神は奇跡を選ばない ――英雄たちの帰還譚―

えええ

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すべてが終わった後、私は静かに歩き、ソフィアの遺体の前に立った。

冷え切ったその身体は、もう何も語らない。
けれど――これ以上、誰かの都合で利用される存在であってはならなかった。

私はそっと手をかざす。

「……《聖炎》」

白く澄んだ炎が、優しく彼女を包み込む。
それは破壊の火ではない。
穢れを焼き払い、静かな眠りへ導くための炎だった。

炎が揺らめく中、恭介が一歩前に出る。
しばらく言葉を探すように視線を落とし、やがて口を開いた。

「……本当に、それでいいのか?」

私は視線を炎に向けたまま、答えを待つように沈黙した。

「神様なんだろ?」
「生き返らせることだって……出来たはずだ」

俊がわずかに眉を寄せ、直哉も何か言いたげに唇を噛む。

私は静かに頷いた。

「ええ。確かに、生き返らせることは可能よ」

その言葉に、恭介の表情が一瞬だけ揺れる。

「なら――」

「でもね」

私は、はっきりとした声で続けた。

「この世界に、死者を蘇らせる“手段”が存在しない以上」
「私は、この世界でそれをしてはいけないの」

直哉が、確かめるように問い返す。

「……それって、どういう意味ですか?」

「それは“救い”じゃないわ」
「世界の理をねじ曲げる行為よ」

私はゆっくりと振り返り、三人の顔を見る。

「奇跡に見えても、それは歪みになる」
「一度許せば、次も、その次も求められる」

俊が静かに息を吐いた。

「……それで、この世界は壊れていく」

「ええ」

炎は次第に弱まり、やがてソフィアの身体は静かな灰へと還っていった。

私は両手を合わせ、目を閉じる。

神としてではなく。
裁く存在としてでもなく――
ただ、彼女を悼むひとつの存在として。

ふと気配を感じ、目を開く。

恭介も。
俊も。
直哉も。

何も言わず、同じように両手を合わせていた。

「……ありがとう」

そう告げると、恭介が少し照れたように視線を逸らす。

「礼を言われるようなことじゃないだろ」
「当たり前のことをしただけだ」

「そうね」

私は小さく微笑んだ。

「……じゃあ、話を変えましょうか」

空気を切り替えるように続ける。

「私、もう少ししたら元の世界に帰ろうと思うの」

三人が同時に顔を上げる。

「だから、一週間の内に決めなさい」
「この世界に残るか」
「それとも、元の世界に帰るか」

沈黙が落ちる。
その重さは、戦場のそれとは違っていた。

やがて、直哉が慎重に口を開く。

「……もし、元の世界に帰ったら」
「この力は、どうなるんですか?」

「魔法は使えなくなるわ」
「剣も、加護も、全部ここに置いていく」

「……普通の生活に戻る、ってことですね」

「ええ」

恭介が苦笑する。

「急に現実的だな」

「現実よ」

三人は顔を見合わせ、短く息を吐いた。

「……わかった」

「後悔しない選択にする」

「それだけは、約束します」

私は静かに頷いた。

砦へ戻ると、門の前で待っていたレオンが私たちを見て言った。

「……終わったのか」

「ええ」
「すべて、終わらせたわ」

レオンは目を閉じ、深く息を吸う。

「――英雄たちの帰還だ!」

その声に、砦は歓声に包まれた。
剣を掲げる者、互いの無事を確かめ合う者、涙を流す者。

少しして、レオンは私の元へ戻ってくる。

「被害は出た」
「だが……想定よりは下回っている」

「そう……」
「皆、よく耐えたわ」

空を見上げる。
邪気に覆われていた空は、今はどこまでも澄んでいた。

一週間後――帰還前日。

「……決めた?」

恭介が代表して答える。

「俺たちは、元の世界に帰る」

俊も直哉も、迷いのない目で頷いた。

「そう」

それ以上、言葉は必要なかった。

そして、帰還の日。

レオン、アウグスト皇帝、アイリス王女。
多くの人々に見送られ、光が広がっていく。

「忘れないでください」
「あなたたちは、この世界の英雄です」

アイリス王女の言葉に、恭介が苦笑する。

「重すぎる称号ですね」

光が収束する。

見慣れた空。
見慣れた世界。

恭介、俊、直哉――
そして、私。

私は一歩前に出て、静かに息を吸う。

「……ただいま」

神としてでもなく、
戦う存在としてでもなく――
ただの“稟”として。

こうして、
稟もまた、彼らと共に元の世界へ帰還した。

戦いは終わり、
それぞれの“日常”が、再び動き始める。

―― END ――
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