35 / 161
【第二部】東の国アル・ハダール
54 アル・ハダールへ【アル・ハダールへの旅編】
うーん……視界が高い……。
神殿長さんに別れを告げ、サイードさんの助けを借りて馬の背に乗ると、そこから見える景色に思わず感嘆のため息を漏らした。
「どうした、カイ」
僕の後ろに座って手綱を握るサイードさんがいぶかしげに尋ねてくる。僕は頭に被り布を被った端正な顔を見上げてニッと笑った。
「いえ、気持ちいいですね。ここから見る景色って」
「そうだろう」
そう答えたサイードさんの顔は今まで見た中で五指に入るくらいのいい笑顔で、それだけでサイードさんがどんだけ馬が好きなのかってすごく伝わって来る。
僕は特別に二人乗り仕様になってる鞍の座り心地を確かめながら、内心ホッと胸をなでおろした。
一昨日の夜、サイードさんと少々濃厚すぎる夜を過ごしてしまったせいで馬に乗れなくなったりしなくて本当に良かった。
あの夜、サイードさんの大きなモノをずっと根元まで挿れられたまま物凄く深いところを延々と突かれ続けたせいで、昨日は一日中ずっと何か太くて硬いモノがアソコに入ってるような感覚が抜けなくて本当に困ってしまった。
昼前にようやく寝台を降りてご飯を食べたりなんだりしてる間も、あの奥をこね回される感覚とか耳に吹き込まれたサイードさんの低くて甘い声とかがふっと蘇ってきて、その度に背中がゾクゾクして一人で悶えてしまった。うーん、傍から見たらヘンタイそのものだな。
しかもサイードさんが、僕が不意打ちみたいに蘇る感覚に思わず息を止めるたびに「どうした。どこか辛いのか」って背中を撫でたり身体を支えたりしようとしてくるもの本当に困った。
いや、嬉しいんだけどね? でもやっぱりね?
いかんいかん。余所事を考えていては落馬しかねない。なんせ馬に乗るのは初心者もいいとこなんだから。
エイレケのアダンに殴られた怪我が大丈夫だとわかってから今日まで、僕も少しずつ馬に乗る練習をしていた。
最初の日はバランスをとるのにへんなところに力を入れてたみたいでひどい筋肉痛になり、ちょっと慣れた頃にはうっかり調子に乗って長く乗りすぎてお尻が痛くなってしまった。
夜に尻が寝台に当たらないように横を向いて寝ていたらサイードさんが心配して「うっかり自分の身体が当たってしまわぬように」と前から抱っこして寝ようとして、お陰で僕はものすごく気まずいというか気恥ずかしいというか、めちゃくちゃ緊張しながらも結局はズコーッと寝てしまった。
これまでインドア派もはなはだしかった僕には、毎日の乗馬だけでも結構な運動になってたようだ。
実は最近気づいたのだが、どうやら僕は馬に乗るのが結構好きみたいだ。というか外であれこれやるのが単純に面白い。
向こうの世界にいた時に僕が自分の部屋を死ぬほど愛していたのは単に読みたい本も好きなゲームもマンガも全部そこにあったからだ。
そういうものが何もないこっちの世界では、さすがに部屋に閉じこもってても楽しくもなんともない。
今まで見たことのない物を見たり、知らないことを教えて貰ったり、やったことのないことに挑戦するのはとても楽しかったし気も晴れた。
「神子殿、道中我らがお守りします。どうぞお心安くあられますように」
そう言ってくれたのは、カルブの儀式の時に一緒にアジャール山へ登った騎士のヤハルだ。
身分の関係で馬に乗ることができないらしいウルドは昨日、カハル皇帝が持ち帰るたくさんの荷物を積んだ荷車や他の召使い、そして護衛として雇われてる人たちと一緒に、一足先に神殿を出発した。だから僕やサイードさんと一緒に帝都イスマーンを目指す一行の中で一番若いヤハルが僕の世話をしてくれるらしい。
とはいえこれはいい機会なので、いろいろ教えて貰って自分でやれることはやって行こうと思っている。
初めの内は着替えでもなんでもウルドの手を借りなければならないことが面倒に思えて仕方なかったけれど、でもウルドの場合は『僕の世話をすることが仕事』だから、うかつに僕が何でも自分でやろうとすると彼の仕事を否定して取り上げてしまうことになるんだとわかってきた。
だけどヤハルはサイードさん率いる第三騎兵団の騎士で、今回僕の世話をするというのはオマケだから、自分で出来ることなら彼の手助けを断ってもいいらしい。そこはあらかじめサイードさんに確認したから間違いない。
今回の旅で僕がやりたいと思ってることは山ほどある。
まず一番は一人で馬に乗れるようになること。さすがに数日間の練習では難しかったので、とりあえずはサイードさんの馬に一緒に乗せてもらうことになった。
「馬も、狭い場所より砂漠に出てからの方が上手く走れる。だからカイもすぐに一人で乗れるようになる」
とはサイードさんの言だ。広い砂漠の方が『馬自身が上手に走れる』っていう言い方がなんだかサイードさんらしいな、ってちょっと思った。
それから二つ目は体力をつけること。
三つ目は例のサイードさんに貰ったナイフをちゃんと日常生活で使いこなせるようになること。
四つ目は少しでも多くこの世界のことを知ることだ。例えば同行してくれてる騎士たちの話を聞いたり、途中で寄る街や村をできるだけよく観察したり。まあそんなことだ。
そのほかにもいくらでもやりたいことはあって当分の間退屈はしなさそうだ。
今回一緒に旅をするのは自分を含めて五人。サイードさんと僕、あとはヤハルを初めとしたアジャール山で一緒だった人たちがほとんどだ。見覚えのある皆の顔を見て、本当に全員無事で良かったと心から思う。
