Chorus! -終演の合唱部-

星川わたる

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第43話 同じ場所で過ごせるなら

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「私、ですか?」

 そう言いながら千尋は、ふっと表情を消した。

「特にありません、それより愛の話がたくさんあります」

 機械的にそう言ったが、いったい千尋の頭の中には愛の話がどれだけあるのだろう。
 そして自分の事は、その表情と同じくらい表に出さない。

「私は愛といつもたくさん話すんですけど――」

 そんな所は見たことがないな……
 見てない所では、ふたりはよく話しているのかな。

「愛は最近、輝さんの事ばかり話すんです」

 そう言って、千尋は愛が言ったという言葉を列挙する。

「『今日輝さんの髪が跳ねててアンテナになってた、あれ電波入るかな』とか、『輝さん私の楽譜律儀に使ってる、もう楽譜返すのやめようかな』とか、『輝さんと同じクラスだったら、いつもちょっかい出せるのに』とか、他にもたくさん」

 あの、楽譜は返して……

「愛、ずっと輝さんの楽譜を大事に持ってるんです。この前、昼休みに少し撫でてました」

 愛着わいた……? その楽譜に。

「あの時の表情、今まで見たことがなかったです」

 そう言った千尋は、初めて口をとがらせた。

「輝さん、愛を私から持って行っちゃだめです」

 ……もしかして、すねているんだろうか。

 千尋は、愛がそんなに大事なのか。俺に持って行かれると思ってそんなふうにするくらいに。
 だとすれば――愛は千尋に「輝さんと同じクラスだったら」と言ったらしいが、それは千尋に対しての失言だったかもしれない。

 でも、愛が言ったようにふたり同じクラスだったら、ちょっと楽しそうだ。
 ……ストッパー役も必要になるけど。

 ああ、もういるじゃん。ストッパー役。

「ね、さっき、愛が俺と同じクラスだったら――って言ってたね」
「はい。私を置いて、行ってしまうつもりです」

 ツッコミは入れない。
 ……千尋もツッコミ必要なのか。

「それならさ、千尋も愛と一緒に来たらどうなの? 俺と、愛と、千尋と――学年はとりあえず置いといて、3人同じクラスだったら。そうなったら、どうなると思う? 千尋は」

 愛専属ストッパー、千尋。それなら愛とふたりセットで来てしまえばいい。

 すると、どうなるだろうか。

 愛のことは、俺にはまだ分からない。想像がつかない。
 でも愛のことをよく知っているであろう千尋なら――3人同じクラスという状況を、どう想像するだろう。

 千尋は少し考えてから、言った。

「愛が輝さんにちょっかいを出しに行くのを、私が追いかけて止めます」

 ……。

 どたばたとやって来る愛と、どたばたとそれを追ってくる千尋。そのふたりがこっちに迫って来る。
 そこで俺は――自分の席から、逃げ出そうか。千尋が愛を止めるまで、逃げ切ればいい。

