宇宙航路は遥かにて(β版)

星川わたる

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最終話 探照灯

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 総司令部を飛び出して、通信塔へ。
 地上移動では遅い、「異能」を使った飛行で行く。

 短距離を滑走して離陸する。宇宙飛行ではなくて、地上の飛行機と同じ要領だ。司令部の建物が、斜め下へと消えていく。
 夜のやや冷えた空気のなか、宇宙空間から見つけにくいように低空を飛んでいく。街に光るものはなく、もう二度と光が灯らない姿を暗闇の中に横たえている。

 感覚で通信塔らしい巨塔をみつけ、すこし左旋回しながら飛び込む。施設前の狭い平地に強く接地し、急減速して身体を止めた。
 見上げるそれは、夜空に向かってそびえ立つ巨塔……これが通信魔法の送信装置か。かなり大きい。相当な大出力が出せそうだ。

 塔の根本にある平屋の建物へ向かう。明かりはなく、正面入り口に立っても扉は開かない。
 施設の側面にまわると、星明りのなかでかすかに「発電機室」と読める扉があった。ふだんは使わないのか、手動の扉だ。鍵がかかっている。
 ドアノブをばきりと壊して、中に入った。入室してすぐ、バッテリーでもあったのか、室内の照明が灯る。

 そしてぼくは、途方に暮れた。

 知らない発電機が据え付けられている。
 船の発電機なら目をつぶっていても操作できるが、こいつは型がちがう。起動方法がわからない。
 時間が経つほど、不利になっていく。この星が陥落しここが制圧されたら、もうここに持っている暗号表を送信できないのだ。義勇団を止めるチャンスは、おそらく永遠に失われる。

 ええい、何とかならんか。ボタン操作ができないなら、いっそ「異能」で内部から起動してやる。
 「異能」の使用はイメージによる。ぼくが「できる」と思えばできるし、「できない」と思うとできない。
 「できる」とイメージするのは結構難しいが、この発電機を動かすイメージが、ぼくにできれば――

 発電機のしくみ……そうだここは魔法通信用の建物だ。当然、通信に使う魔力タンクがある。この発電機も、その魔力を借りて動く魔法型ではないか。
 魔力で動く発電機というと、宇宙船の補助発電機がそうだ。そいつの構造なら知っている。型がちがっても、動作原理は同じなはずだ。

 発電機をなめるように見ていく。うん、すこし内部構造がちがうが、魔力流路と動作に必要な機器類はみえる。動かすべき機器とその順番も、おおよそ分かる。
 始動用バッテリーの電気を魔力ポンプに送って、ポンプを起動して圧縮空気で機関部を回転させて――
 操作するたびに勝手に操作盤のランプが点灯し、リレーか何かの音が聞こえる。やがて発電機は自力で回りはじめた。

 よし、電力は確保。あとは備蓄されている魔力がどれほどあるか。戦闘の前に軍が使ったかもしれない。他の有人星系へ送信できるほど残っているか。
 照明が点いた建物、その正面の自動扉を抜けて、すぐみつけた「制御室」へ入る。制御盤は立ち上げ中になっている。どうやらこれは、送電を受けると自動で起動する仕様らしい。
 立ち上がった制御盤から、魔力タンクの表示を見つける。残量89%、よかった、ほとんど使われていない。
 コネクターに小型メモリーを挿し、送信ファイルを選択する。面倒なので、「全暗号表」フォルダをぶちこんだ。
 この設備はデータだけでなく、ちょっとしたメッセージも付けられるらしい。入力画面が出てきた。
 ぼくはこの先どうなるかわからない。誰かに送る最後のことばになりそうだし、せっかくだから書こうか。


発信者 第57389恒星系 星系軍総司令部(借用)
宛 先 全人類
内 容
 われ義勇団の元構成員なり。今は双方の事情を知り、かつ義勇団が使用する全ての暗号表を所持し居る。只今その暗号表を全世界に向け送信す。添付せしデータを確認のうえ、これを用いて義勇団司令部を特定し撃破されたし。さすれば義勇団はその活動を永遠に停止するであろう。
 われは生存の見込み無きにつき、今後の協力は不可能なり。ここにわが生命をかけて託す暗号表を、可能な限り全ての送信先へ転送せよ。
 全人類に告ぐ、今こそ悲劇の歴史を断ち切る時である。平らかなる海を取り戻せ。
 サヨナラ


 なんだか恥ずかしい気もするが、どうせぼくだと特定できまい。これで送ってしまえ。
 全てのデータがセットされ、通信魔法の信号に変換されていく。変換率はすぐ100%となり、送信準備は整った。

――ガン!

