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3.顛末
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戦闘艇母艦3隻を失った敵艦隊は、わが戦艦の砲撃を警戒したか、艦砲の射程外へ退いた。そのため一時、攻撃がやんだ。
わが旗艦「ハーキュリーズ」は健在だった。残存各艦は「ハーキュリーズ」を中心に集結した。
残存艦艇は、戦艦2隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦は雷撃から戻った本艦含め10隻である。
本艦の事前の集計より数が少ないのは、形を保っているだけで助からない艦が複数出ていたためだ。
激しく煙を吹いていた重巡は沈黙し、脱出する者もない。軽巡のうち動かなくなっていたものは、その後の魚雷命中で艦体が真っ二つに折れた。さらに軽巡のうち1隻、艦内火災が収まらずに放棄が決定されたものがあり、駆逐艦2隻が両舷に接舷して乗員を収容している。
なんとも無惨な、わが主力部隊の姿である。国の宝たる戦艦を1隻失い、重巡も4隻失っている。軽巡5隻の喪失も大きすぎる痛手だ。
戦闘艇母艦4隻を主幹としたわが機動部隊はどうなったか。確か連絡では2隻喪失、1隻航行不能とあった。残り1隻では、どう考えても4隻全ての艦載機は収容できない。この大作戦のためにかき集めた艦載機の、少なくとも過半数は失われることになる。
そして――あれ以来、一度も連絡が入ってこない。
・・・・・・
旗艦「ハーキュリーズ」からは、ゾアチュール星系方面へ避退するとの信号が来た。
その星系はわが機動部隊と主力部隊が、作戦終了後に合流する場所として設定した星系だ。艦隊司令部はまだ、機動部隊は生きていると判断しているらしい。
しかし敵がこの星系にやって来たこと、わが機動部隊の奇襲が失敗したこと――これらを勘案すると、敵は何らかの方法で、わが軍の作戦を看破しているとみたほうがよい。機動部隊と主力部隊の合流場所がゾアチュール星系であることも、とうに知られているのではないか。
それでも、あくまで行くつもりか。
行ったとして、わが機動部隊は帰ってきてくれるのか。
・・・・・・
避退直前になって、戦艦「グローリィ」の主機関に不具合が見つかった。
戦闘中、被弾によって故障を生じたらしく、ワープ機能が使用できないとのことだった。
まだ動く戦艦だが――ワープできないのでは、どうにもならない。応急修理を行えばとりあえず復旧できるだろうが、今の我々にはその時間はない。
国の宝をもう1隻、失った。
駆逐艦を4隻集めて、乗員の収容を行った。
・・・・・・
旗艦「ハーキュリーズ」を先頭に、わが艦隊は避退を開始した。
「第1戦速」
「第1戦速」
艦長の号令に復唱が続き、エンジンテレグラフが第1戦速にセットされる。高速で避退する艦隊に続くため、本艦も増速していく。
残存する戦艦1隻、重巡2隻、軽巡2隻――いずれも傷付いたこの5隻を守るため、10隻の駆逐艦は総動員された。
本艦は僚艦「ポラリス」と並び艦隊の最後尾を守る位置についた。
向かう先にはまだ暗雲が垂れ込めてはいるが――とりあえず、戦場からは避退できる。みな、少し緊張を緩めた。
――その時だった。
「『ハーキュリーズ』より信号。『スターダスト』は直ちに反転し『バーミリオン』の救助に向かえ」
何かの間違いか――と思った。「スターダスト」は、本艦である。この状況で、単艦で戦場へ反転せよと言うのか。
しかし「ハーキュリーズ」は丁寧にも、この信号を3度繰り返した。
「面ー舵、第3戦速」
「面ー舵」
「第3戦速」
私は艦長の号令通り、ラダー操舵輪を右に回した。エンジンテレグラフが第3戦速にセットされ、艦は速力を増していく。
最後尾の艦は本艦と「ポラリス」の2隻がいた。司令部は無情にも、反転させる艦として本艦を選んだのだ。反転を免れ艦隊について遠ざかっていく「ポラリス」を、後部スクリーン越しに苦々しく眺めた。
