Chorus! -終演の合唱部-

星川わたる

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第47話 美青年とお人形さん

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 そして、部活が終わって――

 里奈は片付けの時、今までみたいにまとわりついてはこなかった。
 ただ、すれ違った時に、にっこりと満足そうな笑顔を見せてくれた。

 その顔――明日の朝、俺と教室で話せるからっていう、余裕の表情か。
 そうか、やっぱり明日も来るか。

 陽和、明――ごめん。俺、ロリコン疑惑を払拭できそうにないよ。

 ……明は、別にいいか。

・・・・・・

 着替えの時も里奈は男子更衣室までは来ず、女子更衣室から数歩進んで立ち止まり、「輝さん、また後で!」と言ってすぐ更衣室へ入っていった。

 俺はひとりで静かな廊下を歩いて男子更衣室へ入り、ごちゃごちゃな鞄から制服を引っ張り出して着替え、脱いだ体操服を押し込んだ。
 今日は鞄の中身がいつも以上に多く、ファスナーを閉めるのに苦労した。

・・・・・・

 練習室へ戻ると、もう他の7人は思い思いの場所で過ごしていた。里奈も今日は先に来ていて、愛と千尋の前でなにか話していた。

「……」

 里奈が来ないから、話し相手がいないな……

 ……意外に、寂しい。
 こういう時に自分から話しかけに行かないから、俺はあんまり友達ができないんだろう。

 まあいいや、ちょっと楽譜を見ておきたい。ひとりで自習だ。
 音はともかく、みんなと歌う3曲、どれもまだ2番の歌詞で歌った事がない。目を通すだけでも、やっておきたい。

 鞄のファスナーを開くと、突っ込んだままの体操服がドンと現れた。
 お目当ての楽譜――まだ借されっぱなしの愛の楽譜は、この先にある。

 体操服を引き出して床にぽいっと置き、楽譜入りのクリアファイルを探す。
 さすがに他の人の楽譜だから、無下には扱えない。折れたりしないよう、大きな資料集か何かの間に挟み込んでおいた。
 えーと、どれに挟んだ――?

「それじゃ輝さんケーキじゃん!」

 向こうから愛の大きな声がした。
 ケーキって……ああ、昨日里奈にした話か。

「でも里奈ずるいー。最後の1個勝手に獲っちゃうなんて。私合唱部バトルロイヤルやりたい!」

 里奈相手にだだをこねている愛。
 苦笑しながらそちらを見ると、既にじっとこちらを見ていた千尋と目が合ってどきりとした。

「……髪型、よし」

 ぼそりとつぶやく千尋。

 うん、先週言われたからね。切れって。ちゃんと切ってきたよ。
 じっくりと見られ緊張したが、千尋の髪型検査には合格できたようだった。

・・・・・・

 くそ、楽譜が見つからない。今日は鞄の中身が多いから、ええい……

 手際悪く鞄を探っていると、ふわり、と空気が揺らいで、誰かがすぐそばに身を寄せてきた。
 陽和かな。ごめん、今このモンスターと戦ってて――

「輝くん――」

 ――?

 違う、この声は――
 陽和のやさしい声じゃない、落ち着いた涼やかな声。

 すぐ脇を見ると、高3の先輩のひとりが寄り添うようにしゃがんでいた。
 美青年のような整った顔立ち、それでも漂う女子の――というより、なんだか魅惑的な「女性」の雰囲気。それに……

 ち、近い……
 少し離れたいが、座り込んでいた俺は大して動けない。

 淡い微笑を浮かべる、その先輩。

「ほら、服、ちゃんと畳もうよ」

 そう言って、ふふ、と静かに笑う。ほんとうに、整ったきれいな顔……

「やっぱり男の子なんだね。……畳んであげる?」

 ――!

 いけない、手が止まってる。
 しかも先輩の顔ばかり見て――

「いえ自分で畳みます、大丈夫です」

 早口でそう答えて、放ってあった体操服を引っ張り寄せた。「畳んであげる?」という先輩の声が、頭の中で反響し続けて止まらない。

 気恥ずかしさに押されるように、俺は急いで体操服を畳んだ。
 普段畳んでないうえに、この先輩にすぐそばで見られ続けて……指先がまごつく。

 ……少しだけその顔が気になって、つい横目で先輩を見た。
 先輩は微笑みながら俺の手元を見ていたが、すぐ俺の視線に気付いて、やさしい眼差しを向けてきた。

 合ってしまった視線を慌てて逸らし、3倍くらいに増した気恥ずかしさに急かされながら服を畳む。
 多少不格好だったが、とりあえず畳めた体操服をギュッと鞄に押し込んで、素早くファスナーを閉めた。
 これでもう、大丈夫。