 突然の異音。
 制御盤からじゃない。頭上から、なにか大きな音が……
 少し離れた場所からも、大音響がいくつか起こった。

 いけない――! デブリが落ちてきたんだ。

 この星系で激しく戦闘をしているから、破壊された船の残骸が海にばらまかれている。それらが漂流してきて、この星に落下し始めたんだ。
 はやく送信を、通信塔が壊れたら――

 ぼくは制御盤をみて奥歯を噛みしめ、それから制御卓を拳で叩いた。
 通信装置本体のエラー。送信装置の一部がこちらの制御をきかなくなっている。
 さっき異音がしたとき、デブリが通信塔に当たんだ。
 くそ、変なメッセージなんか打ち込まずに送っていれば――この馬鹿野郎!

 建物を飛び出し、塔を見上げる。夜空を背景に、傾いだ塔の上部が見えている。
 破損が大きいのはトラス構造の塔の支持部。中を通る送信装置のケーブルや増幅装置は一見無事にみえる。しかし塔の先端部がすこし傾いだ影響で、通信魔法の向く先が変わってしまった。
 また建物に駆け込み、制御盤に飛びついて操作する。入力した全てのデータを送信、出力は最大。89%ある魔力、全て使い切ってしまえ。そうすればどこかの星には届くだろう。

 「送信」ボタン押下。
 当然、制御盤はエラー表示を返してくる。

 送信失敗時の再試行回数を「9999」に設定し、再度「送信」ボタン押下。「非常灯」と書かれた箱から懐中電灯をかっさらい、建物から出る。見上げた塔の上部、あのどこかに不具合箇所がある。
 「異能」を使って大きく飛び上がる。破損個所のいちばん下、点検用の足場に降り立った。
 見下ろしてみると、下から見るよりずっと高くみえる。無風状態なのが救いか。風があったらちょっと怖かっただろう。
 懐中電灯をつけて、支持部に囲まれた装置本体を照らしてみる。特に損傷はみられない。もっと上だ。
 急いで点検通路の階段をのぼりながら、装置本体を照らして損傷をさがす。この辺りでもない。まだ上か。
 つづら折れの階段を駆けながら、損傷部位をさがす。破損個所がどこか分からないから、「異能」を使ってすっ飛ばすことはできない。どこだ、どこが壊れたんだ。
 損傷は上の方が大きく、上がるにつれて階段も傾いてきた。

 ――!

 ……みつけた。

 塔の頂部にちかい場所。装置の外板がすこし剥がれ、内部のケーブルがみえている。何本かある太いケーブルのうち1本が、断ち切れて垂れ下がっている。

「……」

 正直なめていた。ちょっとした損傷なら直してやろうと思っていたが、こんなでかいケーブルが切れていたのか。
 ぼくは技術者じゃない。こんな損傷の直し方は知らない。いまこの星に技術者なんて残っていないだろうし、いても今すぐには直せないだろう。

 これ、手でくっつけたら動くだろうか。そんなアニメみたいなことは起きないか。
 生身でやったら死にそうだな。「異能」で手だけ守ってみるか。

 曲がって傾いた足場に乗って、そばに懐中電灯を置き、さすがにすこし震える手をケーブルにのばす。さあ、ひと思いに――
 切れていたケーブルの下部を上部にぶち当てると、ブーンと空気を震わす不気味な音が鳴り、一瞬だけ強烈な閃光がみえてから真っ暗になった。

 大丈夫なのか、これで送信なんてできるのか。
 そもそも、もし他に損傷部位があったら――

 ――!

「うあ――っ!」

 強烈な魔法の放射、至近距離。防護フィールドの展開が遅れていたら、この魔法の余波で死んでいた。

 この塔の通信魔法だ、送信が始まったんだ。
 ブーンという大きな音が頭の中まで震わせてくる。火花みたいな音を想像していたが、だいぶちがった。
 魔法は出続けている。ぼくが全世界に託したメッセージと、おそらく世界を変えるであろう暗号表のデータがいま、全宇宙へ向けてほとばしっていく。

 さあ行け、行けるところまで飛んでいけ――!

