月の砂漠に銀の雨《二人の騎士と異世界の神子》

伊藤クロエ

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【第三部】西の国イスタリア

123 砂漠の塔

「…………ここ、どこ……?」

 僕は呆然と周りを見回してそう呟いた。
 おかしい、だって僕はさっき流砂に飲み込まれてしまったはずだ。でもここは砂の中なんかではなく、石造りの丸い建物の中だ。目の前には巨大な水晶のような球体が、そして壁ではなく柱だけが周りを囲み、そこからはどこまでも続く砂漠と抜けるような青い空が見えていた。

「ここ……どこかの塔の中……?」

 こわごわ周りを取り巻く柱に近づいて見下ろしてみれば、自分が今高い塔の中にいることがわかる。けれど真下にサイードさんやダルガートの姿は見えない。何もない、ただ砂と空しかない場所にこの塔は建っているようだった。

「……サイードさんもダルガートも心配してるだろうな……」

 それにしても一体ここは何なのだろうか。床には階段も梯子もない。流砂に飲み込まれたと思ったらこんなところにワープしているのだから、飛び降りても空くらい飛べるのかもしれないが、さすがに試してみる勇気は出なかった。

「ワープといえば、アジャール山を思い出すな……」

 カルブの儀式のためにアジャール山へ登り、そこでエイレケの騎士に襲われて必死に逃げていたらいつの間にかエルミラン山脈の頂上にいた、ということがあった。あの時は何がきっかけで、またどの地点がアジャール山とエルミランの境目だったのかもわからず仕舞いだった。無事に下山できて本当に良かったと改めて思う。

 僕は深く深呼吸すると、真ん中にある大きな球体に近づいた。そしていつものように中を覗き込む。

「……あれ? 神殿にあるのと少し違う……?」

 各地の神殿になった球体の中にはジャイロスコープに似た三つのパーツが見えていた。それらの角度と位置を合わせると謎の光が一瞬まっすぐに放たれ、そしてその一帯の天候や地下水源が安定するようになった。だがこの球体の中には何もない。
 僕は大きな球体に張り付くようにしてじっと目を凝らす。この塔の球体は僕の背よりも大きく、自然と頭だけでなく身体も両腕もべったりとくっつけていた。すると初めはひんやりと冷たかったのに少しずつ体温が移っていってやがて違和感が消える。
 一心不乱に中を覗いていると、ふと何かが視界をよぎったような気がした。あれはなんだ……? その瞬間、ふっと何かの絵か図のようなものが浮かび上がった。

「これ……地図だ……!」

 そう、それは今まで何度も繰り返し眺めてはあれこれ考え込んでいたイシュマール大陸の地図だった。しかもこの地図にはアル・ハダール、イスタリア、エイレケ、そしてダーヒル神殿領以外の場所まで描かれている。球体の中の地図は僕が子どもの頃に買ってもらって今でも部屋の隅に置いてある地球儀そっくりだった。

「やっぱり……! ここは地球と同じ形の陸地なんだ……! ええと、あそこがダーヒル神殿ならアル・ハダールは……」

 そう意識した途端、視界がものすごい勢いで地図の一点に迫り、その部分をクローズアップしたかように視界が変わる。

「あ、アル・ハダールの宮城だ。すごい、これあちこち拡大して見えるんだ。あ、じゃあ今僕がいる場所は……」

 そう思うと再び視界が地球の全体図に戻り、砂漠の中に小さく光った場所があった。

「きっとここが現在地……あ、まさかここって、アル・ハダールの神殿が向いていた方向……?」

 多分そうだ。メルカトル図法的な平面図で考えていたから最初に思っていた場所とは少しずれているが、球体として考えれば多分この辺りになる。ならば各地の神殿でずれていた球体の座標を直した時に一瞬飛び出していたあの謎の光はここに飛んできていたのかもしれない。

「ひょっとして各地の神殿の球体の中にあった輪っかで座標を正しくセットするとこの球体と繋がって、そうすると水や天候がきちんと安定するようになるのかな……。何かのネットワーク? ……そうか、そうなのか……」

 もしかしたらずっと知りたかったこの世界の謎の答えは全部ここにあるのかもしれない。そう思った時ハッと気づいた。

「日本、日本がある場所はどうなってるんだ?」

 アル・ハダールよりももっと東、日本はこの世界でどうなっているのだろうか。けれどどれだけ意識をそこに集中しても一向に視界は変わらず、アル・ハダールの東の国境から先を見ることはできなかった。

「なんで、なんで見えないんだ?」

 冷静に考えればこの世界の日本を見たからってどうしようもない。だって神子の力だとか言の葉の秘薬だとか信じられないようなことが次から次に起こっているこの世界と僕が生まれて生活していた『現実の』日本が繋がっているわけもないのだから。
 そう思った時、ドクン! と心臓が激しく脈を打った。
 え、何? いや、だって、大陸の形が同じで、人間も動物も食べ物もそっくり同じで、月だって太陽だって何もかも僕の地球と同じだからって、この世界と僕の世界は、まったく別の――――

 鼓動がどんどん大きく速くなる。地球儀の上のこの地点を示す光がどんどん強くなって目が離せない。瞬きもできず、呼吸もできず、意識が引きずられ、吸い込まれていく。
 次の瞬間、まるで真っ暗な海に突然放り込まれたような感覚に襲われた。

「な……っ、なに……っ!?」

 怖い、苦しい、もがいても手には何も触れず、足はどこにも付かず、真っ暗で何もない。
 なんで、助けて、怖い、怖い、怖い――――!!
 小さな明かりがどこかに見える。そして薄っすらと浮かび上がるあの、神殿の球体にあった三本の輪っかに似た何か。そう、これを動かして座標を固定するんだ。僕は無我夢中でそれを操作する。
 ええと、輪っかが三本あるのはこれが三次元座標を指定するための装置だから。…………あれ? あそこにもう一つ……? 僕は腕を伸ばして四つ目の輪っかに触れる。四つ目があるならこれは四次元座標? 四つ目が定義する数値は何……?

「そうだ、《時間》だ」

 かちり、と何かが合わさったその時、突然頭の中に誰かの声が響き渡った。

『あれ!? ウソだろ!? これってそっちから逆アクセスしてるわけ!?』

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