氷の人形と呼ばれた令嬢が、内なる炎の言葉で真実を語る

夢花音

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婚約破棄の宣言

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 春の柔らかな陽光が、リーデル侯爵家の応接間に差し込んでいた。  
 エリスはいつものように静かに椅子に腰かけ、窓の外に広がる庭園を眺めていた。  
 そんな折、侍女が控えめに扉をノックする。

「エリス様、グレンデル侯爵家のレオン様がお見えです」

 エリスは小さく頷き、静かに「通して」とだけ告げた。  
 ほどなくして、レオンが姿を現す。彼の隣には、淡いピンクのドレスを纏った見慣れぬ令嬢――クラリス・バルトン男爵令嬢が控えていた。

「ごきげんよう、エリス」

 レオンはどこか緊張した面持ちで挨拶し、エリスの向かいに腰を下ろす。クラリスは控えめに一礼し、レオンの隣に立ったままだ。

「今日は突然お邪魔してしまい、申し訳ない」

 エリスは静かに首を振る。

「お気になさらず。ご用件をお聞かせください」

 レオンは一度、深く息をつき、決意を固めるように言葉を紡いだ。

「エリス、僕は……君との婚約を破棄したい」

 その言葉が、応接間の空気を一瞬で凍りつかせた。  
 エリスは、まるで何事もなかったかのような静けさでレオンを見つめる。

「理由を、お聞かせ願えますか」

 レオンはエリスの反応に戸惑い、そして苛立ちを隠せない様子だったが、覚悟を決めて続ける。

「僕は……運命の人に出会ってしまったんだ。クラリス嬢が、その人だ」

 クラリスは、恥じらうように俯きながらも、時折レオンを見上げる。その目には、勝ち誇った色が浮かんでいた。

「君はいつも静かで、何を考えているのかわからない。僕は、もっと心を通わせられる相手が欲しいんだ」

 エリスは、静かにレオンの言葉を受け止めていた。その姿に、レオンはさらに苛立ちを募らせる。

「君は本当に冷たいよ。何を言っても、表情一つ変えない。まるで人形だ」

 クラリスが小さく微笑む。

「レオン様、もうよろしいのでは? エリス様のような方、貴方にはふさわしくありませんわ」

 エリスはゆっくりと立ち上がり、二人を見下ろす。その瞳は、氷のように冷たく澄んでいた。

「……なるほど。私の静けさが、お気に召さなかったのですね」

 エリスの声は、これまでになく鋭さを帯びていた。

「ですが、静かであることと、感情がないことは違います。私は、あなた方のように自分の欲望のままに他人を傷つけることはできません。しかし、私にも誇りがあります。家の名誉を守るために、あなたの数々の不義を黙認してきましたが、今日をもってその必要もなくなりました」

 レオンの顔色がみるみる青ざめていく。

「な、何を……」

「レオン様。あなたが昨年の舞踏会で他家の令嬢に無礼を働いたこと。クラリス様が裏で侍女を買収し、他人の噂を流していたこと。全て記録しております。証人もおります」

 エリスは淡々と、しかし一切の容赦なく告げる。

「私が黙っていたのは、家のため、あなたのためでした。ですが、もう遠慮はしません。あなた方のような方々が社交界にいること自体、害ですから」

 クラリスは顔を青ざめさせ、レオンは呆然とエリスを見つめた。

「ご安心ください。証拠はすでに各家に送付済みです。あなた方の行いが、どのような結末を迎えるか……ご自分でお確かめください」

 エリスは二人に向き直り、静かに一礼した。

「本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございました。どうぞお気をつけてお帰りくださいませ」

その言葉に、レオンとクラリスは顔を引きつらせたまま立ち上がる。エリスは扉の前まで歩み寄り、呼び鈴で侍女を呼ぶ。

「お客様を玄関までお送りして」

淡々とした口調でそう告げると、エリスは最敬礼で二人を見送った。
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