月の砂漠に銀の雨《二人の騎士と異世界の神子》

伊藤クロエ

文字の大きさ
73 / 161
【第二部】東の国アル・ハダール

88 スフィア

 各地にある神殿は、元々その辺りで一番豊かな地下水源が見つかった場所に建てられているらしい。
 この神殿の地下深くに降りていくと石造りの地下水路カナートの一部があった。昔はそこに地下水脈から流れ込んだ水があり、毎日そこで汲んだ水でさまざまな祭祀を行っていたのだとナルド神官が教えてくれた。
 でも今そこは完全に干上がっていて水はまったくなかった。

 神殿には『黙想』という、神官たちが一人一人部屋に籠って祈りを捧げる日課があるそうだ。今からその時間だというナルド神官と別れて、僕はこの神殿のいわば一番メインの場所である階上へ向かった。
 そこは外に大きく開けたバルコニーがあることと、その反対側の一番奥に大きな球体のモニュメントみたいなのがあるところが、僕が一番最初に落っこちてきたダーヒル神殿の『召喚の間』にそっくりだった。天井もやっぱりすごく高くて半球状になっている。

 でもこのバルコニー……やっぱり南を向いてないな。
 大体の時間と太陽の位置を見比べて考える。
 ダーヒルの神殿ではバルコニーは真南を向いていて、神殿長さんが案内してくれた時も『我らアルダ教徒は太陽を拝む者。よって神殿は南を向いて建っておる』と言っていた。

「ねえ、ヤハル」

 僕は一緒について来てるヤハルに聞いてみる。

「この神殿ってどっちの方角を向いてるかわかる?」
「方角でございますか。そうですね……昼の鐘三つの頃にあの位置に太陽ラハルがいるということは、大体南西から西南西といったところでしょうか」
「……だよね」

 僕は先月、砂漠のオアシスで見たあの小さな聖廟を思い出す。あそこも確か同じような方向を向いていた。
 南西っていうと……おおざっぱにいってダーヒル神殿領よりは南、エイレケの方角に近いってことかな。

 僕は懐から一枚の地図を取り出す。それは以前ダーヒルの神殿長さんから貰った三国の地図からアル・ハダールのところだけを写し取ったものだ。
 貰った三国全体の地図の原本は宮殿の自分の部屋に隠してある。なんとなく門外不出というか、何かいわくありげなことを神殿長さんが言っていたから、あまり無暗にひと目に触れさせない方がいいかと思ったからだ。

「ヤハル。この神殿ってどの辺りになるの?」
「帝都より東に十日……この辺りでございます」
「そうか。ありがとう」

 僕は携帯用の羽根ペンを取り出してその地図に書き込んだ。

 それにしても、と僕は改めて考える。
 アル・ハダールの神殿の向きがダーヒルと違うというのは何か意味があるんだろうか。それより何より、このアーケルの地だけ水が戻っていないのはなぜなんだろう。

 僕はバルコニーを離れて反対側の、何段も階段を上がったところにある球体を見に行く。ダーヒル神殿のものはもっと大きくて、それこそ僕では抱えきれないくらいの大きさで手が届かないくらい高いところに置かれていたけれど、ここは両腕に収まるくらいのものが腰高の台の上に設置されている。

 なんとなく好奇心でその球体を覗き込んで、僕は思わず息を呑んだ。え、なにこれ。なんでできてるの、これ。
 それはここよりもっと文明の発達した世界から来た僕でさえも不思議に思うようなものだった。見る角度によって分厚いガラスのようにも、また不透明な石のようにも見える。
 しかも中に何かある。
 そう思って僕は爪先立ちになってなんとか中をよく見ようとあちこち覗き込んで見て、また驚いた。

「え、これって……なんだったっけ」

 鈍く光る金属のようないくつもの輪っかがいろんな角度で重なり組み合わさっている。

「うわ~~カッコいい……!」

 知恵の輪とかこういうギミックのありそうな金属ってなんでこんなにオタ心をそそるんだろうか。思わずべったりと張りつくようにしてそれを見ていて気がついた。
 そうだ、これってジャイロスコープに似てる。

 昔、地元の科学館で見たジャイロスコープは三つくらいの輪がそれぞれ違う方向に回っていて、確か物の角度と加速度を調べるためのものだったような気が……あー、でもやっぱ詳しくは覚えてないや。
 しかもこれ、この球体自体が動いてるわけじゃないから速度なんてないし、じゃあまったくの別物なんだろうか……。

「いや、それ以前にこんなものがこんな時代にあること自体がおかしいよね!?」

 思わず声に出して言ってしまった。すると階段下からヤハルが言う。

「いかがなさいましたか!? 神子!」
「神子様!」

 一緒に来ていた帝都の中央神殿のアスール神官も少し焦ったように呼んでいる。僕は慌てて二人に答えた。

「ご、ごめん! 大丈夫! それよりこっちに来て、これ見てくれない!?」

 すると二人はピタッと口を閉じて静かに首を横に振った。

「その場所は我々が近づくわけには参りませぬ」
「え……っ」

 ヤバイ。何かすごく神聖な場所とか御本尊……みたいな物だったのかな、コレ。驚いて僕がその球体から離れると、アスール神官は首を横に振った。

「ご案じ召されますな。ラハルの神子たる貴方様に禁忌はございませぬ」
「そ、そう……」

 少しホッとしつつ、もう一度球体の中を覗き込んだ。
 これ、ジャイロスコープじゃないならなんなんだろう? よく見ると水平な輪っかの表面に何か模様のような文字のようなものが見える。でも僕には読めなかった。
 おかしいな。こっちの世界の文字は意識すれば読めるのに。じゃあこれはこの世界の文字じゃない……?

「……まさかね」

 これ以上話が複雑になってはたまらない。なんて密かに思いつつ「あー、でもこれと一番の懸念の水問題は全然関係ないもんなー。ほんとどうしよう……水……」とため息をつきながら球体にぐったりともたれて額を押し付けた。

「…………あれ、今これ、動いた……?」

 ほんのちょっとだけ球体がずれたような気がして顔を跳ね上げる。そしてもう一度球体に触れた両手に力を籠めると、確かに球体は少し動いた。

「あ、これ、球体が動くと中の輪っかも微妙にずれる……」

 透明なようなそうでないような不思議な内部で、ふらふらと動いては重なったり離れたりしている四つの輪っかをじっと見て、僕はどの輪にも文字のような記号のようなものがあるのに気が付いた。

「……これ……記号みたいなのを合わせるといいのかな……」

 どういう仕組みや法則かわからないが、球体を動かすと中の輪っかも微妙に動く。
 気が付くと僕はそれこそ知恵の輪やパズルを解くように夢中になって球体をいろんな方向に回して中の輪っかの重なり具合を調整していった。

「そうか、水平の輪っかはどう動かしてもそのまんまで、左右に動かすとあの斜めのやつがずれて、上下に動かすとこっちの斜めのやつが逆回転するから……あ~~あとちょっと…………っ」

 不意にカチッと何かが何かにぴったりと嵌ったような感覚を覚えた。すると突然完全に透明になった球体からレーザービームみたいな光が一直線に飛び出す。

「うぉッツ!?」
「神子よ! どうなさいました!?」
「神子様!?」
「だ、大丈夫!」

 思わず呆然としながらも、なんとかさっきと同じ返事を返した。
 な、なんだったんだ? 今のは。一瞬で消えてしまったけど、確かに光は向かいのバルコニーのど真ん中を射貫くみたいにまっすぐに伸びて、そして消えた。

「ね、ねえヤハル! 今の見た!?」
「は……、特に何も見てはおりませぬが……」
「何か異変でもございましたか、神子よ」

 眉を顰めてアスール神官が尋ねる。

「……あ、いえ。なんでもないです」

 なんとなく悪戯が見つかりそうになった子どものような気分になった僕は二人を誤魔化しつつコソコソと階段を降りた。
 そして他の神官たちに見つかる前に自分の部屋へ戻ろうとした時、神殿の正面入り口から入ってきたやたらと派手なおじさんたちに声を掛けられてしまった。

「……これはこれは、貴方様が噂に名高い慈雨の神子殿でいらっしゃるか」
「え、あ、はい」

 その人は結構豪華な毛皮の縁取りのついたマントを羽織り、随分と丁寧に手入れしているっぽい髭を生やした恰幅のいい中年の男だった。
 すぐに僕の斜め前に立ったヤハルをちら、と見て、その人はやたらと尊大な様子で名を名乗る。

「儂がこのアーケルの領主、エダルと申す。此度はわざわざ帝都よりお越し頂き感謝申し上げる」

 …………言葉の上では丁寧そうだけど、顔が全然嬉しそうにもありがたそうにも見えないのは気のせいだろうか。ところがそう思ったのはヤハルも同じだったようで、厳しい顔で一歩前に出て領主に何か言おうと口を開いた時、領主の後ろにいた痩せた男がパッと手を上げて言った。

「これはこれは慈雨の神子様。遠路はるばるよくぞお越し下されました。わたくしがこのアーケルの神殿長にございまする」

 そういって両手を胸の前で交差して頭を下げた人は、同じ神殿長でも僕が召喚されたダーヒル神殿の神殿長さんとは似ても似つかぬ、嫌な目つきの小男だった。


感想 399

あなたにおすすめの小説

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を引き継いだら、愛が重めの婚約者が付いてきました

ぽんちゃん
BL
 双子が忌み嫌われる国で生まれたアデル・グランデは、辺鄙な田舎でひっそりと暮らしていた。  そして、双子の兄――アダムは、格上の公爵子息と婚約中。  この婚約が白紙になれば、公爵家と共同事業を始めたグランデ侯爵家はおしまいである。  だが、アダムは自身のメイドと愛を育んでいた。  そこでアダムから、人生を入れ替えないかと持ちかけられることに。  両親にも会いたいアデルは、アダム・グランデとして生きていくことを決めた。  しかし、約束の日に会ったアダムは、体はバキバキに鍛えており、肌はこんがりと日に焼けていた。  幼少期は瓜二つだったが、ベッドで生活していた色白で病弱なアデルとは、あまり似ていなかったのだ。  そのため、化粧でなんとか誤魔化したアデルは、アダムになりきり、両親のために王都へ向かった。  アダムとして平和に暮らしたいアデルだが、婚約者のヴィンセントは塩対応。  初めてのデート(アデルにとって)では、いきなり店前に置き去りにされてしまい――!?  同性婚が可能な世界です。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。  ※ 感想欄はネタバレを含みますので、お気をつけください‼︎(><)

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います

緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。 知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。 花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。 十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。 寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。 見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。 宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。 やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。 次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。 アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。 ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。

悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで

二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました! ありがとうございました!! いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。