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第30話 おしゃべりアレグレット
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練習を終え、みんなで横に並んで――
7人しかいない小さな部活だが、昔からのしきたりなのか、わざわざ出欠確認が行われた。
部長である陽和が、紙の挟まったバインダーを手に前に出る。陽和はバインダーに目を落としながら部員の名前を呼び、返事を聞いて軽くペンを走らせる。おそらく学年順に、上から下へ――
女子生徒の声が、ひとりずつ違う音域で「はい」と答えていく。
「小泉里奈」
「はい」
最下級生である里奈が高い声で答える。短い出欠確認は、これで終わり。
「海野輝」
……え?
陽和が視線を落としているその紙に、俺の名前はないはず。
ないはずだが――
今、呼ばれた。
「――はい」
俺が出した返事の声は、おそらくこの出欠確認で発せられた、初めての男声の音域。
陽和はそのまま、紙にさっとペンを走らせた。
・・・・・・
出欠確認の後、山口先生と岩村先生に向け全員で「ありがとうございました」と挨拶し、ふたりの先生は先に帰っていった。
それから、部員たちは部屋の片付けに入った。
出していた道具類をしまい、壁際に寄せて重ねてあった机と椅子を、元通りに並べていく。
俺も手伝おうとしたが――やったことのない作業ばかり。手際は悪く、まごついてばかり。
しばらくして、みんなの邪魔になっているだけだと気付いた俺は、せめて大人しく隅に立っていることにした。
俺はちょっと悲しみながら部屋の角に同化しようとしたが――
「輝さーん!」
元気な声で俺の名前を呼びながら、たたた、と里奈が駆け寄って来た。
ちょっと息を切らした里奈は、とん、と俺の目の前で立ち止まる。
「輝さん、私が教えますから。一緒にやりましょう」
きらきらした無邪気な笑顔を向けながら、里奈はそう言った。
・・・・・・
それからずっと、里奈は俺を引っ張りまわした。
積んであった長机を運ぶ時、里奈は「重いですよ、気を付けて」と言ってひとつの机を俺とふたりで持った。
中学生の中でも小柄な里奈でさえ、ひとりで持てるはずの机なのに、なぜだか普通の男子高校生の俺にはひとりで持たせてくれなかった。
椅子を並べる時にも、里奈は俺のそばから離れずに、「ほら輝さん、こうですーっ」と言いながら3つに重ねた椅子を引きずった。
さすがにひとりでできるよと言ったが、里奈は「でも、初めてですし」と言って、作業の間ずっと、楽しげに俺の周りを動き回っていた。
・・・・・・
練習室の片付けが終わり、制服に着替える。
一旦練習室には鍵をかけて、全員で廊下の途中にある更衣室へ向かった。
里奈は俺のそばに並んで歩きながら、元気よく話しかけてきた。
「好きな食べ物ってなんですか?」
「住んでるのどこですか?」
「歌以外の趣味ってありますか? どんなのですか?」
里奈の話は息つく間もなくころころ変わった。
女子更衣室前で、俺は「それじゃあ」と言って片手を挙げ、みんなを置いてひとりで男子更衣室へ向かった。
が、ここにまで里奈がとことこくっついてきた。
さすがに陽和が呼び止めたが、里奈はすぐ戻れますからと言って、男子更衣室までのわずかな距離を一緒に歩いた。
「それじゃあ輝さん、また後で!」
男子更衣室の扉の前でそう言った里奈は、たたた、と来た道を走って戻っていった。
・・・・・・
着替えを済ませて女子更衣室前を通り過ぎた俺は、再び鍵が開けられていた練習室へ入った。
下校時刻までまだ少しだけ時間があり、みんなはすぐ帰らずここで思い思いに過ごしていた。
立つのも座るのも、座る場所も座り方もバラバラ。
ここがみんなの家――そんな居心地よさそうな空間だった。
床に座っていた陽和がこちらを見て、何か言いかけた時――
――ガシャッ!
