銀河の叫び 〜悪霊となったあなたを精霊刀剣で祓います〜

十文字 銀河

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【同校舎交流編】

プロローグ

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※今話は、国立十文字学園高等部八戸校祓い科二年、佐藤銀河の視線でお送りいたします。


──その日、おれは全てを失った。
愛する家族、平穏な日常、そして──
自分自身の記憶さえも──。

【一年ニヶ月前 青森県八戸市 蕪島かぶしま神社境内】

「兄さんっ!!兄さんっ!!」
「だめだっ!!そこから動くな、銀河ぎんが!!」
「でも銅蘭どうらんが!!」

雪混じりの風が、燃え盛る炎の熱とぶつかり合って渦を巻く中、おれは、蕪島神社入口の凍えるような石段に座り込み、身体中が血と火傷にまみれた妹・銅蘭を必死に抱きしめていた。
銅蘭の大好きだった、白のワンピース。
それはすでに紅に染まり、袖口は焼け焦げ、布地は破れている。



「銅蘭!!銅蘭!!」
「はあっ……はあっ……」

銅蘭の呼吸は、今にも消えそうなほどか細く、途切れ途切れだった。
その胸の上下運動すら、すでに不規則になりはじめている。
焦燥と恐怖が、胸を焼くように締めつけていた。

暦の上では三月。春の兆しが訪れる季節のはずだった。
だがこの日、八戸の天気は大雪。
……にも関わらず、蕪島神社の境内だけは、別世界のように雪が溶け、業火の海と化していた。

燃えさかる木々。
焼けただれた参道。
石畳すら、赤熱して割れている。
まるでここだけが地獄に落ちたような光景だった。

普段なら無数のウミネコが飛び交い、糞害で参拝者を困らせていたこの神社に、その姿は一羽もなかった。
逃げ出したのだ。
いま目の前にいる、あの化け物から──

「……ガルルルッ!!」

境内の中央に立つのは、炎を纏った巨大な“ライオン型の悪霊”。
真紅のたてがみ。裂けたように開く口。灼熱の体温。
その存在だけで、周囲の雪も石畳も、すべてを焼き焦がしていく。

逃げなければならない。
……それは頭ではわかっていた。
けれど、おれの身体は動かなかった。

──怖かった。

全身が硬直していた。
目の前にいる悪霊に対し、人間の本能が「動くな」と告げていた。

それはまるで──
山で熊に遭遇したときのような。
海で人食い鮫に遭遇したときのような。
サバンナでハイエナの群れに遭遇したときのような。

動いた瞬間、殺される。

本能がそう告げていた。
それほどまでに、この悪霊は“圧倒的”だった。 

でも──

「どうしようっ!!兄さん!!
 このままだと銅蘭が……死んじゃう……!!」
「……心配するな、こいつは俺が必ず祓ってやる」

兄・金翔きんと兄さんは、何かを悟ったようにそう言うと、おれの前に立ち、静かに背中を見せた。
右手には一本の、日本刀の“つか”を握っている。
しかし、肝心の──

刀身がない。

それは、“未完成の日本刀”のように見えた。
だがその後ろ姿に、何かを決意したような、強い覚悟が感じられた。

「だから……銅蘭のことは、お前に託す」
「え……?」

その声は、境内に吹きすさぶ風の中に溶けていく。

「火の叫び THE FINALファイナル!!!!」

次の瞬間。
兄さんの叫びと共に、“柄”から炎が炸裂した。
それは火炎放射器のように前方を焼き尽くし、悪霊すら一歩後退するほどの火圧を叩きつける。

神社の柱が燃え、木々が倒れ、炎の嵐があたりを呑み込む。

「銀河……銅蘭……大好き」

最後にそう呟くと、兄さんは振り返らず、そのまま悪霊のもとへ駆けた。

「兄さぁぁぁぁぁぁん!!!」

おれの叫びは、爆音に掻き消された。

爆炎が兄さんの姿を覆い隠し——

灼熱の閃光。

そして、すべてが──
白い世界に包まれた。

─────────────────────────────────────

【翌日 八戸市民病院】

──目が覚めたとき、世界は“白”に染まっていた。

白い天井、白い壁、白いシーツ。
そして──
頭の中ですら、真っ白だった。

天井の蛍光灯が、霞んで滲んで見える。
口の中は乾いており、針が刺さったような違和感が腕に残っていた。
点滴。酸素。心電図の音。

ここが病院だと気づくまで、少し時間がかかった。

頭が重い。全身が鉛のように動かない。背中が熱い。

「……ここは……」

言葉にならない呟き。
口が乾ききっていて、声が自分のものと思えなかった。

やがて視界がゆっくりとピントを結び、目の前の現実がゆっくりと重なり始めた。

まず最初に浮かんだのは、二つの名前。

「……銅蘭? 金翔兄さん……?」

その名を口にした瞬間、不意に涙が自然と頬を伝ってこぼれ落ちた。
だが、すぐに奇妙な違和感が脳を貫いた。

──誰だ、それは?

