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第7話:二丁一式回転弾倉型蒸機銃短剣〝ハンプティ・ダンプ
しおりを挟む上層部、ベイルグレイヴィア――〝落星邸〟
「うーん……」
翌日。
私は暖炉の前のソファに昼間から寝っ転がっており、ターゲットの写真を見つめた。脇にはターゲットとなる老婦人についての資料と、開封厳禁の封筒が雑に置かれている。
耳も尻尾も出しっぱなしで唸る私を見て、やってきたベアトリクスが笑った。
「どうしたの、アリス。さっきからうーうー言って」
「うーうーは言ってない。いやね、これ、どういう試験なんだろうなあって。だって……この人、一般人だよ」
ターゲットの名は、ミレイユ・サマセット、齢六十四。サマセット孤児院の院長であり、資料にある経歴を見ても普通の人どころか、善人である。若い頃から孤児達の世話をしており、苦労して孤児院を建てた聖人のような人だ。
彼女が死ねば悲しむ人や子が沢山いるだろうし、孤児院は閉鎖されるかもしれない。
「分かりやすい、選別方法ね」
「選別方法?」
「アリス、貴女もこの言葉を知っているでしょ?〝依頼を私情で受けてはならない、依頼を私情で拒否してもいけない〟」
それは、ハーグリーヴの家訓だった。
「つまり……出された依頼は、ターゲットがなんであろうと、非情になれってこと?」
「そういうこと。きっと、貴女に家族が残っていれば、それがタ―ゲットにされていたかもね」
「なるほど……ってことはマヒューのターゲットもそういう相手か」
「おそらくね。暗殺者はそれぐらいの覚悟がないと」
ベアトリクスがそう言って、私の横に腰掛けた。私は彼女の細い太ももの上に頭を乗せてその綺麗な顔を見上げた。
「ターゲットがビーチェでなくて良かった」
「ふふ、嬉しいこと言うわね」
ベアトリクスが嬉しそうに私の白髪を撫でた。
「アダムさんを殺すのはめんどくさそうだから」
「……前言撤回するわ。そうだった……アリスはそういう子だったわね……」
ベアトリクスが盛大にため息をついた。間違ったことは言っていないんだけどなあ。
「それで? 冷酷なアリス様は別にこの素晴らしい老婦人を暗殺することに躊躇なんてしていないのでしょ?」
「もちろん。今日の夜には行こうと思っているけど……なんか引っかかるのよねえ」
「……そういう勘は大事にした方がいいわ。なんせアイギスの試験なんだもの。一筋縄ではいかないわ」
「ま……何が出てきても殺せば良いだけだから……分かりやすい」
私は笑みを浮かべながらベアトリクスをまっすぐに見つめた。
「ええ。その通りよ、私の可愛い子兎」
ベアトリクスがそう言って、私の頬を両手で包み込んだ。ひんやりとした彼女の指が心地良い。
「――アリス様。今夜の暗殺に向けて、武器や道具を用意しておりますので、のちほど地下の工房へいらしてください」
丁度紅茶とビスケットを持ってきたアダムさんの言葉に私は腹筋だけで起きあがると、目を輝かせた。
「武器! 今すぐ見たい!」
「ほほほ……まずは紅茶が先ですな。せっかくのお茶が冷めてしまう。焦らずとも……最高の装備を用意しておりますから」
「……はーい」
私はそわそわしながら、ベアトリクスと午後の紅茶を楽しんだのだった。
☆☆☆
〝落星邸〟の地下には、アダムさん専用の工房があった。射的場もあって、中々に広い。
「一通りの武器を揃えてみました。全て最新鋭の魔蒸機関を組み込んでいます。専用のアサシンドレスと連動させることで魔蒸はある程度の時間は供給できます」
「うーん……この服……ちょっとなあ」
私はアダムさんの用意してくれた、アサシンドレスと呼ばれる暗殺者向けの魔蒸供給機関付きの機能服を試しに着たのだが……。
それは黒いぴっちりとしたボディースーツで露出は一切ないのに、なんかこうエロティックなのだ。胸や足や腕など重要な部分は軽い金属で出来たアーマーが付いているので最低限の防御力はありそうだけども……。背中には圧縮された魔蒸が詰まったボンベとそれを各部に供給する歯車と細いパイプが目立つ魔蒸機関が、腰の左右には使用済みの魔蒸を排気する排気管がそれぞれに二本ついているが、重さは気にならない。
頭には耳を出せる穴がついた、つば付きのキャスケット帽子のような形状の兜があり、耳を出していても、一見すると帽子の装飾のように見える。またボタンを押すと、顔を隠すバイザーが降りてくるので便利は便利だ。