 ……緊張した。

 まだそばを離れない先輩の顔を恐る恐る見ると、先輩は涼やかな微笑を返してきた。

「はじめまして……って言うのはおかしいかな。もう一緒に歌ったんだもんね」

「あ、えと……はい」

 会話、会話――!
 なんだ、緊張する……次の言葉が、出てこない。

「私は小川おがわ花菜かな、パートはメゾ。よろしくね、輝くん」
「あ、はい……えっと――」

 俺がなんとか先輩の言葉に答えかけた、その時――

「あーーーっ!」

 大きな声が、練習室に響いた。
 先輩――花菜さんと同時に、振り返る。

 見えたのは、どたばた、と駆けつけてくるもうひとりの高3の先輩の姿。
 先輩は俺たちの前で勢いよく止まってから、両手を胸の高さでぎゅっと握った。

「花菜、抜け駆けしたなー! 私も輝くんと仲良くなりたいーっ!」

 その人は可愛らしい声でそう言って、両手をぶんぶん振る。
 ……えっと、高3だよね、この人。

「もう……そういうところ、よくないよ」

 花菜さんは静かにそう言いながら立ち上がった。

 一緒に立ち上がって、驚いた。すぐ隣の花菜さんは、俺と目の高さが同じくらいだった。
 すらりと立った花菜さんは、ますます美男子らしさと、魅惑的な女性の雰囲気を増して見える。
 俺と目の高さが同じ……すると身長も同じくらい? 俺の今年の身体測定の結果は170センチだから――花菜さんも、それくらいになるのか。

 対して、すぐ目の前で不満そうに口をとがらせ、両手をぎゅっと握ったもうひとりの先輩は――とても小さい。ぱっと見、中2の里奈と同じくらいに見える。
 ぱっちりとしたうるむような目に、長いまつ毛。花菜さんと違って、まるで可愛らしく作られた人形ドールのよう。

 その先輩が、ずいっとこちらに身を乗り出す。

「私、中村なかむら絵里えり! ソプラノだよ、よろし――っ」

 元気よく発した言葉を、先輩は途中で急停止させた。

「……」

 乗り出していた身をすっと引き、目を閉じて咳払いしてから胸を張る。
 そして目を開いたその先輩は、優し気な微笑……に、しようとしている感全開の表情。せっかくの人形みたいな可愛らしい顔に、全っ然似合ってない。

「――よろしくね、輝くん」

 そしてだいぶ無理をした感のある、低めの声。たぶんクールに決めたつもりだ、花菜さんを真似して。

「……っ」

 ――だめだ、吹き出してはいけない。

「……はい。花菜さん、絵里さん、よろしくお願いします」

 その言葉に花菜さんは微笑み、絵里さんはにっこりと笑った。

 ……絵里さん、絶対その顔の方がいいですよ。さっきの無茶した美青年風のじゃなくて。

 そして本物の美青年な花菜さんが、微笑しながら俺を見て言う。

「輝くんは、合唱部始まって以来初めての男の子だね。いま他の子は女の子ばかりだけど、大丈夫。一緒に頑張ろうね」

「はい」

 ……かおる祭限定、なんですけどね。この初めての男子部員、は。

 俺は……

 いやいやいや、待て待て。今さらっと俺のこと「男の子」って言ったよ花菜さん。立派な男子高校生に向かって。そこはきちんと「男子生徒」って言ってもらわないと。

 しかも俺、それ一瞬受け入れて……花菜さんに「男の子」って言われると、なんだか違和感がない。

 見ればあくまで微笑みかけてくれている、花菜さん――
 ああ……もう、このまま「男の子」でもいいか。

 花菜さんは俺を見て目を細め、それから右手をこちらへ伸ばした。

「うん、よしよし」

 ふわりと髪越しに伝わる花菜さんの手の感触。やさしく頭をなでられて、そして目の前の花菜さんの微笑に見とれて、身体が固まる。

「……っ」

 ……花菜さんから見れば、俺は「男の子」なんだ。
 なら、いっそこのまま、いつまでも撫でられて――

「あっ、ちょっと! ずるいずるーい!」

 ――絵里さんの大人げなく可愛らしい声が、場の雰囲気をぶち壊した。
 花菜さんが手を放して、固まっていた俺は肩の力が抜ける。

 ……危なかった。
 なされるがままに、「立派な男子高校生」から「男の子」にされるところだった。

 そしてまた、大人げなく握った手をぶんぶん振る絵里さん。

「ずるいよ花菜、そういう先輩ムーブするの! 私も高3なんだから!」

 可愛らしい声と、だだをこねるような言葉が似合わない絵里さん。
 口を開かなければ、可愛らしいお人形さんみたいな人なのに。

 ――いや、もう少し落ち着いていれば、口を開いても可愛らしいお人形さんでいられるだろうに。

「ほら、輝くん――」

 絵里さんはそう言って右手をこちらへ伸ばす。また花菜さんの真似したいのか……
 仕方ない、待とう。

「……」

 絵里さんは俺の目の前に立って右手をまっすぐに伸ばし――そのままぐーっと背伸びをした。
 さわっ、と髪越しに手の感触が伝わる。
 絵里さんの手は、俺の頭に届いた。

「く、くぅっ……」

 ――が、この辺りが限界らしい。ぷるぷる震えて、だいぶつらそうだ。
 ちょっとかわいそうになって、俺は少し姿勢を下げた。

「あ……」

 絵里さんはそう言って、それから――

「むー! なんで私は小さいのーっ!」

 地団駄を踏みながらそう言った。

「もー、よしよしーっ!」

 花菜さんの落ち着いた雰囲気など欠片もない絵里さんが、ぐしゃぐしゃと俺の髪をかき回す。

「やめよう、絵里。ほら、輝くんの髪、くしゃくしゃになってるよ」

 本物の花菜さんの落ち着いた声に、絵里さんは渋々手を引っ込めた。
 花菜さんは目を細めながら、俺の髪を整えてくれた。また、緊張して固まる俺。

「むむむ……」

 絵里さんは両手をぎゅっと握って口をとがらせながら、ただ見ていることしかできないでいた。
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