月の砂漠に銀の雨《二人の騎士と異世界の神子》

伊藤クロエ

文字の大きさ
40 / 161
【第二部】東の国アル・ハダール

59 襲撃

 次に寄ったハーランという街はとても大きなところで、広い通りには二階建ての白い大きな建物が立ち並び、大勢の人たちで賑わっていた。
 その街は今までの村や集落とは比べ物にならないくらい大きくて賑やかで、アル・ハダールの兵たちが駐屯している基地のような場所もあった。
 サイードさんはそこに立ち寄って、先に行ったカハル皇帝からの書簡や帝都から送られてきた書類のような物を受け取っていた。
 そのやり取りを後ろで見ているとサイードさんは本国では責任ある高い地位に着いてるんだってことがなんとなくわかったし、帝都にも段々近づいてきてるんだなっていうのがすごく実感できた。
 そこで僕たちは水や食料を調達して、この辺りの道の安全はどうだとか水源の様子や天候やなんかを聞いてまた出発した。

 一日中馬に乗って、川があれば水を浴びて馬を洗ってあげて、日が暮れれば火を焚いて食べて満天の星の下で寝る。
 時々サイードさんが『今日は少し早めに野営をしよう』って言う時があって、そういう日はいつもサイードさんは一人で弓を携え馬に乗ってどこかに行ったかと思うと、立派な子鹿や兎を担いで戻って来た。
 ヤハルやアキークがそれを捌いて焚火で焼いてくれたのを僕たちも食べる。久し振りに食べる獲ったばかりの肉はやっぱり美味しくて気持ちも上がるらしく、夜が更けてもみんな自分が知ってる珍しい話や面白い話を僕に聞かせてくれたりした。
 一度だけ、サイードさんが歌を教えてくれたこともあった。
 草原の移り変わる四季を謳った素朴な歌詞とメロディーは、昔サイードさんの住んでいたところでよく知られていた歌だったらしい。
 日本ではありえない遠い異国の景色の中で聞くサイードさんの低くて張りのある歌声は、なぜだか僕の胸をぐっと掴んで離さなかった。
 そして前に夜の砂漠でサイードさんが僕に知っている限りの歌や昔話を教えてくれると言った約束をちゃんと覚えていてくれたことがとても嬉しかった。

 そんな穏やかな日が十日ばかり続いた。

 でも、僕たちが呑気に旅ができたのはここまでだった。
 この後僕たちは思いがけないトラブルに巻き込まれて、ヤハルが怪我をし、そして馬を一頭失った。


     ◇   ◇   ◇


 イスマーンまであと数日あれば着く、と言われて、正直僕はちょっと気が緩んでいた。
 馬に乗るのもかなり慣れて、一日中ずっと一人で乗れるようになっていた。それもサイードさんがダルガートに似てると言ったあの大きな黒い馬が本当に優秀だったからだ。
 僕みたいなあやふやな手綱さばきしかできない初心者が乗り手でもちゃんと同じペースで走ってくれるし、勝手に進路を変えたりもしない。
 川や足元が悪いような場所でも全然臆さずにどんどん進んでくれるのは本当にありがたかった。

 その日、アル・ハダールには珍しく狭い谷のようなところを通っていた時だった。突然岩が崩れるような音や馬の蹄の音、それから何かを叫ぶような声が聞こえてきて心臓が止まりそうになった。
 その時も僕は一人で馬に乗ってて、突然のことに馬の背の上でビクン、と身体を跳ねさせてしまった。

「賊だ!」

 一番後ろを走っていたアキークの声が響く。
 アル・ハダールの人たちの馬の乗り方はあぶみが長くてほぼ立ち乗りに近い。その分、鐙の足を入れるところも分厚く平たくて、ぐっとふんばりがきくような作りだ。だからこの時も足を踏み外さず落馬しなくて済んだ。
 僕は、万が一の時は馬に全部任せて重心を馬に合わせることだけ考えろ、って言われてたことを思い出す。

「カイ、行け!」

 サイードさんに尻を叩かれて突然馬が走り出した。僕は言われてた通り、ひたすら姿勢を低くして手綱を握りしめ、走り出す馬に全てを預ける。
 この馬なら僕が手綱を操ろうとしなくても自分で安全なところへ逃げられるとサイードさんが考えて見繕ってくれた馬だ。だから大丈夫、って自分に言い聞かせる。

 しばらく無我夢中で走っていると、ふと後ろから口笛みたいなのが聞こえてきて、馬がスピードを落とした。ガチガチに緊張して強張る手足からなんとか力を抜いて振り向くと、ナスィーフがこちらに向かって来ていた。

「神子殿、ご無事で」

 この時来たのがサイードさんじゃなかったことに、僕は言いようのない不安に襲われる。

「あの、サイードさんたちは?」
「ご心配召されますな。ヤハルが軽い矢傷を負ったのみにございます」

 僕はナスィーフと一緒に急いで元来た道を戻った。するとそこには斬り捨てられて血に染まった見慣れぬ服の男たちと何頭かの馬が倒れていた。

「ヤハル!」

 ヤハルが腿のあたりをきつく布で縛ろうとしている。どうやら矢がかすったらしく、そこまで深刻な怪我ではなさそうでホッとした。

(あれ、サイードさんは?)

 慌てて見回すと、ヤハルの馬をなだめていたナスィーフの向こうにサイードさんの背中が見えた。


感想 399

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

悪役令息を引き継いだら、愛が重めの婚約者が付いてきました

ぽんちゃん
BL
 双子が忌み嫌われる国で生まれたアデル・グランデは、辺鄙な田舎でひっそりと暮らしていた。  そして、双子の兄――アダムは、格上の公爵子息と婚約中。  この婚約が白紙になれば、公爵家と共同事業を始めたグランデ侯爵家はおしまいである。  だが、アダムは自身のメイドと愛を育んでいた。  そこでアダムから、人生を入れ替えないかと持ちかけられることに。  両親にも会いたいアデルは、アダム・グランデとして生きていくことを決めた。  しかし、約束の日に会ったアダムは、体はバキバキに鍛えており、肌はこんがりと日に焼けていた。  幼少期は瓜二つだったが、ベッドで生活していた色白で病弱なアデルとは、あまり似ていなかったのだ。  そのため、化粧でなんとか誤魔化したアデルは、アダムになりきり、両親のために王都へ向かった。  アダムとして平和に暮らしたいアデルだが、婚約者のヴィンセントは塩対応。  初めてのデート(アデルにとって)では、いきなり店前に置き去りにされてしまい――!?  同性婚が可能な世界です。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。  ※ 感想欄はネタバレを含みますので、お気をつけください‼︎(><)

処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる

猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。 しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。 当然そんな未来は回避したい。 原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。 さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……? 平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。 ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで

二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います

緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。 知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。 花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。 十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。 寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。 見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。 宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。 やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。 次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。 アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。 ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。