月の砂漠に銀の雨《二人の騎士と異世界の神子》

伊藤クロエ

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【第二部】東の国アル・ハダール

56 サイードさんと馬

 今回の旅で僕が知ったのは、サイードさんは本当に馬が好きだということだ。

 サイードさんの馬は帝都イスマーンで仔馬の頃から育てていたという鹿毛の立派なやつだ。身体が大きくて辛抱強く、どんな悪路でも天候が悪くても粘り強く走るいい馬らしい。
 毛並みがツヤツヤしてるのは、毎日サイードさんが大事に世話をしてるからだ。

「馬って、一頭一頭みんな性格が違うんですね」

 僕が言うとヤハルが「面白いでしょう」と笑って言った。

 ヤハルの乗ってる馬はなんというか、すごくやんちゃでイタズラ好きだ。
 ヤハルが馬を降りて野営の準備をしていると、そっと近づいてヤハルが向こうを向いてる隙に頭の後ろを鼻先でぐい、と突く。ヤハルが「なんだ?」と振り向いた時には素知らぬ顔で反対側を見ていて、ヤハルが作業に戻るとまた後ろからぐい、と押してくるのだ。
「こら」ってヤハルが怒るふりをするとパチパチ瞬きしてから歯を見せるのがまるで笑ってるみたいでほんとに面白い。

「アキーク殿の馬は本人そっくりなんですよ」
「いやいや、ナスィーフ殿の馬の方が本人に瓜二つだ」

 ヤハルとアキークがそう言ってて思わず笑ってしまった。
 アキークの馬はすごくカッコつけが激しくて、誰かが見てるとツン、と顔を上げて見事なポーズをとって静止したりする。

「あれがお得意なのですよ」
「世界中の雌馬は自分に惚れていると思っているのです」

 その証拠に馬房にいくと顔の上げ方がさらに気取っているのだそうだ。ぜひ見てみたい。
 最年長で髭が渋いナスィーフの馬は、確かに本人に似てすごく落ち着いた雰囲気だ。村に泊めて貰った時にヤハルの馬がきょろきょろと落ち着かなげに辺りを見回していた時もどっしり構えてて頼もしい限りだった。



 国境を越えてアル・ハダールに入ってすぐのところに川があった。

「行きに通りがかった時にはほぼ枯れていた川です」

 とヤハルが言った。これも『神子の御業の恩恵』というやつなのだろう。
 せっかくなのでその日はそこで昼食にした。サイードさんは僕と荷物を馬から降ろして敷物を敷き僕を座らせると、馬を連れてざぶざぶと川に入っていった。
 そして水を飲む馬の身体を洗って、足の爪を見てやっていた。その仕草や顔つきを見れば、サイードさんがその馬を本当に可愛がってるんだってよくわかる。馬の方も構って貰えるのが嬉しそうで、僕はヤハルが淹れてくれたお茶を飲みながらサイードさんと馬がまるで何か話をしてるみたいにお互い顔を見合わせたりしているのをずっと眺めていた。

 この頃から僕も一日のうちいくらかは自分一人で馬に乗るようになっていた。
 僕のためにサイードさんが用意してくれた馬は、ナスィーフの馬ぐらい落ち着いててちょっとやそっとのことじゃまるで動じないタイプらしい。
 おまけに新参者の僕を揶揄おうと後ろから近づいてきたヤハルの馬を鼻息一つで追っ払ってくれた。
 身体の大きな黒い馬で、なんとなくふてぶてしいというか迫力のある面構えだ。
 みんなの馬が主人に似ている、という話をしていた時に、突然サイードさんが何か閃いたような顔をして言った。

「カイの馬はダルガートに似ていないか?」

 あまりにも唐突すぎる発言とその内容にヤハルがお茶を噴き出した。僕は「サイードさんでも冗談言うことってあるんだ」と感動していたら、どうやらサイードさんは大真面目だったらしい。
 僕の馬にもブラシをかけながらじっと顔を見て「黒いところも似ている」と言っていた。
 その黒いというのが性格のことなのか見た目のことなのかは僕にもとうとう聞けなかった。


     ◇   ◇   ◇


 旅の間、僕たちは途中の村や街でたくさんのパンやチーズを買っておいて、それを食べている。何せ乾燥しているから途中で腐ることはほとんどないそうだ。
 その代わり日が経つと硬くなるので、その時は干し肉や野菜で作ったスープにひたして食べる。
 神殿にいた時や元の世界での食事と比べれば粗食もいいところだけど、毎晩火を囲んでみんなで食べるパンはとても美味しい。

 例の、みんながいつも腰に差しているナイフで大きなチーズを削り、焚火であぶってからパンに乗せるのが僕は大好きだ。本当に、物凄く美味しい。僕が勢いよく食べていると、サイードさんが隣から自分のチーズを乗せてくれたりする。
 僕は油断するとすぐにサイードさんの顔に見蕩れてしまったり、そうやってちょっと優しくしてもらって顔が真っ赤になったりするから本当にヤバイ。
 二人っきりの旅じゃないんだから、と慌てて気を引き締めるんだけど、夜になって毛布にくるまってお互い肩を寄せ合って眠るのもすごく楽しいしドキドキする。
 カルブの儀式でアジャール山で野営をした時に比べると本当に呑気で楽しい旅だ。

 夜中、ふと目を覚ますと空には満点の星。あまりにも星が多すぎて、じっと見ていると上下や重力の感覚がおかしくなりそうだ。そしてふいに星と宇宙の隙間に吸い込まれてしまいそうな気がして怖くなる。
 すると僕が起きたことにすぐに気づくサイードさんが毛布を巻きつけてぎゅって抱きしめてくれる。だから僕は底なしの星の海で溺れなくて済む。



 神殿を出てから十日が経つ。
 今日渡った川のように、あちこちでたくさん水の恵みが増えているといい。
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