氷の人形と呼ばれた令嬢が、内なる炎の言葉で真実を語る

夢花音

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エリスの復讐

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夜会の大広間は、燦然と輝くシャンデリアと人々の華やかな談笑に満ちていた。しかし、その中心に佇むエリスの存在は、まるで静謐な湖面のように周囲の空気を引き締めていた。  
 婚約破棄の噂はすでに社交界中に広まり、誰もがエリスに、そしてレオンと新たな婚約者となったクラリスに注目していた。

 レオンとクラリスが連れ立って現れると、会場の空気がわずかにざわめく。  
 二人は自信に満ちた笑みを浮かべ、まるで勝者のようにエリスへと歩み寄ってきた。

「エリス様、ご機嫌いかが?」  
 クラリスが、わざとらしい優雅さで声をかける。  
 その瞳には、明らかな優越感が宿っていた。

「ご機嫌よう、クラリス様。レオン様も」  
 エリスは変わらぬ静けさで応じる。その声には一切の感情の揺れがなかった。

 レオンが、皮肉を込めて口を開く。「君も、もう少し感情を表に出したらどうだい? その方が、周りも安心するよ」  
 周囲の令嬢たちがくすくすと笑い、何人かはエリスを値踏みするような視線を向ける。

 エリスは、グラスを静かにテーブルに置いた。その仕草だけで、会場の空気が一変する。  
 彼女はゆっくりと二人に向き直り、澄んだ声で言葉を紡ぎ始めた。

「レオン様、クラリス様。お二人は本当にお似合いですわ。どちらも、下半身の緩さでは社交界随一ですもの」

 その一言に、会場全体が凍りついた。  
 令嬢たちの間からは驚きと興奮の混じったざわめきが広がり、貴族の紳士たちも思わずグラスを傾ける手を止める。  
 レオンの顔がみるみる赤くなり、クラリスは唇を震わせてエリスを見つめ返す。

「レオン様、“運命の人”を見つけたと仰いましたが、貴方の“運命”は毎月のように変わるのですね。新しい鉱山を手に入れた家の令嬢、財産目当ての未亡人、そして今度はクラリス様。愛の言葉も、ベッドの中でしか本気になれないのでは?」

 若い貴族たちが顔を見合わせ、何人かは苦笑を浮かべる。  
 レオンは何か言い返そうとするが、言葉が喉に詰まったように出てこない。

「クラリス様も素晴らしいわ。自分より美しい令嬢が現れると、その婚約者を“緩いお股”で誘惑し、侍女を使って悪い噂を流す。貴女の涙も、ほとんどが演技と噂されていますものね。貴女の“特技”は、令嬢の名誉を傷つけることと、男性を誘惑することだけですか?」

 クラリスの顔は蒼白になり、手が震え始める。周囲の令嬢たちは顔を見合わせ、何人かはクラリスからそっと距離を取る。

「私は“冷たい人形”と呼ばれてきましたが、少なくとも、貴方たちのように己の欲望のままに他人を弄ぶことはありません。お二人のように頭の中がお花畑で、欲望と虚栄心しかない方々が、社交界でどれほど軽蔑の的になっているか、ご存じないのでしょうね」

 エリスは冷ややかな微笑を浮かべ、会場を見渡した。  
 その視線は、まるで全員の心の奥まで見透かしているかのようだった。

「皆さま、どうぞご注意ください。彼らの言葉や微笑みの裏には、常に打算と欺瞞が潜んでいます。私が沈黙していたのは、家の名誉と、最低限の礼節のためでした。でも、これからは違います。真実を知り、どうかご自分の目で見極めてください」

 令嬢たちの間でささやきが広がり、数人がクラリスを睨みつける。若い貴族たちもレオンに冷たい視線を向け、誰も彼に近づこうとしない。

「レオン様、クラリス様。あなた方が“運命”を信じるのなら、どうぞ二人でその運命を背負ってください。裏切りと欺瞞の上に築いた関係が、どれほど脆いものか、いずれ身をもって知るでしょう」

 エリスは最後に、静かに一礼した。

「私はもう、お二人のような方に関わるつもりはありませんわ。ですが、今日この場で、お二人の“本当の姿”を皆さまにお見せできて、心から満足しております」

 エリスの痛烈な言葉が会場に響き渡った直後、空気は凍りついたまま動かない。  
 しかし、その静寂を破ったのは、伯爵夫人の冷ややかな声だった。

「まあ、なんてこと……。グレンデル家の令息とバルトン家の令嬢が、これほどまでとは。社交界の品位を損なう行為、見過ごせませんわ」

 続いて、他の貴族たちも次々と口を開く。

「やはり噂は本当だったのね」「あの令嬢、私の娘の縁談まで潰したのよ」「グレンデル家はもう終わりね」

 レオンとクラリスは、まるで逃げ場を失った獣のように立ち尽くす。  
 その時、会場の扉が静かに開き、グレンデル侯爵とバルトン男爵が厳しい表情で現れた。

「レオン、クラリス。お前たちの愚行は、すでに各家から正式に抗議が届いている。家門の名誉を傷つけた責任、決して軽くは済まされぬぞ」

 グレンデル侯爵の声は、怒りと失望に満ちていた。

「本日をもって、レオンは家督相続権を剥奪する。社交界への出入りも禁ずる。」

「クラリスも同様だ。バルトン家は、社交界からの追放を申し出る」

 その宣告に、会場の空気は一気に騒然となった。

 レオンは膝から崩れ落ち、クラリスは泣き叫ぶが、誰も彼らに手を差し伸べようとはしない。  
 かつて彼らが見下してきた令嬢たちは、冷ややかな視線を送り、誰一人として同情の色を見せなかった。

 エリスは一歩も動かず、ただ静かに二人を見下ろしていた。  
 その瞳には、もはや怒りも憐れみもなく、ただ冷たい静寂だけが宿っていた。

 こうして、レオンとクラリスは社交界から追放され、家門の名誉も、未来も、自らの手で失った。  
 彼らに残されたのは、互いへの不信と、絶望だけだった。
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