息子を訪ねて何万光年?

夢花音

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1章

8話 完結

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美月は息を潜めてシステムボックスを開いた。中には、音も光も漏れないよう調整された、小型の解除器具だけが収まっている。手のひらに乗る薄型の脳波スキャナー、逆位相を作り出す小型ユニット、そして耳の後ろにそっと貼りつけるだけで内部に微弱な刺激を送れる導電パッチ。大きな機械も強い光もいらない。必要なのは、脳の奥に封じられた“支配の同期”をほんの少しだけ乱す、静かな裂け目だけだ。
「これで……少しは意識が戻るはずよ。ナミに作って貰って正解だったわ」
美月は小さく呟いた。
研究室で魔法陣の研究をしながら、いざ異世界に行った時の考えられる可能性を危惧していた。その中には当然"魅了"のような精神干渉魔法の可能性もあったのだ。対抗手段は万全にして来た。
そしてまずは、安全な拠点を作ることにした。地下の空間の奥の隅に持ってきたログハウスを設置した。自動的に認識阻害のシールドが展開してされる。物理攻撃はもちろん、異世界で魔法と呼ばれるエネルギーも遮断できる。ミナたちの科学は魔法陣から魔力をエネルギーとして認識できるシステムを作ったのだ。とりあえず安全な拠点を作り、ここに三人を連れてきて医療カプセルで治療しなければならない。美月は三人を助け出すために再び階段を上っていった。三人がいる部屋までくると美月は注意深くあたりを見回し、スルっと中に入った。相変わらず、ただ立っているだけの三人。渉と二人の勇者たちは、まるで魂を抜かれた彫像のように並んでいた。目線は揃って床を向き、まばたきも呼吸の波も、不自然なほど一定だ。人間らしい揺らぎが一切存在しない。渉の頬はこわばり、肌の温度さえ均一で、生き物のぬくもりが感じられない。渉へ近づく直前、再度周囲を確認し、耳裏にそっとスキャナーを当てる。振動は起こらない。光も出ない。ただ内部のスペクトラムだけが美月の視界に浮かぶ。支配の波形は深く、固まりのように彼らの意思を塞いでいた。
ここに逆位相を滑り込ませ、導電パッチで一気に広げる。やり直しは利かない。美月は息を止め、スイッチを押した。

逆位相が流れ込んだ瞬間、三人の肩が揃って小さく震えた。反射と言うには弱く、けれど完全な支配下では決して生まれない微細な“乱れ”だった。導電パッチを首筋に滑らせると、渉の指先がひくりと動いた。隣の二人も、まるで夢の縁をかすめるように微かなうめき声を漏らす。
それは、魅了の鎖に捉えられ眠っていた心が目覚めるようだった。
眠っていた彼らが、美月に気づこうとしている……そんな予感があった。

最初に崩れたのは渉だった。膝が抜けるように床へ落ち、両手で支えながら大きく息を吸う。目の焦点が合わず、揺れ、空気を掴むようにさまよった。
「……ここ……どこ……? え……俺……」
言葉はちぎれ、恐怖が混じり、まるで暗闇から無理やり引き上げられた幼い子どものようだ。
隣の一人は突然顔を覆い、声にならないまま震えだした。もう一人は頭を押さえ、呼吸すら乱れ、今にも倒れそうなほどの混乱を抱えている。
支配から解放された直後は、喜びよりも恐怖のほうが圧倒的に先に来る。空白になった時間の重みが、まず彼らを押しつぶす。
美月は渉の肩を掴んで声を落として囁くように聞いた。
「渉。聞こえる? 大丈夫。ここにいるから」
渉は肩を震わせ、反射的に身を引いたが、美月の声を聞いた途端、目の奥にほんのわずかな光が戻った。
「……母さん?」
たった一言。
けれど、その一言が“自我”が戻ってきた証だった。
美月は渉の手を取る。冷たくて、力がなくて、でも確かに渉自身の手だった。
「静かに。息をして。ゆっくりでいいから……大丈夫」
三人の呼吸はまだ乱れ、混乱も収まらない。だが彼らの身体には、徐々に人間の温度が戻り始めていた。
異世界の見知らぬ城の真ん中で、美月はただひとつ、確かな現実を感じていた。
――彼らの意識は、帰ってきた。
まだ不完全でも、壊れかけでも。それでも「人間」として。このままでは後遺症が残る可能性もある。ナミが心配した通りになってしまった。だけど、その為に持たせてくれた"医療カプセル"あれなら多少日にちはかかっても三人を治せるはず。
渉と他の二人を必ず連れ帰ってもとの穏やかな日常に必ず戻るのだと美月は強く誓って、そのためにやるべき事を心の中で反復した。
1章 END



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