「バーミリオン」は最新型の「カラー」級駆逐艦である。貴重な1線級の戦力であるが、おそらく3隻の戦艦の護衛のため、あえてこの艦隊に配置されていたのだろう。
この艦は無事だった10隻の駆逐艦の中には入っていなかった。全く動きを見せず再三の通信にも応答がないため「沈黙」と判定され、避退開始時には既に喪失扱いとなっていた。
それがどうやら生きていたらしく、残っていた乗員が通信装置を復旧させ「ハーキュリーズ」に救助艦の派遣を求めたらしい。
おそらく本艦の中に、「バーミリオン」のことを悪く思っていない者はいない。あと少し早く、艦隊の避退開始前に通信装置を復旧させてくれていれば。あるいはもう、復旧などしなければ。いっそ、生き残りがいなければ――
いずれにしても、そうなっていれば、本艦だけが反転させられる事はなかったはずだった。
・・・・・・
「先に言えよ、卑怯者め」
右側のロール操舵員が、みなに聞こえるように悪態をついた。そして誰も、艦長でさえそれを咎めない。
「バーミリオン」は艦内に、大破した別の軽巡の乗員を収容していた。後になって「バーミリオン」自身が大破した際に大量の戦死者を出したようだが、まだ400名ほどが艦内に残っていると連絡があり、重傷者が多く移乗に時間がかかっている。そのため本艦はいつここを動けるか分からなかった。
そしてその事を「バーミリオン」は、本艦が接舷するまで伝えてこなかったのだ。
私は苛つきながら、操舵輪が付いた制御盤の前に立っていた。まだ収容は終わらないか。敵は態勢を立て直し次第、再び進出してくるだろうに、いつまでこんな所に居させる気か。
「敵艦載機、14機。340度、仰角5度の方向。本艦へ向かってきます!」
――!
14機――わが艦隊主力を攻撃するには少なすぎる。狙いは本艦だ。
敵はここに生きている艦がいるのを見て、確実に沈めようと艦載機を出したのだ。
「舷門閉じろ、索具を切れ! 接舷を離す!」
まだ生存者が乗り込んでいる途中だったが――艦長の言葉に、異を唱える者はいなかった。
強制的に舷門を閉鎖し、「バーミリオン」との間に繋がれていた幾本かの索具が切断され張力を失う。
「両舷前進微速」
機関が前進にかけられると、スクリーンに映っていた人道橋が引きちぎられ、人間がバラバラとこぼれ出てくるのが見えた。まだ中に残っていたらしい。本艦はもう、それを拾いもしない。
「面舵一杯、最大戦速!」
「面舵一杯」
「最大戦速」
私は復唱してラダー操舵輪を右一杯まで回した。エンジンテレグラフは最大戦速にセットされ、機関が全力で回り始める。
本艦が強引に接舷を離して置き去りにした「バーミリオン」は、ゆっくりと左にロールしながら漂流を始めた。
敵機は5機が「バーミリオン」に群がり、9機が本艦に追い付いてきた。
電波妨害をかけ、光線銃を虚空へ乱射する。やや旧式で使い勝手の悪いこの光線銃は命中率が低く、撃つとかえって敵がなめてかかってくる。
それでも、この小さな駆逐艦に他の迎撃手段はない。死に物狂いで、撃つしかない。
敵は本艦後方で左右に分かれ、両舷から攻撃する態勢を取った。左から5機、右から4機。
ガタガタと強い振動が長く続き、あちこちから警報音が鳴り出した。敵機の光線銃掃射を受け、左右の装備――特に本艦の光線銃が破壊され次々と発射不能となっていく。
一旦本艦を行き過ぎた敵機は大きく回って、再び突っ込んできた。
「魚雷、左から4本、右から5本。真っすぐ突っ込んでくる!」
「上げ舵一杯、前進一杯!」
艦長の大きな声。左右に避けられぬなら上下へ――それは良い。だが、敵の魚雷はまず確実に誘導式だ。追尾してくる。それを迎え撃つ光線銃はもうない。
私は操舵装置の制御盤にしがみついた。
突き上げるような衝撃に両足が浮いた後、右、左の順で大きく揺れた。
・・・・・・
目を開くと――何も見えない。
しがみついていた制御盤も、どこかへ行ってしまった。
大きな衝撃に飛ばされたらしいが、それでも私の体が部屋の壁を抜けることはあるまい。ここは駆逐艦「スターダスト」の艦橋内だろう。
