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第1話:ジャバウォック
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「絶景ではないか。子兎が、今まさに理不尽に処刑される様は」
そんな言葉と共に、気持ち悪い複数の視線が、手足を縛られた私へと注がれた。
暗い地下室。まるでショーか何かのような台の上にいる私に濁った瞳を向けているのは、豪奢な服と動物を模した仮面を被った四人の男女だ。家業が少し特殊なだけで、ただの町娘である私に、彼等が何者か分かるはずもない。
だけど、台の下に転がっている――父さんやお母さんだったものを見れば、彼等が何者かなんてことは些細なことだ。
「ハア……ハア……は、早く、殺そう。も、もう我慢ならん! 早く血を!」
豚の仮面を被った太った男が、荒い息でそうまくし立てている。
「逸る気持ちは分かるが落ち着け。若い娘の死に際を見るのはいつだって快感だ。だからこそ……ゆっくりと時間をかけるべきだ。それが紳士の矜恃だろ?」
獅子の仮面を被った、筋骨隆々の男がそう言って、口角を歪めた。
「もし失敗したら……遺体は私が貰っても? 」
カラスの仮面を被った黒いドレスを着た女が、舐めるように私の全身を見つめてくる。ぞわりと鳥肌が立つ。
彼等の醜い欲望がこちらに向けられていると知り、恐怖よりも、怒りと悔しさがこみ上がってくる。
「なんで……なんで……」
「可哀想なアリス……ハーグリーヴの哀れな子兎……だが、いずれ君も分かる。これは……君の為なんだ」
彼等の真ん中に立っているのは、狼の仮面を被った比較的若い男だ。なんとなくだが、この男がこの集団の中心的人物であると分かる。
「〝我ら<議論する獣>に栄光を〟」
狼の仮面がそう宣言すると、他の者達も続いた。
「〝我ら<議論する獣>に栄光を〟」
「〝我ら<議論する獣>に栄光を〟」
「〝我ら<議論する獣>に栄光を〟」
その輪唱と共に――背後に風を感じた。
理不尽だ。なんで私が。
許さない。許さない許さない許さない。
例えこの身が地獄に堕ちようとも……獣と成り下がろうとも……必ず奴等に復讐を。
そう誓い、憎悪の炎を滾らせながら――
私、アリス・ハーグリーヴ、十六歳はこの日、首を斬られて死んだのだった。
☆☆☆
声が聞こえてくる。
『面白い魂だわ。身体のスペックが中身に追い付いていなかったのね……なんて不幸な』
誰?
『私が誰かなんてどうでもいいのよ。それより貴女、面白いことを考えていたわね。地獄に堕ちても……獣に成り下がってもいいと……そう言ったわね』
あいつらに復讐できるならね!
『そういう子、私は好きよ。ふふふ……良いわ、貴女の望み、叶えてあげる』
へ?
『その代わり……貴女の魂、私が貰い受けるわ。それまでは……その命、その力、上手く使いなさい』
待って! それってどういう意――
☆☆☆
「……はえ?」
気付くとそこは、霧が立ち込める路地裏だった。なぜか私は冷たい石畳の上に寝ていて、身体のあちこちが痛い。見上げれば、左右の建物の間から青ざめた月と街の上層部が見えた。大通りに並ぶ魔蒸ランプの明かりも届かないこの路地裏も、なぜかやけに明るく見える。
「私……死んだはずじゃ……」
微かな記憶で、死の間際に誰かと話した記憶があるけど……。
なんて考えていると私は背後から聞こえる音に気付き、振り向いた。
「あれ?」
しかしそこに人影はない。目をこらすと十数メートル先で、ネズミたちが走り回っていた。集中すると、そのネズミたちの足音どころか、鼓動まで聞こえてくる。
「どう……いうこと?」
前へと集中すると、路地の先にある大通りの音が鮮明に聞こえてくる。真夜中なせいか歩いている人はおらず、物乞いのかくイビキと、風によって転がる丸まった新聞紙の音、馬車から鳴る蹄と車輪の音が響く。
恐ろしいほどにクリアなそれらの音が聞こえ、さらにそれぞれの位置関係すらもうっすらと分かる。
それだけではない。空気の中に漂う色々な匂いが嗅ぎ分けられる。
こんな感覚は初めてだった。
「何が起きたの?」
やけに軽く感じる身体で立ち上がろうとした時、私はようやく気付いた。
「あ……れ?」
お尻の辺りに何やらモフモフポンポンが付いていることに。
「なにこれ……」
立ち上がった私は、路地に面した窓に反射する自分の姿を見て、更に声を上げた。
「う、ウサギになってる!?」
そこには白ウサギを擬人化したような姿の少女が映っていた。
