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【第三部】西の国イスタリア
126 世界の秘密 3
「そんなの……そんなのって……!」
ああ、もうめちゃくちゃだ。考えがまとまらない、気持ちが揺れる、悲しくて腹が立ってどうしようもなくて。
だって、僕もサイードさんもダルガートも、みんな辛いこと苦しいことたくさん乗り越えて一生懸命生きてきた。それが全部この人たちに面白半分に造られた人生だったなんて。そんなこと絶対に信じたくない。
『いやいや、僕らが考えたのは最初の設定だけで、そこから君たちがどう生きてきたかは君たち自身の選択とか努力とかによるわけだから落ち込まなくていいよ! むしろそこは誇っていいことだって、ね!?』
僕の頭の中を読んだかのよう言った彼のあまりの無神経さに腹が立って腹が立って仕方がない。ぐらぐらと煮えたぎる怒りが爆発しそうになる。その時、またしてもこちらの神経を逆なでするように彼が言った。
『あ、ヤバイ。やっぱそっちからアクセスしてるのっていろいろ負荷がすごいみたい。悪いけどもう切るね!』
「な……っ、待って! そんなのふざけるな!」
『これからも楽しく見させてもらうし邪魔はしないから! 君も楽しんで! あー、ほんと僕しかこの場にいれなかったの、もったいなさす――――』
そこで音声が途切れ、急にものすごく強い力でどこかに引っ張られるような感覚がして息を呑んだ。駄目だ。そんな、これで終わりなのか!? こんな気持ちのままあの世界に戻されて、このまま生きていくなんてできるわけがない!
必死にもがこうとする僕の目の前にほのかに光る地球と四つの銀色の輪が浮かんでいる。そうだ、これはこの世界の地図みたいなものだ。とっさに僕は全神経をそこに集中させる。
三つの輪が定義するのはターゲットとなる三次元座標。それを点ではなく面で。
このイシュマール大陸、いや、あいつの言うこの中東エリア全体を。
するとユーラシア大陸の中の中央アジアと呼ばれる一帯とインド亜大陸、そして中国の西側を囲うように線が走り、緑色に光る。
それから最後の輪は時間。そう、時間だ。この塔の球体だけは時間も操作することができるとあいつは言っていた。
ギリギリと頭を締め付けるようなプレッシャーの中、ふとこの塔へ飛ばされる直前に見た大好きな大好きな二人の顔が頭に浮かぶ。
自分も流砂に巻き込まれてしまうかもしれないのに必死に腕を伸ばして僕を捕まえてくれたサイードさん。そのサイードさんを掴んで支えてくれたダルガート。
サイードさんもダルガートも子どもの頃から辛い目に合って、それでも耐えて耐えて乗り越えてあんなに強くて頼もしい大人になったんだ。それなのにそれも全部『物語を盛り上げるため』だとかあまりにも残酷すぎる。
だったら全部なしにすればいい。
そんなことのために二人が辛い思いをする必要なんて絶対にない。
夜うなされながら一生懸命誰かに謝っていたサイードさんを、まったく普通の顔で自分が子どもの頃に売られたことを話していたダルガートを思い出す。
二人の辛い過去の原点はそう、イシュマール大陸に雨が降らず、急激に砂漠化が進んだことだ。だったらその設定を消してしまえばいい。
僕を再びあの砂漠へ戻そうとする強い力を振り切って、必死に四つ目の輪に意識を集中させる。
そうだ、確か西のシャルラガンの神殿や荒れ狂うイコン河を鎮めた時に僕はこのシステムをコントロールする方法を肌で理解したはずだ。だったらここでも同じことができるんじゃないか?
それぞれが異なる角度で重なり合った三つの輪。その上を取り囲むように回る最後の輪を目で追って捕まえる。
『あ! 駄目だよ! 何してんの君!!』
突然大きな声がぐわんぐわんと響き渡る。それを無視して僕は四つ目の輪を動かした。
今からおよそ300年前。その頃から急激に雨が減り砂漠が増え始めたと最初にアドリーから聞いた。それから50年に一度、よその世界から雨を降らせる力を持つ神子を呼び出しているのだ、と。
『ちょ、ちょっと! うわ、すごい、時間軸が本当に巻き戻ってる……って、いやそりゃできるけど、やるなら関係各所とちゃんと調整してからじゃないと他のエリアへの影響が……っていやマジでストップ! ストップ!』
「だったらそっちで操作しろ! 300年前から始まった干ばつとそれを救う《慈雨の神子》っていうシナリオを全部消すんだ!」
『え、でもそんなことしたら……』
「いいから早く!」
『しょうがない、わかったよ! だからとりあえず勝手に時間操作するのやめよう!? ね!?』
「いいや、まだ終わりじゃないぞ! 歴史を書き換える前にそれぞれの時代の神子に接触して聞くんだ。元の世界に戻りたいか、って。できないなんて言うなよ? そして戻りたいと言ったら絶対に戻せ。必ずやるんだ。彼らがこの世界に絶望して崖から飛び降りたりする前に!」
『わかった、わかったって! もう、普段大人しいくせにめちゃくちゃなこと言うよな、君』
めちゃくちゃなのはどっちだ! と叫びたいのを必死にこらえた。すると緩やかに回転していた小さな地球が動きを止め、やがて僕が囲った中央アジア全体が緑色に輝きを放つ。
さっきまで感じていた強い引力がふっと消えて、僕の意識が浮かぶ真っ暗な空間に綺麗な緑色の文字や数字や記号が降りしきる雨のように流れ落ちてきた。
ああ、これも昔の映画で見たなぁ。それまでのアクション映画のセオリーを根底からひっくり返したまさに映像革命だとかなんとか……。この期に及んでそんなことを考えている僕は確かにこの世界を造り出した彼に似ているんだろう。絶対に認めたくはないけれど。
『あのさ、今ので君自身にも結構な負荷がかかったと思うから、しばらくは大人しくしてなね。あと君が持ってるそのお守りさ、めちゃくちゃボーナスポイント高いアイテムだから。ついでに特殊効果も追加しといてあげるね』
そう聞こえたのと同時にぽうっ、と耳元が温かくなった。
だんだん眠くなってきて閉じそうになる目蓋と戦っていると、そんな声がどこかから降って来る。
『それと一個だけ言っておくけど、あの二人の思考や意識は外から操作したりしてないからねー!』
そんなことがフォローになるか。っていうかあんた一体僕たちのどこまで覗き見してたんだ?
いろいろ言いたいことや聞きたいことがあったけれど、ついに僕は観念して考えることをやめた。
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