しかし何も見えない。照明もモニターも、光るものが何もない。どうやら艦橋の電気系統が故障したらしい。
乗員の声は――幾人かのうめき声は聞こえるが、まともな言葉は聞こえない。私自身も、どうしたものかうまく声が出ない。
激しく空気の抜ける音がする。おそらくこの艦橋内のどこかに、破孔が出来ている。
しかし対処するための応急員が来ない。空気漏れも一向に止まらない。どうやら艦内の気密扉の自動閉鎖機構も作動していないらしい。こうなると、艦内の空気が全部抜けるまで漏れは止まらない。
艦はもう動かない――そう判断した私は救命衣を取りに行こうと思った。格納場所は分かっている。手探りでたどり着ける――
しかし――動かないのは艦だけではなかった。頭は働いているのに、私の体はあまりに重く、腕の片方さえ上がらない。ただ息をしているだけで、それ以外に何も出来ることがない。
ここからもう、私は動けないのだ。
・・・・・・
悔しい――という言葉では全く足りないほど、酷なことであった。
元々本艦は損傷もなく、人員の損害もなかった。やや古い艦ではあるが、補給さえすればすぐ次の作戦に投入可能だった。にもかかわらず、既に置き去りになっており救助にも大きな危険が生ずる「バーミリオン」へ向け反転させられた。
「バーミリオン」は、艦隊が避退を開始した後になって通信を復旧させ、救助を依頼した。
いっそ救助など頼まず潔く最期を待っていればよかったのだ。敵の攻撃に傷を負い、敵によって倒される――それは軍人としての本懐ではないか。
司令部は、なぜこんな艦の救助のために無傷の本艦を充てたのだろう。危険であるのは当然、分かっていたはずだ。現に今、1隻で済んだはずの損害が2隻に増えたではないか。
・・・・・・
私は――故郷の星で赤ん坊として生まれ、いたずら盛りな少年時代と、繊細で甘酸っぱい青春時代を過ごして、ここまで生きてきた。
人はよく言うものだ、人の生命は数で表すものではない――と。
なるほどいま思えば、その通りである。
本艦の乗員だけでも200名余り、そのひとりひとりが私のように子供時代を過ごして、ここへやって来た。ひとつ、ふたつ――と数えられる性質のものではない。
だが――ここは軍隊。所詮私たちは、みな1つの部品でしかない。
軍隊では、どんな生まれか、どんな青春を過ごしたかなど考慮はされない。それは軍務に必要ない。
必要なのは、機械や兵器を扱うことができるか、自らの身をもって戦うことができるか、だ。
例えば操舵が出来る私は1人の操舵員として数えられ、それ以外のことは期待されない。私は結局、1個の操舵員に過ぎないのだ。
司令部が本艦に反転命令を下したのも、同じであろう。ただ艦隊の編成表から無事な1隻を選んだだけのこと。中にいる乗組員のこれまでと、これからの事など考えてはいまい。
司令部は本艦が沈んだことを知って、もったいない事をした――と悔やむだろう。だが、それだけだ。
この小さな駆逐艦1隻が沈んだところで、そこまで衝撃を受けはしない。私はこれまでの戦場で、そういうところを幾度も見てきた。
・・・・・・
私は戦争が始まってから、この艦の兵員室の寝台で、あの3段式の狭い寝台の中で、甘酸っぱかった時代の夢をよく見るようになった。
私にとってその頃、命より大切だったそのひとは、今どうしているだろう。まさか私が今ここで、命尽きんとしているとは考えてもいないだろう。
願わくは、本艦とこの私の働きによって国が守られ、あのひとが笑顔で街を歩くことができる世の中が保たれんことを――
……。
などと強がってみても、私は納得できなかった。
一瞬だけでもここへ来てほしい、ひと言だけでも声が聞きたい。
それが叶わぬならせめて、これから母国の片隅で行われる私の葬式で、遺体のない棺を見て泣き崩れてほしい。
もはや連絡先も知らないそのひとが、私の葬式に来るはずはないが。
・・・・・・
気圧が下がっている、という実感はまだないが――酸素が足りなくなると、頭の働きが鈍くなって判断力が低下するという。気付かぬうちに、意識がなくなる。
