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【第二部】東の国アル・ハダール
95 アル・ハダールの地図
宰相さんは本や書類が山ほどある部屋で僕を迎えてくれた。
「それで、わたくしにお聞きになりたいことというのは?」
「あの……これのことなんです」
そう言って僕は宰相さんに一枚の地図を差し出した。
それはダーヒル神殿領を出る時に神殿長さんから密かに譲り受けたイシュマール大陸の地図の中からアル・ハダールの部分だけを写し取ったものだった。
そこには僕がこれまでに通った場所や立ち寄った街や村、サイードさんたちと三人で行ったオアシスや先日ダルガートたちと行った東の神殿などの位置が書き込んである。
「これは……地図ですね」
宰相さんがそれを手に取ってしげしげと眺めた。
この帝都イスマーンへ来てわかったことは、確かにこの世界は僕が生きていた時代よりも遥かに古いけれど、想像していた古代だとか中世だとかよりはずっと栄えているということだ。
宮殿や政堂や神殿、それに街はみなどこもきちんと整備されていて、建物もみな同じ大きさに切り出された砂岩を使って正確に積み上げられて建てられている。明らかにちゃんとした都市設計がされている印象だ。
料理もたくさんの種類があって、特にこの宮殿で出されるものは見た目にも拘りがあるのが分かる盛り付けがされていて、料理が乗る皿も酒盃も家具や調度に至るまで綺麗な色や細工が施されている。
なのに時々、ちょっとしたところで驚くほど足りない部分がある。それが地理学と歴史学だった。
「この宮殿の図書館にはアル・ハダール建国以前の王朝から引き継いだ蔵書もあると聞きました。なのに地理と歴史に関する本が全然見当たらないんです」
「地理と歴史、ですか」
「ええ。どちらも国防上の問題か何かで、秘匿されていたりするんですか?」
そう尋ねると宰相さんは「いいえ。特にそのようなことはありません」と答える。それから何か考え込むようにして言った。
「地図も史書も、ないわけではありません。ですが…………そうですね、それをあえて誰かに見せたり広く知らしめよう、という頭がありませんでした」
「え、そうなんですか?」
やっぱり、すごく違和感を感じる。
だって地図は敵から自国を守るだけじゃなくて租税を集めたり、物や金が都市間を移動するのを助けて商業的な発展を促したり、ダイレクトに富国強兵に繋がる重要アイテムじゃない?
それに歴史書だって、自分たちがいかに強くてすごいかって広く世に知らしめる一番手っ取り早いプロパガンダじゃん。いやもちろん正確性には欠けるから本当の意味では歴史書としての価値はちょっとアレだけれども。
アル・ハダールが建国されてから短期間にガンガン改革しまくったっていう宰相さんが、僕でも思いつくようなそんな初歩的なことを知らないはずがない。なのにこんな『今気づきました』みたいなの、おかしくないか?
「あの、それからアル・ハダールは周辺の異民族から度々攻撃を受けてるって聞いていますが、実際この国の周りにどんな国があってどういう地形をしているのかとか、そういうのも聞きたいんですが」
その時、宰相さんの目がひどく暗く、虚ろになった。その顔が以前オアシスの聖廟でサイードさんに聖廟のことを聞いた時の一切の表情が抜け落ちたような顔にそっくりで、あの時の恐怖を思い出して思わず息を飲む。
けれど宰相さんはあの時のサイードさんとは少し様子が違っていた。形のいい眉を顰めてぐっと唇を噛み締めたかと思うと急速に目に光が戻る。僕は恐る恐る声を掛けてみた。
「…………もしかして、それもなぜか今まで思いつかなかった、って感じなんですか……?」
「…………そのようです」
それきり、宰相さんは黙り込んでしまった。でも今、一気にいろんなことが目まぐるしく宰相さんの頭の中で駆けまわってるんだろうってことがよくわかる顔つきだった。
そしてようやくパチリ、と瞬きをして顔を上げた途端、僕に言った。
「実は他にも奇妙なことがございます」
「奇妙なこと?」
「先日の東の辺境領で長く行われていた不正についてでございます」
