宇宙航路は遥かにて(β版)

星川わたる

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第37話 可能性の種

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 ひたすらにシャワーを浴びる。
 しばらく放置されていたから、何度洗っても気がすまない。

・・・・・・

 結局自殺は先送りとし、手錠と扉を破壊して外へ出た。

 収容所の外は、夜だった。
 すこし移動すると兵舎があり、発電機と浴室があったので借りることにした。

 ようやく気が済んで浴室を出ると、先に取ってきておいたふかふかのタオルでぜいたくに身体を拭く。ここの兵士たちが一生懸命に洗濯したものだろうが、きみたちがぼくをこんなにしたのだ。これくらい迷惑料ということで文句はないな。
 入浴をすませたあと、兵舎内の寝室らしき部屋で兵士の軍服をあさり、サイズの合ったものをいただいた。もし逃げ遅れたやつに出くわしたとき、囚人服より軍服のほうが怪しまれずにすむだろう。

 ……それで、どうするか。
 結局死も選べずに、船に乗って出ていくのか。また、ひとりで。

 電波を聞く限り、宇宙ではまだ戦闘が続いているらしい。民間船の大半は識別信号を出しっぱなしで、狙ってくださいと言わんばかりだ。
 艦船同士の通信は暗号化されていて分からないが、民間船の発する無線の悲鳴と怒号はたくさん入ってくる。どうも艦隊が守っていた防御ラインのひとつが突破されたらしく、そこから義勇団の戦闘船がなだれ込んでいるようだ。船どうしの進路が交錯し、衝突が相次いで破片が飛び散り、それがまだ生きている船の進路をふさいで逃げ場を失わせている。
 船内に突入されている、助けてくれ、と言ってきた船がある。言葉になってはいるが、声はほぼ悲鳴だ。船内の光景は言われなくてもみえる。これは「異能」じゃない、ぼくの「経験」だ。

 そうだろう、つらいだろう。こわいだろう、痛いだろう。
 軽巡に乗せられているとき、尋問してきたやつが言っていた。自分の娘は脳と心臓を引き出されてナイフで突き刺してあった、と。
 だいぶ慎重な団員がやったのだろう。殺せと命令されている以上は殺すしかない。だがもし中途半端に重傷を負わせて、そいつが死なないでいたら――

 そのまま放置する団員は多い。そいつのことは無理にでも忘れて、とにかく次のやつを殺しに行く。生きている相手が多いほど、自分たちが反撃され殺される可能性が高いのだから。
 だが、少なくない数の団員が、脳や心臓を徹底的に破壊する。
 殺す以外にとれる選択肢がないからだ。相手がどうせ死ぬのであれば、なるべく短時間で確実に殺した方が苦しみが少ない。理想は即死。最悪なのは、殺し漏れ。意識があって苦しいのに放置された人間はこの世で最も強い苦痛をあじわう。
 脳と心臓をぶっ刺した団員も、そう思っていたのだろう。

 それはいちおう相手のためであり、そしてなにより自分のため。そういうことをするのはたいてい、苦しむ人を見るのがつらい団員だ。確実に殺して苦しむ間もなく死んだから、こいつはつらくなかった、これでよし、と。
 もちろん、その程度で本人が本当に納得しているはずがない。だからそういうやつから順番に、こころを壊して「臓器提供用生体」にされていく。

 いま頭上に広がる宇宙では、激痛に悲鳴をあげて殺される人々と、それを見て内心で悲鳴をあげつつ殺していく団員たちが入り乱れている。
 いったい何がしたいのか。互いに悲鳴をあげて苦しみに転げ回って。殺されたくないが殺される人間と、殺したくないが命令により殺す人間。殺すのをやめれば、みんな救われるのに。
 だが義勇団員は、上層部からの命令には逆らえない。少しでも違反すると「臓器提供用生体」にされるし、その違反の内容さえ通知されないから、何をしたらダメなのかも分からない。生きるためには、とにかく従うしかない。
 上層部を止めさえすれば戦闘は止まるだろうが、団員のなかで上層部とやらの人間に会ったやつはいない。命令は通信で届くが、どこから発信されているか分からない。戦闘結果の報告も指定された方法で送信するだけ。どこに存在するかさえ分からない上層部とやらをどうやったら止められるのか。

