異世界転生シンデレラストーリーの主人公のモデルを気まぐれで住まわせたら大人の俺が振り回されてる

結城美琴(コトユウ)

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今回も完敗、敗因は、慣れてないだけだって【1】

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「また来てくれたんだ」

にっこり笑うと、彼は綺麗な顔を無表情のままちょっと傾けた。笑ったらえくぼができるんかな。わかんねーけど、藍に似たところを見るたびに、まだ見てない部分も藍の想像で補っちまう。

このひとは寡黙で、表情の変化も乏しくて、えっちはすげー上手い。長くて綺麗な指も、ちょっと甘いような気がする唇も舌も、たぶん人の反応を見るのが上手いんだ。そういうの、原始的でちょっとかなりえろいよな。

藍は無口でとっつきづらいと言われていたけれど、おれの前では結構笑ったしいっぱい褒めてくれた。えっちは上手くなるとこおれが一番近くで見てた。

もし、もし万が一このキレーなひとが、おれに心を開いてくれることなんかがあったら。なんかほんとに、再来なんじゃね?このひと。

そういう個人的で身勝手な願望は、オシゴト中はしまっとく。失礼だし。そのくらいはわかる。

客室はセミダブルの横に、腹を引っ込めてやっと通れる通路があるくらいの広さで、窓はない。吊り下げられたランプがひとつ。すすり泣きと悲鳴と打擲の音が両方の壁から聞こえてくる。

こういう場所なのだ。SMプレイも怪しいお薬も男も女も子どもも。何でも準備万端だ。どうぞお好きなのを取っていってください。

ベッドの上、おれの右隣に腰掛けた彼が、青い瞳をジッ…と至近距離で向けてくる。前回みたく碌に言葉も発さずにえっちなさわり方してくれるのかなって期待で胸がきゅんとなる。

頬に体温が伝わるくらい近づいてぎゅっと眼を閉じたら、柔らかい感触が唇を優しく掠めて、すぐに離れた。離れたと思うと今度は頬に、眼尻に、ひたいに、鼻先に、雪が降るように触れて、恐る恐る眼を開けると、表情は読み取れないけれどなんとなく柔らかい色をたたえた綺麗な青い眼が、おれを見返していた。

エッ???って脳内がちょっと混乱してる。え、何?待って何いまの何?

なんかまるで愛情表現みたいじゃないか。

「…そういうのは、好きなひとにとっておいてよ」

おれはたまらなくなって自分から身を寄せた。首に腕をまわし、床に下ろしていた脚をベッドの上に上げて逞しい腰に絡める。首をのばして口づけると、今度は期待通りあつい舌を入れてくれた。しっかりと抱きかかえられる。すぐに離れていった顔を追いかけるように見上げた。

「何て呼べばいい」

低くてちょっと掠れた声で、青い双眼がおれを離さなくて。…何て呼べばいい。何て呼んでほしいかという意味のことをいま聞かれた?え、なんで?

そもそもゴミ捨て場みたいなとこで暮らす中で仲良くなった(と勝手に思っている)ドブネズミに冗談で「ミッキー」なんて名前をつけて寒い夜の話し相手にしてたんだ、そのうちこの店の主人に拾われてはじめは掃除とか食事とかの手伝いをやっていた。はじめて客をとったのは十になる前だ。「ミミ」ってのは「ミッキー」からはじめの音を貰ったもので。

ここへ来てからもドブネズミには困らなかったから、いまの「ミッキー」はたぶんもう五代目くらいだと思う。

えっと何の話だったっけ。何て呼んでほしいか?

「なんでそんなこと聞くの。普通にミミで良いって」

てか呼んでくれるの?前回は「おい」とか「お前」とかで済ませてたじゃん。それも殆ど言わなかったけど。

そう言うと彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「じゃあおれはお客さんのこと何て呼べばいいんですかぁ」

抱きついて抱き締められた姿勢のまま肩に頬を寄せて思い切り甘えると、彼は苦虫を噛み潰したまま

「…エド」

と名乗った。今さら自己紹介し合ってるとか可笑しい。初回の前回は本当にえっちいことしかしてねーのな、このひと。何それ。

はあ、と重いため息がつむじを擽っていく。

「どうしたの、おつかれなの」

癒しだっておれのオシゴトだ思い出した、このごろはサンドバッグがおれのオシゴトだったからちょっと忘れかけていた。偉いおれはヨシヨシとエドの背中をさすってやる。すると髪の中に顔を埋められた。

「いま元気になった」

ちゅ、と音をたてたからいま頭のてっぺんにキスされたみたいだ。何だよもうちっともそーゆー雰囲気にならねーの。

助けてミッキー。このひとおれンこと抱き締めたまま全然動かなくなっちまったよ。そんな抱き心地良くねえだろ。硬いしぱさぱさだし。

くすぐったくてどうしたらいいかわかんない。

「なあいちゃいちゃしねーのぉ?」

我慢ならなくなってげしげし腰を蹴ると、相変わらずの馬鹿力でおれを胸に押し付けたままフキゲンそうに、

「…充分してるだろうがいま」

おっといちゃいちゃの基準がおれとは違うみたいだ。てかエドが普通なのか?わかんねえ。前世のおれなら知ってた気がする。うん。たしかにいちゃいちゃはしてるいま。してるけどそうじゃなくて。

「るせえなぁ。俺はお前の時間を買ってんだ、カラダじゃねえ」

えー。意味わかんない。

「えー意味わかんない。前回散々おれのなかぐっちゃぐちゃにしたのはどこのどなたさんでしたかねえ」

口が滑った。言っちまったどうしよう殴られるかも調子乗りすぎたどうしようどうしよう油断した。

冷や汗をだらだら流すおれの上で、エドは気まずそうに眼を逸らした。

「それは、悪かった。俺が悪かったけど、あの一回でお前の信用を失うのは嫌だ、ごめん」

「へ」

嘘ぉ。何これ。何かの罠?

「俺はお前のことが知りたい。話してくれるか」

今日はそれだけ。ほんとにそれだけ。だから俺の前でそんなに怯えた眼をしないでくれ。

懇願するような力ない声で、ひたいを肩に押し付けられる。今度こそ本当に混乱した。

なんで?何の話?おれそんな怯えてるように見えた?

そりゃあちっとびっくりしたし途方に暮れたけど怖いなんてすこしも思わない。からだじゅう縛られて殴られて穿たれて「おねがいですいかせてください」って懇願させられるような客相手だったらちょっとは怯えたように見えるかもしれないけど。

エド相手だからむしろ最初っからウキウキモードなんですが?

知りたいと言われたし話してくれと頼まれたからそういう内容をちゃんと話した。おれは話が下手くそだし要領悪いから思ったままを思った順にそのまま喋ったら、エドはまた苦虫を噛み潰したような顔をした。

「何だよぉ、お望み通り喋ってんじゃん」

「…いや、いい。ありがとう」

エドは諦めたように言って、抱えたおれをベッドに横たえた。
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