンは私の元へ戻ってくる。
「被害は出た」
「だが……想定よりは下回っている」
「そう……」
「皆、よく耐えたわ」
空を見上げる。
邪気に覆われていた空は、今はどこまでも澄んでいた。
一週間後――帰還前日。
「……決めた?」
恭介が代表して答える。
「俺たちは、元の世界に帰る」
俊も直哉も、迷いのない目で頷いた。
「そう」
それ以上、言葉は必要なかった。
そして、帰還の日。
レオン、アウグスト皇帝、アイリス王女。
多くの人々に見送られ、光が広がっていく。
「忘れないでください」
「あなたたちは、この世界の英雄です」
アイリス王女の言葉に、恭介が苦笑する。
「重すぎる称号ですね」
光が収束する。
見慣れた空。
見慣れた世界。
恭介、俊、直哉――
そして、私。
私は一歩前に出て、静かに息を吸う。
「……ただいま」
神としてでもなく、
戦う存在としてでもなく――
ただの“稟”として。
こうして、
稟もまた、彼らと共に元の世界へ帰還した。
戦いは終わり、
それぞれの“日常”が、再び動き始める。
―― END ――
冷え切ったその身体は、もう何も語らない。
けれど――これ以上、誰かの都合で利用される存在であってはならなかった。
私はそっと手をかざす。
「……《聖炎》」
白く澄んだ炎が、優しく彼女を包み込む。
それは破壊の火ではない。
穢れを焼き払い、静かな眠りへ導くための炎だった。
炎が揺らめく中、恭介が一歩前に出る。
しばらく言葉を探すように視線を落とし、やがて口を開いた。
「……本当に、それでいいのか?」
私は視線を炎に向けたまま、答えを待つように沈黙した。
「神様なんだろ?」
「生き返らせることだって……出来たはずだ」
俊がわずかに眉を寄せ、直哉も何か言いたげに唇を噛む。
私は静かに頷いた。
「ええ。確かに、生き返らせることは可能よ」
その言葉に、恭介の表情が一瞬だけ揺れる。
「なら――」
「でもね」
私は、はっきりとした声で続けた。
「この世界に、死者を蘇らせる“手段”が存在しない以上」
「私は、この世界でそれをしてはいけないの」
直哉が、確かめるように問い返す。
「……それって、どういう意味ですか?」
「それは“救い”じゃないわ」
「世界の理をねじ曲げる行為よ」
私はゆっくりと振り返り、三人の顔を見る。
「奇跡に見えても、それは歪みになる」
「一度許せば、次も、その次も求められる」
俊が静かに息を吐いた。
「……それで、この世界は壊れていく」
「ええ」
炎は次第に弱まり、やがてソフィアの身体は静かな灰へと還っていった。
私は両手を合わせ、目を閉じる。
神としてではなく。
裁く存在としてでもなく――
ただ、彼女を悼むひとつの存在として。
ふと気配を感じ、目を開く。
恭介も。
俊も。
直哉も。
何も言わず、同じように両手を合わせていた。
「……ありがとう」
そう告げると、恭介が少し照れたように視線を逸らす。
「礼を言われるようなことじゃないだろ」
「当たり前のことをしただけだ」
「そうね」
私は小さく微笑んだ。
「……じゃあ、話を変えましょうか」
空気を切り替えるように続ける。
「私、もう少ししたら元の世界に帰ろうと思うの」
三人が同時に顔を上げる。
「だから、一週間の内に決めなさい」
「この世界に残るか」
「それとも、元の世界に帰るか」
沈黙が落ちる。
その重さは、戦場のそれとは違っていた。
やがて、直哉が慎重に口を開く。
「……もし、元の世界に帰ったら」
「この力は、どうなるんですか?」
「魔法は使えなくなるわ」
「剣も、加護も、全部ここに置いていく」
「……普通の生活に戻る、ってことですね」
「ええ」
恭介が苦笑する。
「急に現実的だな」
「現実よ」
三人は顔を見合わせ、短く息を吐いた。
「……わかった」
「後悔しない選択にする」
「それだけは、約束します」
私は静かに頷いた。
砦へ戻ると、門の前で待っていたレオンが私たちを見て言った。
「……終わったのか」
「ええ」
「すべて、終わらせたわ」
レオンは目を閉じ、深く息を吸う。
「――英雄たちの帰還だ!」
その声に、砦は歓声に包まれた。
剣を掲げる者、互いの無事を確かめ合う者、涙を流す者。
少しして、レオンは私の元へ戻ってくる。
「被害は出た」
「だが……想定よりは下回っている」
「そう……」
「皆、よく耐えたわ」
空を見上げる。
邪気に覆われていた空は、今はどこまでも澄んでいた。
一週間後――帰還前日。
「……決めた?」
恭介が代表して答える。
「俺たちは、元の世界に帰る」
俊も直哉も、迷いのない目で頷いた。
「そう」
それ以上、言葉は必要なかった。
そして、帰還の日。
レオン、アウグスト皇帝、アイリス王女。
多くの人々に見送られ、光が広がっていく。
「忘れないでください」
「あなたたちは、この世界の英雄です」
アイリス王女の言葉に、恭介が苦笑する。
「重すぎる称号ですね」
光が収束する。
見慣れた空。
見慣れた世界。
恭介、俊、直哉――
そして、私。
私は一歩前に出て、静かに息を吸う。
「……ただいま」
神としてでもなく、
戦う存在としてでもなく――
ただの“稟”として。
こうして、
稟もまた、彼らと共に元の世界へ帰還した。
戦いは終わり、
それぞれの“日常”が、再び動き始める。
―― END ――
0
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!
たまごころ
ファンタジー
ギルド最弱の鍛冶師レオンは、仲間に「役立たず」と笑われて追放された。
途方に暮れる彼の前に現れたのは、伝説の鍛冶書と、しゃべる鉄塊(?)。
鍛冶・錬金・料理・魔道具――あらゆるクラフトスキルを吸収する《創精鍛造》を極め、万能職人へと覚醒!
素材採取から戦闘まで、すべて自作で挑む“ものづくり異世界成り上がり譚”が今、始まる。
裏切った元仲間? 今さら後悔しても遅いぞ!
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる