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web版【第一部】おまけ&後日談
回想 イシュマール大陸の地図
三国合議が終わり、カハル皇帝がアル・ハダールへと出立した日、カイは近従のウルドを連れて神殿の書庫へ向かった。
皇帝と一部の手練れの護衛騎士たちを除いた本隊は明日、この神殿を出発する。カイがここを発つのはその次の日だ。
明日の出発の準備で慌ただしい本隊の騎士たちを監督するためにサイードが神殿の外に出た後、カイは一人書庫で探していた本を開いた。
(あ、あった。これだ)
それはアルダ教の一番基本的な経典で、初めのページにこの世界を創造したとされる神々の名が載っている。
ダーヒル神殿領に本拠地を置くアルダ教では一番重要な神として崇められているのは太陽神ラハルだ。
(アルダ教って多神教なんだよな。なんとなく一神教のイメージあったけど)
第一位の神、太陽神ラハル。
その下にラハルの姉弟である地母神ハラーラに海洋神サルジュ。
そしてその眷属として多くの神々がそこには記されている。
その中の一つを見てカイは小さく唸った。
(……やっぱり名前が違う)
先日、イスタリアの王女レティシアとともに市場を探索した時に、その主騎であるクリスティアンが言っていた言葉を思い出す。
(海外貿易が盛んなイスタリアは海洋神シャリールを最も信仰してると言ってた。でもこの経典だと海を司る神はサルジュで、シャリールはその眷属である湖水の神、ってなってる……)
カイは懐に隠し持っていた一枚の羊皮紙を広げた。それは神殿長であるムスタールがカイにくれたイシュマール大陸の地図だった。
ムスタールが秘密裡に集めたという各国の地図を繋ぎ合わせる形で描いたというそれはカイがとてもよく見知っている形をしていた。正確に言えば『よく知っている形の一部』だ。
(これって、どう見てもユーラシア大陸だよな)
いわゆるメルカトル図法で描かれたかつての自分が住んでいた地球の最も大きな大陸の下半分とそっくり同じ形をしたそれを見て、カイはぐっと唇を引き結ぶ。
(これは一体どういうことなんだろう)
カイはこれまでに自分が持っている荒唐無稽な力と、そして150年前に同じく神子として召喚されイスタリアで生涯を終えた神子の手記を読んだ結果、この世界は自分や過去の神子が元々いた地球とはまったく別の世界なのだと結論づけた。
なのに今見ている『イシュマール大陸』はかつての自分たちの世界の大陸とそっくり同じ形をしている。
(いや、まったく同じじゃないな。多分、大きさが違う……?)
カイは神殿長に貰った地図に、同じく彼から譲られた鵞ペンとインクで書き込んでいく。
(ここが今いる中央神殿。元の世界だと多分中央アジアと中国の境目ぐらいだ。そのまま南に下がったところにあるエイレケの、この三角形の半島は間違いなくインドだ)
そのすぐ下のスリランカと同じ位置に同じような形の島まで描かれている。
(そして東の国境を越えてアル・ハダールと書かれているこの辺りはチベットと中国の間くらいか)
確かこの中央神殿からアル・ハダールの帝都イスマーンまでは馬で二十日間で着くと言っていた。ちなみにそれは荷物を積んだ荷馬車や召使いたちを連れての速度らしい。
(中央アジア……なんとかスタンって名前の国がいっぱい集まってる辺りの東端が神殿領として、そこからチベットまでって馬で二十日では着けないと思うんだけど……)
ということは大陸の形は同じだが大きさはこちらの世界の方が小さい、ということだろうか。
本好きが高じてカイは社会の歴史の教科書や資料集に地図帳は新学年に上がって真っ先に読み込んではいたが、正直地理自体にはそこまで詳しくないのが悔やまれる。
(しかも中央アジアって盲点だったというか……あんまり注目して見てなかったもんな……あ~~~~~しまったな~~~~~)
それに『馬で二十日間』という距離が実際何キロぐらいあるのかもよくわからなかった。
(あと、これも気になるんだよな)
それはその地図でアル・ハダールとされる場所よりも東がまったくの空白になっていることだ。
(東だけじゃない、北だって南だって国の名前は書かれてないけどまだ大陸の縁の線が続いてる……。途中で途切れてるけど……)
つまりアル・ハダールから東と南は海岸線が書かれていない状態になる。
そしてカイがさらに気になっているのはイスタリアだ。
元の世界で中央アジアにあたる場所にあるダーヒル神殿領の西がイスタリアだが、その領地の西の端、つまり海にあたる部分がどう見ても小さすぎる。
(これって多分本当の外海じゃなくて、カスピ海か黒海だよね)
元の世界地図で言えばあの辺りに二つの大きな内海があったはずだ。そこから東は中央アジア、そして西側はヨーロッパ地域、という目印になっていた。
(確か西にある横長の方が黒海で東にある縦長の方がカスピ海だったと思うけど……)
地図を見るとイスタリアの西岸とされている場所の北にも南側にまだ陸地が続いているような描かれ方がしている。
(イスタリアは海に面しているって言ってたけど、本当にイシュマール大陸がユーラシア大陸と同じならここは外海じゃなくて内海だ。だからクリスティアンさんが海洋神って言ってた神様の名前が湖水の神なんだろうか)
だがそうなるとなぜ本来は湖水の神であるシャリールを海洋神と呼んでいるのかもわからない。
(クリスティアンさんは市場で見つけた初心者用の経典を見て、イスタリアでは初等学校で最初に習う本だって言ってた。あの本にも神様の一覧表はあったから海洋神の名前はサルジュだって絶対知ってるはずなのに)
(もしかしてイスタリアの人たちは本当にここが外海だと思ってて、カスピ海の向こう側は別の大陸だと思ってるとか?)
疑問はまだほかにもある。
この地図を見てからカイは神殿長やカハル皇帝、そして三国合議が終わった宴の席でクリスティアンやレティシア王女、そして宰補のアドリーにも『地図を見たことはあるか』と聞いてみた。
その結果、誰もが自国の地図はもちろん見て把握はしていたが、神殿領と三国を含むイシュマール大陸全土の地図は見たことがないようだった。
それでも自国の周りにまだ空白の土地があることはわかっているはずだ。
(なのにどうして皆、この三国以外の国の話をしないんだろう)
初めは、アルダ教を信じていない国は国と認めていないからそういう言い方をしているだけなのかと思った。例えば以前神殿長が言っていた『アル・ハダールを取り囲む極東の夷狄』は異教徒だから数に入れない、というように。
(でも、レティシア王女は最初の宴の席でも『イスタリアはイシュマール大陸の最も西にある』って言ってた。でもどう見たってイシュマール大陸はイスタリアより西にまだずっと続いてるよね)
実際この地図では彼らが海だというカスピ海の下にまだ陸地がある。だがカスピ海の真ん中あたりで地図に描かれている絵は途切れている。
貿易が盛んで他の二国に比べて気候も割と穏やかだというイスタリアは、間違いなく三国の中で最も商業的に栄えている国だ。
だったら彼らが海だという場所よりまだ西へと続いている陸地があるのにその先へ行こうとしないのはなぜなのだろうか。
そして彼らが海洋神といって崇めている神が湖水の神の名であることになぜ疑問を抱かないのか。
(東にも北にもまだ土地が続いてるのに『この大陸には三つの国しかない』みたいな言い方をするのはやっぱりおかしいよなぁ)
カイはこの地図を貰った時のムスタール神殿長の言葉を思い出す。
――――我らはただ、これはそういう物だと受け止めるのみじゃ。
何か、とてもモヤモヤしてスッキリしない。だが『ここがおかしい』とはっきり指摘できるほど明確な何かがあるわけでもない。
(……多分、僕が今までずっと感じてた違和感のせいもあるんだろうな……)
この世界に来て少しずつこちらの常識を知っていくにつれ、カイの中でどんどん膨れ上がっていく疑問があった。
それは『神子の力などという以前の世界とは決定的に違う要素があるにも関わらず、それ以外のところがあまりにも前の世界と同じすぎる』ということだ。
(だって前の世界とは完全に別物の世界だっていうなら、ぶっちゃけ太陽が一つで月も一つで、人間や木や馬や羊が前の世界とまったく同じ見た目をしていること自体おかしくないか?)
こちらの世界も向こうの世界と同じようにビッグバンが起きて大量の素粒子が生まれ、それが結合して原子核ができ、そこから星ができ銀河ができ、そして天文学的確率の偶然が重なって生命体が誕生しそれが進化してカイと同じ形をした人間が生まれる確率がどれだけ低いか、考えなくたって分かることだ。そうなるとどうしたって『この世界が前の世界と完全に無関係な、まったく異なる世界である』というのは無理がありすぎるとしか思えないのだ。
その疑問は神殿長からこの地図を見せられて、この大陸がユーラシア大陸とあまりにも似た形をしているせいでますます強くなってしまった。
(一番納得がいくのは『過去へのタイムスリップ』だけど、それだと『神子の力』なんてものが存在する説明がつかないもんな……)
ぼんやりと天井を見上げながらしばらく考えていたが、結局カイは両手で顔を覆って深々とため息をついた。
「だめだ……わからん……」
「……神子様、よろしければお茶のお時間にされてはいかがでしょうか」
ずっと後ろに控えていたウルドがためらいがちに声を掛けてくる。
いつもは決して自分からは話しかけてこない彼がわざわざそう言ってくるということは、傍目にもカイが相当煮詰まっているように見えるということなのだろう。
「……そうだね。そうしようか」
「畏まりました。では一度お部屋へ戻りましょう」
ホッとしたようにウルドが交手する。カイは自分がひどくウルドを心配させてしまっていることを少し反省して、開いていた経典を閉じた。それを戸棚にしまう間にウルドが筆記具を片付けてくれる。
(ここを出る前に得られる情報はできるだけ拾っていきたかったけど、何がわからないのかもわからずに本ばっか読んでも焦るだけで良くないな)
書庫の入口を守ってくれていた騎士たちとともに部屋へ向かいながら、カイは小さくため息をついた。
正直、ここを出た後カイは自分がどんな生活を送ることになるのかまったく想像できていない。
三代前の神子のように各地を回って何かをしたりできるのか、アル・ハダールの外へ出られるのか、またこの神殿に来ることはできるのか。
そういったことを聞くなら宰補のアドリーが一番の適役かと思うが、三国合議とそこから続く宴、その後は帰国の準備で忙しすぎる彼とはほとんど顔も合わせていなかった。
(多分、こうやって考えすぎるのが僕の欠点なのかな)
つい最悪の場合を想定して少しでも備えておけることはしておきたい、と思ってしまう。
向こうの世界にいた時は、自分は『石橋を叩いて渡る』的性格なのだ、ぐらいに思っていたが、こちらに来てからはそのせいで自分で自分をいたずらに苦しめているような気もしている。
(もっと『案ずるより産むがやすし』的性格に変えていった方がいいんだろうか)
「けど、性格なんてそう簡単に変えられるもんでもないよなぁ」
「いかがなされましたか? 神子様」
部屋の扉の前でウルドに聞かれて、カイは慌てて「なんでもない」と曖昧な笑みを浮かべた。
皇帝と一部の手練れの護衛騎士たちを除いた本隊は明日、この神殿を出発する。カイがここを発つのはその次の日だ。
明日の出発の準備で慌ただしい本隊の騎士たちを監督するためにサイードが神殿の外に出た後、カイは一人書庫で探していた本を開いた。
(あ、あった。これだ)
それはアルダ教の一番基本的な経典で、初めのページにこの世界を創造したとされる神々の名が載っている。
ダーヒル神殿領に本拠地を置くアルダ教では一番重要な神として崇められているのは太陽神ラハルだ。
(アルダ教って多神教なんだよな。なんとなく一神教のイメージあったけど)
第一位の神、太陽神ラハル。
その下にラハルの姉弟である地母神ハラーラに海洋神サルジュ。
そしてその眷属として多くの神々がそこには記されている。
その中の一つを見てカイは小さく唸った。
(……やっぱり名前が違う)
先日、イスタリアの王女レティシアとともに市場を探索した時に、その主騎であるクリスティアンが言っていた言葉を思い出す。
(海外貿易が盛んなイスタリアは海洋神シャリールを最も信仰してると言ってた。でもこの経典だと海を司る神はサルジュで、シャリールはその眷属である湖水の神、ってなってる……)
カイは懐に隠し持っていた一枚の羊皮紙を広げた。それは神殿長であるムスタールがカイにくれたイシュマール大陸の地図だった。
ムスタールが秘密裡に集めたという各国の地図を繋ぎ合わせる形で描いたというそれはカイがとてもよく見知っている形をしていた。正確に言えば『よく知っている形の一部』だ。
(これって、どう見てもユーラシア大陸だよな)
いわゆるメルカトル図法で描かれたかつての自分が住んでいた地球の最も大きな大陸の下半分とそっくり同じ形をしたそれを見て、カイはぐっと唇を引き結ぶ。
(これは一体どういうことなんだろう)
カイはこれまでに自分が持っている荒唐無稽な力と、そして150年前に同じく神子として召喚されイスタリアで生涯を終えた神子の手記を読んだ結果、この世界は自分や過去の神子が元々いた地球とはまったく別の世界なのだと結論づけた。
なのに今見ている『イシュマール大陸』はかつての自分たちの世界の大陸とそっくり同じ形をしている。
(いや、まったく同じじゃないな。多分、大きさが違う……?)
