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このまま遠くへ攫って逃げる【2】
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騎士団の資料庫には掃討した賊や殺した龍の資料の写しが納められている。立ち入りには副隊長以上の権限を持つ団員二名の許可が必要である。
で、俺は副隊長なのでもうひとり必要なのだが資料庫に入り込む動機を考えるとスミス隊長に頼むのは少々やりにくい。
「…で僕なんだ」
「よろしくお願いします、先輩」
入団当初から鍛えてくれていた、現在は第12隊に配属されているテイラー副隊長である。
「先輩って。煽ってんのかよ、ジョンソン副隊長」
「べつに。俺のほうが後から入って先に昇格したからってそんなことでマウント取るような人間のつもりはありません」
「うわ~ムカつくわ相変わらず」
テイラー副隊長はからからと笑いながら葉巻をふかした。俺は彼の向かいに腰掛け、火をもらった。
「いいでしょいまは階級的には同位なんだから。それに、俺は実力で昇進したんじゃない、枕営業です」
「は?」
「冗談です」
「冗談ならそんなまじめな顔で言うな」
ビビったわ、言う冗談は選べ、とかぶつぶつ言われた。実際に騎士団の中で最年少クラスで昇格した俺が、そういう噂を立てられていることは知っていた。スミス隊長にも「可愛がられている」ように見えるらしいし。
実質は猟犬扱いされているだけだけど。
「そんで、なんでまた十二年前に討伐した龍の記録を見たいなんて言い出したんだ」
「十二年前…132年大禍の翌年、俺は人間の姿になれる龍に会いました。そいつはとても…何と言うか、人間らしかった。でも最後にそいつは俺を殺しかけて、騎士団に殺された。俺が騎士団に保護されたのはそのときです」
「おい。待て待て、人間の姿になれる龍?何のことだ。夢でも見てたんじゃないのか」
「あるいは見てたのかもしれない。それを確かめに来たんでしょ…あ、このへんですね」
棚から巻物を下ろして、くるくると広げた。
「…三日月荒原で少年に襲い掛かった小型の青龍。この近くの岩山に棲んでいたとみられる…まあ、この程度か」
「そういえば」
テイラー副隊長ははたと顔をあげた。
「132年大禍で騎士団内がめちゃくちゃ荒れたときに、まああることないこといろんな噂が飛び交ったんだが、その中に人間の姿になれる龍の話があった気がする」
「ほんとですか」
食い気味に身を乗り出すと同じだけテイラー副隊長は身を反らして後ずさった。
「なんでも、龍の力を持った人間を訓練して、兵器として使おうとする計画があったんだと。でも132年大禍のどさくさに紛れてその龍人間が脱走してさ。いや、鋼鉄の龍自身がその龍人間を助けるために動いたとか、その逆で龍人間が鋼鉄の龍を助けたんだとか、まあいろんなパターンがあったな」
俺は黙っていた。ミミの以前にも、龍人間を兵器として使う計画があったとしたら。
そして俺が出会った彼が、その脱走した龍人間だったのだとしたら。
ミミもきっと、王国に逆らったらあんなふうに殺されるのだ。
「…まあ、噂だからな。混乱した時期だったし、話半分の半分で」
「…うす」
人の好いテイラー副隊長に、俺は小さく返答した。
十二年前の、青龍の討伐記録の下の方に、小さくバツ印が付けられていた。他の記録には無かったものだ。バツ。罰。その裏に、罪の存在を示唆する一文字だった。
それから三か月間、俺は様々な文献をかき集め、龍との契約について調べ上げた。とはいえそんなにたくさんの資料があったわけではない。龍と人間の交戦を除く交渉はここ何世紀にもわたってほぼゼロに等しかった。
となると見つかる文献はもはや御伽噺の域にある。子ども向けの絵本でさえも、すこしでも龍に触れた内容であれば俺は縋るように眼を通した。
こういうすべてを、騎士団の訓練やら遠征やらをこなし、スミス隊長の眼を盗みながら遂行しなければならない。
特に隊長の眼をかいくぐるのが難儀だった。彼女の眼は殆ど何でも見通す。顔を見るだけで俺が龍と契約したことを見抜いた慧眼っぷり。もしかして彼女には何かそれを知るすべが別にあったのかもしれないし、あのときは鎌をかけただけだったのかもしれないが、とにかく彼女はいくら警戒してもしきれない。
すべて見通されているような気もしないではないが。被害妄想だろうか。
しかしともかく彼女は何も言ってこなかった。いたっていつも通りである。
