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家に帰りついた私は、カバンを下ろし、ため息をつく。
空はもう、赤みがなくなり、深い青を帯びていた。
着替える前にご飯を食べようかな。そう思ってキッチンに向かったが、ふと冷蔵庫の前まで来て足を止めた。
ああ、私にご飯食べる資格ってあるのかな?
そう考えたら食欲が一気になくなり、キッチンの電気を消してクローゼットに向かった。
黒いトレーナーと黒いジーンズを身にまとう。そしてリビングにある仏壇の遺影に向かい合う。
「お母さん、お父さん。行ってくるね....」
私はそう告げて、テーブルに置いてある銃を手に取る。ああ、今からこの銃で人を殺めなければならないのか。
そんなことを考えながらも家を出て、指定されていた住所へと歩みを進めた。
ああ、今朝確認したジャージを着ている中年の男がいた。今から私はこの人をこの世界から消さなければならない。ごめんなさい、そう呟きながら私は男の前に歩み寄り、銃を向けた。
「お前は誰だ!?なにす__」
バンッバンッ
男の言葉を遮るように銃弾を放つ。
男の背中と地面に磁石がついているように、男が勢いよく倒れた。あたりには鼻を覆いたくなるような鉄のにおいと、深い深い赤の液体が水たまりを作った。
ああ、何度かいでも慣れない鉄のにおい。何度見ても決して、慣れることのない人の死。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい....」
謝ったって、後悔したって、見ず知らずの目の前の人の命はもう帰ってくることはない。そんなのわかってるのに。謝ったところで私のしたことに変わりはないのだから。
とりあえず私は自分の家へと帰った。
身にまとわりついて離れない鉄のにおいを、洗い流すためにシャワーを浴びる。
きっと、何十何百何千何万回同じことをしても、この身にまとわりつくにおいを、この世から消えていく人たちの顔を、呼吸を、声を、血を、忘れることはできないだろう。
残酷だがなにをしてもどれだけ自責の念に駆られても、人から奪ったであろう朝日が。明日が。やってきてしまう。
「最悪だ....」
私はシャワー室を出て、服を着て、そのままベッドに飛び込む。
頭の中でいろいろな感情がぐちゃぐちゃに混ぜ合わさっていく。ぐるぐると渦巻く思考の中で、私は意識を手放した。
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