目を閉じて、体の力を抜く。これで私は、眠ることができる。
最後に見る夢に、僅かばかりの期待をかけて――
わが旗艦「ハーキュリーズ」は健在だった。残存各艦は「ハーキュリーズ」を中心に集結した。
残存艦艇は、戦艦2隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦は雷撃から戻った本艦含め10隻である。
本艦の事前の集計より数が少ないのは、形を保っているだけで助からない艦が複数出ていたためだ。
激しく煙を吹いていた重巡は沈黙し、脱出する者もない。軽巡のうち動かなくなっていたものは、その後の魚雷命中で艦体が真っ二つに折れた。さらに軽巡のうち1隻、艦内火災が収まらずに放棄が決定されたものがあり、駆逐艦2隻が両舷に接舷して乗員を収容している。
なんとも無惨な、わが主力部隊の姿である。国の宝たる戦艦を1隻失い、重巡も4隻失っている。軽巡5隻の喪失も大きすぎる痛手だ。
戦闘艇母艦4隻を主幹としたわが機動部隊はどうなったか。確か連絡では2隻喪失、1隻航行不能とあった。残り1隻では、どう考えても4隻全ての艦載機は収容できない。この大作戦のためにかき集めた艦載機の、少なくとも過半数は失われることになる。
そして――あれ以来、一度も連絡が入ってこない。
・・・・・・
旗艦「ハーキュリーズ」からは、ゾアチュール星系方面へ避退するとの信号が来た。
その星系はわが機動部隊と主力部隊が、作戦終了後に合流する場所として設定した星系だ。艦隊司令部はまだ、機動部隊は生きていると判断しているらしい。
しかし敵がこの星系にやって来たこと、わが機動部隊の奇襲が失敗したこと――これらを勘案すると、敵は何らかの方法で、わが軍の作戦を看破しているとみたほうがよい。機動部隊と主力部隊の合流場所がゾアチュール星系であることも、とうに知られているのではないか。
それでも、あくまで行くつもりか。
行ったとして、わが機動部隊は帰ってきてくれるのか。
・・・・・・
避退直前になって、戦艦「グローリィ」の主機関に不具合が見つかった。
戦闘中、被弾によって故障を生じたらしく、ワープ機能が使用できないとのことだった。
まだ動く戦艦だが――ワープできないのでは、どうにもならない。応急修理を行えばとりあえず復旧できるだろうが、今の我々にはその時間はない。
国の宝をもう1隻、失った。
駆逐艦を4隻集めて、乗員の収容を行った。
・・・・・・
旗艦「ハーキュリーズ」を先頭に、わが艦隊は避退を開始した。
「第1戦速」
「第1戦速」
艦長の号令に復唱が続き、エンジンテレグラフが第1戦速にセットされる。高速で避退する艦隊に続くため、本艦も増速していく。
残存する戦艦1隻、重巡2隻、軽巡2隻――いずれも傷付いたこの5隻を守るため、10隻の駆逐艦は総動員された。
本艦は僚艦「ポラリス」と並び艦隊の最後尾を守る位置についた。
向かう先にはまだ暗雲が垂れ込めてはいるが――とりあえず、戦場からは避退できる。みな、少し緊張を緩めた。
――その時だった。
「『ハーキュリーズ』より信号。『スターダスト』は直ちに反転し『バーミリオン』の救助に向かえ」
何かの間違いか――と思った。「スターダスト」は、本艦である。この状況で、単艦で戦場へ反転せよと言うのか。
しかし「ハーキュリーズ」は丁寧にも、この信号を3度繰り返した。
「面ー舵、第3戦速」
「面ー舵」
「第3戦速」
私は艦長の号令通り、ラダー操舵輪を右に回した。エンジンテレグラフが第3戦速にセットされ、艦は速力を増していく。
最後尾の艦は本艦と「ポラリス」の2隻がいた。司令部は無情にも、反転させる艦として本艦を選んだのだ。反転を免れ艦隊について遠ざかっていく「ポラリス」を、後部スクリーン越しに苦々しく眺めた。
「バーミリオン」は最新型の「カラー」級駆逐艦である。貴重な1線級の戦力であるが、おそらく3隻の戦艦の護衛のため、あえてこの艦隊に配置されていたのだろう。