そう、それは僕も不思議に思っていたことだ。
あれだけ自分の足で国内をあちこち駆け回ってるカハル皇帝が、そうめちゃくちゃ遠いてわけでもない東の国境をなぜ今まで放置していたんだろう。
度々国境を越えて異民族が侵入していて被害も出ている、と報告されていながら、あのやたらとフットワークの軽い皇帝陛下がアーケルの領主に丸投げしたまま自分で動こうとしないって、まだ会って日数の経っていない僕でさえも違和感を感じるぐらいだもんな。
そう言うと、宰相さんも頷いた。
「おっしゃる通りにございます。皇帝だけではなく当然わたくしも東の辺境のことを知っていたのになぜか自ら調べようとはしなかった。これは我らの性格からして明らかにおかしい」
我らの性格からして、という言い方がおかしくてちょっと噴き出しそうになる。でもそんな小さな笑いはその後の宰相さんの「まるで故意に目隠しをされてそれが見えないようにされていたような心地です」という言葉で消し飛んでしまった。
確かに奇妙な現象だけれど、でもすごく言い得て妙な表現だと思う。だって同じような現象を僕だって薄々感じていたのだから。
以前、ダーヒル神殿領で出会った西のイスタリア王国のレティシア王女と騎士のクリスティアンさんの話がずっと気に掛かってる。
他の人々と違って太陽神ラハルを敬う布を頭に巻いていないクリスティアンさんになぜかと尋ねた時、彼はこう答えた。
――――それは我らイスタリアの者が最も信奉している神が海洋神シャリールだからだ。
確かに、海外貿易が盛んだというイスタリアでは太陽神よりも海洋神がより深く崇められているというのはわかる。でも彼があげたシャリールという名は海洋神ではなく湖水神の名だ。それはダーヒル神殿にいる間に読みふけった経典で確かめたから間違いない。
神殿領の市場で売られていた『ターリカの書』というアルダ教の入門書を見て、彼らの国ではみな必ず初等学校でそれを学ぶ、とクリスティアンさんは教えてくれた。なのに湖水神シャリールを海洋神だと思い込んでいるのは不自然だ。
けれど、僕にはなんとなくその理由に心当たりがあった。
ダーヒルの神殿長さんから極秘に貰ったイシュマール大陸の地図。それは僕たちの世界のユーラシア大陸の下半分にそっくりだった。
ダーヒル神殿領は元の世界で言う中央アジアと中国の境目あたりで、そのまま南に下がったところにあるエイレケはインドそっくりな三角形の形をしていた。
アル・ハダールはチベットと中国の間の辺りで、ダーヒル神殿領の西にあるイスタリアの西の端には海岸線のようなものが描かれていた。
でも元の世界でそこにあるのは地中海ではなくカスピ海だ。
カスピ海は世界最大の塩湖と呼ばれていて確かに巨大だけれど、外海とは繋がっていない。つまり彼らが海洋神と崇めている神の名が湖水神のものである理由はそこに関係があるんじゃないだろうか。
とは言え、ちゃんと経典を学んだ者なら普通は海洋神の名はシャリールではなくサルジュだと気づくはずだし、イスタリアほど豊かな国ならカスピ海の南に地続きでさらに西へ進める場所があることくらいすぐ掴めるだろう。
なのにそれをしないのは、まさに今宰相さんが言ったのと同じ「まるでわざとそこから目を逸らされているような」現象だと思う。
一体この奇妙な現象はなんなんだろうか。
僕は手にした地図を見ながら考える。
「あ、そうだ」
ふと思い出して顔を上げた。
「あの、アル・ハダールでも神殿の向きって決まってるんですか?」
「神殿の向き、ですか?」
「はい。ダーヒルでは神殿は太陽神ラハルを拝むために真南を向いている、と聞いたんですが、この間行った東の辺境の神殿も、別のオアシスにあった聖廟ももっと西の方を向いて建てられていたので……」
すると宰相さんは少し考えて言った。
「神殿を建てるのに方向が決まっている、という話は聞いたことがございませぬ。一度中央神殿に尋ねてみましょう」
「あー、いえ、それなら僕も一度帝都の神殿には行ってみようと思っているので、その時に聞いてみます」
「ならば神子殿が向かわれる旨、先方へ伝えておきまする。それと我が国の国境および周辺国の調査の件、そして他にも何か見落としていることがないかも合わせて皇帝カハルと一度腰を据えて検討することと致します」
そう言った宰相さんの顔はとても真剣で、僕以上にこのことを重く受け止めてくれていることがよくわかった。だから僕も少し肩の荷が下りたように感じられてホッとする。
それから宰相さんとはまた僕の世界の話を少しして、別れた。
これと言って大きな収穫はなかったけれど、でも「この世界は何かが少しおかしい」という不安や危惧を共有できる相手ができただけでも良かったと思う。
そういえばダーヒルで神殿長さんに貰った地図を見て、今と同じことを思い悩んでいた時にサイードさんにひどく心配されたんだったな。
――――神子の畏れを俺が祓うことは難しいかもしれないが、重荷をともに背負うことはできると思う。
サイードさんはそう言ってくれた。あの時はまだ僕も頭がこんがらがっていて『頭が整理できたらまた聞いて欲しい』と答えた。結局それっきりになってしまったな。
ウルドに付き添われて部屋へと戻りながら、僕は小さくため息をつく。
毎日、帝都では穏やかな日々が続いている。
僕の生活も、毎日同じ明け一つの鐘で起きて、たくさん並べられたお皿の朝ごはんを食べ、外に出て馬に乗り、剣を持って鍛錬に励む。昼食の後は少し昼寝をして、午後は図書室で本を読む。平和で、単調な日々だ。
なのにどうしてもふとした時に不安になったり、気持ちが塞いだりしてしまう。
だって、サイードさんが戻ってこない。
サイードさん率いる第三騎兵団が西の辺境へ行ってからもう三か月が経つ。
辺境では何が起きるかわからないし、当初の予定が狂うことだってよくあると宰相さんは言うし、早馬が来ないのは無事である証拠だとヤハルも言う。
それでもこうして一人になった時、サイードさんが心配でたまらなくなる。
今頃サイードさんはどこで何をしているんだろうか。ちゃんとご飯を食べて、ちゃんと眠れているだろうか。
「それで、わたくしにお聞きになりたいことというのは?」
「あの……これのことなんです」
そう言って僕は宰相さんに一枚の地図を差し出した。
それはダーヒル神殿領を出る時に神殿長さんから密かに譲り受けたイシュマール大陸の地図の中からアル・ハダールの部分だけを写し取ったものだった。
そこには僕がこれまでに通った場所や立ち寄った街や村、サイードさんたちと三人で行ったオアシスや先日ダルガートたちと行った東の神殿などの位置が書き込んである。
「これは……地図ですね」
宰相さんがそれを手に取ってしげしげと眺めた。
この帝都イスマーンへ来てわかったことは、確かにこの世界は僕が生きていた時代よりも遥かに古いけれど、想像していた古代だとか中世だとかよりはずっと栄えているということだ。
宮殿や政堂や神殿、それに街はみなどこもきちんと整備されていて、建物もみな同じ大きさに切り出された砂岩を使って正確に積み上げられて建てられている。明らかにちゃんとした都市設計がされている印象だ。
料理もたくさんの種類があって、特にこの宮殿で出されるものは見た目にも拘りがあるのが分かる盛り付けがされていて、料理が乗る皿も酒盃も家具や調度に至るまで綺麗な色や細工が施されている。
なのに時々、ちょっとしたところで驚くほど足りない部分がある。それが地理学と歴史学だった。
「この宮殿の図書館にはアル・ハダール建国以前の王朝から引き継いだ蔵書もあると聞きました。なのに地理と歴史に関する本が全然見当たらないんです」
「地理と歴史、ですか」
「ええ。どちらも国防上の問題か何かで、秘匿されていたりするんですか?」
そう尋ねると宰相さんは「いいえ。特にそのようなことはありません」と答える。それから何か考え込むようにして言った。
「地図も史書も、ないわけではありません。ですが…………そうですね、それをあえて誰かに見せたり広く知らしめよう、という頭がありませんでした」
「え、そうなんですか?」
やっぱり、すごく違和感を感じる。
だって地図は敵から自国を守るだけじゃなくて租税を集めたり、物や金が都市間を移動するのを助けて商業的な発展を促したり、ダイレクトに富国強兵に繋がる重要アイテムじゃない?
それに歴史書だって、自分たちがいかに強くてすごいかって広く世に知らしめる一番手っ取り早いプロパガンダじゃん。いやもちろん正確性には欠けるから本当の意味では歴史書としての価値はちょっとアレだけれども。
アル・ハダールが建国されてから短期間にガンガン改革しまくったっていう宰相さんが、僕でも思いつくようなそんな初歩的なことを知らないはずがない。なのにこんな『今気づきました』みたいなの、おかしくないか?
「あの、それからアル・ハダールは周辺の異民族から度々攻撃を受けてるって聞いていますが、実際この国の周りにどんな国があってどういう地形をしているのかとか、そういうのも聞きたいんですが」
その時、宰相さんの目がひどく暗く、虚ろになった。その顔が以前オアシスの聖廟でサイードさんに聖廟のことを聞いた時の一切の表情が抜け落ちたような顔にそっくりで、あの時の恐怖を思い出して思わず息を飲む。
けれど宰相さんはあの時のサイードさんとは少し様子が違っていた。形のいい眉を顰めてぐっと唇を噛み締めたかと思うと急速に目に光が戻る。僕は恐る恐る声を掛けてみた。
「…………もしかして、それもなぜか今まで思いつかなかった、って感じなんですか……?」
「…………そのようです」
それきり、宰相さんは黙り込んでしまった。でも今、一気にいろんなことが目まぐるしく宰相さんの頭の中で駆けまわってるんだろうってことがよくわかる顔つきだった。
そしてようやくパチリ、と瞬きをして顔を上げた途端、僕に言った。
「実は他にも奇妙なことがございます」
「奇妙なこと?」
「先日の東の辺境領で長く行われていた不正についてでございます」
そう、それは僕も不思議に思っていたことだ。
あれだけ自分の足で国内をあちこち駆け回ってるカハル皇帝が、そうめちゃくちゃ遠いてわけでもない東の国境をなぜ今まで放置していたんだろう。
度々国境を越えて異民族が侵入していて被害も出ている、と報告されていながら、あのやたらとフットワークの軽い皇帝陛下がアーケルの領主に丸投げしたまま自分で動こうとしないって、まだ会って日数の経っていない僕でさえも違和感を感じるぐらいだもんな。
そう言うと、宰相さんも頷いた。
「おっしゃる通りにございます。皇帝だけではなく当然わたくしも東の辺境のことを知っていたのになぜか自ら調べようとはしなかった。これは我らの性格からして明らかにおかしい」
我らの性格からして、という言い方がおかしくてちょっと噴き出しそうになる。でもそんな小さな笑いはその後の宰相さんの「まるで故意に目隠しをされてそれが見えないようにされていたような心地です」という言葉で消し飛んでしまった。
確かに奇妙な現象だけれど、でもすごく言い得て妙な表現だと思う。だって同じような現象を僕だって薄々感じていたのだから。
以前、ダーヒル神殿領で出会った西のイスタリア王国のレティシア王女と騎士のクリスティアンさんの話がずっと気に掛かってる。
他の人々と違って太陽神ラハルを敬う布を頭に巻いていないクリスティアンさんになぜかと尋ねた時、彼はこう答えた。
――――それは我らイスタリアの者が最も信奉している神が海洋神シャリールだからだ。
確かに、海外貿易が盛んだというイスタリアでは太陽神よりも海洋神がより深く崇められているというのはわかる。でも彼があげたシャリールという名は海洋神ではなく湖水神の名だ。それはダーヒル神殿にいる間に読みふけった経典で確かめたから間違いない。
神殿領の市場で売られていた『ターリカの書』というアルダ教の入門書を見て、彼らの国ではみな必ず初等学校でそれを学ぶ、とクリスティアンさんは教えてくれた。なのに湖水神シャリールを海洋神だと思い込んでいるのは不自然だ。
けれど、僕にはなんとなくその理由に心当たりがあった。
ダーヒルの神殿長さんから極秘に貰ったイシュマール大陸の地図。それは僕たちの世界のユーラシア大陸の下半分にそっくりだった。
ダーヒル神殿領は元の世界で言う中央アジアと中国の境目あたりで、そのまま南に下がったところにあるエイレケはインドそっくりな三角形の形をしていた。
アル・ハダールはチベットと中国の間の辺りで、ダーヒル神殿領の西にあるイスタリアの西の端には海岸線のようなものが描かれていた。
でも元の世界でそこにあるのは地中海ではなくカスピ海だ。
カスピ海は世界最大の塩湖と呼ばれていて確かに巨大だけれど、外海とは繋がっていない。つまり彼らが海洋神と崇めている神の名が湖水神のものである理由はそこに関係があるんじゃないだろうか。
とは言え、ちゃんと経典を学んだ者なら普通は海洋神の名はシャリールではなくサルジュだと気づくはずだし、イスタリアほど豊かな国ならカスピ海の南に地続きでさらに西へ進める場所があることくらいすぐ掴めるだろう。
なのにそれをしないのは、まさに今宰相さんが言ったのと同じ「まるでわざとそこから目を逸らされているような」現象だと思う。
一体この奇妙な現象はなんなんだろうか。
僕は手にした地図を見ながら考える。
「あ、そうだ」
ふと思い出して顔を上げた。
「あの、アル・ハダールでも神殿の向きって決まってるんですか?」
「神殿の向き、ですか?」
「はい。ダーヒルでは神殿は太陽神ラハルを拝むために真南を向いている、と聞いたんですが、この間行った東の辺境の神殿も、別のオアシスにあった聖廟ももっと西の方を向いて建てられていたので……」
すると宰相さんは少し考えて言った。
「神殿を建てるのに方向が決まっている、という話は聞いたことがございませぬ。一度中央神殿に尋ねてみましょう」
「あー、いえ、それなら僕も一度帝都の神殿には行ってみようと思っているので、その時に聞いてみます」
「ならば神子殿が向かわれる旨、先方へ伝えておきまする。それと我が国の国境および周辺国の調査の件、そして他にも何か見落としていることがないかも合わせて皇帝カハルと一度腰を据えて検討することと致します」
そう言った宰相さんの顔はとても真剣で、僕以上にこのことを重く受け止めてくれていることがよくわかった。だから僕も少し肩の荷が下りたように感じられてホッとする。
それから宰相さんとはまた僕の世界の話を少しして、別れた。
これと言って大きな収穫はなかったけれど、でも「この世界は何かが少しおかしい」という不安や危惧を共有できる相手ができただけでも良かったと思う。
そういえばダーヒルで神殿長さんに貰った地図を見て、今と同じことを思い悩んでいた時にサイードさんにひどく心配されたんだったな。
――――神子の畏れを俺が祓うことは難しいかもしれないが、重荷をともに背負うことはできると思う。
サイードさんはそう言ってくれた。あの時はまだ僕も頭がこんがらがっていて『頭が整理できたらまた聞いて欲しい』と答えた。結局それっきりになってしまったな。
ウルドに付き添われて部屋へと戻りながら、僕は小さくため息をつく。
毎日、帝都では穏やかな日々が続いている。
僕の生活も、毎日同じ明け一つの鐘で起きて、たくさん並べられたお皿の朝ごはんを食べ、外に出て馬に乗り、剣を持って鍛錬に励む。昼食の後は少し昼寝をして、午後は図書室で本を読む。平和で、単調な日々だ。
なのにどうしてもふとした時に不安になったり、気持ちが塞いだりしてしまう。
だって、サイードさんが戻ってこない。
サイードさん率いる第三騎兵団が西の辺境へ行ってからもう三か月が経つ。
辺境では何が起きるかわからないし、当初の予定が狂うことだってよくあると宰相さんは言うし、早馬が来ないのは無事である証拠だとヤハルも言う。
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