 誰にも止められない。世の中には、義勇団の暗号を解読すればどこで誰が指揮をとっているか分かると妄言している奴もいるが、その暗号通信を受信している団員にさえ分からないものを――

「……」

 ……この戦闘はもう止められない。
 頭上を逃げ惑う宇宙船は、ほとんどみな助からない。この国は、いまここで滅ぶ。

 団員達も助からない。この戦闘を生き延びても、次の戦闘に駆り出されるだけ。いつか身体かこころを壊して、死亡するか「臓器提供用生体」にされる。いま団員になってしまっている者は、どのみち身をすり潰す以外の未来はない。

 でも、もし――
 未来の戦闘を止められるとしたら。

 義勇団の行動を予測して先手を打てば被害は抑えられる。さらにその上層部の存在を暴き出して叩き潰せば、義勇団そのものの行動が止まる。
 そんな妄想が通れば、の話だが――そうなれば義勇団に殺される者はいなくなり、新規団員として連れ去られる者もいなくなる……

 だれかが妄言していた。義勇団の暗号を解読すればどこで誰が指揮をとっているか分かる、と。

 団員でさえ、そんなことは分からない。
 だが外部の人間なら、どうだろう。団の規則など関係なく、反抗しても「臓器提供用生体」にされない外部の人間なら。

「……」

 もしかして、いまここは……
 歴史の、転換点なのではないか――

 義勇団の活動が始まったのは250年ほど前とされている。この先何百年やっていくつもりか知らないが――もしかするといま、この星でそれを断ち切るきっかけを作れるかもしれない。もし成功すれば、義勇団はなくなり、この世のすべてが平和な海にもどる。

 思い上がりも甚だしいが、どうやら――それはぼくにしかできないらしい。

「……」

 この世のすべてが平和な海に――

「……」

 やって、みるか。

・・・・・・

 兵舎内で入手した軍施設の見取り図をもとに、総司令部を目指す。その方向にある建物だけ照明がついているが、消し忘れか。電波に耳を澄ますと、大型発電機らしい雑音がわずかに聞こえる。
 総司令部の人員たちはおそらく、後になってから残っていた艦に乗って宇宙へ出ていった。インフラが止まった後もしばらくここに居ただろうから、非常用発電機を使っていたとしてもおかしくない。

 「異能」を使って、地を駆ける。一歩地面をなでるだけで、20メートルは進んでいく。地面すれすれを飛行しているような感覚だ。
 舵を切るイメージで針路を変え、明かりのついた建物へ。手前にあった高い壁は、片足で踏み切って飛び越えた。
 正面玄関らしい場所で急停止して「異能」を切る。目の前の扉にゆっくり歩み寄ると、その分厚い自動扉はゴトゴトと開いた。
 内部の照明はきっちり点灯している。廊下のどこを見ても、塵ひとつない。軍隊らしく、徹底的に清掃していたようだ。
 おそらくぎりぎりまで指揮をとり、最後に出ていったのだろう。電源を落とすと真っ暗になるし、あの重そうな自動扉も開かないかもしれない。どうせ残った人間はいないという判断で、電気をつけたまま放棄していったようだ。

 さて、ぼくがほしい「データ」はどこだ。
 勢いでここまで来てしまったが、その「データ」にプロテクトがかけてあったら何もできない。

 ちょっと困りながら歩いていると、開いたままの自動扉に出くわした。電気が来ているから自動で閉まるはずなのに。ドア横のモニターにはエラー表示が出ている。
 なんだ、異物を噛んでいるのか。ペンが1本、隙間に挟まっている。