この艦は無事だった10隻の駆逐艦の中には入っていなかった。全く動きを見せず再三の通信にも応答がないため「沈黙」と判定され、避退開始時には既に喪失扱いとなっていた。
それがどうやら生きていたらしく、残っていた乗員が通信装置を復旧させ「ハーキュリーズ」に救助艦の派遣を求めたらしい。
おそらく本艦の中に、「バーミリオン」のことを悪く思っていない者はいない。あと少し早く、艦隊の避退開始前に通信装置を復旧させてくれていれば。あるいはもう、復旧などしなければ。いっそ、生き残りがいなければ――
いずれにしても、そうなっていれば、本艦だけが反転させられる事はなかったはずだった。
・・・・・・
「先に言えよ、卑怯者め」
右側のロール操舵員が、みなに聞こえるように悪態をついた。そして誰も、艦長でさえそれを咎めない。
「バーミリオン」は艦内に、大破した別の軽巡の乗員を収容していた。後になって「バーミリオン」自身が大破した際に大量の戦死者を出したようだが、まだ400名ほどが艦内に残っていると連絡があり、重傷者が多く移乗に時間がかかっている。そのため本艦はいつここを動けるか分からなかった。
そしてその事を「バーミリオン」は、本艦が接舷するまで伝えてこなかったのだ。
私は苛つきながら、操舵輪が付いた制御盤の前に立っていた。まだ収容は終わらないか。敵は態勢を立て直し次第、再び進出してくるだろうに、いつまでこんな所に居させる気か。
「敵艦載機、14機。340度、仰角5度の方向。本艦へ向かってきます!」
――!
14機――わが艦隊主力を攻撃するには少なすぎる。狙いは本艦だ。
敵はここに生きている艦がいるのを見て、確実に沈めようと艦載機を出したのだ。
「舷門閉じろ、索具を切れ! 接舷を離す!」
まだ生存者が乗り込んでいる途中だったが――艦長の言葉に、異を唱える者はいなかった。
強制的に舷門を閉鎖し、「バーミリオン」との間に繋がれていた幾本かの索具が切断され張力を失う。
「両舷前進微速」
機関が前進にかけられると、スクリーンに映っていた人道橋が引きちぎられ、人間がバラバラとこぼれ出てくるのが見えた。まだ中に残っていたらしい。本艦はもう、それを拾いもしない。
「面舵一杯、最大戦速!」
「面舵一杯」
「最大戦速」
私は復唱してラダー操舵輪を右一杯まで回した。エンジンテレグラフは最大戦速にセットされ、機関が全力で回り始める。
本艦が強引に接舷を離して置き去りにした「バーミリオン」は、ゆっくりと左にロールしながら漂流を始めた。
敵機は5機が「バーミリオン」に群がり、9機が本艦に追い付いてきた。
電波妨害をかけ、光線銃を虚空へ乱射する。やや旧式で使い勝手の悪いこの光線銃は命中率が低く、撃つとかえって敵がなめてかかってくる。
それでも、この小さな駆逐艦に他の迎撃手段はない。死に物狂いで、撃つしかない。
敵は本艦後方で左右に分かれ、両舷から攻撃する態勢を取った。左から5機、右から4機。
ガタガタと強い振動が長く続き、あちこちから警報音が鳴り出した。敵機の光線銃掃射を受け、左右の装備――特に本艦の光線銃が破壊され次々と発射不能となっていく。
一旦本艦を行き過ぎた敵機は大きく回って、再び突っ込んできた。
「魚雷、左から4本、右から5本。真っすぐ突っ込んでくる!」
「上げ舵一杯、前進一杯!」
艦長の大きな声。左右に避けられぬなら上下へ――それは良い。だが、敵の魚雷はまず確実に誘導式だ。追尾してくる。それを迎え撃つ光線銃はもうない。
私は操舵装置の制御盤にしがみついた。
突き上げるような衝撃に両足が浮いた後、右、左の順で大きく揺れた。
・・・・・・
目を開くと――何も見えない。
しがみついていた制御盤も、どこかへ行ってしまった。
大きな衝撃に飛ばされたらしいが、それでも私の体が部屋の壁を抜けることはあるまい。ここは駆逐艦「スターダスト」の艦橋内だろう。
しかし何も見えない。照明もモニターも、光るものが何もない。どうやら艦橋の電気系統が故障したらしい。
乗員の声は――幾人かのうめき声は聞こえるが、まともな言葉は聞こえない。私自身も、どうしたものかうまく声が出ない。