お母さん譲りの金髪が真っ白になって、お父さんと同じだった碧眼が真っ赤に染まっている。頭部にはウサギのような耳が生えているが、顔は私のままだ。お尻にはモフモフの白い尻尾が付いており、痩せていたはずの私の身体もなんだかいろんな部分……太ももとか胸とかお尻とかが……一回り二回りほど大きくなっている気がする。
そうして私は死に間際の会話を思い出したのだった。
「そりゃあ、獣に成り下がっても良いから復讐したいとは言ったけども……確かにウサギは好きだけどさ……ウサギになりたいなんて一言も言ってないよ!!」
しかし結果として、ウサギになれたのは――私にとって何よりの幸運だった。
なぜなら。
「あ、跳べそう」
私は力を込めて地面を蹴っただけで路地裏から飛び出し、十数メートル上の屋根へと着地できた。
かつての私は、少し歩いただけで息が上がり、フォークよりも重い物を持つとそれだけで筋肉痛になってしまうほど貧弱だった。それとは比べ物にならないほど――この身体はよく動いた。
「凄い……動く! 身体が自由に! なんて軽いんだろう!」
あの、重く苦しい身体から脱却できたこと嬉しくて、私は屋根の上を次々と飛び移っていく。
怖いほどに大きな満月を背景に、私はこの魔蒸と霧に沈む、二層に分かれた大都市――ロンドの空を舞った。
王族や貴族といった上流階級のみが住むことを許される上層部から、大量に排出された魔蒸と霧がまるで滝のようにこの下層部に流れ込んでいる。
「これなら……この身体なら! あいつらを――殺せる」
両親はあの仮面の者達を最初、依頼者だと言っていた。つまり、騙されたのだろう。そしてなぜか無関係の私まで殺された。
だから私は瞳を真っ赤に光らせて、家訓を思い出したのだ。
【ハーグリーヴ家、家訓】
〝依頼人を裏切るべからず。だが依頼人の裏切りは……一切の容赦なく断罪せよ〟
「断罪……しないと。あいつらを……殺さないと」
そんなことを呟きながら――私はロンドの夜を駆けた。
こうして私の復讐が――始まったのだった。
☆☆☆
【作者よりお知らせ】
新連載となります!お気に入りなどしていただけたらモチベーションアップに繋がりますので、よろしくお願いします!! 更新頑張るよ!
そんな言葉と共に、気持ち悪い複数の視線が、手足を縛られた私へと注がれた。
暗い地下室。まるでショーか何かのような台の上にいる私に濁った瞳を向けているのは、豪奢な服と動物を模した仮面を被った四人の男女だ。家業が少し特殊なだけで、ただの町娘である私に、彼等が何者か分かるはずもない。
だけど、台の下に転がっている――父さんやお母さんだったものを見れば、彼等が何者かなんてことは些細なことだ。
「ハア……ハア……は、早く、殺そう。も、もう我慢ならん! 早く血を!」
豚の仮面を被った太った男が、荒い息でそうまくし立てている。
「逸る気持ちは分かるが落ち着け。若い娘の死に際を見るのはいつだって快感だ。だからこそ……ゆっくりと時間をかけるべきだ。それが紳士の矜恃だろ?」
獅子の仮面を被った、筋骨隆々の男がそう言って、口角を歪めた。
「もし失敗したら……遺体は私が貰っても? 」
カラスの仮面を被った黒いドレスを着た女が、舐めるように私の全身を見つめてくる。ぞわりと鳥肌が立つ。
彼等の醜い欲望がこちらに向けられていると知り、恐怖よりも、怒りと悔しさがこみ上がってくる。
「なんで……なんで……」
「可哀想なアリス……ハーグリーヴの哀れな子兎……だが、いずれ君も分かる。これは……君の為なんだ」
彼等の真ん中に立っているのは、狼の仮面を被った比較的若い男だ。なんとなくだが、この男がこの集団の中心的人物であると分かる。
「〝我ら<議論する獣>に栄光を〟」
狼の仮面がそう宣言すると、他の者達も続いた。
「〝我ら<議論する獣>に栄光を〟」
「〝我ら<議論する獣>に栄光を〟」
「〝我ら<議論する獣>に栄光を〟」
その輪唱と共に――背後に風を感じた。
理不尽だ。なんで私が。
許さない。許さない許さない許さない。
例えこの身が地獄に堕ちようとも……獣と成り下がろうとも……必ず奴等に復讐を。
そう誓い、憎悪の炎を滾らせながら――
私、アリス・ハーグリーヴ、十六歳はこの日、首を斬られて死んだのだった。
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声が聞こえてくる。
『面白い魂だわ。身体のスペックが中身に追い付いていなかったのね……なんて不幸な』
誰?