一人だけ、アキークという初めて会う人がいた。ヤハルの先輩で、やっぱりサイードさんの部隊の人だそうだ。よくヤハルと話をしてるのを見かける。
その他に荷物を載せたラクダが一頭、これはアル・ハダールへお土産も兼ねてるんだそうだ。ラクダが土産ってすごいな。あとはいずれ僕が一人で乗れるようにもう一頭馬を連れていく。
「今日は様子見だ。急ぐ必要はない。先頭はヤハル、後詰はアキークだ」
「はっ」
真っ青に晴れ渡った空にサイードさんの声が響く。
今は気持ちいいけど、日が高くなるにつれて気温はかなり上がるらしい。この日のために頭の被り布の巻き方を練習してたんだけどまだあんまり上手くできないので、今朝はサイードさんにやってもらった。そうだ、帝都に着くまでの目標に『自分でシュマグをきちんと巻けること』も追加しよう。
被り布は出身地やその人のセンスでいろんな巻き方があるらしい。僕もぜひサイードさんみたいにカッコよく巻けるようになりたいものだ。まあ、あのカッコよさの大半は布の巻き方云々のせいじゃないんだけどな。
「では行こう」
僕は教えられた通り、鞍の前の大きく張り出した部分を掴む。そしてサイードさんが軽く手綱を打つと、鹿毛の大きな馬が軽快な足取りで走り出した。
左手には黒々と聳えるアジャール山と、その向こうには不思議な虹色の雲がかかったエルミラン山脈が続いている。この山脈はずっと東のアル・ハダールの方まで続いていてこのイシュマール大陸を南北に二分しているのだと、神殿長さんの地図を見た僕は知っている。
目の前には見渡す限りの地平線。この向こうにアル・ハダールがある。
これから僕はそこでどんな人生を送ることになるんだろう。深く考えようとすると少し怖くなる。
その時、背中に当たるサイードさんの身体のあたたかさに気づいた。手綱を握る逞しい両腕が僕の左右を囲っていて、なんだかすごく守られているような気分になる。
大丈夫。何があってもきっと大丈夫だ。
僕にはサイードさんがいてくれるし、帝都に着けばダルガートにも会える。
僕だってもっと勉強して強くなって、何でもいいから二人の力になりたい。
そう思ったらこの先に待ち構える物事がすべて、とっても楽しみになった。
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
悪役令息を引き継いだら、愛が重めの婚約者が付いてきました
ぽんちゃん
BL
双子が忌み嫌われる国で生まれたアデル・グランデは、辺鄙な田舎でひっそりと暮らしていた。
そして、双子の兄――アダムは、格上の公爵子息と婚約中。
この婚約が白紙になれば、公爵家と共同事業を始めたグランデ侯爵家はおしまいである。
だが、アダムは自身のメイドと愛を育んでいた。
そこでアダムから、人生を入れ替えないかと持ちかけられることに。
両親にも会いたいアデルは、アダム・グランデとして生きていくことを決めた。
しかし、約束の日に会ったアダムは、体はバキバキに鍛えており、肌はこんがりと日に焼けていた。
幼少期は瓜二つだったが、ベッドで生活していた色白で病弱なアデルとは、あまり似ていなかったのだ。
そのため、化粧でなんとか誤魔化したアデルは、アダムになりきり、両親のために王都へ向かった。
アダムとして平和に暮らしたいアデルだが、婚約者のヴィンセントは塩対応。
初めてのデート(アデルにとって)では、いきなり店前に置き去りにされてしまい――!?
同性婚が可能な世界です。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
※ 感想欄はネタバレを含みますので、お気をつけください‼︎(><)
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで
二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。
有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います
緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。
知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。
花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。
十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。
寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。
見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。
宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。
やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。
次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。
アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。