恋に落ちてしまえ

伊藤クロエ

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夜会にて(1)

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 日々魔獣を狩り王都を守るロンダーリン騎士団にも、時には華やかで面倒なお役目が回って来ることもある。
 年に一度の年越しの宴には王城にすべての王侯貴族が集まるが、ロンダーリン騎士団団長ジェイデン=ブラックウェルもその中の一人だ。
 普段は任務優先で城下や城外の守りに徹してそのような催しには出ないが、年越しの時だけは別だ。実際、爵位を持つ近衛騎士団の団長と副団長、それに国境騎士団に属している公爵家の次男もはるばる辺境から王都に戻って参加している。
 今年、ジェイデンは美しい純白の騎士服に身を包んで城の大広間に立ち、めったに見られない彼の礼装に大勢の人々が目をくぎ付けにされていた。
 
 ちなみにキーガンの役目はその夜会の警護の手伝いだ。なぜなら王都でも最大級の宴であるにも関わらず、本来城内を守る近衛騎士団の上位騎士たちの多くが貴族の一員であり宴の招待客でもあるからだ。
 そのせいで王族や最上位の貴族たちが集まる大広間の警護は残った近衛騎士たちとロンダーリン騎士団の副団長であるキーガンのほか、デラス騎士団の副団長や国境騎士団の元重鎮たちに任されている。
 
(多分、今夜あたりが限界だろうな)

 キーガンは階上の手すりから下を覗き込んで思った。そこには大勢のご婦人や令嬢たちに囲まれたジェイデンの姿があった。相変わらず彼女たちの絶え間ないさえずりにいちいち丁寧に頷き、言葉を返している。だがその顔色は悪く、いつもは力強くはっきりとした口調も精彩に欠けていた。

(そろそろ頃合いか)

 キーガンは傍らの騎士に後を任せてこっそり裏階段から下へと降りる。そしてジェイデンから見て正面にあたる扉から大広間に入ろうと一歩踏み出した。その時、不意にキーガンの下腹部がずく、と疼く。

(……まただ)

 キーガンは拳を下腹に押し付けて唇を噛みしめた。
 また、奇妙な熱が腹の奥底でぐらぐらと揺れ始める。キーガンは中へ入る前に大きく息を吐き出して目を閉じた。
 早くあの生真面目で、時々ひどく不器用な男を助けだしてやらなければ。それが彼に”無二の友”と呼ばれるキーガンの役目だ。彼の秘密を知ってから今までずっとそうだった。
 思えばあれから随分と長い時間と道のりを来たものだ、とキーガンは思う。

 ジェイデンの呪いはさらに悪化の一途を辿っている。彼が必要とする人の精気はさらに増え、その頻度も日に日に高くなっていた。
 今まで彼は一体いくつの困難と、煩悶と、焦燥と痛苦と悔悟を繰り返してきただろう。その内の一体いくつを、自分は少しだけでも軽くしてやれただろうか、と考える。

 この冬、東の森はいつになく多くの魔獣が街道近くまで現れた。キーガンたちは二手、三手に別れて魔獣を掃討してきた。そのせいで前回の”補給”からすでに一週間以上経っている。ジェイデンにとってあまりにも長い絶食期間だ。
 本当ならこの夜会が始まる前に会えたら良かったのだが、ジェイデンは今日の昼すぎに魔獣討伐から王都に戻ったばかりで、それから今まで王都の警備隊との情報共有や夜会の支度やらで直接顔を合わせることはできなかった。
 ジェイデンの限界が近いことは彼の様子を見ればすぐにわかる。でも今すぐ彼をこの広間から攫ってどこかの部屋に忍び込めばなんとか間に合うだろう。
 間に合いそうで良かった、とキーガンは開け放たれた扉から中を覗きこんで再び息を吐いた。そしていまだ熱を孕む下腹を手のひらで押さえる。

(あつい、はらが、ひどくうずく)

 一体この熱はなんなのか。初めてそれを感じた数年前から今でも、その正体はわかってはいない。
 重たい瞼を持ち上げて、キーガンは下腹を撫でる。その時、彼がふと顔を上げて、目が合った。キーガンは腹の奥の熱を押さえ込み、そっと広間に入る。そして彼女たちの注意を引ける優雅なしぐさで礼をとり、淑女たちの元から《輝ける黄金の瞳の騎士》を連れ出す非礼を詫びた。

「騎士団のお役目ならば仕方ありませんわ」

 空色のドレスの令嬢が微笑む。

「でもどうかまた戻っていらして。そしてわたくしのかわいいヒナギクさんと踊って下さらない?」

 そばかすの散る地味な娘を従えた母親らしき女が、ねっとりと彼を見て扇をひらめかせた。

「必ず」

 そう答えるジェイデンの声音には感情の色がなく、キーガンはもう一度彼女たちに頭を下げた。
 ジェイデンがらしくもないぞんざいさで頭を下げ、大股で広間から出ていく。その後を追いながらキーガンは階上を示した。

「あっちだ」

 ひと気のない階段を数段登ったところでジェイデンが突然腕を伸ばしてキーガンの首にしがみついてきた。その勢いの強さに足を踏み外しそうになって慌てる。

「うわっ!? ちょっと、危ないだろうが!」

 だが彼は答えず、ただキーガンに回した腕にぎゅうぎゅうと力を込めてくる。耳元に聞こえる彼の切羽詰まったような荒い息遣いに、キーガンは小さく舌打ちをした。

「わかってる。喉が乾いて仕方ねぇんだろ? もうちょとだけ辛抱しろ。あと少しだから」

 キーガンはジェイデンの重い身体を押し上げるようにして階段を登りきる。そして辺りを見回しながら王城の西翼へと向かった。角を曲がった途端、またジェイデンがキーガンにしがみつき唇に噛みついてくる。その途端、下腹の疼きが一段と強くなってキーガンは思わずうめき声をあげた。

「んん……っ、ちょ、まて、って……っ、へや、はいってから……だ……っ!」

 キーガンはぐずぐずと溶けそうになる腹の底から必死に意識を逸らし、彼の髪を掴んでなんとか引き剥がすと、ギラギラと飢えたように目を光らせている男の名を呼んだ。

「すぐに食っていいから。部屋まで待てよ、ジェイデン」
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