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救ってみせろよ愛とやらで【5】
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『とてもつまらないな。そう思わないか』
「…おい待て」
アオが鋭い声をあげた。おれは自分のからだがもう一度龍のかたちになっていくのを感じた。せっかく巻かれた包帯が、ぎちぎちと音を立てて早々に、はじけるように解けた。
鋼鉄の龍はもとからひとつの山くらいに大きかった。それがもっと、ぐんぐん、どんどん、大きくなっていく。もうおれには地上の何も判別がつかなかった。宇宙にまで飛び出しちまったんじゃないかと思った。
龍は世界を抱き込むように丸くなると、そのまま自分の尻尾を口に銜えた。
何をしているんだろう、何が始まるんだろう。
それとも、何が。終わるんだろう。
朦朧とした意識で、同じからだにいる龍の考えていることすらもよくわからなかった。
龍が自分のからだでつくった輪っかの中に、世界のぜんぶが飲み込まれていく。竜巻みたいに、森の木々も、小さい動物たちも、土くれも、川の水も、ヒトも、家も、ぜんぶ。吸い込んでいく。
ああ、ここは、この世界は閉じるんだな、と唐突に思った。
自分もここで閉じるんだと、理解した。
132年大禍、路上で凍えていた夜、拾った食い物に当たった夏、はじめて客を取った日、エドに刺されたとき、自分の噴いた火炎で着火した火薬が爆発した瞬間。
幾度も幾度も、ここで自分は死ぬかもしれないと思って、結局いままで生きていた。
まさか世界と一緒に死ぬとか、思わねーよな。
あれ、てか、なんで世界、滅亡しようとしてんの。
思ったけど、べつに特にそんなの重要じゃないんだ多分。かみさまのサイズになると、本当に世界なんて、なんでもないことで発生するしなんとなく滅亡もする。
世界のことを後生大事に思っているのは人間だけだ。
「…っ環」
はっとした。死にかけた意識を力強く引き戻す、それは、おれの後生大事にしている、深い、なつかしい、声。
「やっぱりやだよ、俺。やっと会えたのに」
アオがおれを抱き締めて、涙声で言った。
「お前がしあわせに生きてればそれでいいって、今度こそ手放そうと思ってたのに」
「馬鹿だな、おれのしあわせの絶対条件、アオがしあわせってことだから」
だから、駄目だよ。ふたりで一緒にいなきゃ。
うん、とアオはちょっと幼げに頷いた。
「これ、止めて」
「無理だよ、始まっちゃったら」
「やだ。ねえ、もうすぐそこ、王国の外だ。逃げて、ふたりで、一緒に、暮らそう」
なんだ、アオってこんなに、こわがりで、甘えたで、当たり前に普通の、頼りたい人間だったんだ。
「…カーテンは、ベージュね。きれーな色合いの」
「うん。一緒に見に行こう」
「ラグを敷いて、ローテーブルを、一台。アオがそこで書き物するの、おれが横にくっついて見る」
「ふふ。絶対、集中できない」
「朝ごはんはフレンチトーストがいい。朝から一緒に作って、できたてをはちみついっぱいかけて食べる」
「好きだもんな。毎日でも、作るよ」
「それで、ベッドは。大きいのを、ひとつ?」
「…うん」
すこしだけ照れたように間をあけた、おれを散々好きに啼かせてきた男がよくそんな態度をとるなとちょっと呆れもし、可愛いがやっぱり圧勝する。
「眼ぇ、瞑って」
優しく声を掛けると素直に長い睫毛をおろした、傷だらけの顔をじっと、眺める。
「大丈夫だよ」
大丈夫。おれでもちゃんとできたんだ。こんなに。
「愛してる」
声が重なったときに、ごうっと一段と強い風が吹いた。もう、世界は殆ど空っぽだった。
「また会えたら、運命じゃん?」
おれが控えめに笑うと、アオはぱっちりと眼を開けた。おれの眼をじっと覗き込んで、自信たっぷりに笑った。