勢いよくドアのレバーが上がって、開いたドアから里奈が転がり込んできた。
「輝さん――すみません。遅くなっちゃいました」
なぜか俺に謝る。
「ほら輝さん、ここ座って――」
里奈はすとんと床に座りながら、俺を目の前に座るよう勧めてきた。
それからまた、里奈はさっきの続きとばかりに楽しそうに話しかけてきた。
「輝さん難しい小説読むんですよね、今どんなの読んでるんですか?」
「え、読まない? あれ嘘だったんですか? もーひどいですよー」
「よかったら今度カラオケ行きませんか? 私、下手でも歌いますから」
勢いの良すぎるおしゃべりは、いつまでも止まらなかった。
・・・・・・
下校時刻が迫り、全員解散することになった。
8人全員が鞄を背負って廊下に出て、部長の陽和がドアに鍵をかけた。
職員室に鍵を返しに行くという陽和に竹内が付き添って、2人で歩いていった。
それから愛が「さあ、私たちも邪魔しないように退散しましょう」と言って他の部員たちをうながし、4人で立ち去った。
その場には俺と、ちょこんと横に立つ里奈だけが残された。
廊下が静かになってから、里奈は俺の顔を見上げた。
「ふたりだけになるのは、あの時以来ですね」
優しい笑みを浮かべてそう言う。
あの時、っていつの事だろう――と思っていると、里奈は少し言葉を付け足した。
「輝さんが私を助けてくれた時、ですよ」
……いつだろう。そんな大層なこと、した事があっただろうか。
「もー。輝さん、分かってないですね」
里奈はすねたようにそう言う。
「私の名前、ちゃんと覚えてますか?」
そりゃあもちろん。ちゃんと覚えてる。
「『里奈』。忘れたりなんかしないよ」
里奈はくすぐったそうに笑った。
そして――なんだか悪戯でもするような表情で俺を見る。
「名字は……?」
「え――」
えーっと、名字……?
確か、出欠確認で陽和が言ってた――
「……覚えてませんね?」
トーンが下がった里奈の声が、ちょっと冷ややかに響く。
俺が里奈の顔を見ると、里奈はむーとむくれてから、言った。
「小泉里奈、ですよ。輝さん、覚えるって言ったじゃないですか」
……そうだった。「善処する」って言ってた。
里奈が合唱部に戻れるようにとふたりで話をした、あの時に。
「ごめん……」
忘れたら陽和に言いつけるって言われてたんだった。
「今度はちゃんと、覚えてくださいね」
里奈はにこりと笑って、そう言った。
・・・・・・
ふたりで並んで、西階段を下りる。
「輝さん、合唱部のこと――」
里奈の静かな声が、西階段の壁に反響する。
「もし、本当に廃部になったら――その時は、輝さん……私たちだけの合唱部、やってくれますか?」
そう言って振り向いた里奈は、俺の目を見つめる。
私たちだけの合唱部――
今朝、みんなが教室に押しかけてきた時に、里奈が言ったあの事。
『それなら私は、輝さんと合唱部やります』
『コンクールに出られなくても、文化祭に出られなくても――』
『そこが私たちの合唱部になりますから』
「……」
――俺はあくまで、今の合唱部に続いてほしいと思っている。
でも、俺が持っている「廃部を避けられる考え」は、正直なところ成功の見込みがあまりない。むしろ、既に確定している廃部の日が、予定通りに来る可能性の方が高い。
不安げな表情で俺を見上げている里奈に、できるだけ優しく言う。
「うん。その時は、一緒にやろう」
その言葉に、里奈はとびきり嬉しそうな笑顔を咲かせた。
「はい!」
他に誰もいない西階段に、里奈の元気な声が、目一杯の嬉しさを乗せて響いた。
・・・・・・
それからまた、里奈は機嫌よさげに質問攻めを始めた。
「中学どこだったんですか?」
「嫌いな食べ物ってありますか? へー輝さんも好き嫌いするんですね」
「50メートル走どれくらい速いんですか? え、私とあんまり変わんないじゃないですか」
里奈は俺が何と答えても、その言葉のひとつひとつに笑顔を咲かせてくれた。
校門をくぐるまで続いた質問攻めは、俺が遮るまで終わらなかった。
おしゃべりを遮られた里奈がちょっと悲しそうな顔をして、俺は心を痛ませられた。だが、中学生をひとりで遅くに帰らせるわけにはいかない。
