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眼に見えないもの、名前のないこと【2】
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今度は、すこし荒っぽいキスにした。ひらいた口のかたちを当てはめるように密閉して、うねる舌どうしを擦り合わせる。腕の中にあたたかい有機体の存在をより深く感じるために、眼を閉じて集中する。
「ん…ふ、ぁ…は…っ」
熱い。甘い。ひとり暮らしには広い居間の静かな夜に、いまふたりでえっちなことしてますって音が、響きすぎる。
いま俺、幸太郎とキスしてる。
耽溺していたら、胸を殴られて我に返った。
「あ、あおいっ」
涙を一杯にためた眼で睨まれる。
「息、できな…っ」
「慣れてるんじゃなかったの」
首を傾げると、幸太郎はますます顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。たまった涙がぽろりと頬へ、流れた。
「…ぃ派だったんだって」
「ん?」
「だから!」
勢いよく振り向いた幸太郎は一段声の調子を張り上げた。
「オレは!好きじゃないひととはキスしたくない派だったの!」
「……は」
「んだよその反応!オレのファーストキス奪っといてそこで引くなよなあ!」
手足をばたつかせて抗議してくる。
「…いや、それはさすがに嘘だろ」
「好きなひととするキスははじめてだったもん!」
もん、て。
「ふ、」
「笑うな」
きゅうっと眉を寄せた幸太郎が頬を指で突き刺してくる。悪かったって。かなり勢いをつけられた指先から放たれた痛みと同時に、見も知らぬ男どもに対する優越感に似た快感が、全身を駆け巡った。
「…いつが、はじめてだって?」
色の変化の見えやすい白い肌を羞恥に染めて、眼を泳がせながら、さっき、って、消え入りそうな声で教えてくれないかなと思った。
すると幸太郎は、
「…はじめて会った夜」
俺のスエットの布地を握りしめて恥じらった。
「…っ…へえ」
本物のほうが想像を何倍も超えてくることが、こいつに限ってないなんてことはなかった。
「あおい…今日は」
今日は、と言ったあと逡巡するように言葉を切った幸太郎が、唇を引き結んでまっすぐに見つめてくる。その眼が怯えるようにも期待するようにも揺らいでいて、幸太郎のこころを電波みたいに伝えてくる。
「…今日は、最後までしたい」
ひたいを寄せて、幸太郎の言わせたかった言葉をなぞった。
「しても良い?」
「っ…うん」
耳元に甘えるように溶かし込むと、幸太郎は震えた。震える声が消え入りそうだった。代わりに、何度も返事をくれた。
「ねえ、でも、住まわせてもらってることへのお礼だなんて思うなよ」
「うん」
「俺はお前と暮らしててもう、じゅうぶんすぎるくらいたくさん貰ったから。お前が気づかないだけで、そこにいるだけで」
「…うん」
「俺をいままでの奴らと同じにしないで」
「同じなんかじゃない」
「俺がお願いして、お前を抱かせてもらうんだ」
「それはちげーよ、碧」
幸太郎が手をのばして、不器用に俺の頭を撫でた。にいっと無邪気な笑顔を見せて、彼は得意そうに言った。
「オレたちリョーオモイなんだ。それってすっげー特別なんじゃん?」
子どもの顔をして、子どもは知らない仕草で頸に腕をまわしてくる。たまらずそのまま抱きかかえて立ち上がり、足でドアを開閉しながら寝室に向かった。
「ん…ふ、ぁ…は…っ」
熱い。甘い。ひとり暮らしには広い居間の静かな夜に、いまふたりでえっちなことしてますって音が、響きすぎる。
いま俺、幸太郎とキスしてる。
耽溺していたら、胸を殴られて我に返った。
「あ、あおいっ」
涙を一杯にためた眼で睨まれる。
「息、できな…っ」
「慣れてるんじゃなかったの」
首を傾げると、幸太郎はますます顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。たまった涙がぽろりと頬へ、流れた。
「…ぃ派だったんだって」
「ん?」
「だから!」
勢いよく振り向いた幸太郎は一段声の調子を張り上げた。
「オレは!好きじゃないひととはキスしたくない派だったの!」
「……は」
「んだよその反応!オレのファーストキス奪っといてそこで引くなよなあ!」
手足をばたつかせて抗議してくる。
「…いや、それはさすがに嘘だろ」
「好きなひととするキスははじめてだったもん!」
もん、て。
「ふ、」
「笑うな」
きゅうっと眉を寄せた幸太郎が頬を指で突き刺してくる。悪かったって。かなり勢いをつけられた指先から放たれた痛みと同時に、見も知らぬ男どもに対する優越感に似た快感が、全身を駆け巡った。
「…いつが、はじめてだって?」
色の変化の見えやすい白い肌を羞恥に染めて、眼を泳がせながら、さっき、って、消え入りそうな声で教えてくれないかなと思った。
すると幸太郎は、
「…はじめて会った夜」
俺のスエットの布地を握りしめて恥じらった。
「…っ…へえ」
本物のほうが想像を何倍も超えてくることが、こいつに限ってないなんてことはなかった。
「あおい…今日は」
今日は、と言ったあと逡巡するように言葉を切った幸太郎が、唇を引き結んでまっすぐに見つめてくる。その眼が怯えるようにも期待するようにも揺らいでいて、幸太郎のこころを電波みたいに伝えてくる。
「…今日は、最後までしたい」
ひたいを寄せて、幸太郎の言わせたかった言葉をなぞった。
「しても良い?」
「っ…うん」
耳元に甘えるように溶かし込むと、幸太郎は震えた。震える声が消え入りそうだった。代わりに、何度も返事をくれた。
「ねえ、でも、住まわせてもらってることへのお礼だなんて思うなよ」
「うん」
「俺はお前と暮らしててもう、じゅうぶんすぎるくらいたくさん貰ったから。お前が気づかないだけで、そこにいるだけで」
「…うん」
「俺をいままでの奴らと同じにしないで」
「同じなんかじゃない」
「俺がお願いして、お前を抱かせてもらうんだ」
「それはちげーよ、碧」
幸太郎が手をのばして、不器用に俺の頭を撫でた。にいっと無邪気な笑顔を見せて、彼は得意そうに言った。
「オレたちリョーオモイなんだ。それってすっげー特別なんじゃん?」
子どもの顔をして、子どもは知らない仕草で頸に腕をまわしてくる。たまらずそのまま抱きかかえて立ち上がり、足でドアを開閉しながら寝室に向かった。
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