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このまま遠くへ攫って逃げる【3】
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最中に、好き、と言われた。
それがしたたかに胸を打って、どうしようもなくなった。
はじめてミミを抱いた日に「あお」と呼ばれたことをいまでも覚えている。たぶんミミには環だったころの記憶があるのだろう。
でも、自分が藍だと名乗る気にはならなかった。
だってもう俺は桑名藍ではない。過去に、死者に、騎士団に、国に、縛られた汚いエドワード・ジョンソンだ。
俺は君の愛したひとじゃない。俺にはそれを、受け取る資格なんてない。ずっとなかったのに。
俺が大切に愛撫すると、いつもくすぐったそうに居心地悪そうに、身を捩ったミミ。大事にされるのに慣れていないのが、哀れで可愛くて、俺がいくらでもあたためてやりたくなった。
それが今日、彼のほうから愛撫を受けて、俺だってものすごい罪悪感を覚える。
いまから俺は、生涯で最大の賭けに出る。もう君を、これで解放するから。ごめんな、環。ミミ。ごめんな。
『十三年前、大地震が起こっただろう』
龍の発言に、俺は首を傾げる。
「お前のせいでか」
『違う。私に地震は起こせない』
それもそうだが、はて、大地震なんて起こっただろうかと考える。
『カシートーベに震源がある巨大地震だった。あそこは私が行く前に、既にあらかたの建物が倒壊していた』
「嘘つけ」
反射的に否定の言葉がまろび出た。
「カシートーベの被害の原因はお前が起こした竜巻だろ」
『だれが証明する。あそこに暮らしていた人間で生きているのはミミだけだ』
「…じゃあ」
ひとつの可能性に思い至って戦慄する。
「お前は俺との契約を履行するために、大地震からミミを守ろうとして、あの山からカシートーベまで飛んだと…?」
『いかにもその通りだ。話が早くて助かる』
絶句した。ベッドの上で、裸で。このくらいの間抜けさがよく似合う、俺だった。
132年大禍の原因は、俺だった。
俺が、国中のたくさんの人間を殺したようなものじゃないか。
たったひとり大切なひとを守りたかったがために。
「そんなのってないだろ…」
『お前も立派な人殺しだな。恨むなら前世の自分を恨め』
龍は投げ出すように言った。そんなことをミミの口で言わないでほしい。殺すぞ。まじで。穢すな。
「…お前に頼ったのが駄目だったんだ」
なりふり構っていられなかった。自分の命とかタマシイとかより大事だった。後先がどんなふうになるかなんて想像もできなかった。それでも、他人に頼るべきじゃなかった、俺は。
本当は俺が自分で守りたかったくせに。
それができないなら今度こそ手放してしまうべきだったのに。
往生際悪く縋ったから。最悪の決断をした。
鳥の雛は生まれてはじめて見た動くものを親だと認識する。それと同じことを俺は、佐久間環にしていたんじゃないかってずっと思ってた。
はじめて接したお兄さん、はじめて可愛がってくれたひと、はじめてできた友だち、はじめて愛してくれた男、はじめて、はじめて…
いろんな環のはじめてを俺は、ぜんぶ根こそぎ奪っていった。俺の関係しない世間一般の恋も愛も、環は何も知らない。
それって不公平じゃないか。俺とのそういうことしか知らなくていいって勝手に囲い込んで閉じ込めた。
もし、もっと自由に育った環が俺といつか出会っていたら。彼は俺に見向きもしなかったんじゃないか。
桑名藍だったころから、俺はずっと不安だった。どこかこころの底のほうで。
環のことを考えたら、解放してやるべきなんだ。お前のそれは雛の刷り込みかもしれないって、本当はあの告白のときに、指摘してやるべきだったのに。
そのあとだって何度も何度もチャンスはあったのに、俺はすべて見送った。
大人げない俺は藍と呼んでくれる唇も、大きく見開いて俺を映した瞳も、どうしても、手放せなかった。
