5 / 5
5:そして始まる恋の予感
しおりを挟む
結局クリスは翌週の成人の儀を欠席し、国に無断で戻ったそうだ。成人の儀の主役だっただけに、各方面で大ひんしゅくを買ったが、流石王子だけあって罸も何もなかったそうだ。
ただし、クリスの評判は地に堕ちた。そのおかげで相対的に婚約破棄を合意の下、事前に行っていた私の評価は一転した。
落ちぶれ王子を捨てた賢女として持ち上げられるようになったのだ。
そうして私の生活は少しだけ変わった。
まず、これまでは遠慮していたのか、それとも王子を捨てた女とやらを口説き落としてみたいのか、突然、沢山の男性から言い寄られる羽目になった。
勿論、全て断った。
ついでになぜか女子からも熱い視線を感じるようになったし、あのククリとかいう子もなぜか率先して私に話し掛けてくるようになった。
どうにも話を聞く限り、クリスは俺の女には絶対に手を出すなと周囲に強く言っていたそうだ。
なんてくだらない男だったんだろうか。
「お嬢様、しかし、なんで俺を」
私が、中庭のいつもの木の下に座っていると、傍らに私を護るように立っているグラディウスが今さらな事を言い始めた。
「貴方が、追放されたのは私のせいだからよ」
「……そんな事はないんだけどな」
グラディウスは約束通り、王子の行動や我が家の意思をその通りにマゴーシュ王家に伝えたようだ。だが、それによってマゴーシュ王は自身の息子のクリスではなく、私の立場を尊重したグラディウスを次第に厭うようになった。
更に、祖国で荒れに荒れていたクリスは、次第に酒にのめり込み、王家の金で酒場に入り浸るようになった。そうして出会った悪い仲間達と共に国際条約で禁止されている類いの薬の売買に手を出したそうだ。
クリスが犯罪者同然になったところをグラディウスが捕縛し、本来なら極刑なのを王族ということで免れ、王宮に幽閉されているという。もう、彼が表舞台に出てくる事はないだろう。そして、グラディウスは監督不行き届きという、なんとも理不尽な責任を取らされ、騎士長の辞任を強要されたのだ。
それは実質的な国外追放だった。
グラディウスは元々、それなりの名家の出身らしい。だけど、本人の気質的に貴族社会とは反りが合わず、若い頃に家を飛び出した。それからどういう経緯で騎士長になったかは定かではないけど、堅苦しい宮仕えを、馬鹿王子の尻拭いをこれ以上しなくてすむと、せいせいとしたそうだ。そして傭兵でもやるかと意気込んでいたグラディウスを、どこから聞き付けて来たのか、シャムが私の護衛として雇ったのだ。
『これからは、お嬢様に悪い虫が付くかもしれませんから。護衛がいないと、ですわ』
そう言って、悪そうに微笑むシャムの行動の意図を察して、私は溜息をついた。今回の婚約破棄のせいで、私の今後の婚約は難しいと聞いた。もはや政治的な力はほとんどないとはいえ、一国家の王家であるマゴーシュ家と事を構える気ほど力のある家はもう少ないのだろう。まあ、王子を捨てた女を迎え入れる度胸のある男がいるとも思えないしね。
父も母も、もはや諦めているように見えた。
結婚なんて当分は考えたくないから丁度良いとさえ思っている私だが――嘘偽りではない本当の恋を、少しだけしてみたいと思っているのも事実だ。
私はグラディウスの無精髭を見つめつつ、手のひらをひらひらと振った。
「とにかく、私に恩義は感じなくても良いから、しっかり護ってね。あ、そうだ、ねえグラディウス、私に剣を教えてよ。これからは女子も自分の身は自分で守る時代になるわよきっと」
私はそう言って立ち上がると、グラディウスが腰に差していた剣を抜いた。
見様見真似で構えてみる。剣って……結構重い……。
「ふむ……悪くないな」
「でしょ?」
「まだまだだけどな。しかし自分の身は自分で守るか……お嬢様らしく、俺は好きだぜそういうの。あの馬鹿王子のお守りするよりはずいぶんマシだ」
そう言ってグラディウスが肩をすくめた。最初は遠慮していたが、最近は私ともこうして気軽に話してくれる。
それが少し嬉しかった。
「マシって何よマシって」
私は怒ったフリをして頬を膨らませた。
「お転婆お嬢様の護衛も楽じゃないって事だよ」
グラディウスが私の背後に立つと、抱きしめるように手を私の前に回して、構えを直してくれた。そのちょっとした触れ合いが、決して嫌ではなかった。
「お転婆じゃないわ」
「そういう子に限ってそう言うんだよ……」
溜息をつくグラディウスを見て、私はなぜだか分からないけど心の奥に暖かさを感じた。