「会うに決まってるだろ。とっくにしてるんだから、運命のひとに」
その笑顔が、この世界で最後に、いちばん光って見えた。
「…おい待て」
アオが鋭い声をあげた。おれは自分のからだがもう一度龍のかたちになっていくのを感じた。せっかく巻かれた包帯が、ぎちぎちと音を立てて早々に、はじけるように解けた。
鋼鉄の龍はもとからひとつの山くらいに大きかった。それがもっと、ぐんぐん、どんどん、大きくなっていく。もうおれには地上の何も判別がつかなかった。宇宙にまで飛び出しちまったんじゃないかと思った。
龍は世界を抱き込むように丸くなると、そのまま自分の尻尾を口に銜えた。
何をしているんだろう、何が始まるんだろう。
それとも、何が。終わるんだろう。
朦朧とした意識で、同じからだにいる龍の考えていることすらもよくわからなかった。
龍が自分のからだでつくった輪っかの中に、世界のぜんぶが飲み込まれていく。竜巻みたいに、森の木々も、小さい動物たちも、土くれも、川の水も、ヒトも、家も、ぜんぶ。吸い込んでいく。
ああ、ここは、この世界は閉じるんだな、と唐突に思った。
自分もここで閉じるんだと、理解した。
132年大禍、路上で凍えていた夜、拾った食い物に当たった夏、はじめて客を取った日、エドに刺されたとき、自分の噴いた火炎で着火した火薬が爆発した瞬間。
幾度も幾度も、ここで自分は死ぬかもしれないと思って、結局いままで生きていた。
まさか世界と一緒に死ぬとか、思わねーよな。
あれ、てか、なんで世界、滅亡しようとしてんの。
思ったけど、べつに特にそんなの重要じゃないんだ多分。かみさまのサイズになると、本当に世界なんて、なんでもないことで発生するしなんとなく滅亡もする。
世界のことを後生大事に思っているのは人間だけだ。
「…っ環」
はっとした。死にかけた意識を力強く引き戻す、それは、おれの後生大事にしている、深い、なつかしい、声。
「やっぱりやだよ、俺。やっと会えたのに」
アオがおれを抱き締めて、涙声で言った。
「お前がしあわせに生きてればそれでいいって、今度こそ手放そうと思ってたのに」
「馬鹿だな、おれのしあわせの絶対条件、アオがしあわせってことだから」
だから、駄目だよ。ふたりで一緒にいなきゃ。
うん、とアオはちょっと幼げに頷いた。
「これ、止めて」
「無理だよ、始まっちゃったら」
「やだ。ねえ、もうすぐそこ、王国の外だ。逃げて、ふたりで、一緒に、暮らそう」
なんだ、アオってこんなに、こわがりで、甘えたで、当たり前に普通の、頼りたい人間だったんだ。
「…カーテンは、ベージュね。きれーな色合いの」
「うん。一緒に見に行こう」
「ラグを敷いて、ローテーブルを、一台。アオがそこで書き物するの、おれが横にくっついて見る」
「ふふ。絶対、集中できない」
「朝ごはんはフレンチトーストがいい。朝から一緒に作って、できたてをはちみついっぱいかけて食べる」
「好きだもんな。毎日でも、作るよ」
「それで、ベッドは。大きいのを、ひとつ?」
「…うん」
すこしだけ照れたように間をあけた、おれを散々好きに啼かせてきた男がよくそんな態度をとるなとちょっと呆れもし、可愛いがやっぱり圧勝する。
「眼ぇ、瞑って」
優しく声を掛けると素直に長い睫毛をおろした、傷だらけの顔をじっと、眺める。
「大丈夫だよ」
大丈夫。おれでもちゃんとできたんだ。こんなに。
「愛してる」
声が重なったときに、ごうっと一段と強い風が吹いた。もう、世界は殆ど空っぽだった。
「また会えたら、運命じゃん?」
おれが控えめに笑うと、アオはぱっちりと眼を開けた。おれの眼をじっと覗き込んで、自信たっぷりに笑った。
「会うに決まってるだろ。とっくにしてるんだから、運命のひとに」
その笑顔が、この世界で最後に、いちばん光って見えた。
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