死ぬときくらい、本当に手放してしまえればよかったのに。
それがしたたかに胸を打って、どうしようもなくなった。
はじめてミミを抱いた日に「あお」と呼ばれたことをいまでも覚えている。たぶんミミには環だったころの記憶があるのだろう。
でも、自分が藍だと名乗る気にはならなかった。
だってもう俺は桑名藍ではない。過去に、死者に、騎士団に、国に、縛られた汚いエドワード・ジョンソンだ。
俺は君の愛したひとじゃない。俺にはそれを、受け取る資格なんてない。ずっとなかったのに。
俺が大切に愛撫すると、いつもくすぐったそうに居心地悪そうに、身を捩ったミミ。大事にされるのに慣れていないのが、哀れで可愛くて、俺がいくらでもあたためてやりたくなった。
それが今日、彼のほうから愛撫を受けて、俺だってものすごい罪悪感を覚える。
いまから俺は、生涯で最大の賭けに出る。もう君を、これで解放するから。ごめんな、環。ミミ。ごめんな。
『十三年前、大地震が起こっただろう』
龍の発言に、俺は首を傾げる。
「お前のせいでか」
『違う。私に地震は起こせない』
それもそうだが、はて、大地震なんて起こっただろうかと考える。
『カシートーベに震源がある巨大地震だった。あそこは私が行く前に、既にあらかたの建物が倒壊していた』
「嘘つけ」
反射的に否定の言葉がまろび出た。
「カシートーベの被害の原因はお前が起こした竜巻だろ」
『だれが証明する。あそこに暮らしていた人間で生きているのはミミだけだ』
「…じゃあ」
ひとつの可能性に思い至って戦慄する。
「お前は俺との契約を履行するために、大地震からミミを守ろうとして、あの山からカシートーベまで飛んだと…?」
『いかにもその通りだ。話が早くて助かる』
絶句した。ベッドの上で、裸で。このくらいの間抜けさがよく似合う、俺だった。
132年大禍の原因は、俺だった。
俺が、国中のたくさんの人間を殺したようなものじゃないか。
たったひとり大切なひとを守りたかったがために。
「そんなのってないだろ…」
『お前も立派な人殺しだな。恨むなら前世の自分を恨め』
龍は投げ出すように言った。そんなことをミミの口で言わないでほしい。殺すぞ。まじで。穢すな。
「…お前に頼ったのが駄目だったんだ」
なりふり構っていられなかった。自分の命とかタマシイとかより大事だった。後先がどんなふうになるかなんて想像もできなかった。それでも、他人に頼るべきじゃなかった、俺は。
本当は俺が自分で守りたかったくせに。
それができないなら今度こそ手放してしまうべきだったのに。
往生際悪く縋ったから。最悪の決断をした。
鳥の雛は生まれてはじめて見た動くものを親だと認識する。それと同じことを俺は、佐久間環にしていたんじゃないかってずっと思ってた。
はじめて接したお兄さん、はじめて可愛がってくれたひと、はじめてできた友だち、はじめて愛してくれた男、はじめて、はじめて…
いろんな環のはじめてを俺は、ぜんぶ根こそぎ奪っていった。俺の関係しない世間一般の恋も愛も、環は何も知らない。
それって不公平じゃないか。俺とのそういうことしか知らなくていいって勝手に囲い込んで閉じ込めた。
もし、もっと自由に育った環が俺といつか出会っていたら。彼は俺に見向きもしなかったんじゃないか。
桑名藍だったころから、俺はずっと不安だった。どこかこころの底のほうで。
環のことを考えたら、解放してやるべきなんだ。お前のそれは雛の刷り込みかもしれないって、本当はあの告白のときに、指摘してやるべきだったのに。
そのあとだって何度も何度もチャンスはあったのに、俺はすべて見送った。
大人げない俺は藍と呼んでくれる唇も、大きく見開いて俺を映した瞳も、どうしても、手放せなかった。
死ぬときくらい、本当に手放してしまえればよかったのに。
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