もうちょっとだけ――とねだる里奈をなだめて、もう遅くなるからと帰らせようとした。
「私と話すの、嫌ですか?」
急にか細くなった声で、そう言われた。
ぎゅっと心が痛くなって、俺はなんとか里奈を笑顔に戻そうと慎重に言葉を選んだ。
「ううん、嫌じゃない。さっきからずっと楽しかったよ」
そう言ってから、言葉を付け足す。
「まだ話し足りないから――だから今日はもう帰ろう。里奈にもしもの事があっても、俺は助けに行けないから」
「助けに」という言葉に、里奈は少しだけぴくっとした。
「また明日、今日みたいに話そうよ。また明日があるんだから」
――そう言ってから、俺はその言葉に説得力が足りないのに気付いた。
ここ数日で、合唱部員たちは嫌と言うほど味わったはずだ。「今日」と同じ「明日」が来るということが、全く保証されていないことを。
そしてこの合唱部は、99年間続いてきた「明日」がなくなる日を、今年中に控えている。
寂しそうに立っている里奈に、俺は言葉をかける。
「明日、俺はちゃんと学校に来るから。部活に行くから。里奈はいつも通りにしているだけで、また会えるしまた話せる」
「……」
「もし――今日と同じ明日が来なくても、大丈夫。今朝みたいに教室まで来てくれればまた会えるし、そっちのクラス教えてくれれば、こっちからも行ける」
――そうだ、俺たちは同じ学校に通っているんだから。
「何があっても――この学校にいる限り、また会えないなんてことはないよ」
里奈は、それを聞いてしばらく考え込んだ。
そして、少しためらってから――
「連絡先……交換してくれますか?」
俺を見上げながら、そう言った。
「いいよ……ほら」
俺は鞄の中から探り当てたスマホを、里奈に向けた。
・・・・・・
帰りのバスの中で――
マナーモードにしていたスマホがブーッと震えた。
メッセージ、相手は「小泉里奈」。
何かあったのか――?
少し慌てたが、通知欄には【もう帰れましたか】と出ていた。
待って待って、まだ大して時間は経ってない。
【まだだよ。バス乗ってるとこ】
そう返信すると、すぐにメッセージが返って来た。
【気を付けて帰ってくださいね】
2つも下の後輩に、そう言われる俺。
【うん、里奈もね】
そう送った。
【はい】
すぐに返って来た。
・・・・・・
駅前のバスターミナルで乗り継いで、すぐ――
【家に着きました】
里奈からそうメッセージが来た。
ちゃんと帰れたか、よかった。
【お疲れ、早く寝てね】
小柄な里奈の姿を思い浮かべながら、そう返す。いちおう中学生だが、なんだか小学生っぽい雰囲気も混じっているその姿を。
すぐ、返信があった。
【私は小学生じゃないですよ】
「……」
スマホの向こうで、ちょっとむくれている里奈の顔が、見えた気がした。
7人しかいない小さな部活だが、昔からのしきたりなのか、わざわざ出欠確認が行われた。
部長である陽和が、紙の挟まったバインダーを手に前に出る。陽和はバインダーに目を落としながら部員の名前を呼び、返事を聞いて軽くペンを走らせる。おそらく学年順に、上から下へ――
女子生徒の声が、ひとりずつ違う音域で「はい」と答えていく。
「小泉里奈」
「はい」
最下級生である里奈が高い声で答える。短い出欠確認は、これで終わり。
「海野輝」
……え?
陽和が視線を落としているその紙に、俺の名前はないはず。
ないはずだが――
今、呼ばれた。
「――はい」
俺が出した返事の声は、おそらくこの出欠確認で発せられた、初めての男声の音域。
陽和はそのまま、紙にさっとペンを走らせた。
・・・・・・
出欠確認の後、山口先生と岩村先生に向け全員で「ありがとうございました」と挨拶し、ふたりの先生は先に帰っていった。
それから、部員たちは部屋の片付けに入った。
出していた道具類をしまい、壁際に寄せて重ねてあった机と椅子を、元通りに並べていく。
俺も手伝おうとしたが――やったことのない作業ばかり。手際は悪く、まごついてばかり。
しばらくして、みんなの邪魔になっているだけだと気付いた俺は、せめて大人しく隅に立っていることにした。