カイは神殿長に貰った地図に、同じく彼から譲られた鵞ペンとインクで書き込んでいく。
(ここが今いる中央神殿。元の世界だと多分中央アジアと中国の境目ぐらいだ。そのまま南に下がったところにあるエイレケの、この三角形の半島は間違いなくインドだ)
そのすぐ下のスリランカと同じ位置に同じような形の島まで描かれている。
(そして東の国境を越えてアル・ハダールと書かれているこの辺りはチベットと中国の間くらいか)
確かこの中央神殿からアル・ハダールの帝都イスマーンまでは馬で二十日間で着くと言っていた。ちなみにそれは荷物を積んだ荷馬車や召使いたちを連れての速度らしい。
(中央アジア……なんとかスタンって名前の国がいっぱい集まってる辺りの東端が神殿領として、そこからチベットまでって馬で二十日では着けないと思うんだけど……)
ということは大陸の形は同じだが大きさはこちらの世界の方が小さい、ということだろうか。
本好きが高じてカイは社会の歴史の教科書や資料集に地図帳は新学年に上がって真っ先に読み込んではいたが、正直地理自体にはそこまで詳しくないのが悔やまれる。
(しかも中央アジアって盲点だったというか……あんまり注目して見てなかったもんな……あ~~~~~しまったな~~~~~)
それに『馬で二十日間』という距離が実際何キロぐらいあるのかもよくわからなかった。
(あと、これも気になるんだよな)
それはその地図でアル・ハダールとされる場所よりも東がまったくの空白になっていることだ。
(東だけじゃない、北だって南だって国の名前は書かれてないけどまだ大陸の縁の線が続いてる……。途中で途切れてるけど……)
つまりアル・ハダールから東と南は海岸線が書かれていない状態になる。
そしてカイがさらに気になっているのはイスタリアだ。
元の世界で中央アジアにあたる場所にあるダーヒル神殿領の西がイスタリアだが、その領地の西の端、つまり海にあたる部分がどう見ても小さすぎる。
(これって多分本当の外海じゃなくて、カスピ海か黒海だよね)
元の世界地図で言えばあの辺りに二つの大きな内海があったはずだ。そこから東は中央アジア、そして西側はヨーロッパ地域、という目印になっていた。
(確か西にある横長の方が黒海で東にある縦長の方がカスピ海だったと思うけど……)
地図を見るとイスタリアの西岸とされている場所の北にも南側にまだ陸地が続いているような描かれ方がしている。
(イスタリアは海に面しているって言ってたけど、本当にイシュマール大陸がユーラシア大陸と同じならここは外海じゃなくて内海だ。だからクリスティアンさんが海洋神って言ってた神様の名前が湖水の神なんだろうか)
だがそうなるとなぜ本来は湖水の神であるシャリールを海洋神と呼んでいるのかもわからない。
(クリスティアンさんは市場で見つけた初心者用の経典を見て、イスタリアでは初等学校で最初に習う本だって言ってた。あの本にも神様の一覧表はあったから海洋神の名前はサルジュだって絶対知ってるはずなのに)
(もしかしてイスタリアの人たちは本当にここが外海だと思ってて、カスピ海の向こう側は別の大陸だと思ってるとか?)