 千尋は両手をぎゅっと握った。

「でも――」

 そう言って、少しうつむく。

「……間に合いません」

 間に合わないか。

「ふっ……」
「どうして笑うんですか」

 少しだけ不満げにそう言って、千尋はちょっと考える。

「あと、輝さんの髪のアンテナは直させます」

「……」

 千尋がイメージする「同じクラスの海野輝」は、跳ねた髪がアンテナになっているらしい。

「俺の……その、アンテナは別にいいんじゃ――」
「駄目です、気になります」

 そんなに、アンテナ気になる?
 ……いつアンテナになってたんだろう、俺の髪。

 千尋はまた考え込んで、それからぽつりと言う。

「……同じ学年だったら、同じクラスだったら、気になりますね」

 そう言ったところでまた、表情を消した。

「ありえない話、ですけど」

 ありえない話――
 そりゃあ、そうなんだけど……俺が留年しない限りは。

 学年が違う俺たちは、同じ場所では過ごせない。

 同じ場所では……

「……そこまでありえない話じゃないよ、これ」

 ふと思いついて言った俺の言葉に、千尋は表情なく問いかけてくる。

「学年が違うのに、ですか?」

 確かにそうだ。普通なら。だけど今、俺たちは――

「俺たちは学年は違うけど、今は同じ合唱部にいるんだ。同じ場所で過ごせるし、ここにいれば、ただのクラスメイトよりずっと近い距離でいられるよ」

 7人の部員と追加の俺、2人の先生。この仲間メンバーは半ば家族のような形をしている。
 それに――

「さっき言った、3人で同じクラスになったら、って話。本当にやれたら面白そうだな――って、思った。俺が合唱部にいる間だけでも……できないかな?」

 ひと時でもいい、こんなクラスメイトたちと戯れながら過ごしてみたい。
 それもひとつの、理想の学生生活の形かもしれないから。

「里奈だってあんなにたくさん話しかけてくるんだし、もう学年なんて考えなくていいよ。もっと気を抜いて、みんなで一緒に過ごそうよ」

 それを聞いて、千尋はまた考え込んだ。

「そうですね……」

 それから、目をつむる。
 無表情に考え込んでから、口を開いた。

「それじゃあ、輝さん――」

 うん。これからよろし――

「輝さんは、月曜までに髪を切ってきてください」

 ……はい?

 なんで?

「なんで?」

 思った言葉がそのまま出る。
 いったい、急に何を――?

 千尋は俺の顔……というより髪を見ながら言う。

「髪、ぼさぼさです。ちゃんと切らないからアンテナが立つんです」

 いやアンテナはまあ、ちょっと不覚だったけど……これからは朝ちゃんとチェックして、水つけて直してくるから。少しくらいぼさぼさになっててもいいんだよ。

「少しくらいぼさぼさでもいいって思っているでしょう?」

 ……だめか?

「駄目です、ちゃんと切らないと格好がつきません」

 なんだ――?
 心を読まれている、だと?

「土日がありますから、切れますね?」

 ……有無を言わさぬ雰囲気で言う千尋。愛が素直に従うのも、分かる気がする。

 そこまで言ってから、千尋はかすかに笑顔を浮かべた。

「……そうですね、輝さんがいいって言うのなら、学年を気にせずに接するのもいいですね」

 うん……それがいい。その方が、よっぽど面白いだろうから。

「愛がふたりに増えたと思えばいい、か。よし――」

 いや待って待って。俺は愛と同族扱いになるのか?

「輝さん――私は輝さんのことも愛と同じように、締めるところはきっちり締めていきます。きちんと言う事を聞いてくださいね」

 うーん……

 ……あんまりよく分かんないな、千尋。

「それじゃあ、輝さん」
「はい」

 思わず返事をした俺を、千尋はスルーして言う。

「もういいでしょう。練習室に戻っても追い返されないはずです」

 ……そっちか。
 でも、そうだ。そこそこ時間は過ぎたし、もういい頃だろう。

 俺たちは席を立って、愛たちが待つ練習室へ向かった。

・・・・・・

 ドアのレバーを握って力を込めると、いつもの手ごたえと共にレバーは上がった。自由になったドアを、押し開く。

「お、帰ってきた」

 中にいた愛がこちらを見て、にんまり笑いながら言った。

「あれ、なーんだ。手くらい繋いでくるかと思ったのに」

 向こうでガタッと音がした。

 俺の後から入ってきた千尋が、すっと愛の前に進み出る。

「愛……」
「なーに?」

 しばしの沈黙、そして――

「ちょっと、一緒に来て」
「あ……」

 愛の手首をつかんだ千尋が、ぐっと愛を開いたドアへ向かって引っ張った。
 そうだ、初めにこの部屋から締め出された時、千尋は「後で、しっかりこらしめます」と言っていた。

「いやー! シメられる、シメられる!」

 ぐいぐい引きずられていく愛の断末魔が練習室に響く。
 それでも無表情の千尋は、愛を外へ引っ張り出して、ドアを閉める。

――ガシャッ

 レバーが下げられ、愛の叫びは防音のドアに遮られて消えた。

 ……。

「輝、おかえりなさい」

 閉まったドアを見て突っ立っていた俺の後ろから、琴音の声がした。
 振り返ると、琴音はなんだか微妙な表情で立っている。

「愛、大丈夫かな」

 俺は琴音の冷静な答えを期待して、そう聞いた。

「……知らない」

 そうか……

 仕方ない。とりあえず、荷物を整理してすぐ帰れるようにしておこう。

・・・・・・

 しおしおになった愛が帰ってきたのは、下校時刻間近になってからだった。
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