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第3話:千の善行を
しおりを挟む「どうか……どうか俺を裁いてください……! 俺は神すらも目を背けるような大罪に加担していました!」
さっそく四貴族に殴り込みに行こうと息巻くステラエアの前に老人が立ち塞がり、そして伏して頭を床に擦りつけた。
どうやら老人に掛かっていた呪いは先ほどの一撃で全て吹き飛び、正気を取り戻したのだろうとヴァルは察した。しかしどうやら記憶はあるようで、自らがこれまで行ってきた凶行に耐えられず膝が折れたようだった。
ヴァルが、さてステラエア様はどうするかと思っていると、ステラエアがスッと前へと出て老人の肩へと手を置いた。
「顔を上げてください。ご老公、貴方のお名前は?」
「ダ、ダルランドです、聖女様!」
顔を上げた老人――ダルランドが涙目で顔を上げ、ステラエアを見つめた。
「では、ダルランド。良いですか、まず……死は決して救済ではありません。貴方が死んだところで罪は償えない。悪行は消せないのですよ。そんな逃避は――私が許しません」
ステラエアの優しくかつ苛烈な言葉に、ダルランドが目を伏せた。
「そんな……では俺はどうすれば……」
「百の悪行を行ったのなら、千の善行を行いなさい。貴方の悪行が砕けないほどの岩ならば、善行の山に埋もれさせれば良いのです」
「千の……善行」
「――貴方が落とし、間接的に命を奪った聖女達の死体は呪いのせいで今もなお朽ちず、あの穴の底に眠っています。おそらく呪いは全て私が吹き飛ばしてしまったので、やがて骨となるでしょう。だから彼女達をあの穴から出してあげてください。そして大地に埋めてやってください……出来れば、山と空が見える場所で。そして墓を作り、祈りを捧げなさい。それが今貴方に出来る、最大の善行です。穴の下へと続く階段はそのままにしておきます。ご老体では、大変な労働でしょうが……」
そこまで言うと、ダルランドは泣き始めた。
その嗚咽を聞きながら、ステラエアは彼の頭をそっと抱きしめたのだった。
「これだけを見れば、大聖女なんだけどなあ」
そう思わず呟いてしまったヴァルだったが――
「……何か言いましたか?」
ギラリと低温の視線を送ってくるステラエアからヴァルは急いで目を逸らした。
「いえ、何も」
「よろしい」
「せ、聖女様! 俺、やります! 墓を作って毎日祈りを捧げます! 大丈夫です! あの蜘蛛がいなくなったおかげで元気も出てきた! ほら! 曲がってた腰もこの通り!」
そう言って、ダルランドが立ち上がった。確かにその姿に、初対面の時のような弱々しい陰気な雰囲気はない。
「よろしくお願いしますね。さて、それでは、報酬をいただきましょうか」
そう言って、ステラエアがニコリと笑って手を差し出した。
「へ?」
報酬とは何のことだ? とばかりに呆気にとられるダルランド。
「救済の旅にはお金が必要ですから!! 大聖女のありがたいお話にはお金が発生するんです!! それが経済!! 一分につき、十ダリア金貨が発生したりします!」
ステラエアが目を爛々と輝かせ迫ってくるのを見て、思わずダルランドは後ずさってしまう。
「具体的に言えば、あの祭壇にあった宝石をいくつかを寄こしな――あ、ちょっとヴァル! 何するのよ!! まだ話終わってないわよ! 降ろしなさい!」
ヴァルはステラエアの言葉の途中でその細い腰をひょいと抱えると、そのまま外へと向かっていった。
「そんな詐欺師や説法士みたいなことしていたら教会本部に怒られますよ。何度も言いますが清貧がうちのモットーなんですから……それではダルランド老、お達者で」
そう言って去ろうとするヴァルに、ダルランドが何かを渡した。
「あ、あの供物は全て偽物なんです……ですからせめてこれを!」
それは、羊皮紙に描かれた地図だった。
「この国――ラムザンの地図です。四貴族の領地と王城の位置程度ならばこれで分かるかと思います」