激しく空気の抜ける音がする。おそらくこの艦橋内のどこかに、破孔が出来ている。
しかし対処するための応急員が来ない。空気漏れも一向に止まらない。どうやら艦内の気密扉の自動閉鎖機構も作動していないらしい。こうなると、艦内の空気が全部抜けるまで漏れは止まらない。
艦はもう動かない――そう判断した私は救命衣を取りに行こうと思った。格納場所は分かっている。手探りでたどり着ける――
しかし――動かないのは艦だけではなかった。頭は働いているのに、私の体はあまりに重く、腕の片方さえ上がらない。ただ息をしているだけで、それ以外に何も出来ることがない。
ここからもう、私は動けないのだ。
・・・・・・
悔しい――という言葉では全く足りないほど、酷なことであった。
元々本艦は損傷もなく、人員の損害もなかった。やや古い艦ではあるが、補給さえすればすぐ次の作戦に投入可能だった。にもかかわらず、既に置き去りになっており救助にも大きな危険が生ずる「バーミリオン」へ向け反転させられた。
「バーミリオン」は、艦隊が避退を開始した後になって通信を復旧させ、救助を依頼した。
いっそ救助など頼まず潔く最期を待っていればよかったのだ。敵の攻撃に傷を負い、敵によって倒される――それは軍人としての本懐ではないか。
司令部は、なぜこんな艦の救助のために無傷の本艦を充てたのだろう。危険であるのは当然、分かっていたはずだ。現に今、1隻で済んだはずの損害が2隻に増えたではないか。
・・・・・・
私は――故郷の星で赤ん坊として生まれ、いたずら盛りな少年時代と、繊細で甘酸っぱい青春時代を過ごして、ここまで生きてきた。
人はよく言うものだ、人の生命は数で表すものではない――と。
なるほどいま思えば、その通りである。
本艦の乗員だけでも200名余り、そのひとりひとりが私のように子供時代を過ごして、ここへやって来た。ひとつ、ふたつ――と数えられる性質のものではない。
だが――ここは軍隊。所詮私たちは、みな1つの部品でしかない。
軍隊では、どんな生まれか、どんな青春を過ごしたかなど考慮はされない。それは軍務に必要ない。
必要なのは、機械や兵器を扱うことができるか、自らの身をもって戦うことができるか、だ。
例えば操舵が出来る私は1人の操舵員として数えられ、それ以外のことは期待されない。私は結局、1個の操舵員に過ぎないのだ。
司令部が本艦に反転命令を下したのも、同じであろう。ただ艦隊の編成表から無事な1隻を選んだだけのこと。中にいる乗組員のこれまでと、これからの事など考えてはいまい。
司令部は本艦が沈んだことを知って、もったいない事をした――と悔やむだろう。だが、それだけだ。
この小さな駆逐艦1隻が沈んだところで、そこまで衝撃を受けはしない。私はこれまでの戦場で、そういうところを幾度も見てきた。
・・・・・・
私は戦争が始まってから、この艦の兵員室の寝台で、あの3段式の狭い寝台の中で、甘酸っぱかった時代の夢をよく見るようになった。
私にとってその頃、命より大切だったそのひとは、今どうしているだろう。まさか私が今ここで、命尽きんとしているとは考えてもいないだろう。
願わくは、本艦とこの私の働きによって国が守られ、あのひとが笑顔で街を歩くことができる世の中が保たれんことを――
……。
などと強がってみても、私は納得できなかった。
一瞬だけでもここへ来てほしい、ひと言だけでも声が聞きたい。
それが叶わぬならせめて、これから母国の片隅で行われる私の葬式で、遺体のない棺を見て泣き崩れてほしい。
もはや連絡先も知らないそのひとが、私の葬式に来るはずはないが。
・・・・・・
気圧が下がっている、という実感はまだないが――酸素が足りなくなると、頭の働きが鈍くなって判断力が低下するという。気付かぬうちに、意識がなくなる。
目を閉じて、体の力を抜く。これで私は、眠ることができる。
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