「それはそうかも。私がお淑やかになれるように精々祈ってなさい」
「俺は神を信じていなくてな。ま、剣を握っている時点で説得力はあんまりなさそうだが」
グラディウスの言葉を聞いて私は心から笑った。彼の優しく細められた目を見て、胸が高鳴る。
私の初恋は――苦い婚約破棄を経て……ようやく始まりそうなのだった。
ただし、クリスの評判は地に堕ちた。そのおかげで相対的に婚約破棄を合意の下、事前に行っていた私の評価は一転した。
落ちぶれ王子を捨てた賢女として持ち上げられるようになったのだ。
そうして私の生活は少しだけ変わった。
まず、これまでは遠慮していたのか、それとも王子を捨てた女とやらを口説き落としてみたいのか、突然、沢山の男性から言い寄られる羽目になった。
勿論、全て断った。
ついでになぜか女子からも熱い視線を感じるようになったし、あのククリとかいう子もなぜか率先して私に話し掛けてくるようになった。
どうにも話を聞く限り、クリスは俺の女には絶対に手を出すなと周囲に強く言っていたそうだ。
なんてくだらない男だったんだろうか。
「お嬢様、しかし、なんで俺を」
私が、中庭のいつもの木の下に座っていると、傍らに私を護るように立っているグラディウスが今さらな事を言い始めた。
「貴方が、追放されたのは私のせいだからよ」
「……そんな事はないんだけどな」
グラディウスは約束通り、王子の行動や我が家の意思をその通りにマゴーシュ王家に伝えたようだ。だが、それによってマゴーシュ王は自身の息子のクリスではなく、私の立場を尊重したグラディウスを次第に厭うようになった。
更に、祖国で荒れに荒れていたクリスは、次第に酒にのめり込み、王家の金で酒場に入り浸るようになった。そうして出会った悪い仲間達と共に国際条約で禁止されている類いの薬の売買に手を出したそうだ。
クリスが犯罪者同然になったところをグラディウスが捕縛し、本来なら極刑なのを王族ということで免れ、王宮に幽閉されているという。もう、彼が表舞台に出てくる事はないだろう。そして、グラディウスは監督不行き届きという、なんとも理不尽な責任を取らされ、騎士長の辞任を強要されたのだ。
それは実質的な国外追放だった。
グラディウスは元々、それなりの名家の出身らしい。だけど、本人の気質的に貴族社会とは反りが合わず、若い頃に家を飛び出した。それからどういう経緯で騎士長になったかは定かではないけど、堅苦しい宮仕えを、馬鹿王子の尻拭いをこれ以上しなくてすむと、せいせいとしたそうだ。そして傭兵でもやるかと意気込んでいたグラディウスを、どこから聞き付けて来たのか、シャムが私の護衛として雇ったのだ。
『これからは、お嬢様に悪い虫が付くかもしれませんから。護衛がいないと、ですわ』
そう言って、悪そうに微笑むシャムの行動の意図を察して、私は溜息をついた。今回の婚約破棄のせいで、私の今後の婚約は難しいと聞いた。もはや政治的な力はほとんどないとはいえ、一国家の王家であるマゴーシュ家と事を構える気ほど力のある家はもう少ないのだろう。まあ、王子を捨てた女を迎え入れる度胸のある男がいるとも思えないしね。
父も母も、もはや諦めているように見えた。
結婚なんて当分は考えたくないから丁度良いとさえ思っている私だが――嘘偽りではない本当の恋を、少しだけしてみたいと思っているのも事実だ。
私はグラディウスの無精髭を見つめつつ、手のひらをひらひらと振った。
「とにかく、私に恩義は感じなくても良いから、しっかり護ってね。あ、そうだ、ねえグラディウス、私に剣を教えてよ。これからは女子も自分の身は自分で守る時代になるわよきっと」
私はそう言って立ち上がると、グラディウスが腰に差していた剣を抜いた。
見様見真似で構えてみる。剣って……結構重い……。
「ふむ……悪くないな」
「でしょ?」
「まだまだだけどな。しかし自分の身は自分で守るか……お嬢様らしく、俺は好きだぜそういうの。あの馬鹿王子のお守りするよりはずいぶんマシだ」
そう言ってグラディウスが肩をすくめた。最初は遠慮していたが、最近は私ともこうして気軽に話してくれる。
それが少し嬉しかった。
「マシって何よマシって」
私は怒ったフリをして頬を膨らませた。
「お転婆お嬢様の護衛も楽じゃないって事だよ」
グラディウスが私の背後に立つと、抱きしめるように手を私の前に回して、構えを直してくれた。そのちょっとした触れ合いが、決して嫌ではなかった。
「お転婆じゃないわ」
「そういう子に限ってそう言うんだよ……」