そしてついに、計画を実行に移すときが来た。俺はカモフラージュに吊った左腕の布の中に、よく研いだナイフを仕込んでミミを訪ねた。
で、俺は副隊長なのでもうひとり必要なのだが資料庫に入り込む動機を考えるとスミス隊長に頼むのは少々やりにくい。
「…で僕なんだ」
「よろしくお願いします、先輩」
入団当初から鍛えてくれていた、現在は第12隊に配属されているテイラー副隊長である。
「先輩って。煽ってんのかよ、ジョンソン副隊長」
「べつに。俺のほうが後から入って先に昇格したからってそんなことでマウント取るような人間のつもりはありません」
「うわ~ムカつくわ相変わらず」
テイラー副隊長はからからと笑いながら葉巻をふかした。俺は彼の向かいに腰掛け、火をもらった。
「いいでしょいまは階級的には同位なんだから。それに、俺は実力で昇進したんじゃない、枕営業です」
「は?」
「冗談です」
「冗談ならそんなまじめな顔で言うな」
ビビったわ、言う冗談は選べ、とかぶつぶつ言われた。実際に騎士団の中で最年少クラスで昇格した俺が、そういう噂を立てられていることは知っていた。スミス隊長にも「可愛がられている」ように見えるらしいし。
実質は猟犬扱いされているだけだけど。
「そんで、なんでまた十二年前に討伐した龍の記録を見たいなんて言い出したんだ」
「十二年前…132年大禍の翌年、俺は人間の姿になれる龍に会いました。そいつはとても…何と言うか、人間らしかった。でも最後にそいつは俺を殺しかけて、騎士団に殺された。俺が騎士団に保護されたのはそのときです」
「おい。待て待て、人間の姿になれる龍?何のことだ。夢でも見てたんじゃないのか」
「あるいは見てたのかもしれない。それを確かめに来たんでしょ…あ、このへんですね」
棚から巻物を下ろして、くるくると広げた。
「…三日月荒原で少年に襲い掛かった小型の青龍。この近くの岩山に棲んでいたとみられる…まあ、この程度か」
「そういえば」
テイラー副隊長ははたと顔をあげた。
「132年大禍で騎士団内がめちゃくちゃ荒れたときに、まああることないこといろんな噂が飛び交ったんだが、その中に人間の姿になれる龍の話があった気がする」
「ほんとですか」
食い気味に身を乗り出すと同じだけテイラー副隊長は身を反らして後ずさった。
「なんでも、龍の力を持った人間を訓練して、兵器として使おうとする計画があったんだと。でも132年大禍のどさくさに紛れてその龍人間が脱走してさ。いや、鋼鉄の龍自身がその龍人間を助けるために動いたとか、その逆で龍人間が鋼鉄の龍を助けたんだとか、まあいろんなパターンがあったな」
俺は黙っていた。ミミの以前にも、龍人間を兵器として使う計画があったとしたら。
そして俺が出会った彼が、その脱走した龍人間だったのだとしたら。
ミミもきっと、王国に逆らったらあんなふうに殺されるのだ。
「…まあ、噂だからな。混乱した時期だったし、話半分の半分で」
「…うす」
人の好いテイラー副隊長に、俺は小さく返答した。
十二年前の、青龍の討伐記録の下の方に、小さくバツ印が付けられていた。他の記録には無かったものだ。バツ。罰。その裏に、罪の存在を示唆する一文字だった。
それから三か月間、俺は様々な文献をかき集め、龍との契約について調べ上げた。とはいえそんなにたくさんの資料があったわけではない。龍と人間の交戦を除く交渉はここ何世紀にもわたってほぼゼロに等しかった。
となると見つかる文献はもはや御伽噺の域にある。子ども向けの絵本でさえも、すこしでも龍に触れた内容であれば俺は縋るように眼を通した。
こういうすべてを、騎士団の訓練やら遠征やらをこなし、スミス隊長の眼を盗みながら遂行しなければならない。
特に隊長の眼をかいくぐるのが難儀だった。彼女の眼は殆ど何でも見通す。顔を見るだけで俺が龍と契約したことを見抜いた慧眼っぷり。もしかして彼女には何かそれを知るすべが別にあったのかもしれないし、あのときは鎌をかけただけだったのかもしれないが、とにかく彼女はいくら警戒してもしきれない。
すべて見通されているような気もしないではないが。被害妄想だろうか。
しかしともかく彼女は何も言ってこなかった。いたっていつも通りである。
そしてついに、計画を実行に移すときが来た。俺はカモフラージュに吊った左腕の布の中に、よく研いだナイフを仕込んでミミを訪ねた。
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