まるで、自分の口が勝手に知らない人名を呟いたような感覚。
名前は浮かぶのに、顔も声も思い出せない。

いや、それ以前に……

「……おれ……誰だ……?」

自分自身の記憶すら、霧の中に消えていた。

そのとき、病室のドアが静かに開いた。

入ってきたのは、二十代半ばほどの青年だった。
整った顔立ちに、少し疲れを滲ませた瞳。
白衣ではなく、紺色のスーツを着ている。

「目が覚めたか
 君は、佐藤銀河くんだね?」

その声はどこか沈んでいて、優しさと責任の重みを背負った響きだった。

……佐藤……銀河?
病室には他に誰もいない。

それがおれの名前だと気づくのに時間はかからなかった。

「……どなた、ですか?」

青年は少しだけ目を見開き、静かに息を吐いた。
そして、申し訳なさそうにこう名乗った。 

「俺は“夜太刀やだち白亜はくあ“。
 国立十文字学園高等部——祓い科の教師をしている者だ」

そして、彼は静かに語り出した。

「……まず、君に伝えなければならないことが二つある」

ベッド脇に置かれた椅子に座り、目を閉じてから、再び目を開ける。

「ひとつは──
 兄の金翔くんが、昨日の戦闘で命を落としたこと」

言葉が、突き刺さるように胸に落ちた。

「そしてもうひとつ──
 君が抱きかかえていた妹、銅蘭ちゃんも、搬送先の病院で……息を引き取った」

感情が、追いつかない。

胸の奥がぎゅっと締めつけられたのに、何も反応できなかった。
涙も出ない。
鼓動も実感できない。

……なぜか、おれの反応は、あまりにも鈍かった。

「金翔……銅蘭……?
 ……その人たちは……誰ですか?」

その言葉に、彼の瞳がわずかに揺れた。

「……覚えて……いないのか?」

その問いかけに、おれは首を振るしかなかった。
思い出そうとしても、真っ白な霧に包まれて、何も掴めなかった。
頭が空っぽだ。
叫びたいのに、声も出ない。
記憶という記憶が、すべてすっぽり空白となったかのようだった。

彼は慌てて病室を飛び出し、すぐに医師を連れて戻ってきた。
再び精密検査が行われたが、やはり背中にある大きな火傷以外は特に、身体に異常は見つからなかった。

「……おそらく、強いショックによる一時的な記憶障害でしょう」

医師はそう診断した。

病室へ戻ると、彼は椅子に座り、おれの目をまっすぐに見据えて語り出した。

「君には兄妹が二人
 三歳年上の兄・金翔と、六つ年下の妹・銅蘭がいたんだ
 両親は、君が九歳の時に交通事故で他界して、その後、君たち三人は父方の祖父に引き取られて、一緒に暮らしていた」

語られる過去に、現実感はなかった。
まるで誰か他人の話を聞いているかのようだった。

「一昨年、金翔くんは“国立十文字学園”へ進学し、学生寮で暮らしていたんだけど……
 去年、祖父が亡くなったことをきっかけに、金翔くんの働きかけで君と銅蘭ちゃんも学生寮に迎え入れられたんだ」

彼が語るその目に、偽りは見られなかった。

「そして、君は——」

彼はゆっくりと視線を下ろし、静かにこう言った。

「“火の精霊刀”に選ばれた」

いつの間にかベッド脇には、一本の日本刀が置かれていた。
おれは、それを目にしたとき、なぜか胸の奥が熱くなった。

「“精霊刀剣せいれいとうけん”と呼ばれるこれらの武器は、大精霊に選ばれし者のみが扱える伝説の武器だ。
 つまり──
 君は選ばれたんだよ。
 “火の大精霊・朱炎雀すえんざく”に
 これから君は、“祓い士”となり、悪霊を祓う者としての道を歩むことになる」

その言葉に、不思議と抵抗感はなかった。
なぜだろう。記憶はないのに、心のどこかが納得していた。

「君は、本来なら地元の高校に進学予定だったが——」

彼はにっこり笑って言った。

「手続きはもう済ませてある
 “国立十文字学園高等部八戸校”の“祓い科”に、君は進学することになった」
 
こうして——

記憶を失ったままの“佐藤銀河”として、おれの第二の人生が始まった。
悪霊を祓っていく日々。まさしく、新たな人生の幕開けだ。

そして──

あの日から一年以上経過した今でも、おれは大事な人たちのことを思い出せていない。
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