 真っ暗な視界のなか、巨大な魔力を全身に受けながら、ぼくはケーブルを支え続けた。

・・・・・・

 主幹エネルギー系バルブを「解放」に、エネルギーポンプを「自動」に設定。2つある「始動」スイッチを同時に押し、左右の主機関を同時に立ち上げる。エネルギー流量が自動的に増やされて、待機状態だった主機関は駆動状態へ。機関制御盤に並ぶパラメータが一斉に上昇し、回転計の指針が動き出す。やがて船体の底から、うなるような機関音が聞こえはじめた。

 機関回転数はアイドルで安定。温度は正常範囲内。有害物質の発生は検出されず。宇宙船主機関の法定稼働基準をクリア、始動手順は完了した。

 軽巡洋艦で捕らえられてしまった彼は、なぜか抵抗しなかった。
 もとのわたしの船の乗員が彼を悪者に仕立て上げようとするのにわたしは抗議したが、軍人たちはわたしの言葉を聞かなかった。
 ナナなら軽巡洋艦の外壁くらいは吹き飛ばしかねない――そう思ったが、意外にも艦は無事に港へ入った。
 その後、特に騒ぎは起こらなかったので、ナナは何も抵抗しなかったらしい。

 ナナのちからなら脱出できないはずがない。たぶんナナは何か考えがあって、今はおとなしくしているのだろう。
 でもきっと、機会を得たら行動を起こす。わたしは――できればそれに、ついていきたい。

 この星には、ラジオ局があった。アナログ放送だ。
 たぶん牢屋に閉じ込められているナナには聞こえないだろうと思いながら、わたしは1曲リクエストしてみた。わたしが選んだ曲が、電波に乗ってアンテナたちのもとへ吸い込まれていった。

 それから――突然、「義勇団の船団が出現した」とのニュースが入った。「わが軍これより迎撃す」のテロップと共に、出港していく軍艦の映像が流れた。

 そこから先は、早かった。

 報じられる義勇団の戦力はぐんぐん増え、「屋内待機」「外出禁止」「避難準備」と続けざまに警報が発せられた。
 ついに「国外退避命令」が出されると、人々はなだれをうって宇宙港へと向かい走った。
 なにが起きたか分からない。もしかしたら、わたしとナナがここへ来たから義勇団が来てしまったのかもしれない。
 でもそれはどうでもよかった。まだ、ナナが脱出した様子がない。きっと何か考えがあるんだ。

 わたしは近くのアクセサリー店に隠れて、宇宙港へ逃げる人々をやりすごした。こんなところで「きみ、早く逃げるんだ」なんて言われて手を引かれたら、迷惑だ。
 外が静かになってから、わたしは床に散らばったアクセサリーをぱりぱりと踏みながら外へ出た。停電した街は夜の闇に沈んでいたが、わたしはいつも携帯している小型ライトがあるから平気だった。
 ナナが脱出するにしても、宇宙船が必要だ。ナナは宇宙船がなくても10日くらいの宇宙飛行ができると言っていたけれど、裏を返せばそれ以上は無理ということ。やっぱり船が欲しい。
 ナナはどんな船を欲しがるだろう……やっぱり速い船、できれば特高速船がいいって言うかな。
 ナナの船――「GSL209」は軍に拿捕された後、行方が分からない。ニュースにも全く出てこない。
 ナナはここでは義勇団員という扱いだ。義勇団員が乗っていた船を軍がすぐ手放すとは思えないから、「GSL209」はおそらく機密扱いでどこかに保管しているんだろう。

・・・・・・

 わたしは、軍港へ走った。
 開いたままの門を抜けて、走って、走って――ようやく、みつけた。軍港のいちばん奥の岸壁に。

 隠れるように係留されている、ちいさな宇宙船。ナナと一緒に、わたしを助けに来てくれた宇宙船。
 「GSL209」――ナナの船。やっぱり、ナナはこれがいちばん喜ぶだろう。

 船内に入ってすぐ、物品類が散乱した様子を見て奥歯を噛みしめたが、それ以上考えることはやめた。
 操舵室へ入って状態を確認。メインシステムは稼働中。エネルギーは84%まで入っている。恒星間航海ができる。
 すぐ、主機関の暖機を始めた。
 暖機中に食料・被服等消耗品を積み込んだ。港内に軍人はひとりもいなかったので、軍の倉庫から勝手に出した。あなたたちが、わたしたちをこんなにしたんだ。これくらい迷惑料ということで文句はないね。
 積み込みを終えて、それから荒らされた船内を片付けた。航海には関係がないが、ナナにはこんなもの見せたくなかった。