地図を見てヴァルは頷くと、ダルランドへと頭を下げた。
「ありがたい。なんせ土地勘がないもので」
「それと……気を付けてください。四貴族は皆が、狂人です……決して人とは思ってはいけません」
「分かりました。ダルランド老も、くれぐれも気を付けて」
「はい。ステラエア様、ヴァル様。ありがとうございました」
神殿を出たあと、しばらく歩いてからヴァルが振り返っても――ダルランドはいつまでもいつまでも頭を下げ続けていた。
「――もう降ろしてよ。あの宝石が偽物と聞いたら急にやる気を無くしたわ」
ヴァルが無言でステラエアを降ろすと、彼女はぱんぱんとスカートの埃を払った。どうやらそれは彼女特有のクセのようだ。
「あの老人、あのまま置いてきて良かったのでしょうか」
草原の中を貫く舗装されていない道を歩きながら、ヴァルがポツリと呟いた。既に日は傾きかけており、真っ赤な夕日が辺りを燃えるような色に染めていた。
ここだけを見れば、平和で美しい光景だが……どこからともかく血と死の匂いが漂ってきていることに二人とも気付いていた。
「そうね。呪いが飛び散ったことを考えると、この周囲の村々も獣もただでは済まないでしょう。日の傾き具合からして既に私達があの神殿に入ってからざっと六時間以上は経っているでしょうし、呪いが何らかの形で影響を及ぼしているのは間違いないわ。あの老人が安全かと言うと……さてどうかしら。そこまでは面倒見切れないわ。この子の事も嫌がっていたし。護衛ぐらいにはなったのに」
その言葉に呼応するように、モゾモゾと手のひら大ほどの大きさの蜘蛛がステラエアの裾から這い出てきて、その細い肩の上に乗った。
「……俺だって、蜘蛛と一緒は嫌ですよ」
「あら? アラクネはもう呪いじゃないわよ? 獣でも人でもない存在……魔物、とでも呼ぶべきかしら。そういう類いのやつだから。それに良く見れば可愛らしいわよ?」
ステラエアはその蜘蛛をアラクネと名付けていた。どうやら呪いから産まれた存在らしいが、ステラエアの一撃によって悪なる部分が全て消え、今は人……というよりステラエアに忠実な存在になっていた。
「ううう……俺には近付けないようにしてくださいよ? しかし新たな生命まで産んでしまうほどの呪いですか。にわかに信じがたいです。呪いといえばヤイエスの物語が有名ですよね。呪いによって闇に沈んだ小国……でしたっけ」
「そうね。ま、おとぎ話みたいな物だけどね。案外、ここがその話の元となったのかも」
ヴァルが頷きながら地図を見つめた。
地図にはざっくりとした地理情報しか載っていないが、少なくとも現在地と目的地は分かった。
このラムザンという国は四方を山に囲まれた小国だ。中央に王城があり、その東西南北を守るように貴族達の領地があった。
そしてさっきまでいた神殿は地図の左下、つまり南西でありこの国の一番端にあった。
「ここからだと南の貴族か西の貴族が近いですね。どちらに行きますか?」
ヴァルの言葉に、ステラエアは無言でそれぞれの方向を見つめた。
南の貴族の方は、このまま草原の道をまっすぐ行けば辿り着きそうだ。見たところ、何の障害もない。
西の貴族の方はというと、鬱蒼とした森がその道を阻んでいた。
何より、遠目に見えるその森の頭上では大量の鳥らしき影が大群で渦を描くように飛んでいた。
「まもなく日が落ちます。森は危険かと」
「そうね――じゃあそっちで」
そう言って、ステラエアは大股でズンズンと森の方へと進んでいく。
「だと思いましたよ。まあ……どうせ死なないし夜も森もクソもないですしね……」
ヴァルはため息をつくと、ステラエアの頼もしい背中の後を追った。
これから二人が向かう先について……地図にはこう書かれていた。
【翠玉柱の森】――〝そこは美しき狩人、エルフ達が潜む深き森。つまりそれは魔術師ロトスの庭なり〟
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