俺はちょっと悲しみながら部屋の角に同化しようとしたが――
「輝さーん!」
元気な声で俺の名前を呼びながら、たたた、と里奈が駆け寄って来た。
ちょっと息を切らした里奈は、とん、と俺の目の前で立ち止まる。
「輝さん、私が教えますから。一緒にやりましょう」
きらきらした無邪気な笑顔を向けながら、里奈はそう言った。
・・・・・・
それからずっと、里奈は俺を引っ張りまわした。
積んであった長机を運ぶ時、里奈は「重いですよ、気を付けて」と言ってひとつの机を俺とふたりで持った。
中学生の中でも小柄な里奈でさえ、ひとりで持てるはずの机なのに、なぜだか普通の男子高校生の俺にはひとりで持たせてくれなかった。
椅子を並べる時にも、里奈は俺のそばから離れずに、「ほら輝さん、こうですーっ」と言いながら3つに重ねた椅子を引きずった。
さすがにひとりでできるよと言ったが、里奈は「でも、初めてですし」と言って、作業の間ずっと、楽しげに俺の周りを動き回っていた。
・・・・・・
練習室の片付けが終わり、制服に着替える。
一旦練習室には鍵をかけて、全員で廊下の途中にある更衣室へ向かった。
里奈は俺のそばに並んで歩きながら、元気よく話しかけてきた。
「好きな食べ物ってなんですか?」
「住んでるのどこですか?」
「歌以外の趣味ってありますか? どんなのですか?」
里奈の話は息つく間もなくころころ変わった。
女子更衣室前で、俺は「それじゃあ」と言って片手を挙げ、みんなを置いてひとりで男子更衣室へ向かった。
が、ここにまで里奈がとことこくっついてきた。
さすがに陽和が呼び止めたが、里奈はすぐ戻れますからと言って、男子更衣室までのわずかな距離を一緒に歩いた。
「それじゃあ輝さん、また後で!」
男子更衣室の扉の前でそう言った里奈は、たたた、と来た道を走って戻っていった。
・・・・・・
着替えを済ませて女子更衣室前を通り過ぎた俺は、再び鍵が開けられていた練習室へ入った。
下校時刻までまだ少しだけ時間があり、みんなはすぐ帰らずここで思い思いに過ごしていた。
立つのも座るのも、座る場所も座り方もバラバラ。
ここがみんなの家――そんな居心地よさそうな空間だった。
床に座っていた陽和がこちらを見て、何か言いかけた時――
――ガシャッ!
勢いよくドアのレバーが上がって、開いたドアから里奈が転がり込んできた。
「輝さん――すみません。遅くなっちゃいました」
なぜか俺に謝る。
「ほら輝さん、ここ座って――」
里奈はすとんと床に座りながら、俺を目の前に座るよう勧めてきた。
それからまた、里奈はさっきの続きとばかりに楽しそうに話しかけてきた。
「輝さん難しい小説読むんですよね、今どんなの読んでるんですか?」
「え、読まない? あれ嘘だったんですか? もーひどいですよー」
「よかったら今度カラオケ行きませんか? 私、下手でも歌いますから」
勢いの良すぎるおしゃべりは、いつまでも止まらなかった。
・・・・・・
下校時刻が迫り、全員解散することになった。
8人全員が鞄を背負って廊下に出て、部長の陽和がドアに鍵をかけた。
職員室に鍵を返しに行くという陽和に竹内が付き添って、2人で歩いていった。
それから愛が「さあ、私たちも邪魔しないように退散しましょう」と言って他の部員たちをうながし、4人で立ち去った。
その場には俺と、ちょこんと横に立つ里奈だけが残された。
廊下が静かになってから、里奈は俺の顔を見上げた。
「ふたりだけになるのは、あの時以来ですね」
優しい笑みを浮かべてそう言う。
あの時、っていつの事だろう――と思っていると、里奈は少し言葉を付け足した。
「輝さんが私を助けてくれた時、ですよ」
……いつだろう。そんな大層なこと、した事があっただろうか。
「もー。輝さん、分かってないですね」
里奈はすねたようにそう言う。
「私の名前、ちゃんと覚えてますか?」
そりゃあもちろん。ちゃんと覚えてる。
「『里奈』。忘れたりなんかしないよ」
里奈はくすぐったそうに笑った。
そして――なんだか悪戯でもするような表情で俺を見る。
「名字は……?」
「え――」
えーっと、名字……?