「魔導繊維を防刃防弾仕様に織っていますので、見た目以上に防御力はある上に軽く、アリス様の動きを阻害しないので動きやすいはずです。更に魔蒸機関を始動させることで武器への魔蒸供給や、脚甲や背中のブースターから魔蒸を噴射することで、加速もしくは短時間ですが、飛行することも可能です」
「いや、それはそうなんだけど……なんか恥ずかしい……」
「誰に見られるわけでもないですから。魔導繊維によってある程度迷彩効果もありますゆえ」
正直言うと、機能は凄い。さっき試したところ、ただですら高い私の身体能力によって、化け物みたいな動きができるようになっていた。
だけど、とにかく恥ずかしい。多少はアーマー部分で隠されているとはいえ……十代の乙女が着るには少々辛い。
「……良くお似合いですが?」
真顔でそう言うアダムさんはひょっとしたら変態かもしれない……あとでベアトリクスに報告しておこう。
どうせ、ベアトリクスはこの格好を見たら笑って、〝似合っているわよアリス〟とかなんとか言うだけだと思うけど。
「アサシンドレスを気に入っていただけて恐縮です。では、次は武器を」
「いや気に入ってはいないけど」
「武器は一通り使えると仰っていたのは、正直半信半疑でしたが……お見事ですな」
私が試し撃ちした痕が残る的を見て、アダムさんが目を細めた。
「身体さえ動けば、余裕だよ」
「近接戦闘は私が直に見てますゆえに省略しますが……やはりその身体能力を生かすには接近戦は必須。なので、依頼によって都度武器は提供致しますが……基本的にはこれを常備していただこうかと思っております」
そう言って、アダムさんが取り出したのは――黒いダガーと、それと同じ見た目で刀身が白いダガーの二本だ。
幅広の刀身と、少し湾曲した柄。鍔の部分には歯車が複雑に絡み合っており、排気管が柄の方へと伸びている。何より握りの部分にはトリガーが付いており、刀身の根元には弾倉が、刀身に沿って銃身がくっついている。
最近、流行っているリボルバー銃とダガーが合体したような姿だ。
「これは……」
「スミス&ワーズワース工房最新鋭のリボルバー蒸機銃〝エッグノック〟と名工〝サム・エズライト〟作のダガーを組み合わせた、アリス様専用に調整した蒸機武器です。いやあこれを作るのに苦労しました」
アダムさんがしれっとそんな事を言うが、私の父さんですら既存の武器を自分好みにチューンアップする程度でここまでの改造はできなかった。
アダムさん……一体何者なんだ……。
「アサシンドレスから供給される魔蒸をその鍔の機関にて弾に生成することで、弾丸のリロードは不要。その威力は虎の頭をも一撃で吹っ飛ばすほどですが、反動は――」
私が聞くより早いとばかりに言葉の途中でそのダガーを掴むと、背中の魔蒸機関から魔蒸が繊維を通ってダガーまで運ばれ、内部機関で弾へと変換される。すると歯車が回転し弾倉の六つのシリンダーへと弾が装填された。この間、僅か2秒。
私はトリガーを連続で引いた。魔蒸弾が蒸気の圧力のよって銃身から放たれ、的へと命中。六つの弾丸で輪を描いていく。
撃ち終わったあとに、再び魔蒸弾が弾倉に装填されていった。
「素晴らしい。六発撃つとリロードが必要ですが、二秒ほどで再び撃てるようになります。いずれはこの時間も短縮できるかと。ただし、有効射程距離は精々十メートルが限度でしょう。野外であれば更に短くなりますな」
アダムさんが優雅に手を叩きながら、頷いた。
「それだけあれば十分だけどね。でもちょっと反動が強いかなあ」
「片手で撃っておいてご冗談を。屈強な軍人でも片手では撃てない代物ですぞ」
だけど、悪くない。ダガーとしても少し重い程度で使いやすいし、銃としても申し分ない。
「ありがとうアダムさん。これの銘は?」
私の言葉にアダムさんが待ってましたとばかりに、笑みを浮かべた。
「二丁一式回転弾倉型蒸機銃短剣――〝ハンプティ・ダンプティ〟」
「気に入ったわ。良い名前ね」
「感謝の極み」
慇懃にお辞儀するアダムさんにしかし、ふと疑問に思ったことを問いかけた。
「でも、これって……リボルバーである必要はないんじゃ……」
「……さて、あとは任務時に使う道具ですが」
「あ、誤魔化した……」
アダムさんの説明が続いていく。
こうして私は必要ないとは思ったけど、試験的にフル装備で今夜の暗殺任務に挑むことした。
結果として――それは正解だった。
まさかあんなことになるとは……この時の私は想像すらしていなかった。
殺しの夜が――はじまる
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