『私が誰かなんてどうでもいいのよ。それより貴女、面白いことを考えていたわね。地獄に堕ちても……獣に成り下がってもいいと……そう言ったわね』
あいつらに復讐できるならね!
『そういう子、私は好きよ。ふふふ……良いわ、貴女の望み、叶えてあげる』
へ?
『その代わり……貴女の魂、私が貰い受けるわ。それまでは……その命、その力、上手く使いなさい』
待って! それってどういう意――
☆☆☆
「……はえ?」
気付くとそこは、霧が立ち込める路地裏だった。なぜか私は冷たい石畳の上に寝ていて、身体のあちこちが痛い。見上げれば、左右の建物の間から青ざめた月と街の上層部が見えた。大通りに並ぶ魔蒸ランプの明かりも届かないこの路地裏も、なぜかやけに明るく見える。
「私……死んだはずじゃ……」
微かな記憶で、死の間際に誰かと話した記憶があるけど……。
なんて考えていると私は背後から聞こえる音に気付き、振り向いた。
「あれ?」
しかしそこに人影はない。目をこらすと十数メートル先で、ネズミたちが走り回っていた。集中すると、そのネズミたちの足音どころか、鼓動まで聞こえてくる。
「どう……いうこと?」
前へと集中すると、路地の先にある大通りの音が鮮明に聞こえてくる。真夜中なせいか歩いている人はおらず、物乞いのかくイビキと、風によって転がる丸まった新聞紙の音、馬車から鳴る蹄と車輪の音が響く。
恐ろしいほどにクリアなそれらの音が聞こえ、さらにそれぞれの位置関係すらもうっすらと分かる。
それだけではない。空気の中に漂う色々な匂いが嗅ぎ分けられる。
こんな感覚は初めてだった。
「何が起きたの?」
やけに軽く感じる身体で立ち上がろうとした時、私はようやく気付いた。
「あ……れ?」
お尻の辺りに何やらモフモフポンポンが付いていることに。
「なにこれ……」
立ち上がった私は、路地に面した窓に反射する自分の姿を見て、更に声を上げた。
「う、ウサギになってる!?」
そこには白ウサギを擬人化したような姿の少女が映っていた。
お母さん譲りの金髪が真っ白になって、お父さんと同じだった碧眼が真っ赤に染まっている。頭部にはウサギのような耳が生えているが、顔は私のままだ。お尻にはモフモフの白い尻尾が付いており、痩せていたはずの私の身体もなんだかいろんな部分……太ももとか胸とかお尻とかが……一回り二回りほど大きくなっている気がする。
そうして私は死に間際の会話を思い出したのだった。
「そりゃあ、獣に成り下がっても良いから復讐したいとは言ったけども……確かにウサギは好きだけどさ……ウサギになりたいなんて一言も言ってないよ!!」
しかし結果として、ウサギになれたのは――私にとって何よりの幸運だった。
なぜなら。
「あ、跳べそう」
私は力を込めて地面を蹴っただけで路地裏から飛び出し、十数メートル上の屋根へと着地できた。
かつての私は、少し歩いただけで息が上がり、フォークよりも重い物を持つとそれだけで筋肉痛になってしまうほど貧弱だった。それとは比べ物にならないほど――この身体はよく動いた。
「凄い……動く! 身体が自由に! なんて軽いんだろう!」
あの、重く苦しい身体から脱却できたこと嬉しくて、私は屋根の上を次々と飛び移っていく。
怖いほどに大きな満月を背景に、私はこの魔蒸と霧に沈む、二層に分かれた大都市――ロンドの空を舞った。
王族や貴族といった上流階級のみが住むことを許される上層部から、大量に排出された魔蒸と霧がまるで滝のようにこの下層部に流れ込んでいる。
「これなら……この身体なら! あいつらを――殺せる」
両親はあの仮面の者達を最初、依頼者だと言っていた。つまり、騙されたのだろう。そしてなぜか無関係の私まで殺された。
だから私は瞳を真っ赤に光らせて、家訓を思い出したのだ。
【ハーグリーヴ家、家訓】
〝依頼人を裏切るべからず。だが依頼人の裏切りは……一切の容赦なく断罪せよ〟
「断罪……しないと。あいつらを……殺さないと」
そんなことを呟きながら――私はロンドの夜を駆けた。
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