疑問はまだほかにもある。
この地図を見てからカイは神殿長やカハル皇帝、そして三国合議が終わった宴の席でクリスティアンやレティシア王女、そして宰補のアドリーにも『地図を見たことはあるか』と聞いてみた。
その結果、誰もが自国の地図はもちろん見て把握はしていたが、神殿領と三国を含むイシュマール大陸全土の地図は見たことがないようだった。
それでも自国の周りにまだ空白の土地があることはわかっているはずだ。
(なのにどうして皆、この三国以外の国の話をしないんだろう)
初めは、アルダ教を信じていない国は国と認めていないからそういう言い方をしているだけなのかと思った。例えば以前神殿長が言っていた『アル・ハダールを取り囲む極東の夷狄』は異教徒だから数に入れない、というように。
(でも、レティシア王女は最初の宴の席でも『イスタリアはイシュマール大陸の最も西にある』って言ってた。でもどう見たってイシュマール大陸はイスタリアより西にまだずっと続いてるよね)
実際この地図では彼らが海だというカスピ海の下にまだ陸地がある。だがカスピ海の真ん中あたりで地図に描かれている絵は途切れている。
貿易が盛んで他の二国に比べて気候も割と穏やかだというイスタリアは、間違いなく三国の中で最も商業的に栄えている国だ。
だったら彼らが海だという場所よりまだ西へと続いている陸地があるのにその先へ行こうとしないのはなぜなのだろうか。
そして彼らが海洋神といって崇めている神が湖水の神の名であることになぜ疑問を抱かないのか。
(東にも北にもまだ土地が続いてるのに『この大陸には三つの国しかない』みたいな言い方をするのはやっぱりおかしいよなぁ)
カイはこの地図を貰った時のムスタール神殿長の言葉を思い出す。
――――我らはただ、これはそういう物だと受け止めるのみじゃ。
何か、とてもモヤモヤしてスッキリしない。だが『ここがおかしい』とはっきり指摘できるほど明確な何かがあるわけでもない。
(……多分、僕が今までずっと感じてた違和感のせいもあるんだろうな……)
この世界に来て少しずつこちらの常識を知っていくにつれ、カイの中でどんどん膨れ上がっていく疑問があった。
それは『神子の力などという以前の世界とは決定的に違う要素があるにも関わらず、それ以外のところがあまりにも前の世界と同じすぎる』ということだ。
(だって前の世界とは完全に別物の世界だっていうなら、ぶっちゃけ太陽が一つで月も一つで、人間や木や馬や羊が前の世界とまったく同じ見た目をしていること自体おかしくないか?)
こちらの世界も向こうの世界と同じようにビッグバンが起きて大量の素粒子が生まれ、それが結合して原子核ができ、そこから星ができ銀河ができ、そして天文学的確率の偶然が重なって生命体が誕生しそれが進化してカイと同じ形をした人間が生まれる確率がどれだけ低いか、考えなくたって分かることだ。そうなるとどうしたって『この世界が前の世界と完全に無関係な、まったく異なる世界である』というのは無理がありすぎるとしか思えないのだ。
その疑問は神殿長からこの地図を見せられて、この大陸がユーラシア大陸とあまりにも似た形をしているせいでますます強くなってしまった。
(一番納得がいくのは『過去へのタイムスリップ』だけど、それだと『神子の力』なんてものが存在する説明がつかないもんな……)
ぼんやりと天井を見上げながらしばらく考えていたが、結局カイは両手で顔を覆って深々とため息をついた。
「だめだ……わからん……」
「……神子様、よろしければお茶のお時間にされてはいかがでしょうか」
ずっと後ろに控えていたウルドがためらいがちに声を掛けてくる。
いつもは決して自分からは話しかけてこない彼がわざわざそう言ってくるということは、傍目にもカイが相当煮詰まっているように見えるということなのだろう。
「……そうだね。そうしようか」
「畏まりました。では一度お部屋へ戻りましょう」
ホッとしたようにウルドが交手する。カイは自分がひどくウルドを心配させてしまっていることを少し反省して、開いていた経典を閉じた。それを戸棚にしまう間にウルドが筆記具を片付けてくれる。
(ここを出る前に得られる情報はできるだけ拾っていきたかったけど、何がわからないのかもわからずに本ばっか読んでも焦るだけで良くないな)
書庫の入口を守ってくれていた騎士たちとともに部屋へ向かいながら、カイは小さくため息をついた。
正直、ここを出た後カイは自分がどんな生活を送ることになるのかまったく想像できていない。
三代前の神子のように各地を回って何かをしたりできるのか、アル・ハダールの外へ出られるのか、またこの神殿に来ることはできるのか。
そういったことを聞くなら宰補のアドリーが一番の適役かと思うが、三国合議とそこから続く宴、その後は帰国の準備で忙しすぎる彼とはほとんど顔も合わせていなかった。
(多分、こうやって考えすぎるのが僕の欠点なのかな)
つい最悪の場合を想定して少しでも備えておけることはしておきたい、と思ってしまう。
向こうの世界にいた時は、自分は『石橋を叩いて渡る』的性格なのだ、ぐらいに思っていたが、こちらに来てからはそのせいで自分で自分をいたずらに苦しめているような気もしている。
(もっと『案ずるより産むがやすし』的性格に変えていった方がいいんだろうか)
「けど、性格なんてそう簡単に変えられるもんでもないよなぁ」
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