 ドア上のプレートには「第1作戦室」とある。

 室内へ入ってみると、そこはたった今まで作戦指揮を行っていたかのような光景が広がっていた。
 中央の大型モニターが示しているのは船の配置。星系内の天体の軌道が実線で描かれている。破線はおそらく防衛ライン。そこに艦艇が並べられている。その先に大挙して現れているのが義勇団の船団か。1級戦闘船の表示もある。あれは義勇団最強の戦闘船だ、戦艦を出さないと対処できない。
 この情報はもう古いだろうが、いちおう頭に入れておこう。
 室内のモニターはすべて点灯したままだ。そのうちひとつを覗いてみると――

 これ――暗号だな。しかも見たことがある形式だ。
 端末を操作し、展開中のデータをみる。

 やはり――

 ここで義勇団の暗号解読を試みていたようだ。過去の履歴を見てみると、傍受したすべての暗号通信の解読に成功している。完全に暗号を読めている。

 そして――その基になる暗号表は、端末内に展開されたままだった。

 フォルダ内をひとつひとつ確かめていく。うん、確かにぼくが持ってきた暗号表だ。ちゃんと全部揃っている。
 床に転がっていた小型メモリーを端末に挿し、データをコピーする。暗号表自体はそこまで容量をとらないから、これで十分収まった。

 これが……
 このちいさなメモリーに収まったデータが、歴史を――

 義勇団員では、義勇団の活動を止めるなどできるはずがない。「異能持ち」のぼくでさえ、おそらく無理だろう。
 でも、かつて誰かが妄言した、「義勇団の暗号を解読すればどこで誰が指揮をとっているか分かる」……それが、本当にできたならば。

 ひとりやふたり、10人や20人、いや1億人集まっても無理だろう。

 でも、人類全員の集合知と人海戦術のちからは、未知数だ。
 みんなの手に、義勇団の暗号表をゆだねたなら、あるいは……

 そして――

 いまぼくの手のなかにある暗号表、これをここから全世界に向けて発信すれば、いずれ全人類に届く――!

 義勇団だって、そう簡単に暗号を変更できない。全宇宙に展開する戦闘船に補助船舶、地上の工作員や秘密偵察員など。この全員に対して新たな暗号表を同時に渡すことなど不可能だ。暗号変更時には、新しい暗号を知っている者とそうでない者が混在し、一時的に両方の暗号を使わざるを得ない。
 義勇団が暗号を変えたなら、人々は古い暗号を解読したうえで同時に送られた新しい暗号と照らし合わせれば、新暗号の内容が分かる。完全には解読しきれないかもしれないが、ある程度でも中身が読めればそれでいい。
 いまぼくの手のなかにある暗号表が全世界に共有されれば、義勇団は事実上暗号通信ができなくなる。そして全世界の人間が通信を読んで元をたどれば、いつか誰かが、義勇団の司令部の所在を暴き出し、打ち倒すかもしれない。
 そうなれば、義勇団は命令者を失って活動を止める。おそらくは、永遠に。

 全世界へ向けての発信――恒星間通信は、電波では無理だ。魔法通信に頼る必要がある。できるだけ遠くまで届く、大出力の通信魔法を出さなくては。
 端末を操作し、探す。軍の総司令部だ、恒星間通信用の送信設備くらいあるはずだ。どうやってやればいい、ここから操作できるのか。

「うわ……」

 思わず声が出てしまった。
 端末の表示によれば、大出力魔法通信はこの建物からは発信できないらしい。

 施設内に魔法送信所というのがあるそうだが、そこに電源はあるのか。そこから送信施設本体までのケーブルの電力は?
 端末で表示した施設内の見取り図――この施設から少し離れた飛び地に、魔法通信用の通信塔が建っているらしい。非常電源と、魔力タンクの表示もある。

 そこに行こう、直接やってやる。
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