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1章
1話
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あの日から、一ヶ月が過ぎた。
“光の輪事件”のニュースはすでに下火となり、メディアは新しい話題に移っていた。
警察の捜査も打ち切られ、失踪者家族への説明会が開かれたが、得られたのは「原因不明」という言葉だけだった。
けれど、美月の時間だけは、あの日から止まったままだった。
毎晩、渉の部屋に入っては布団を整え、スマホを充電し、机の上を拭いた。
まるで、明日にでも帰ってくるかのように。
だが朝が来ても、部屋は静まり返っていた。
そしてある晩、ネットの片隅で、ひとつの書き込みを見つけた。
「あの日、光の中で見た。向こうに“城”があった」
「帰ってきた。あれは異世界召喚だった」
ふざけていると思った。だが、胸がざわついた。
もし、ほんの一滴でも真実が混ざっているなら――。
もしかしたら、渉は本当にどこかにいるのかもしれない。
異世界。
そんな非現実的な言葉を、これほど切実に信じたいと思ったのは生まれて初めてだった。
それでも行かなくてはと美月は思った。
母親なのだからと。
だが、どうやって行けばいい?
美月はネットを隅々まで探した。
「異世界への行き方」「召喚の条件」「光の輪を再現する方法」――。
満月の夜に鏡を三枚並べる方法、特定の周波数で瞑想する方法、
床に魔法陣を描いて祈る方法。
全部、試した。
けれど、行けるはずもなかった。
それでも、美月は諦めなかった。
科学で届かないなら、信仰にすがるしかない。
美月は信じている神に祈った。
寝食を忘れ、何日も。
マントラを唱え、掌を合わせ、息が荒くなるまで祈った。
口が疲れてうまく回らなくなり、やがて倒れるように眠った。
夢を見た。
雲の上を神が進んでいた。
天照大神と似たような髪型だが、それは天照ではないと理解できる。
その背後には何百という弟子や信者が静かに列を成し、美月はその末席でただ後をついて歩いていた。
目が覚めたとき、美月は思った。
――まだ足りないのだ。
それからも祈り続けた。
朝も夜も関係なく、ひたすらに。
再び夢を見た。
高い山を車で登っていく夢。
渓谷には翡翠で作られた龍、狼、蛇、猫が並び、その間を抜けて山頂を目指す。
目覚めたとき、美月はその意味を理解できなかった。
だから、また祈った。
そして三度目の夢を見た。
三人の男神が、祭りの日に音楽を売っていた。美月は迷わずその音楽を買い、耳を傾けた。神の旋律は清らかで、全てを正し、心を澄ませていくようだった。
目覚めたとき、音楽の調べは思い出せなかった。けれど、美月は確かに感じていた。
――これから、何かが始まる。
もし美月が消えても大丈夫なように、部屋を片付け、離れている身内にささやかな財産の管理をお願いする手紙を残した。最低限の荷物だけをまとめた。
異世界に行ってもすぐには死なないように――そんな準備まで。
武器はない。だが、覚悟だけはある。
そして、美月は自室の二階に戻り、静かに灯りを落として、その時を待った。
“光の輪事件”のニュースはすでに下火となり、メディアは新しい話題に移っていた。
警察の捜査も打ち切られ、失踪者家族への説明会が開かれたが、得られたのは「原因不明」という言葉だけだった。
けれど、美月の時間だけは、あの日から止まったままだった。
毎晩、渉の部屋に入っては布団を整え、スマホを充電し、机の上を拭いた。
まるで、明日にでも帰ってくるかのように。
だが朝が来ても、部屋は静まり返っていた。
そしてある晩、ネットの片隅で、ひとつの書き込みを見つけた。
「あの日、光の中で見た。向こうに“城”があった」
「帰ってきた。あれは異世界召喚だった」
ふざけていると思った。だが、胸がざわついた。
もし、ほんの一滴でも真実が混ざっているなら――。
もしかしたら、渉は本当にどこかにいるのかもしれない。
異世界。
そんな非現実的な言葉を、これほど切実に信じたいと思ったのは生まれて初めてだった。
それでも行かなくてはと美月は思った。
母親なのだからと。
だが、どうやって行けばいい?
美月はネットを隅々まで探した。
「異世界への行き方」「召喚の条件」「光の輪を再現する方法」――。
満月の夜に鏡を三枚並べる方法、特定の周波数で瞑想する方法、
床に魔法陣を描いて祈る方法。
全部、試した。
けれど、行けるはずもなかった。
それでも、美月は諦めなかった。
科学で届かないなら、信仰にすがるしかない。
美月は信じている神に祈った。
寝食を忘れ、何日も。
マントラを唱え、掌を合わせ、息が荒くなるまで祈った。
口が疲れてうまく回らなくなり、やがて倒れるように眠った。
夢を見た。
雲の上を神が進んでいた。
天照大神と似たような髪型だが、それは天照ではないと理解できる。
その背後には何百という弟子や信者が静かに列を成し、美月はその末席でただ後をついて歩いていた。
目が覚めたとき、美月は思った。
――まだ足りないのだ。
それからも祈り続けた。
朝も夜も関係なく、ひたすらに。
再び夢を見た。
高い山を車で登っていく夢。
渓谷には翡翠で作られた龍、狼、蛇、猫が並び、その間を抜けて山頂を目指す。
目覚めたとき、美月はその意味を理解できなかった。
だから、また祈った。
そして三度目の夢を見た。
三人の男神が、祭りの日に音楽を売っていた。美月は迷わずその音楽を買い、耳を傾けた。神の旋律は清らかで、全てを正し、心を澄ませていくようだった。
目覚めたとき、音楽の調べは思い出せなかった。けれど、美月は確かに感じていた。
――これから、何かが始まる。
もし美月が消えても大丈夫なように、部屋を片付け、離れている身内にささやかな財産の管理をお願いする手紙を残した。最低限の荷物だけをまとめた。
異世界に行ってもすぐには死なないように――そんな準備まで。
武器はない。だが、覚悟だけはある。
そして、美月は自室の二階に戻り、静かに灯りを落として、その時を待った。
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