溜息をつくグラディウスを見て、私はなぜだか分からないけど心の奥に暖かさを感じた。
「それはそうかも。私がお淑やかになれるように精々祈ってなさい」
「俺は神を信じていなくてな。ま、剣を握っている時点で説得力はあんまりなさそうだが」
グラディウスの言葉を聞いて私は心から笑った。彼の優しく細められた目を見て、胸が高鳴る。
私の初恋は――苦い婚約破棄を経て……ようやく始まりそうなのだった。
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
後悔などありません。あなたのことは愛していないので。
あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」
婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。
理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。
証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。
初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。
だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。
静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。
「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」
その言葉、今さらですか?あなたが落ちぶれても、もう助けてあげる理由はありません
有賀冬馬
恋愛
「君は、地味すぎるんだ」――そう言って、辺境伯子息の婚約者はわたしを捨てた。
彼が選んだのは、華やかで社交界の華と謳われる侯爵令嬢。
絶望の淵にいたわたしは、道で倒れていた旅人を助ける。
彼の正体は、なんと隣国の皇帝だった。
「君の優しさに心を奪われた」優しく微笑む彼に求婚され、わたしは皇妃として新たな人生を歩み始める。
一方、元婚約者は選んだ姫に裏切られ、すべてを失う。
助けを乞う彼に、わたしは冷たく言い放つ。
「あなたを助ける義理はありません」。
あなた方の愛が「真実の愛」だと、証明してください
こじまき
恋愛
【全3話】公爵令嬢ツェツィーリアは、婚約者である公爵令息レオポルドから「真実の愛を見つけたから婚約破棄してほしい」と言われてしまう。「そう言われては、私は身を引くしかありませんわね。ただし最低限の礼儀として、あなた方の愛が本当に真実の愛だと証明していただけますか?」
飽きたと捨てられましたので
編端みどり
恋愛
飽きたから義理の妹と婚約者をチェンジしようと結婚式の前日に言われた。
計画通りだと、ルリィは内心ほくそ笑んだ。
横暴な婚約者と、居候なのに我が物顔で振る舞う父の愛人と、わがままな妹、仕事のフリをして遊び回る父。ルリィは偽物の家族を捨てることにした。
※7000文字前後、全5話のショートショートです。
※2024.8.29誤字報告頂きました。訂正しました。報告不要との事ですので承認はしていませんが、本当に助かりました。ありがとうございます。
『君とは釣り合わない』って言ったのはそっちでしょ?今さら嫉妬しないで
ほーみ
恋愛
「……リリアン。君は、もう俺とは釣り合わないんだ」
その言葉を聞いたのは、三か月前の夜会だった。
煌びやかなシャンデリアの下、甘い香水と皮肉まじりの笑い声が混ざりあう中で、私はただ立ち尽くしていた。
目の前にいるのは、かつて婚約者だった青年――侯爵家の跡取り、アルフレッド・グレイス。
冷たく、完璧な微笑み。
でも、私を見下ろす瞳の奥には、うっすらと迷いが見えていたのを私は見逃さなかった。
「……そう。じゃあ、終わりね」
『お前とは結婚できない』と婚約破棄されたので、隣国の王に嫁ぎます
ほーみ
恋愛
春の宮廷は、いつもより少しだけざわめいていた。
けれどその理由が、わたし——エリシア・リンドールの婚約破棄であることを、わたし自身が一番よく理解していた。
「エリシア、君とは結婚できない」
王太子ユリウス殿下のその一言は、まるで氷の刃のように冷たかった。
——ああ、この人は本当に言ってしまったのね。
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる