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静寂の令嬢
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エリス・フォン・リーデル侯爵令嬢は、幼い頃から「静かな子」と呼ばれていた。
生まれつき病弱だったわけではない。ただ、泣き叫ぶことも、無邪気に笑い転げることも、ほとんどなかった。彼女の美しい金髪と青い瞳は、まるで人形のように整っていて、表情の変化も乏しかった。
屋敷の使用人たちは、最初こそ心配していたが、やがて「お嬢様はそういう方なのだ」と受け入れた。両親もまた、エリスの静けさを「気品」とみなし、無理に明るさを求めることはなかった。
社交界にデビューしたのは十三歳のとき。
初めての舞踏会で、エリスは一度も笑顔を見せなかった。周囲の令嬢たちが華やかに談笑し、若い紳士たちが軽やかに言葉をかけてくる中、エリスはただ静かに、礼儀正しく微笑みを浮かべることもなく、淡々と挨拶を返していた。
それでも、彼女の美貌と家柄は注目を集めた。多くの貴族が「リーデル侯爵家の一人娘は、まるで氷の彫像のようだ」と噂した。
エリス自身は、そんな評判を気にしたことがなかった。
彼女にとって、感情を表に出すことは、どうにも不器用で、無駄に思えたのだ。
「嬉しい」「悲しい」「腹立たしい」――そうした感情は、確かに自分の中にある。けれど、それを言葉や表情にすることが、なぜか難しかった。
父であるリーデル侯爵は、娘の静けさを「誇り」としていた。
「エリス、お前はお前のままでよい。感情を表に出すことが全てではない。大切なのは、誇り高く、品位を保つことだ」
母もまた、娘の静けさを「淑女の鏡」と褒めた。
そんなエリスに、婚約者が決まったのは十五歳の春だった。
相手は同じ侯爵家の令息、レオン・フォン・グレンデル。
レオンは明るく社交的で、誰とでもすぐに打ち解ける性格だった。エリスとは正反対の存在だったが、両家の関係もあり、婚約は自然な流れだった。
「エリス、君は本当に静かだね」
初めて二人きりで話したとき、レオンはそう言って笑った。
エリスはただ「そうかもしれません」と答えた。
レオンはその返事に少し戸惑ったようだったが、すぐに「でも、君のそういうところ、嫌いじゃないよ」と続けた。
それから数年、エリスはレオンと共に公の場に出る機会が増えた。
レオンはいつもエリスの隣で、明るく人々と会話をし、時折エリスに話を振った。
エリスは、必要最低限の言葉で返すだけだった。
「エリス様はお静かでいらっしゃるのね」
「レオン様が羨ましいわ、あんな美しい婚約者がいて」
周囲の令嬢たちは、羨望と皮肉を込めてそう囁いた。
エリスは気にしなかった。
だが、レオンが時折、寂しそうな顔をすることにだけは、気付いていた。
「君は、何を考えているのかわからないよ」
レオンがぽつりと呟いたとき、エリスは初めて、自分の静けさが誰かを傷つけているのかもしれないと思った。
それでも、エリスは変わることはできなかった。
感情を表に出すことは、彼女にとっては、どうしてもできないことだった。
その静けさの奥底には、誰にも見せたことのない激しい感情が、静かに燃えていることを、誰も知らなかった。
生まれつき病弱だったわけではない。ただ、泣き叫ぶことも、無邪気に笑い転げることも、ほとんどなかった。彼女の美しい金髪と青い瞳は、まるで人形のように整っていて、表情の変化も乏しかった。
屋敷の使用人たちは、最初こそ心配していたが、やがて「お嬢様はそういう方なのだ」と受け入れた。両親もまた、エリスの静けさを「気品」とみなし、無理に明るさを求めることはなかった。
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初めての舞踏会で、エリスは一度も笑顔を見せなかった。周囲の令嬢たちが華やかに談笑し、若い紳士たちが軽やかに言葉をかけてくる中、エリスはただ静かに、礼儀正しく微笑みを浮かべることもなく、淡々と挨拶を返していた。
それでも、彼女の美貌と家柄は注目を集めた。多くの貴族が「リーデル侯爵家の一人娘は、まるで氷の彫像のようだ」と噂した。
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彼女にとって、感情を表に出すことは、どうにも不器用で、無駄に思えたのだ。
「嬉しい」「悲しい」「腹立たしい」――そうした感情は、確かに自分の中にある。けれど、それを言葉や表情にすることが、なぜか難しかった。
父であるリーデル侯爵は、娘の静けさを「誇り」としていた。
「エリス、お前はお前のままでよい。感情を表に出すことが全てではない。大切なのは、誇り高く、品位を保つことだ」
母もまた、娘の静けさを「淑女の鏡」と褒めた。
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レオンは明るく社交的で、誰とでもすぐに打ち解ける性格だった。エリスとは正反対の存在だったが、両家の関係もあり、婚約は自然な流れだった。
「エリス、君は本当に静かだね」
初めて二人きりで話したとき、レオンはそう言って笑った。
エリスはただ「そうかもしれません」と答えた。
レオンはその返事に少し戸惑ったようだったが、すぐに「でも、君のそういうところ、嫌いじゃないよ」と続けた。
それから数年、エリスはレオンと共に公の場に出る機会が増えた。
レオンはいつもエリスの隣で、明るく人々と会話をし、時折エリスに話を振った。
エリスは、必要最低限の言葉で返すだけだった。
「エリス様はお静かでいらっしゃるのね」
「レオン様が羨ましいわ、あんな美しい婚約者がいて」
周囲の令嬢たちは、羨望と皮肉を込めてそう囁いた。
エリスは気にしなかった。
だが、レオンが時折、寂しそうな顔をすることにだけは、気付いていた。
「君は、何を考えているのかわからないよ」
レオンがぽつりと呟いたとき、エリスは初めて、自分の静けさが誰かを傷つけているのかもしれないと思った。
それでも、エリスは変わることはできなかった。
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その静けさの奥底には、誰にも見せたことのない激しい感情が、静かに燃えていることを、誰も知らなかった。
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