 それからすぐ、わたしは暖機を終えた主機関を始動した。
 これでいつナナが帰ってきても大丈夫。すぐに索具を外して出港できる。

・・・・・・

――ポーン

 副操舵席に座ってじっと待っていたわたしは、その意外な音声に疑念をもった。

 メッセージの着信音だ。このぬけがらのような星で、いったい誰が――

 同時に、外部モニターの一点に強烈な白色光が映った。爆発――じゃない。なんだ、あの光は。
 通信モニターには受信したメッセージが表示される。


発信者 第57389恒星系 星系軍総司令部(借用)
宛 先 全人類
内 容
 われ義勇団の元構成員なり。今は双方の事情を知り、かつ義勇団が使用する全ての暗号表を所持し居る。只今その暗号表を全世界に向け送信す。添付せしデータを確認のうえ、これを用いて義勇団司令部を特定し撃破されたし。さすれば義勇団はその活動を永遠に停止するであろう。
 われは生存の見込み無きにつき、今後の協力は不可能なり。ここにわが生命をかけて託す暗号表を、可能な限り全ての送信先へ転送せよ。
 全人類に告ぐ、今こそ悲劇の歴史を断ち切る時である。平らかなる海を取り戻せ。
 サヨナラ


 このメッセージ――ナナ!

 メッセージと同時に発せられたあの強い光……偶然とは思えない。
 ナナは、あそこに――?

  『われは生存の見込み無きにつき――』
  『サヨナラ』

「ナナ!」

 わたしは思わず、光に向かって叫んだ。
 ナナは、自分がここで死んでしまうと思っている。

 そうじゃない、そうじゃない! 船もわたしも、まだここにいる!

 なにか、なにか合図を。ここから、わたしからナナへ。
 そうだ、光だ。あの時――ナナがわたしを助けに来た時、強い光で自身の存在を知らせてくれた。

 すぐ灯火操作画面を開き、信号灯――いや、もっと光の強い探照灯を選択。点灯パターンはあの時と同じ3秒間隔で。

「探照灯1番、用意。起動よし、方向よし――照射!」

・・・・・・

「……」

 静かになった。
 魔力の放射がぴたりと止んだ。ケーブルからの音もとまっている。

 ――送信は終わったか。

 ぼくは必死で支え続けたケーブルを放した。
 これで、データは行ってくれた。あとは……みんなに任せる。
 腰をおろしたところに、ちょうど足場があった。ぼくはその場に座り込んだ。

 目はまだみえない。さっきからずっと真っ暗だ。

 ああ、それももういい。もう行ける場所もないだろうし、どうせそのうち目だけじゃなくて、なにもわからなくなるだろう。いまぼくは、生ぬるくて妙な臭いのするものに包まれている。
 通信塔がこんなに高かったのは、これのせいだ。大出力の通信魔法とこの星の大気が反応して、何か有毒のガスが発生するんだ。もうみえなくなった目が、ピリピリしてきた。
 いちおう、防護フィールドで毒ガスは防げる。ここから「異能」を使って飛び立てば脱出もできる。「気配探知」で地形も分かるし、道も歩ける。

 でも――

 船に乗って脱出しようにも、この目ではもう計器盤も見れない。「気配探知」では、光がみえない。モニター表示が見られない。
 ぼくには、もう操船ができない。ここから先へは、行かれない。

 ここで毒ガスに包まれていれば、義勇団が来るころにはもうたましいが抜けているだろう。このままゆっくり息をしていればいい。
 地球からここまで、長かったな。一生を終える場所としてはあまり気に入らないけど、いまやったことはおそらく全宇宙の歴史に刻まれる。映画のヒーローみたいで、なかなかいい最期だ。

 ああ、ついに地球に帰ることは叶わなかった。
 地球の元素で構成されて生まれたぼくは、このどこだか知らない星の土にうずもれて消えていく。

 もうぼくには何もない。船も、故郷も、家族も――
 だから、こうして死にゆくぼくを、涙を流して看取ってくれるひともいない。

 頬を熱いものが伝っていく。後から、後から――とまらない。

 ああ――

「母さん……」
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