確か、出欠確認で陽和が言ってた――
「……覚えてませんね?」
トーンが下がった里奈の声が、ちょっと冷ややかに響く。
俺が里奈の顔を見ると、里奈はむーとむくれてから、言った。
「小泉里奈、ですよ。輝さん、覚えるって言ったじゃないですか」
……そうだった。「善処する」って言ってた。
里奈が合唱部に戻れるようにとふたりで話をした、あの時に。
「ごめん……」
忘れたら陽和に言いつけるって言われてたんだった。
「今度はちゃんと、覚えてくださいね」
里奈はにこりと笑って、そう言った。
・・・・・・
ふたりで並んで、西階段を下りる。
「輝さん、合唱部のこと――」
里奈の静かな声が、西階段の壁に反響する。
「もし、本当に廃部になったら――その時は、輝さん……私たちだけの合唱部、やってくれますか?」
そう言って振り向いた里奈は、俺の目を見つめる。
私たちだけの合唱部――
今朝、みんなが教室に押しかけてきた時に、里奈が言ったあの事。
『それなら私は、輝さんと合唱部やります』
『コンクールに出られなくても、文化祭に出られなくても――』
『そこが私たちの合唱部になりますから』
「……」
――俺はあくまで、今の合唱部に続いてほしいと思っている。
でも、俺が持っている「廃部を避けられる考え」は、正直なところ成功の見込みがあまりない。むしろ、既に確定している廃部の日が、予定通りに来る可能性の方が高い。
不安げな表情で俺を見上げている里奈に、できるだけ優しく言う。
「うん。その時は、一緒にやろう」
その言葉に、里奈はとびきり嬉しそうな笑顔を咲かせた。
「はい!」
他に誰もいない西階段に、里奈の元気な声が、目一杯の嬉しさを乗せて響いた。
・・・・・・
それからまた、里奈は機嫌よさげに質問攻めを始めた。
「中学どこだったんですか?」
「嫌いな食べ物ってありますか? へー輝さんも好き嫌いするんですね」
「50メートル走どれくらい速いんですか? え、私とあんまり変わんないじゃないですか」
里奈は俺が何と答えても、その言葉のひとつひとつに笑顔を咲かせてくれた。
校門をくぐるまで続いた質問攻めは、俺が遮るまで終わらなかった。
おしゃべりを遮られた里奈がちょっと悲しそうな顔をして、俺は心を痛ませられた。だが、中学生をひとりで遅くに帰らせるわけにはいかない。
もうちょっとだけ――とねだる里奈をなだめて、もう遅くなるからと帰らせようとした。
「私と話すの、嫌ですか?」
急にか細くなった声で、そう言われた。
ぎゅっと心が痛くなって、俺はなんとか里奈を笑顔に戻そうと慎重に言葉を選んだ。
「ううん、嫌じゃない。さっきからずっと楽しかったよ」
そう言ってから、言葉を付け足す。
「まだ話し足りないから――だから今日はもう帰ろう。里奈にもしもの事があっても、俺は助けに行けないから」
「助けに」という言葉に、里奈は少しだけぴくっとした。
「また明日、今日みたいに話そうよ。また明日があるんだから」
――そう言ってから、俺はその言葉に説得力が足りないのに気付いた。
ここ数日で、合唱部員たちは嫌と言うほど味わったはずだ。「今日」と同じ「明日」が来るということが、全く保証されていないことを。
そしてこの合唱部は、99年間続いてきた「明日」がなくなる日を、今年中に控えている。
寂しそうに立っている里奈に、俺は言葉をかける。
「明日、俺はちゃんと学校に来るから。部活に行くから。里奈はいつも通りにしているだけで、また会えるしまた話せる」
「……」
「もし――今日と同じ明日が来なくても、大丈夫。今朝みたいに教室まで来てくれればまた会えるし、そっちのクラス教えてくれれば、こっちからも行ける」
――そうだ、俺たちは同じ学校に通っているんだから。
「何があっても――この学校にいる限り、また会えないなんてことはないよ」
里奈は、それを聞いてしばらく考え込んだ。
そして、少しためらってから――
「連絡先……交換してくれますか?」
俺を見上げながら、そう言った。
「いいよ……ほら」
俺は鞄の中から探り当てたスマホを、里奈に向けた。
・・・・・・
帰りのバスの中で――
マナーモードにしていたスマホがブーッと震えた。
メッセージ、相手は「小泉里奈」。
何かあったのか――?
少し慌てたが、通知欄には【もう帰れましたか】と出ていた。
待って待って、まだ大して時間は経ってない。
【まだだよ。バス乗ってるとこ】
そう返信すると、すぐにメッセージが返って来た。
【気を付けて帰ってくださいね】
2つも下の後輩に、そう言われる俺。
【うん、里奈もね】
そう送った。
【はい】
すぐに返って来た。
・・・・・・
駅前のバスターミナルで乗り継いで、すぐ――
【家に着きました】
里奈からそうメッセージが来た。
ちゃんと帰れたか、よかった。
【お疲れ、早く寝てね】
小柄な里奈の姿を思い浮かべながら、そう返す。いちおう中学生だが、なんだか小学生っぽい雰囲気も混じっているその姿を。
すぐ、返信があった。
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「……」
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